2022年09月13日

コロナパンデミック下のインドネシア生保市場(3)-国有生保会社を含む複数の伝統的生保会社に経営危機が発生-生保会社とイスラム生保会社の状況(2020年)-

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3――経営破綻の発生

近年、インドネシアで生保会社のいくつかが経営破綻し、市場に混乱をもたらした。開示される情報量の問題等もあり詳細を確認することは難しいが、報道等から動向をまとめると以下の通りである。
1ブミプトラ1912
ブミプトラ1912は、1912 年に教員の相互組合の形で発足したインドネシア最古の民間生保会社である。会社の形態は保険契約者が株主的な立場の持分権者となる相互会社である。わが国では大手の生保会社を中心に5つの相互会社があるが、東南アジアでは珍しい。インドネシアでは相互会社はブミプトラ1912だけである。

ブミプトラ1912の経営危機が注目され始めたのは2013年頃からだが、アジア通貨危機の1997年には危機が発生し、以降25年間、問題を抱え続けてきたのが実態だという。この間、保険監督当局から経営改善要求を受けたことは数多いが真摯に対応されたことはなかった。そうした状況の背後には、同社がインドネシア唯一の相互会社であることがある。例えば90年代後半以降に精緻化されたインドネシアの財務健全性規制において、相互会社への適用の仕方が研究されたことはなく、ブミプトラ1912は実質的にその適用の埒外の存在となっていた。これが結果的に経営改善の機会を奪った。投機的な不動産取引等が損失を生み、債務超過の状態となった。

2016年にOJKは法定管理人を任命し同社の再建を委ねたが、同社の経営状況は改善しなかった。本年2月に、2016年から2018 年までブミプトラの人事総務部長を務めていた人物がOJKに提出した公開書簡では、法定管理者とコンサルタントたちの専横ぶりと一貫性のない再建策の押し付けが糾弾されている。

同社の経営内容は改善されることがなかった。2021年12月末時点では、総資産10.7兆ルピアに対して総負債32.63兆ルピアと大きな債務超過状態にあり、財務健全性指標の比率も悪いと、OJK は指摘している。OJKは、同社の財政状況はすでたいへん困難な状況にあり、通常のような保険販売をテコ入れする程度では、事態を終わらせることは不可能であると述べている。そうした経営改善の遅れの原因としてやり玉に挙げられているのも相互会社形態であることであり、2022年は、空席となっていた同社の最高意思決定機関「会員代表機関(BPA)」の11名のメンバー選定と、BPAによる取締役会および委員会の管理体制の再構築が急がれている。
2ジワスラヤ
ジワスラヤは、1859年に、インドネシア(当時はオランダ領東インド)初の生命保険会社として設立された「蘭印生命保険会社ニルメイ」を始祖に、160年以上の長い歴史を持つ生保会社である。1960年12月に国有化され、1984年8月、現名称のジワスラヤに変更された。ジワスラヤは、株式を国営企業省を通じて政府が100%保有している国有会社である(国営会社ではない)。

ジワスラヤは、2018年から2019年に契約が満期を迎えた顧客への合計13兆ルピアの保険金支払いをデフォルトし、経営内容の悪化が表面化した。

ジワスラヤのデフォルトは、JS貯蓄プランと呼ばれる、国有銀行を含む銀行チャネル(バンカシュランス)で販売された貯蓄商品で発生した。投資リスクが保険契約者に転嫁されるユニットリンク保険とは異なり、JS貯蓄プランは、リスクが保険会社によって完全に負担される確定利率商品である。銀行預金利息よりもはるかに高い利率が保証されていた。

デフォルトの原因は、高い保証利率を付けて販売した商品で得た資金を低品質の株やミューチュアルファンドといった不適切な投資に当てたことであり、その背後には、経営陣の腐敗があった。ジワスラヤ問題は、メガスキャンダルとして、国民の注目を浴びることとなり、検察当局の捜査が入り、複数の元取締役が汚職で終身刑を言い渡された。

最高監査庁(BPK)の調査結果では、こうした低品質の株やミューチュアルファンドへの投資の結果、ジワスラヤは国に約 10.4 兆ルピアの損失をもたらした。腐敗によって引き起こされた損失をカバーするために、こうした株式やミューチュアルファンドへの投資を意図的に実行したとの報告もあるという。株式の売買は一時的なものとして行われていた。銘柄の選択も客観的なデータに基づいておらず、市場を通さず、不当な価格で流動性のない株式に投資して、粉飾決算の道具として使われた形跡もあった。こうした取引に協力したとして10社以上の投資顧問会社も摘発を受けた。

このような放漫経営の結果、2020年9月末時点では、ジワスラヤの債務は54.5兆ルピア、資産は16.0兆ルピアで、38.5兆ルピアの債務超過状態となっていた。

ジワスラヤの株主として、インドネシア政府は対応を余儀なくされた。2020年、国が所有するさまざまな損害保険会社が国有持株会社PT BPUI(Bahana Pembinaan Usaha Indonesia)の下に統合され、PT BPUは社名をインドネシア・ファイナンシャル・グループ(IFG)に変更した。その後、2020年12月、IFGは政府から22兆ルピアの資金提供を受け、2021年1月から、新たに設立した子会社IFG生命に、一定の給付カットの条件に応じたジワスラヤの契約者の保険契約の移転を受け入れ始めた。

表5は、バンカシュランスを通じてジワスラヤの保険契約を購入した契約者に提示された給付カットの選択肢である。(1)キャッシュバリュー全額を15年間に分けて分割返済するメインの選択肢と、(2)キャッシュバリューを29%削減し、残金を5年間にわたって分割返済するオプション1、(3)キャッシュバリューを31%削減し、まず前金として10%を返済した後に、残金を5年間にわたって分割返済するオプション2、という3つの選択肢から1つを選ぶことを、契約者は求められた。契約者はどれが有利かわからないまま、回答したことと思われる。

なお、この他、保険エージェントを通じて保険契約を購入した個人契約者向けの給付カットの選択肢と法人契約者向けの給付カットの選択肢が設定された。
表5 バンカシュランスで販売されたJS貯蓄プラン契約者に提示された契約リストラクチャリングの選択肢
給付カットを受け入れた契約者は、国有会社であるIFG生命の保険契約者として、以後、何年かにわたって返済を受けていくこととなる。

2021年末までに、こうした給付カットを受け入れた契約者の割合は、バンカシュランスを通じて加入した契約者では98.3%、保険エージェントを通じて加入した契約者では99.8%、法人契約者では99.3%と、高い割合が報告されている。
3ワナアルタ生命
ワナアルタ生命の経営悪化は経緯が不自然でわかりにくい。発端は、ジワスラヤの汚職調査に関連して、2020年2月に検察庁により証券口座をブロックされ、投資資産が没収されたことである。これによりワナアルタは、保険金支払いのデフォルトに陥った。

これを機会にOJKはワナアルタ生命に経営の改善を指示したが、その指令にワナアルタ生命の経営陣が従わなかったとして、2021年10月27日、新規契約の引受を禁止し、財務再建計画の提出を要求する制裁措置を実施した。

なお、同じ2021年10月に、ワナアルタ生命が行っていた証券口座のブロックに対する異議申し立ては、中央ジャカルタ地方裁判所(PN)により認められている。

このように本来関係のなかったジワスラヤの汚職に関連して行われた証券口座のブロックがきっかけとなって行われたOJKの指示に従わなかったことから波及したワナアルタ生命の経営危機は、本年(2022年)9月5日に実施された、OJKによる、すべての事業活動の停止命令へとエスカレートしている。OJKの要求に応じてワナアルタ生命の経営陣が提出した財務再建計画(RPK)が現実離れしている等が理由である。その直前の8月には、警察が、ワナアルタ生命の社長を、OJKに虚偽の情報と文書を提供し、顧客の保険料を横領した容疑者として指名した。詳細は不明である。
4クレスナ生命
クレスナ生命は、新型コロナ禍中の支払い要求圧力を受け、2020年5月に、2つの商品の6兆ルピアに及ぶ支払い停止を発表した。OJKは、2020年8月に同社の免許を一時的に停止した。さらに2020年12月、OJKは不遵守を理由に再度、同社の免許を停止した。

問題となった商品は期間3~24 カ月間の商品で、定期預金金利を上回る確定利回りを提供するものであった。また同社は、関連会社への投資が投資資産総額の25%という規制上の上限枠を超えており、投資リスクも高かったという。OJKはクレスナ生命に対して、関連会社への投資を減らすよう命じ、当該命令が実行されるまで新契約の引受を禁止した。

その後、2021年6月に、クレスナ生命の破産申請を最高裁判所が認めたとの報道がある。

おわりに

おわりに

今回は、生保会社やイスラム生保会社の状況を通して、インドネシア生保市場の状況を見てきた。

2022年9月現在、経営悪化した生保会社の事後処理は、完全には決着がついていない。

2014年保険法は、わが国の保険契約者保護機構に該当する法定の契約保護制度の導入を規定し、同法の施行(2014年10月)後3年以内に実装されなければならないとしているが、その取り組みは遅れており、契約保護制度の発足は未実施のままである。

また2020年のコロナ・パンデミック初期における株価低迷を受けて発生したユニット・リンク保険の苦情問題も対応が終わったと言える状況ではない。これは、コロナ・パンデミックを受け株価が低迷する中で、ユニット・リンク保険の契約者からの苦情が急増したことに端を発するものである。状況を憂慮したOJKは2022年3月にユニット・リンク保険を対象とする新たな規制を導入した。経営破綻がインドネシア伝統の内国生保会社の市場構造の変化への適応障害事例と言えるのに対して、ユニット・リンク保険の苦情問題は、現在のインドネシア生保マーケットを牽引する大手外資合弁会社の問題である。

こうした状況を見ていると、インドネシアの生保市場は、急激な市場発展が始まった中、コロナ・パンデミックの影響も受けて、かつての日本の生保業界が半世紀以上をかけて経験してきたさまざまな問題が一気に吹き出したような、混沌とした状況にあるように見える。

しかし、それでも、基礎的な諸条件に恵まれたインドネシア生保市場の成長曲線は崩れないと思われる。今後とも、継続的にフォローを続けていくこととしたい。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2022年09月13日「保険・年金フォーカス」)

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