2022年11月08日

気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.308]

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1―気候指数の目的

気候変動問題が議論されるようになって久しい。ニュース報道等では、台風や豪雨のように、短時間のうちに急激に環境が損なわれる「急性リスク」の発現を目にすることが多い。一方、南極の氷床の融解、海面水位上昇による沿岸地域の居住の喪失といった、長期間に渡って徐々に環境を破壊する「慢性リスク」の増大を把握することは容易ではない。そこで、こうした気候変動の状況を指数化して、その動きを把握しようとする取り組みが、北米や豪州のアクチュアリーの間で始まっている。これらの先行事例を参考にしつつ(本稿では北米のみ紹介)、もし日本で気候指数を作成するとしたら、どのように行うべきか。実際に、気候指数を試作しながら考えてみることとする。

2―北米の気候指数

北米では気候指数(ACI)が開発され、2016年より運用されている。
1|12の地域に分けて指数を開発
北米地域は広大であり、多様な気候を有している。そこで、アメリカを7つ、カナダを5つの地域に分けて、指数を設けている。併せて、アメリカ全体、カナダ全体、北米全体の指数も設定している。

指数は、月ごとと四半期の季節単位に設けられている。併せて、5年移動平均の指数も設定されている。気候変動を長いスパンで捉えるためと考えられる。
[図表1]北米の12の地域区分
2|参照期間からの乖離度を指数化
ACIは、高温、低温、降水、乾燥、強風、海面水位の6項目の乖離度をもとに計算される。1961~90年の30年間を参照期間として、各項目の計数値について、その期間の平均と標準偏差を求めておく。

ある月の乖離度は、その月の計数値から、参照期間中の平均を引き算し、その結果を標準偏差で割り算する。つまり、その月の計数値が、標準偏差の何倍くらい、平均から乖離しているかを計算する。

乖離度が標準正規分布に従うものと想定すると、-1から1の間に入る確率は約68.3%。乖離度が1を超える確率は約15.9%。2を超える確率は約2.3%。3を超える確率は約0.1%となる。乖離度を各項目で計算し、その平均をACIとする。

具体的には、項目ごとに、気象データ等を用いて、参照期間中の分布に照らして上側10%に入る日が何日あったかといった割合をもとに乖離度を計算していく。( 詳細は稿末に示すレポートに記載。)
3|ACIの合成指数は上昇傾向
これまでの推移を見てみよう。北米全体の季節ごとの5年移動平均指数を、各項目とその平均のACI合成指数の推移として示すと、図表2の通りとなる。

参照期間中は横軸付近にあるが、1991年以降、ACIは徐々に高くなっており、2022 年冬季には、1.18となっている。気候の極端さの高まりが見てとれる。
[図表2]指数推移(5年平均)

3―北米の気候リスク指数

その後、極端な気象が、社会経済に与える影響を定量的に表すために、気候リスク指数(ACRI)の開発が進められた。2020年にバージョン1.0が公表された。
1|アメリカの財産の損害のみが対象
バージョン1.0は、アメリカの7つの地域のみが対象とされた。また、影響は、財産の損害に限られた。これは、信頼度の高い災害データとして、アメリカの財産の損害のみに限定したためとされる。
2|損害額を4項目の変数でモデル化
損害額を、切片(I)、エクスポージャー(E)と、降水、低温、高温、強風の4項目の変数
で、次式の通りモデル化している。

Loss = I × Ee ×(降水)p × (低温)l ×(高温)h ×(強風)w [ドル]

算式中のe、p、l、h、wは、各変数に対するパラメータであり、過去のデータをもとに推定していくこととなる。推定結果は、図表3の通りとなっている。
[図表3]信頼水準90%で有意なパラメータ推定
3|ACRIは平均損害額を控除して計算
モデルにより計算された各年の損害額から、参照期間中の損害額の平均を差し引いてACRIが計算される。その推移を見ると、図表4のとおりとなる。

近年、年次ごとのACRIの変動が激しくなってきている様子が、指数の推移として表現されている。
[図表4]ACRIの推移

4―日本版の試作

本章以下では、日本での気候指数の試作について検討する。まず、そもそも気象に関するどの項目をみるべきか、という検討ポイントが挙げられる。ただ、これについてはさまざまな項目が考えられて、収拾がつかなくなる恐れがある。そこで、今回は、北米等と同様に、高温、低温、降水、乾燥、強風、海面水位の6項目を用いる。また、基礎データとして、気象庁がホームページで公開している気象データと潮位データを用いる。
1|参照期間は1971~2000年に設定
まず検討すべき点は参照期間である。気象観測における「平年」と整合的であること、有用なデータが取得できることなどが要件となる。風速や潮位のデータについては、1960年代まではデータが一部欠損していたり、観測方法が異なっていたりする。これらを踏まえて、参照期間は1971~2000年に設定することとした。
2|今回は地域区分を設けない
地域区分をどのように設定するかは、気候指数を作成する上で、大きな検討点といえる。北米では12の地域に分けている。日本の場合、多くの地域がケッペンの気候区分でいう温暖湿潤気候に属する。

一方で、日本は、太平洋側と日本海側、沿岸部と内陸部では、高温、低温、降水などの気象が異なっている。このような地域ごとの気候の違いをもとに、日本独自の気候区分を設けることも考えられる。

ただ、今回は、初めての気候指数の試作ということもあり、取得データや計算システムの稼働能力にも制限や制約がある。そこで、地域区分を設けずに、東京、大阪、名古屋の3地点の指数を試作する。
3|高温、降水、海面水位の平均を合成
北米と豪州では、各項目ごとに指数計算の細部に違いがある。そこで日本版での設定について項目ごとに検討していった。

そして最後に、6項目の指数をもとに、どのように合成指数を算出するのかが検討点となる。高温と低温はともに気温の項目で相互に関連があり、降水と乾燥は反対の事象を表すため負の相関があるものとみられる。また、風速は測定方法が変更されており、データの一貫性に難がある。そこで、高温、降水、海面水位の3項目の平均で合成指数を算出する。

5―今回試作した気候指数の推移

(1) 東京
東京の合成指数は、2000年代以降0.5前後で推移しており、2013年には1に迫る時期もあった。2022年春季(3-5月)には0.65となっている。この20年間で、参照期間からの乖離度が高まっている様子がうかがえる。特に、高温の指数は1前後にまで上昇している。
[図表5]指数推移(5年平均)[東京]
(2) 大阪
大阪の合成指数は、2000年代に0.5を超え、2012年には1を上回り、2022年春季には1.27に上昇している。高温の指数も同水準となっている。特に、海面水位の指数が上昇しており、2012年には2を超えている。
[図表6]指数推移(5年平均)[大阪]
(3)名古屋
名古屋の合成指数は、長らくゼロ近辺で推移していたが、2022年春季には0.72に上昇した。高温の指数は徐々に上昇しているが、ゼロ近辺の降水と、海面水位のマイナスにより、合成指数の上昇が抑えられていた。2022年に海面水位が0近辺に戻り、合成指数が上昇した。
[図表7]指数推移(5年平均)[名古屋]

6―おわりに

今回の気候指数はまだ試作に過ぎない。観測地点の追加や地域区分の設定、北米の気候リスク指数のような、気候変動が人命や財産に与えるさまざまなリスクの定量化の試みも必要と考えられる。引き続き、取り組んでいくこととしたい。
 
*(参考文献等は「気候変動指数化の海外事例-日本版の気候指数を試しに作成してみると…」(基礎研レポート,2022年9月8日)を参照)
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2022年11月08日「基礎研マンスリー」)

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