2022年08月31日

住宅ローン利用者は金利上昇に対してどのように備えるべきか

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

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1――住宅ローン利用者の金利上昇懸念の高まり

1将来の金利上昇を懸念する住宅ローン利用者が増えている
世界的なインフレ率の高まりを受けて、海外の中央銀行の多くが金融引き締めに舵を切っている。日本においてもエネルギーや食料品の価格上昇や円安を受けて消費者物価指数が徐々に上昇しており、日本銀行も金融政策を正常化させるのではないかと考える人が増えつつある。2022年4月の住宅金融支援機構の調査によると、2021年10月時点の調査と比較して金利上昇を懸念する住宅ローン利用者が2割から4割に増えていることが分かる。
図表1:今後1年間の住宅ローン金利の見通し(利用者へのアンケート)
2住宅ローンの適用金利の水準はどのようにして決定されるか
仮に日本銀行が金融政策の正常化に転じて金利上昇が生じた際に住宅ローン金利にどのように波及していくのか考察する上で、まずは金融機関が住宅ローン金利をどのように決定しているのか確認しておきたい。住宅金融支援機構の調査によると、金融機関が住宅ローンの金利設定の際に最も考慮するものとして「競合する他機関の金利」、次に市場金利に関するもの(「スワップ金利」「長期国債流通利回り」「長短金利差」「無担保コールレート」)を挙げている(図表2)。昨今は流通系やインターネット専業銀行等の金融機関が新たに住宅ローン市場に参入して獲得競争が激化しており、変動金利型住宅ローン金利の最低水準が0.4%前後であるなど、住宅ローン金利の低下が著しい1
図表2:金融機関の住宅ローンの金利設定時に考慮する要因
各金融機関は次に市場金利を重視している。必ずしもすべての金融機関においてそのように説明されているわけではないが、商品説明上は変動金利型住宅ローンの店頭金利の決定に際して短期プライムレートを参考指標として用い、固定金利型住宅ローンの店頭金利の決定に際して長期プライムレートを参考指標として用いるとすることが多い。実際には金融機関では、変動金利型か固定金利型かに限らず、住宅ローン金利の決定に際して、プライムレートではなくスワップ金利や長期国債流通利回り、無担保コールレートといった市場金利を参考指標としていることが分かる。

また、金融機関が住宅ローンを提供する際には、必要に応じて金融市場から資金調達を行う必要があるが、資金調達にかかるコストを計算する際の参考指標として「営業経費」「預金利息」、次に市場金利関連の指標(「金利スワップ利息」「借用金利息」「コールマネー利息」「債券支払利息」)が挙げられている。基本的には金融機関は利ザヤを重視するため、競合している金融機関の金利水準を確認しつつ、運用利回りの代表的な指標となる長期国債流通利回りの水準を確認しながら、金利リスクのヘッジの代表的な指標であるスワップ金利や短期資金の調達コストの代表的な指標である無担保コールレートなどが示す資金調達コストよりも高い水準で住宅ローンの金利が決定されることになる。
図表3:金融機関が住宅ローンの金利設定時に考慮する調達コストの参考指標
図表4は短期プライムレート、定期預金金利(6カ月以上1年未満)と無担保コールレート(オーバーナイト物)を並べたものである。これらの短期金利指標はおおよそ連動して動いていることが分かる。つまり、預金金利や無担保コールレートが上昇/低下すれば、変動金利型住宅ローンの金利も上昇/低下すると考えてよいだろう。
図表4:主な短期金利指標の推移(1996年4月以降:月次)
図表5は、長期プライムレート、長期国債流通利回り、スワップレート(10年)を並べたものである。これらの短期金利指標はおおよそ連動して動いていることが分かる。つまり、長期国債流通利回りやスワップレート(10年)が上昇/低下すれば、固定金利選択型や全期間固定型の住宅ローンの金利も上昇/低下すると考えてよいだろう。
図表5:主な長期金利指標の推移(1996年4月以降:月次)
2016年頃より、長期国債流通利回りとスワップレートが低下しているのにも関わらず、長期プライムレートが低下していない点については、図表2にもあるように営業経費や貸し倒れへの対応にかかる最低限の利ざやを確保するなどの要因で、長期プライムレートのように貸出金に関する金利指標には下方硬直性もしくは下限があるためだと考えられる。これは短期金利においても定期預金金利や無担保コールレートといった調達金利よりも短期プライムレートが1.5%程度高い水準にある点についても同様の事情とみられる。

特に住宅ローン市場では、実際に住宅ローンの借り入れにおいて返済額の計算に用いられる金利(適用金利)は、住宅ローンの借り手の属性や購入予定の不動産の状況、他の金融機関等が提供する住宅ローンの金利水準などを参考に、プライムレートを参考に決定される店頭金利よりも引き下げられた水準で決定されるのが一般的である。契約後の適用金利についても店頭金利は変動する可能性があるものの、契約時に決定された引き下げ幅を固定したままで返済額の計算に用いる。このような市場慣行が広がると、短期プライムレートを引き下げると、既契約の出来上がりの適用金利が低くなりすぎて必要なコストが回収できなくなるなどの事情で、特に短期プライムレートは過去に適用してきた引き下げ幅も踏まえた形でその水準が決定されるようになると推察される。逆に言えば、預金金利や無担保コールレートに代表されるような調達金利や、スワップレートのようなリスクヘッジの指標、長期国債流通利回りのような運用利回りが上昇するような環境であれば、短期プライムレートや長期プライムレートも上昇し、これらの指標に上方硬直性はないと考えている。
3変動金利型から固定金利型への借換えは金利上昇に対して有効な対応策になりえるか
2022年4月の住宅金融支援機構の調査によると、住宅ローン利用者の金利上昇に伴う返済額増加への対応として「返済目処や資金余力があるので返済継続」(変動金利型の利用者:27.9%、固定期間選択型の利用者:23.2%)、「金利負担が大きくなれば全額返済」(変動金利型の利用者:12.3%、固定期間選択型の利用者:18.1%)、「返済額圧縮、あるいは金利負担軽減のため一部繰り上げ返済」(変動金利型の利用者:23.8%、固定期間選択型の利用者:24.7%)、「借換え」(変動金利型の利用者:15.3%、固定期間選択型の利用者:12.0%)、「見当がつかない、わからない」(変動金利型の利用者:20.3%、固定期間選択型の利用者:21.6%)が挙げられている(図表6)。2021年10月の調査と比較して「借換え」で対応すると回答する割合が増えている。
図表6:金利上昇に伴う返済額増加への対応(変動型、固定金利選択型の利用者)
図表6における「借換え」とは、変動金利型や固定期間選択型から全期間固定型への借換えを意味していると思われる。実際には機動的に変動金利型から固定金利型へ借換える(または契約変更する)のは難しい。本稿では、次の3つの観点で「金利上昇局面になってから固定金利型に借り換える(または、契約変更する)」という選択は推奨しない。1つ目の理由は、「一般的に金利上昇する際は変動金利型よりも固定金利型の方が早く適用金利が上昇するため」である。図表7は変動金利型住宅ローンの適用金利の参考指標として用いられることが多い短期プライムレートと、固定金利型住宅ローンの適用金利の参考指標として用いられることが多い長期プライムローンの推移を示したものである。2006年から2007年にかけて短期プライムレートの上昇が生じた際には、短期プライムレートよりも先に長期プライムレートが上昇していることが分かる。一般的に日本のように中央銀行が金融緩和政策下にある場合、中央銀行は短期金利が低位に誘導するような政策をとっている。その最中に経済成長率やインフレ期待が高まり景気回復局面に移行すると、短期よりも先に長期の金利から上昇していくことになる。

そのため、通常は金利上昇する際は短期金利よりも長期金利の方が早く上昇する。住宅ローンの適用金利は金融市場の動向に応じて各金融機関が決定するが、変動金利型よりも固定金利型の方がより長期の金利水準を参照して決定されるのが通例である。金利上昇に対して「借換え」が有効になるには、金利上昇する前に実行する必要がある点に留意する必要がある。特に日本の場合は、金融政策が正常化される場合には、先にイールドカーブコントロールの解除によって長期金利が上昇し、次にタイムラグをもってマイナス金利政策が解除されることで短期金利が上昇するものと考えられるため、変動金利型から固定金利型への借り換えを金利上昇への備えとする場合、少なくともイールドカーブコントロールが解除される前に実行するべきである。

2つ目の理由は「将来の金利上昇を予測するのは難しいため」である。日本は長期の低金利環境下にあるが、その要因は経済成長率やインフレ期待が低位であるだけではなく、日本銀行による強力かつ様々な金融緩和策によるところも大きい。このような背景もあって、日本の市場金利の水準が決定するメカニズムは非常に複雑なものになっている。さらに、海外の事例を見ると、中央銀行の政策変更(金融緩和解除や金融引き締めへの移行)があると、短期間かつ急速に金利上昇が生じることがある。変動金利型から固定金利型への契約変更や借り換えを検討するのであれば、金利動向や日本銀行の政策動向について日々モニタリングしておく必要がある。一般の個人がこのような態勢を整えつつ、機動的に契約変更や借り換えを行うのは、あまり現実的な選択肢になりえないと思われる。
図表7:短期プライムレートと長期プライムレートの推移(1996年4月以降)
3つ目の理由として「住宅ローンの利用者は金利上昇リスクをヘッジする手段に乏しいこと」が挙げられる。2つ目に将来の金利上昇を予測するのが難しい点に言及したが、住宅ローンを提供する金融機関はデリバティブ(例:金利スワップや国債先物など)等の金融商品を用いて機動的に金利リスクをヘッジすることはいくらか可能であるが、一般的に住宅ローンの利用者が金利上昇リスクをヘッジできる金融商品を購入・選択するのは困難である。そのため、住宅ローンの利用者がとりえるリスクヘッジの手段として、あらかじめ固定金利型を全てまたは一部を借り入れるか、預貯金などでリスクバッファを確保して繰り上げ返済に備えておくぐらいしか選択肢がない。
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金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

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