2022年10月24日

“おひさしぶり消費”と“はじめまして消費”-新型コロナウイルス流行収束後の推し活を展望する

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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4――今後の推し活

一概に推し活と言っても様々な人が推されている。その中でも、アニメやマンガのキャラクターではなく、現実に存在するアーティスト等を推している人からすれば、推し消費は筆者の言う「ヒト消費」の側面よりも「トキ消費」の側面が色濃くなっていくと思われる。コロナ禍において消費者は、人の移動を伴わない、家でできる範囲内で推しを応援してきた。それは、グッズの購入やコンテンツの視聴、アーティストによってはクラウドファンディングでの支援や、オーディション企画での投票だったかもしれない。そのような消費は応援消費や親近感消費など、推しそのものの魅力を消費したいという「ヒト消費」がおもな消費欲求(それしかできなかった)であった。しかし、これは同時に対面でのイベントや他のファンとの盛り上がりなど、推しを媒介に生み出される「トキ消費」が我慢されていた訳であり、その反動として制限の緩和と共に応援消費をきっかけとしたこれらトキ消費への欲求は高まるだろう。
表3 ヒト消費の性質
その例として、コンサート会場で他のファンとお揃いのコーディネートで参加したり、アクリルスタンドや応援グッズを作成して会場に持ち込み、思い思いの方法で応援するといったように、ヒト消費(応援)という側面と同時7に「今」、「ここで」、「誰と」、「どのように」といった自身が実際に足を運んで参加した事実に重きをおいて、自分が参加した証を残そうとするような推し活が様々なカテゴリーでより散見されることになるだろう。
表4 トキ消費の3要素
そこには、好きな作品の聖地で推しと同じポーズで写真を撮ったり、推しが勧める観光スポットに足を運んで、「実際に行ってみたよ」と推しのSNSにリプライしたり、といった他人からの承認欲求を満たすことを目的としないものもあるだろう。ここでトキ消費を目的としたオタ活に求められるのは、やはり非日常化(コロナ禍で自由に消費ができない環境)に身を置いたことで、今まで当たり前のように行ってきたヲタ活がしたくてもできなくなる辛さを身を持って実感したと同時に、またいつそのような不足の事態になるか誰にも分からないという不安が行動のモチベーションとなっているのである。

オタク界隈には「推しは推せるときに推せ」という言葉が昔から存在する。従来の意味合いで言えば、推しが芸能界を引退する、推しが一線を退くといったアイドルやアーティスト側の諸事情で消費者がいきなり消費の機会(応援する機会)を失われることが多く、いつ応援できる環境が無くなっても後悔しないように、という意味合いで使われることが多かった。しかし、新型コロナウイルスの流行後は、応援したくとも応援できない非日常が来るかもしれないから、外部要因による消費機会の損失が起きないうちに思う存分応援(消費)する、といった機会損失リスクを考慮した言葉として使われることが多くなった。リベンジ消費という言葉も聞くようになったが、いつでも思ったように消費ができるわけではないと知った我々は、今後機会損失の可能性に対してより敏感になっていくと思われる。また、いつまた制限が課されるかわからず先行きが見えない中で行われる「コロナ禍に制限されていた消費」は、消費者にとっては、「やっと」、「せっかく」、「なんとか」行えた消費という「達成感」や「安堵感」という付加価値も見出されるわけであり、その一回、一回の消費が以前よりも大きな意味を成すわけである。そのため、前述した通り、あくまでも推しを応援することが推し活の目的ではあるものの、「その場にいた」、「参加した」、「対面した」、といった自身が能動的に行う消費により価値が見いだされるだろう。それは、ステイホームにより同じ趣味を持つ人との繋がりや、自分本位で趣味を消費できなったことで生きていくモチベーション(目的)を一度失ったからこそ、トキ消費やコト消費が主流となる現代消費社会において、推し活を通して「自分がその場にいた」という証(意味)を見出しているのである。詰まるところ、推し活を行う事で得た経験や訪れた場所、満足感などの思い出そのものが、自身が生きていく上でのモチベ―ションとして再解釈されているのだと筆者は考える9
 
6 廣瀨涼「現代消費潮流概論-消費文化論からみるモノ・記号・コト・トキ・ヒト消費-」
2022/01/19 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69930?site=nli
7 もちろん新型コロナ流行以前もこのような消費が散見されたが、例えば2022年5月にKAT-TUNのライブにウェディングドレスで参加したファンの投稿が物議をかもしたように、アーティストからの認知を目的にしたり、ライブに行った際に映えることも目的に入れたり、何よりそのような格好で参加したという事実をある種の武勇伝にするために行き過ぎたトキ消費を求める者も出てくるだろう。「周りと同じようなことをしたくないという欲求」と「(いつかやろうと先延ばししても予期せぬことが理由で実現できないこともあることを経験したから)周りを顧みず自分達のやりたいことを追求したいという欲求」の2つ欲求が悪い意味で目立った行動を生む起因となるだろう。
8 夏山明美「モノ、コトに続く潮流、「トキ消費」はどうなっていくのか/(連載:アフター・コロナの新文脈 博報堂の視点 Vol.13)」2020/10/22 https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/85508/
9 コロナ禍では一人で粛々とDVDをみるなど閉鎖的なオタ活が強いられたが、制限が緩和されることでコンサートに足を運び、群衆と共に推しを応援したというトキ消費の体験が、ステイホームでは成しえない再現性の低い満足感を生み、コンサートの思い出や現地で撮った写真などは、自身がトキ消費を体験した証となり、その証は自身にとってはオタ活の中でも高い満足をもたらすプライオリティの高いものであったと自己解釈するための要素となる。結果的に制限が緩和されることでできるようになったトキ消費は家でできるオタ活よりも高い満足をもたらすことができるから、その満足感を得るために「また消費をしたい(コンサートに行きたい)」「そのために頑張って生きていく」と、生きていく上でのモチベーションとなる。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年10月24日「基礎研レポート」)

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