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- 自社株買いの設定は増加も、買付ペースは慎重
2022年08月30日
1――はじめに
自社株買いの設定は2022年に過去最高水準を更新する勢いだが、実際の買付はどのようなペースで進んでいるのだろうか。2022年度の買付実施率を確認したのち、過去5年間で買付の実施にどのような変化があるのかを分析してみた。
2――設定額に対する2022年の買付実施率は40%
2022年度は7月末時点の買付実施率が40%と2021年度と同程度であった。7月末時点で2018、2019年度は60%を超えており、この2年と比べると2021、2022年度の買付のペースは遅く、比較的慎重に買付を行っているように見える。
3――取得期間を考慮した場合の買付実施率は96%と、買付ペースは企業の計画通り
次に、自社株買いの買付実施ペースについて、企業の取得計画をもとに計算した予定取得ペースを、自社株買い買付の巡航速度と仮定した場合の、買付実施率をみた。具体的には、まず企業ごとに自社株買い設定額を、その企業が当初計画した取得期間(月)で単純平均し、月ごとの予定取得額を計算した。そのうえで、月ごとの予定取得額を累積し、それに対する実際の買付額の累積の比率を買付実施率として算出した。例えば、A社が5月に上限500億円、取得期間5月10日から9月30日までとする自社株買い実施を決議した場合、予定取得額は5月から9月まで毎月平均で100億円(500億円÷5カ月)となる。そのうえで、5月は100億円、6月は200億円、9月は500億円というように累積している。
図表3は上記方法で算出した累積の買付実施率をまとめたものである。4月と5月は設定のタイミングにも依存するため、比較が容易な6月から示した。100%を超えていた場合、企業の取得計画をもとに筆者が計算した各月単純平均取得ペースより多く買い付けたことを示し、100%を下回っていたなら少なく買い付けていたことを示す。
図表3は上記方法で算出した累積の買付実施率をまとめたものである。4月と5月は設定のタイミングにも依存するため、比較が容易な6月から示した。100%を超えていた場合、企業の取得計画をもとに筆者が計算した各月単純平均取得ペースより多く買い付けたことを示し、100%を下回っていたなら少なく買い付けていたことを示す。
2022年度の買付実施率は7月末時点で96%(赤枠)と、ほぼ企業の計画通りに買い進められている様子である。この結果から2022年度の買付の実施は対設定金額のみで見ると2018年度、2019年度と比較して慎重に見えるものの、むしろ2018年度と2019年度の進捗具合が計画以上に積極的に行われていただけの可能性もある。
2018、2019年度はコーポレートガバナンス(企業統治)改革があった。東京証券取引所は2015年6月に「コーポレートガバナンス・コード」を施行(2018年6月、2021年6月に改訂)、それに伴って、株主が企業の「稼ぐ力」により厳しい目をそそぐようになった。企業は株主から集めた資本を効率よく活用することが求められるようになり、そのなかで、株主還元や資本効率を高める効果のある自社株買いの設定が増加した。初めて自社株買いを実施する企業の増加や、政策保有株式の解消に自社株買いを活用する流れもあり、自社株買いを設定し、積極的かつ迅速に買付を実施することで株主にアピールする動きがあったと推測される。
2018、2019年度はコーポレートガバナンス(企業統治)改革があった。東京証券取引所は2015年6月に「コーポレートガバナンス・コード」を施行(2018年6月、2021年6月に改訂)、それに伴って、株主が企業の「稼ぐ力」により厳しい目をそそぐようになった。企業は株主から集めた資本を効率よく活用することが求められるようになり、そのなかで、株主還元や資本効率を高める効果のある自社株買いの設定が増加した。初めて自社株買いを実施する企業の増加や、政策保有株式の解消に自社株買いを活用する流れもあり、自社株買いを設定し、積極的かつ迅速に買付を実施することで株主にアピールする動きがあったと推測される。
4――コロナ禍をきっかけに自社株買いに対する企業の姿勢が変化した?
ただし、2022年度は取得予定期間が2021年度までと比べて約2カ月伸びている。図表4は、自社株買いを設定した企業について当初計画した取得期間に設定金額を加味した平均値を年度別に集計している。2021年度はコロナ禍前とほぼ変わらない6カ月だが、2022年度は約8カ月と取得期間が大きく伸びた。
つまり2022年度は図表2の取得計画を考慮した買付実施率が2021年度と比べて改善し概ね企業計画通りになっているが、そもそも取得計画自体が慎重になっており、2021年度と同様に2022年度も慎重に買付が行われている可能性が高い。そのため図表1の買付実施率が2021年度と2022年度で同水準になったと考えることができる。
2020年度は新型コロナウイルス感染拡大による、経済や企業業績の先行き不透明感から、自社株買いの設定は急減した。2021年度の特に年度後半以降は、企業業績の底入れや2020年度にコロナ禍の影響で設定が低調だったことの反動もあってか、自社株買いの設定を決断する企業は再び増加している。とはいえ、新型コロナウイルス、ウクライナ情勢、各国中央銀行の金融政策といった先行き不透明感はコロナ禍前よりも増しており、株式市場や自社の株価の動向を見つつ、企業もより慎重に買付を実施する姿勢が強くなっているのかもしれない。
つまり2022年度は図表2の取得計画を考慮した買付実施率が2021年度と比べて改善し概ね企業計画通りになっているが、そもそも取得計画自体が慎重になっており、2021年度と同様に2022年度も慎重に買付が行われている可能性が高い。そのため図表1の買付実施率が2021年度と2022年度で同水準になったと考えることができる。
2020年度は新型コロナウイルス感染拡大による、経済や企業業績の先行き不透明感から、自社株買いの設定は急減した。2021年度の特に年度後半以降は、企業業績の底入れや2020年度にコロナ禍の影響で設定が低調だったことの反動もあってか、自社株買いの設定を決断する企業は再び増加している。とはいえ、新型コロナウイルス、ウクライナ情勢、各国中央銀行の金融政策といった先行き不透明感はコロナ禍前よりも増しており、株式市場や自社の株価の動向を見つつ、企業もより慎重に買付を実施する姿勢が強くなっているのかもしれない。
5――まとめ
コロナ禍で一時減少した自社株買いの設定は、2021年度後半から再び増加傾向にある。設定金額、設定件数、企業数が増える中、2022年度は企業が計画した取得期間を加味した実施率は、ほぼ企業の想定通りということが確認できた。
過去5年間で買付の実施にどのような変化があったかを確認したところ、2020年のコロナ禍をきっかけにして、買付の実施ペースに違いが見られた。コロナ禍前は設定後比較的早い時期に積極的に買い進める動きが見えた半面、2020年度以降はより慎重な買付を実施していた。その背景としては、新型コロナウイルス、ウクライナ情勢等先行き不透明感がより高まっていることがあると考えられる。2022年度の取得予定期間は約8カ月とそれ以前と比較して約2カ月伸びており、企業の慎重姿勢がうかがえる。
コーポレート・ガバナンス改革の影響から株主還元や資本効率の向上を理由に自社株買いの設定・買付を行っていた企業も、新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、資本政策全体のなかでの自社株買いとしての位置づけがより強まったものと考えられる。年度別の最終的な実施率を見ると、2018、2019年度は94%、96%に対し、2021年度は88%だった。取得の理由によるが、状況によっては必ずしも設定枠通りに買い切る必要はないと考える企業も増えているのかもしれない。その良しあしはここでは判断できないが、自社株買いには企業の経営者が自社の株価が割安と示す「アナウンスメント効果」もあり、実施を発表すると株価はポジティブに反応する傾向がある。設定金額や件数が増加するなか、各社の株価動向等を見極めるためにも、自社株買いの裏にある各企業の経営戦略や資本政策に基づいた実際の買付方法にも注目することが今後より重要になりそうだ。
過去5年間で買付の実施にどのような変化があったかを確認したところ、2020年のコロナ禍をきっかけにして、買付の実施ペースに違いが見られた。コロナ禍前は設定後比較的早い時期に積極的に買い進める動きが見えた半面、2020年度以降はより慎重な買付を実施していた。その背景としては、新型コロナウイルス、ウクライナ情勢等先行き不透明感がより高まっていることがあると考えられる。2022年度の取得予定期間は約8カ月とそれ以前と比較して約2カ月伸びており、企業の慎重姿勢がうかがえる。
コーポレート・ガバナンス改革の影響から株主還元や資本効率の向上を理由に自社株買いの設定・買付を行っていた企業も、新型コロナウイルス感染拡大をきっかけに、資本政策全体のなかでの自社株買いとしての位置づけがより強まったものと考えられる。年度別の最終的な実施率を見ると、2018、2019年度は94%、96%に対し、2021年度は88%だった。取得の理由によるが、状況によっては必ずしも設定枠通りに買い切る必要はないと考える企業も増えているのかもしれない。その良しあしはここでは判断できないが、自社株買いには企業の経営者が自社の株価が割安と示す「アナウンスメント効果」もあり、実施を発表すると株価はポジティブに反応する傾向がある。設定金額や件数が増加するなか、各社の株価動向等を見極めるためにも、自社株買いの裏にある各企業の経営戦略や資本政策に基づいた実際の買付方法にも注目することが今後より重要になりそうだ。
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(2022年08月30日「基礎研レポート」)

03-3512-1855
経歴
- 【職歴】
2006年 資産運用会社にトレーダーとして入社
2015年 ニッセイ基礎研究所入社
2020年4月より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・早稲田大学大学院経営管理研究科修了(MBA、ファイナンス専修)
森下 千鶴のレポート
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