2022年09月02日

原油価格100ドル割れは続くか?~不透明感が増す原油相場

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

文字サイズ

1. トピック:原油価格100ドル割れは続くか?

原油価格は6月半ば以降下落基調に転じている。代表的な指標であるWTI先物(期近物・終値)は7月半ばに1バレル100ドルの節目を割り込み、足元では88ドル台まで落ち込んでいる。この主因は、西側諸国から制裁を受けるロシアの原油供給が予想されていたほど減らない一方で(後述)、金融引き締めを急ぐ欧米をはじめとする世界経済の減速によって需要が押し下げられるとの懸念が高まり、原油需給の緩和が意識されたためだ。
(今後の中心的な見通し)
ただし、筆者は今後年度末くらいまでを見据えた場合、原油価格は持ち直すと予想している。今後は以下の通り、原油需給の引き締まりに繋がる材料が多いためだ。
米戦略石油備蓄の推移 1)米戦略備蓄放出の終了
時系列で考えた場合、まず、10月には米国政府による戦略石油備蓄(SPR)の放出が終了する。米政府は昨年11月以降、原油価格高騰を受けて複数回に渡りSPRの放出を決定・実施してきた。とりわけ3月末に打ち出された1.8億バレルの放出は過去最大規模に当たり、以後の原油需給の緩和に寄与してきたわけだが、10月にはこの放出が終了する見込みとなっている。

米政府が10月以降も追加のSPR放出を決定する可能性は否定できないものの、これまでの大規模な放出の結果、SPRの水準は既に1984年以来の低水準に落ち込んでいることから、大規模な追加放出のハードルは上がっている。
ロシア産原油を巡る主な制裁 2)EUによるロシア産原油禁輸
また、12月5日以降は、EUによるロシア産原油輸入の大半が停止する。EUはパイプライン経由を除くロシア産原油の輸入禁止措置を6月初旬に導入しているが、既存契約分の輸入に関しては6ヵ月間の猶予期間が設けられた。その猶予期間の期限が12月5日に到来するため、以降はEUによるロシア産原油輸入は大きく減少する公算だ。さらに、来年2月には、ロシア産石油製品の輸入についても猶予期間が終了し、以降は輸入ができなくなる見通しだ。

これまでのところ、西側諸国向け輸出の減少を中国・インド向け等への輸出の増加で大きく賄うことで、ロシアの原油輸出量は概ね維持されてきた1。しかし、もともとの主力であったEU向け輸出が今後ほぼ途絶える際に、その全量を他国への輸出に回すことは困難とみられることから、年末以降、ロシア産原油の供給には減少圧力がかかるとみられる。
 
1 8月のIEA月報によれば、ウクライナ侵攻後7月にかけて、ロシアの西側諸国(EU・米・英・日・韓)向け原油・石油製品輸出は日量220万バレル近く減少したが、その2/3を中国やインド向け輸出の増加などで賄ったとのこと。
天然ガス価格と原油価格 3)天然ガス価格の高騰
さらに、天然ガス価格の高騰も原油価格の追い風になる。主要パイプライン「ノルドストリーム」経由でのロシアからのガス供給が急減したなどにより、天然ガス不足への懸念が高まった結果、欧州のガス価格が高騰し、世界的にガス価格の上昇圧力が高まっている。今後も需要期である冬場にかけて、欧州のガス不足懸念は燻り、天然ガス価格は高止まりが想定される。

ガス価格が高止まることで、より割安な原油への需要のシフト、すなわち原油への代替需要が発生することが見込まれる。
 
従って、今後の中心的な原油相場見通しとしては、上記の材料によって次第に需給のタイト化が意識されることで持ち直すと見ている。WTI先物ベースでは、今年の終盤に1バレル100ドルを回復し、以降は100~110ドルを中心とする推移が続くと見込んでいる。
(原油相場を巡る不透明感は極めて強い)
ただし、原油市場を取り巻く環境は極めて不透明感が強く、原油価格が上記の見通しから乖離する可能性が高い点も否めない。大きな上振れ・下振れリスクとしては以下の材料が挙げられる。
OECD景気先行指数 1)世界経済の減速度合い
需要サイドの材料としては、世界経済の減速度合いが挙げられる。欧米中銀は物価抑制を優先して積極的な利上げを続け、景気への悪影響も辞さない方針に傾いているが、今後、景気が低迷やマイルドな後退のレベルに留まるのか、それとも明確な景気後退に陥るのかによって、原油需要が左右される。

また、ゼロコロナ政策を堅持し、たびたびこう行動制限を強化している中国が、10月の党大会後に同政策を緩和するか否かも重要になる。実質的に緩和されるのか、それとも厳格に維持されるのかが、米国に次ぐ原油消費国である中国の原油需要を大きく左右する。
イランの原油生産量 2)イラン核合意再建協議の行方
そして、供給サイドの材料としては、現在進行中のイラン核合意再建協議の行方が挙げられる。

イランと米国の仲介役となっているEUが8月8日に合意の「最終文書」を提示したことを受けて、現在は両国で検討がなされ、(EUを通じて)回答のやり取りが行われている段階にある。これまで幾度も協議が暗礁に乗り上げた経緯があるうえ、イランは最終文書に対しても課題の存在を指摘していた2だけに合意について楽観できない一方、今回EUが提示したのが「最終文書」とされるだけに、妥協が図られて電撃的に合意に至る可能性もある。

足元のイランの原油生産量は、2018年の米トランプ政権による禁輸制裁発動前に比べて150万バレルほど低い水準にあるだけに、制裁が解除された場合には概ね同じ規模の輸出が徐々に再開され、世界の需給緩和に繋がるとみられる。また、同国は海上に大量の原油備蓄を有しているとみられることから、比較的早期に輸出が増加する可能性も高い。
 
 
2 「イラン、核合意再建「最終文書」に回答 外相は「3つの課題」に言及」(8月16日・ロイター報道)
3)OPECプラスによる減産の行方
これに関連して、OPECプラスによる減産の行方も注目される。8月下旬にサウジのアブドルアジズエネルギー相が突如、原油価格の下落を背景にOPECプラスが減産に動く可能性を示唆した。「足元の原油先物価格がファンダメンタルズから乖離している」との問題意識があるとのことだが、イランの核協議が佳境を迎え、制裁が解除される可能性が従来よりも高まってきたとの警戒を反映している可能性もある。

仮にイランの制裁が解除され、生産・輸出が増加に転じた場合、OPECプラスが減産で調整を図る可能性は高いと見られるが、この場合、増産を要求し続けている米国との亀裂が深まりかねない。OPECプラスがイランの増産に対して、迅速かつ十分な減産を決定するかどうかで世界の原油需給の状況は大きく変わり得る。
4)ロシア産原油に対する価格上限設定の行方
また、供給サイドでは、G7が主導して検討が進められているロシア産原油に対する価格上限設定の行方も原油価格に大きなインパクトを与え得る。

この案は、ロシア産原油の取引価格に上限を設定することで、ロシアの原油輸出収入を抑制しつつ、中国やインドなど第3国へのロシア産原油の流通を遮断しないことで、原油需給逼迫を通じたインフレ圧力の高まりを回避する言わば「一石二鳥」を狙ったものだ。

上限価格も含め、具体的な案はまだ示されていないが、欧米が大半のシェアを握る保険を活用し、価格上限を守っている取引にのみ、輸送に必要な船舶保険などの利用を許可することで、上限を守らせる仕組みが検討されている。米国は、EUの制裁の一環でロシア産原油取引に対する保険提供が禁止される12月までの導入を目指しているとのことだ。本日開催されるG7財務省会合(オンライン)において、具体的な案が提示される可能性がある。
 
もし価格上限が設定され、うまく機能するのであれば、欧米が(低価格での)ロシア産原油の第3国への輸出を許容することになるため、需給逼迫懸念の緩和を通じて原油価格の抑制に寄与する可能性が高い。

ただし、実現のハードルは低くはないだろう。この枠組みが機能するためには、中国、インドも含めて欧米以外の大半の国の参加が必要になる。参加した場合、これらの第3国にとっても、欧米に気兼ねすることなくロシア産原油を安価に調達できるというメリットがあるが、一方でこれまで距離を置いてきた欧米主導の対ロシア制裁に加わることにもなり、欧米を間接的に支援することになる。
 
また、ロシアの反発も懸念される。ロシアの高官は、価格上限が設定された場合に、原油供給を削減する可能性を示唆している3

従って、枠組みが機能できる状態になる前にEUの保険提供禁止措置が発動されたり、価格上限設定に対してロシアが反発し、その撤回を目指して原油供給を絞ったりすれば、世界の原油需給が逼迫しかねない。
ロシア産原油を巡る主な制裁/ロシアとOPECの原油生産量
世界の原油需給(EIA) 以上の通り、筆者としては原油価格の持ち直しを予想しているものの、足元では需給バランスを大きく動かし得る材料が多く存在しており、かつ高度な政治的判断を伴うものも多いだけに、その行方は極めて不透明だ。

従って、原油価格の先行きについてはかなり幅をもって見ておく必要がありそうだ。今後ともそれぞれの動向を注視しつつ、適宜シナリオと影響を吟味していく姿勢が求められる。また、原油価格が急変する可能性があるだけに、原油市場発で金融市場が不安定化するリスクの可能性も念頭に置いておきたい。
 
3 ノバク副首相は、「ロシア産石油価格に設定される上限が生産コストを下回れば、ロシアは世界市場に原油を供給しな 
 い」との認識を示している(7月21日・ロイター報道)。また、ロシア中央銀行のナビウリナ総裁は「私の知る限り、上限を課す国には石油を供給せず、その分はわれわれと協力する準備ができている国々に振り向けられるだろう」と発言している(7月23日・ロイター報道)。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【原油価格100ドル割れは続くか?~不透明感が増す原油相場】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

原油価格100ドル割れは続くか?~不透明感が増す原油相場のレポート Topへ