2022年11月08日

住宅ローン利用者は金利上昇に対してどのように備えるべきか

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.308]

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1―変動金利型から固定金利型への借換えは金利上昇に対して有効な対応策になりえるか

世界的なインフレ率の高まりを受けて、海外の中央銀行の多くが金融引き締めに舵を切っている。日本においてもエネルギーや食料品の価格上昇や円安を受けて消費者物価指数が徐々に上昇しており、日本銀行も金融政策を正常化させるのではないかと考える人が増えつつある。

2021年10月と2022年4月の住宅金融支援機構の調査を比較すると、住宅ローン利用者の金利上昇に伴う返済額増加への対応として「借換え」で対応すると回答する割合が増えている[図表1]。
[図表1]金利上昇に伴う返済額増加への対応(変動型、固定金利選択型の利用者)
図表1における「借換え」とは、変動金利型や固定期間選択型から全期間固定型への借換えを意味していると思われる。実際には機動的に変動金利型から固定金利型へ借換える(または契約変更する)のは難しい。本稿では、次の3つの観点で「金利上昇局面になってから固定金利型に借り換える(または、契約変更する)」という選択は推奨しない。1つ目の理由は、「一般的に金利上昇する際は変動金利型よりも固定金利型の方が早く適用金利が上昇するため」である。図表2は変動金利型住宅ローンの適用金利の参考指標として用いられることが多い短期プライムレートと、固定金利型住宅ローンの適用金利の参考指標として用いられることが多い長期プライムローンの推移を示したものである。2006年から2007年にかけて短期プライムレートの上昇が生じた際には、短期プライムレートよりも先に長期プライムレートが上昇していることが分かる。一般的に日本のように中央銀行が金融緩和政策下にある場合、中央銀行は短期金利が低位に誘導するような政策をとっている。その最中に経済成長率やインフレ期待が高まり景気回復局面に移行すると、短期よりも先に長期の金利から上昇していくことになる。

そのため、通常は金利上昇する際は短期金利よりも長期金利の方が早く上昇する。住宅ローンの適用金利は金融市場の動向に応じて各金融機関が決定するが、変動金利型よりも固定金利型の方がより長期の金利水準を参照して決定されるのが通例である。金利上昇に対して「借換え」が有効になるには、金利上昇する前に実行する必要がある点に留意する必要がある。特に日本の場合は、金融政策が正常化される場合には、先にイールドカーブコントロールの解除によって長期金利が上昇し、次にタイムラグをもってマイナス金利政策が解除されることで短期金利が上昇するものと考えられるため、変動金利型から固定金利型への借り換えを金利上昇への備えとする場合、少なくともイールドカーブコントロールが解除される前に実行するべきである。
[図表2]短期プライムレートと長期プライムレートの推移()1996年4月以降
2つ目の理由は「将来の金利上昇を予測するのは難しいため」である。日本は長期の低金利環境下にあるが、その要因は経済成長率やインフレ期待が低位であるだけではなく、日本銀行による強力かつ様々な金融緩和策によるところも大きい。このような背景もあって、日本の市場金利の水準が決定するメカニズムは非常に複雑なものになっている。さらに、海外の事例を見ると、中央銀行の政策変更(金融緩和解除や金融引き締めへの移行)があると、短期間かつ急速に金利上昇が生じることがある。変動金利型から固定金利型への契約変更や借り換えを検討するのであれば、金利動向や日本銀行の政策動向について日々モニタリングしておく必要がある。一般の個人がこのような態勢を整えつつ、機動的に契約変更や借り換えを行うのは、あまり現実的な選択肢になりえないと思われる。

3つ目の理由として「住宅ローンの利用者は金利上昇リスクをヘッジする手段に乏しいこと」が挙げられる。2つ目に将来の金利上昇を予測するのが難しい点に言及したが、住宅ローンを提供する金融機関はデリバティブ(例:金利スワップや国債先物など)等の金融商品を用いて機動的に金利リスクをヘッジすることはいくらか可能であるが、一般的に住宅ローンの利用者が金利上昇リスクをヘッジできる金融商品を購入・選択するのは困難である。そのため、住宅ローンの利用者がとりえるリスクヘッジの手段として、あらかじめ固定金利型を全てまたは一部を借り入れるか、預貯金などでリスクバッファを確保して繰り上げ返済に備えておくぐらいしか選択肢がない。

2―金利上昇シナリオにおける繰り上げ返済に関するシミュレーション

前項の考察を踏まえた上で、金利上昇が生じた際の変動金利型住宅ローンの繰り上げ返済に関するシミュレーションを行う。本稿では2006年から2007年にかけて日銀が利上げを行った際の市場環境を参考に、3つのシナリオ(1)0.5%の上昇( 当時の日銀の利上げ幅と同等)、( 2)1.0%の上昇(当時の日銀の利上げ幅の2倍)、( 3)2.0%の上昇(当時と現在の長期国債流通利回りの金利差)を想定した。

まずは、元利均等返済で変動金利型住宅ローン( 適用金利:0.4%)を取り組んだ前提で、3,000万円、4,000万円、5,000万円、6,000万円の借入額がある場合の月々の返済額を計算する。この場合、順におよそ7.7万円、10.2万円、12.7万円、15.3万円となる。

次に、住宅ローン契約締結から適用金利に変更がない状況で5年間返済した後に各シナリオが発現したものとして、6年目からの毎月の返済額がどの程度増えるのか試算するとともに、適用金利が上昇しても返済額をそれまでと同額に維持するのに必要な繰り上げ返済額を試算する。繰り上げ返済には、借入期間を変更しない「返済額軽減型」を採用する。

例えば、変動金利型住宅ローンで3,000万円借り入れ、ちょうど5年目に各(1)~(3)のシナリオにおける金利上昇が生じた場合、6年目以降の返済額は(1)8.2万円、( 2)8.8万円、( 3)10.1万円になる。返済額の増加率は借入額が違ったとしても一定である。また、6年目以降も返済額を7.7万円に維持しようとする場合は、6年目の返済が始まる際に(1)182万円、( 2)347万円、( 3)633万円の繰り上げ返済を行えばよいことになる。これらは借入額が違ったとしても、当初借入額との比率は一定である。住宅ローンを借り入れた以降に、これらの繰り上げ返済に必要な額を積み立てていく場合は、それぞれ毎月(1)3万円、( 2)5.8万円、( 3)10.5万円を預貯金などでリスクバッファとして確保していくことが必要になる。住宅ローン利用者が金利上昇に備えていく場合は、このような負担の増加に関する条件を踏まえた上で、どれぐらいの額の繰り上げ返済が可能か、毎月の返済額が増えるのをどの程度受け入れるのか、といった事情を考慮しつつ各家計にとって最適なバランスを選択していくことになる。
[図表3]各シナリオの毎月の返済額(6年目以降)と返済額の維持に必要な繰り上げ返済額(5年目)に関する試算結果

3―各個人の将来の目標を実現できるような家計管理を

本稿では、金利上昇に対する住宅ローン利用者の備えとして、借換えと繰り上げ返済について検討した。基本的に変動金利型住宅ローンの適用金利が上昇するには短期プライムレートとの連動性が高い短期金利の上昇が必要になり、それにはマイナス金利政策の解除が必要である。

仮に日本銀行が金融正常化に踏み切る場合、長短金利差を確保する観点で、先にイールドカーブコントロールを解除して長期金利を適正水準に戻した後に、マイナス金利政策を解除して短期金利を利上げしていくことになると予想されるため、マイナス金利政策の解除にはタイムラグがある。借換えで対応するのであれ、繰り上げ返済で対応するのであれ、このタイムラグの生かし方が重要になってくる。もし借り換えで対応するのであれば、イールドカーブコントロールが解除される前に実行すべきである。繰り上げ返済で対応するのであれば、あらかじめ返済原資を確保しておく必要がある。どちらで対応するにしても、将来の支出に対して家計を見直していくことも重要となる。

このような市場環境をきっかけとして、金利上昇への備えについて検討しておくことは家計のリスク管理という意味で大切なことだと思われる。メインシナリオ通りの未来が実現し続けるのであればリスク管理も容易だが、現実的にはリスクシナリオにもない想定しなかった事態が起こりえる。住宅ローンを提供するような規模の大きな金融機関とは異なり、個人の資産や負債は規模が小さく大数の法則が働きにくいため、将来の人生設計に関わる資産形成や住宅ローンの借り入れなどでは、可能であればある程度のリスクシナリオが発現しても各個人の目的(例:「老後まで住み続ける」など)が達成できるようなより慎重な家計管理を採用すべきだと考える。本稿の分析が、住宅ローンを借り入れる個人の家計管理に寄与できるのであれば幸いである。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2022年11月08日「基礎研マンスリー」)

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