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高齢タクシードライバーの増加
生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
5――現状での安全対策
ここまで述べてきたような高齢タクシードライバーの増加や運転のリスクに対して、現在講じられている安全対策についてみていきたい。まずは、タクシーに限らず、1種免許取得者にも共通する高齢ドライバー全体への主な対策について、法令によるものから概観しておきたい。
道路交通法(以下、道交法)では、1990年代から、増加しつつある高齢ドライバーに向けて、様々な安全策を講じてきた。主なものは、75歳以上ドライバーを対象とした高齢者講習の導入(1998年)、運転免許の自主返納制度導入(同)、高齢者講習の対象を70歳以上に引き下げ(2002年)、免許自主返納促進のための運転経歴証明書制度の導入(同)、認知機能検査導入(2009年)、75歳以上で免許更新時に「認知症の恐れあり」と判断された人に対する医師の診断を義務付け、認知症と診断された場合には免許取消対象になる等、認知症対策の強化(2017年)がある。
さらに、今年5月施行の改正道交法では、安全対策を一層強化し、75歳以上で一定の違反歴があるドライバーを対象に、新たに運転技能検査を導入した。運転技能検査は、繰り返し受検することが可能だが、更新期間満了までに合格しなければ、運転免許を更新できなくなり、実質的に運転免許を失うという厳しい制度である。従来の安全対策は、認知症対策に重点が置かれていたが、高齢ドライバーによる死亡事故の実態を分析すると、事前の認知機能検査で「認知機能低下の恐れなし」と判定された人が多かったことや、高齢ドライバーの死亡事故原因には、ハンドル操作不適などの運転操作の誤りが多かったことなどから、運転技能の低下に着目した対策として盛り込まれたものである10。
ただし、安全対策の強化によって高齢ドライバーを「免許返納か、継続か」の二者択一で追い込むことがないようにと、同月の改正では、「自主返納の中間的な位置づけ」(警察庁「令和元年度高齢運転者交通事故防止対策に関する調査研究分科会」最終報告書)として、安全運転支援システムを搭載した自動車「サポカー」に限定した免許制度が創設された。
10 金丸傑「道路交通法の一部を改正する法律の施行と下位法令の整備について」『月刊交通』2022年6月
(1) 身体機能の診断と健康管理
1) 適齢診断
ここからは、道路運送事業者であるタクシードライバーを対象に、追加的に設けられている法令上の対策や、タクシー会社が任意で実施している主な取組等についてみていきたい。
まず、65歳以上のタクシードライバーは、国土交通省の告示によって、大臣認定の高齢ドライバー向け適齢診断を受診しなければらない。この診断では、認定機関のカウンセラーが、加齢による身体機能の変化が運転行動にどのような影響を与えているかをドライバーに理解させ、その結果に応じた運転の仕方について指導助言する。法人タクシーの場合は、65歳から74歳までは概ね3年に1回、75歳以降は毎年受診する。個人タクシーの場合は、65歳以上になると、概ね3年に1回の更新申請前に受診しなければならない。
2) 健康診断、健康状態の把握、健康管理
労働安全衛生法に基づき、タクシー会社は、ドライバーの雇い入れ時と、その後は毎年、定期健康診断を実施している。健康診断で所見がなかった場合でも、任意でドライバーに人間ドックや脳ドック、睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング検査などを実施し、早期発見に努めるタクシー会社もある。
国土交通省も2010年に「事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル」を作成し(2014年改定)、各事業者に対して、健康診断で所見がなく、自覚症状がないドライバーに対しても、スクリーニング検査による疾病の早期発見、早期治療を促すなど、積極的な取組を勧奨している。またマニュアルでは、健康起因の事故原因となる疾病には、生活習慣が影響しているものがあることから、食事や睡眠、喫煙等の生活習慣を改善したり、勤務日の休憩時間の取り方などを改善したりすることで、発症リスクを低減するように呼び掛けている。
因みに、同マニュアルによると、運輸交通業における労働者の定期健康診断の有所見率は、全産業平均よりも10ポイント高い64%で、高血圧・高脂血症、糖尿病、肥満などの問題を一つ以上抱えている人が多いといい、ドライバーへの適切な健康管理、健康維持の取組が重要であることが分かる。
国交省は他にも、「睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル」「脳血管疾患対策ガイドライン」「心臓疾患・大血管疾患対策ガイドライン」などを近年、次々と定めている。
本稿で度々述べている全タク連の「ハイヤー・タクシー業 高齢者の活躍に向けたガイドライン」では、タクシー会社による健康管理、健康づくりの取組の好事例として、▽営業所に血圧計と体温計を備え付け、出勤時に全員が測定、記録する、▽営業所に深視力測定装置を設置、▽気力、体力の衰えを防止するために、ゴルフや卓球などのレクレーションに会社が補助、▽会社として健康宣言をし、健康経営に取り組む――などを紹介している。
また、旅客自動車運送事業運輸規則でも、タクシー会社等は、ドライバーの健康状態の把握に努め、疾病や疲労などで安全運転ができない恐れがあるときは、運転をさせてはならないと定められている。
道路運送法に基づき、タクシー会社の運行管理者は毎日、ドライバーの乗務前に点呼を行い、健康状態などを確認している。上述のように、ドライバーが疾病や疲労、睡眠不足等によって、安全運転ができない恐れがある場合は、乗務させてはならない。ドライバーもまた、疾病や疲労、睡眠不足等によって、安全運転ができない恐れがあるときは、申し出なければならない。
その他、運行中にも、運行管理者等が運行状況を把握し、管理をしやすいように、各車両の運行速度や運行距離、運行時間などを記録し、営業所でも共有できる「デジタルタコグラフ」を導入するタクシー会社が増えている。国交省が補助金を交付しており、全タク連によると、2021年3月時点で約7万5,000台の車両に導入されているという。
(3)多様な働き方
高齢ドライバーの増加により、近年、注目されているのが多様な働き方である。タクシードライバーは、一般的には、早朝から始業して深夜に終わる出番と、休みとを繰り返すローテーションが多いが、高齢ドライバーなど健康管理に注意が必要な労働者を対象に、日勤だけでも認めるというようなものである。ただし、タクシー会社が日勤のシフトを組むためには、通常通りに勤務できる高齢以外のドライバーの確保が必要となるため、人手不足解消と一体的に取り組む必要がある。
(4)安全教育
各タクシー会社は、65歳以上のドライバー等に対し、定期的に指導監督(安全教育)をすることが義務付けられている。安全運転に対する注意喚起などである。ただし、全タク連が作成した「ハイヤー・タクシー業 高齢者の活躍に向けたガイドライン」では、現場では高齢ドライバーによる軽微な事故が増えていることから、より頻繁に安全教育を行って、繰り返し注意喚起することを呼びかけている。ドライブレコーダーの映像を用いた指導をしたり、ヒヤリハット事例を報告させたりして、意識を高めている事例もあるという。
(5)技術の活用
高齢ドライバーの健康管理と安全運行に取り組んだ上で、万が一の場合に備えて、車両の衝突防止や被害軽減に役立つと考えられるのが、先進安全技術の活用である。その代表的な対策は、衝突被害軽減ブレーキ等を搭載したサポカーの導入である。
全タク連常務理事の松谷輝也氏によると、2017年に標準安全システムを装備したタクシー専用車両がトヨタ自動車から発売され、2022年5月時点で、全国で2万9,000台導入された(うち東京が1万6,000台)11。ただし、タクシー車両は全国で約22万台あり(福祉輸送限定を含む)、導入済は約1割に過ぎない。特に、地方では導入が遅れている。サポカー以外にも、過労運転防止機器や(2)で述べたデジタルタコグラフ、自動日報装置等も、安全運転、事故防止に資すると期待できる。
11 松谷輝矢「タクシー業界の現状と課題等」『月刊交通』東京法令出版、2022年7月号
1) 道交法改正
(5)までは、高齢タクシードライバーを雇用する場合の事故防止対策について述べてきたが、より抜本的に解決するためには、産業内で新陳代謝を促進することが必要である。若年・中年層を採用できなければ、高齢層がスムーズに引退することもできないからである。この点ではまず、法令上で規制緩和があった。2022年5月の改正道交法では、2種免許を取得できる要件が、従来の「満21歳以上かつ普通免許等保有3年以上」から、一定の教習を修了することを条件に「19歳以上、かつ普通免許等保有1年以上」に引き下げられた。自動車運送業の各業界団体が長年、要望してきた項目であり、より大卒や高卒の若者を採用しやすくなると期待できる。ただし、条件の引き下げだけで就職希望者が急に増えるとは考えづらく、働きやすい職場づくりと、仕事の魅力のPRなどが必要になるだろう。
2) 新卒採用の活発化
道交法の規制緩和と関連して、新陳代謝に必要なのが、採用活動の強化である。2010年代から、在京の大手タクシー会社が新卒採用を大幅に増やし、少しずつその動きが広がっている。先行している大手タクシー会社は、「タクシーは中高年の職場」というイメージを覆し、積極的に新卒者向けの合同就職説明会に参加したり、SNSを活用したりして大量採用を実現しているという。構成比としては依然小さいが、これまで新陳代謝が進まなかったタクシー業界に、風穴を開ける動きである。今後は、地方にも若手採用の動きを拡大できるかどうかが注目される。
6――今後の課題
最も抜本的な対策は、法人タクシーにも「定年制」を導入することであるが、今すぐ実施すれば、地方によっては、人手不足によって事業継続が困難なタクシー会社が出てくるかもしれない。今すぐ行うべき対策としては、現在の高齢タクシードライバーによる事故を防ぐため、5でもみてきた▽各現場における健康管理の強化、▽安全教育の強化、▽負担の少ない勤務体系の整備、▽最新技術の活用、▽若年者の採用拡大――などを強化することだろう。
例えば安全教育に関して言えば、5―2|(4)で述べたように、高齢ドライバーに対しては、法令の定め以上に高頻度に安全教育を実施し、自身の運転にこまめに注意喚起し、経験にとらわれず、ゆとりある運転行動を心がけてもらうことなどである。また、当面はタクシードライバーの年齢分布に大きな変化がないと考えると、サポカー等を増やすことによって、万が一の際の被害軽減を図ることが、現実的に求められるのではないだろうか。タクシー会社は中小零細企業が多いため、国の補助金を活用しても、買い替えが難しい会社が多いと考えられる。地方の状況に応じて、より活用しやすい補助の仕組みも必要となるのではないだろうか。
また、若手の採用については、今後も地方にまで波及していくことを期待したい。タクシー業界は近年、キャッシュレスや配車アプリの導入などハード面で大きく進化していることに加えて、相乗り解禁など、法令によって経営環境も変化している。タクシーと他産業のサービスを連携したMaaSの取組が行われている地域もある。高齢ドライバーにとっては、慣れない機器の扱いに負担感を感じる人もいるだろうが、高卒や大卒など若手にとっては、デジタル技術を活用した職場や、経営環境の変化は、新しいことにチャレンジできるというプラスイメージにつながるだろう。地方のタクシー会社にも、若手の採用に取り組んでほしい。
一方で、中期的には、タクシードライバーに適した年齢幅について、議論する必要があるだろう。個人タクシーには10年前から「定年制」が導入されている。加齢によって、運転に必要な身体機能が低下すること自体は、これまでに述べた通りである。様々な疾病リスクも加齢によって上昇していく。生活習慣を改善することで、リスクを下げられる疾病もあるが、そうではないものもある。
もっとも、法人タクシーは、個人タクシーと違って運行管理者がいるため、運行管理者が高齢ドライバーの体調悪化を把握して乗務を禁止、運転中止を指示したり、本人への安全指導によって運転を改善したりできる可能性はある。かと言って、運行管理だけで、加齢による事故リスクを十分下げられるのかというと、そうは言いきれないだろう。
7――終わりに
一方で、どのような業種、職種であっても、高齢になっても同じように働き続けられるのかと言うと、そうではないだろう。業種、職種の特性によって、求められる能力がある。事業者側から見ても、高齢労働者に対しては、雇用管理の仕方や、業務のフォロー体制も異なるはずである。
改正高齢者雇用安定法は、70歳までを就業確保措置の努力義務の対象とし、労働者の照準としているが、実のところ、現在の雇用管理制度は、必ずしも、そのような高齢者を想定した内容にはなっていない。まして75歳、80歳以上といった労働者の雇用管理の方法については、各事業者に委ねらている。個人差があるとは言え、基礎疾患が増え、心身機能が低下していく高齢労働者に対して、各産業内で雇用管理や業務のフォロー体制に関する議論が熟す前に、高齢労働者が増加している。
「高齢化産業」の筆頭とも言えるタクシー業界では、高齢労働者、他ならぬ、高齢ドライバーが増加し、各タクシー会社も交通事故の不安に直面している。タクシー業界の他にも、現場では高齢労働者が増えているのに、雇用管理は従来から変わっておらず、業務の分担や指示の仕方、確認体制といった仕組みも定まっていないという事業者はあるだろう。
年齢で区切ることは、年齢差別につながる恐れもあるため、慎重でなければいけないが、加齢によって運転に必要な心身機能が衰えるのであれば、過去の国交省の小委員会で提言されたように、定年の議論は避けられないだろう。旅客自動車運送業は、運転を誤れば、ドライバー本人だけではなく、乗客や、地域の他の道路ユーザーの安全にかかわるためである。
定年を迎えることは、労働者や家族にとって経済面でも精神面で大きな影響を受けるが、仮にドライバーの仕事ができなくなっても、地域には、仕事を引退したばかりの元気な高齢者の力を必要とする場はたくさんある。例えば、地域の80歳代、90歳代の一人暮らしや夫婦のみ世帯は、様々な生活支援(ゴミ出し、草むしり、電球交換、家具の移動、調理、話し相手など)を必要としている12。そのような活動の有償・無償ボランティアという形で、地域コミュニティに参加する道もある。長年の有償労働を卒業したら、次は有償・無償ボランティアへと移行したり、農作業だけを続けたりし、程よく体と頭を動かし、本人の健康維持に役立て、誰かの役に立つという道もある。そのサイクルがある社会が、高齢者の「生涯現役」が叶う社会ではないだろうか。
全産業に比べて高齢化が先行したタクシー業界において、年齢特性に応じた雇用管理や運行管理、仕事のフォローに関する仕組みを整え、業務に適した年齢幅について議論できるかどうかは、今後、国全体で高齢者雇用の仕組みを成熟させられるかどうかの試金石となるのではないだろうか。
12 坊美生子(2022)「高齢者の生活ニーズのランキング首位は移動サービス(道府県都・政令市編)~市町村の「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」「在宅介護実態調査」集計結果より~」(基礎研レポート)
参考文献
▽所正文、小長谷陽子、伊藤安海(2018)『高齢ドライバー』(文芸春秋)
▽仲村健二(2022)「特集に当たって」『月刊交通2022年6月号』(東京法令出版)
03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
(2022年09月20日「基礎研レポート」)
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