2022年08月05日

円安が急反転、今後の行方はどうなるか?

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.トピック:円安が急反転、今後の行方はどうなるか?

ドル円レートは、7月半ばに米CPIの上振れを受けて一時1ドル139円台前半と140円の節目に肉薄した後ににわかに反転し、今月月初にかけて一時130円台まで10円近くも急落した(表紙図表参照)。その後はやや持ち直したものの、足元でも133円台前半とピークに比べて5円以上円高の水準に留まっている。改めて、今後のドル円の注目ポイントと行方を考えたい。
(にわかに円高が進んだワケ)
最初に、7月半ば以降に円安が反転、つまり円高ドル安が起きた主因を一言で表すと、「ドル安材料が相次いだため」ということになる。具体的に整理すると、以下の通りだ。
米国レギュラーガソリン価格 1)米インフレの鈍化観測
まず、先月半ば以降、米インフレについて、ピークアウトへの期待が高まったことが先行きの利上げ観測後退を通じてドル安圧力になった。先月15日に公表されたミシガン大の消費者信頼感指数において消費者の期待インフレ率が低下したほか、今月月初に公表されたISM(米供給管理協会)製造業・非製造業景気指数でも、それぞれ価格指数の低下がみられた。

そして、この間のガソリン価格が下落したこともインフレの鈍化期待に繋がったとみられる。6月半ばに1ガロン5ドルを超えた米ガソリンレギュラー価格1は、原油価格の下落を受けて低下基調に転じ、今月月初には4.2ドルを割り込んでいる。
 
1 EIA公表の週次統計ベース
米エコノミック・サプライズ指数(シティグループ) 2)米景気後退懸念の高まり
また、米国の景気後退懸念が高まったことも利上げ観測後退を通じてドル安に繋がった。 

インフレ高進や急ピッチの利上げの影響もあり、米国の経済指標は冴えないものが増えている。現に、シティグループが算出している米国のエコノミック・サプライズ指数2は5月以降、大幅なマイナスが続いており、予想を下回る指標が多い状態が続いていることを示している。

下振れは利上げの影響を受けやすい住宅関連の指標などで顕著だが、特に先月28日に公表された第2四半期の実質GDP成長率が予想に反して2期連続のマイナスとなり、「テクニカル・リセッション」の要件を満たしたことの市場へのインパクトが大きかった。

ちなみに、最近ではユーロ圏の経済指標も冴えないほか、中国の経済指標もロックダウンからの回復が鈍く、それぞれエコノミック・サプライズ指数はマイナス圏にある。このように、米国以外の経済情勢が冴えないことも米国の景気後退懸念に繋がっているものとみられる。
 
2 各種の経済指標について、事前の市場予想値と公表結果の乖離度合いを指数化したもの。結果が予想値を下(上)回れば、マイナス(プラス)方向に動く。
3)FRB要人発言
さらに、先月以降、FRB要人の発言がドル安を促す場面も目立った。7月半ばに米CPI(前年比9.1%増)が予想を上回り、市場で同月下旬のFOMCでの100bpの利上げを織り込む動きが発生した際には、直後にFRBのウォラー理事などが否定的な見解を示したことで、過度の利上げ観測が後退し、ドル高が一服した。また、同月27日のFOMC後のパウエル議長会見において、議長が「(これまでの政策調整が経済やインフレにどのような影響を与えているかを評価しながら)引き上げペースを緩めることが適切となる可能性が高い」と発言したことがハト派的と受け止められたことがドル安圧力となった。
 
以上のように、7月半ば以降、米国の景気後退懸念ならびにインフレ鈍化観測が高まったことで利上げ観測が後退し、FRB要人の発言もその流れをサポートした。その結果、米長期金利が低下し、ドルが幅広い通貨に対して下落することになった。ドル円では米長期金利低下を通じて日米金利差が縮小し、円高ドル安に作用することになった。
米政策金利の見通し(FF金利先物の織り込みとFRB)/主要通貨の名目実効為替レート
なお、この間、日銀の金融緩和堅持姿勢と多額の貿易赤字という日本・円サイドの円安材料には大きな変化はなかった。ただし、原油価格が6月半ば以降に下落に転じたことが日本の貿易赤字縮小観測を通じて円安圧力を和らげた可能性はある。

直近のドル円については、FRB要人の利上げに前向きな発言を受けて、ドルがやや持ち直し、足元のドル円は133円台前半にある。
日本の貿易収支と燃料輸入額/原油価格(WTIと東京ドバイ)
(ドル円相場の今後の見通し)
今後は、市場が織り込んだ米国の景気後退懸念とインフレ鈍化観測の高まり、それに伴う利上げ観測の後退について、その妥当性が試されることになる。

確かに、今後の米国経済は減速感・停滞感の強いものになる可能性が高い。7月以降、米国の債券市場では2年国債利回りが10年国債利回りを下回る「逆イールド」が発生しているが、過去の経験則では、逆イールド発生後に実際に景気後退に陥るケースが多かった。

また、景気を6~9ヵ月程度先取りすると言われるOECDの景気先行指数では、米国の指数が既に好不況の境目とされる100を下回っている。
米長短金利差(10年国債-2年国債利回り)/OECD景気先行指数
ただし、市場は景気の後退とそれに伴うFRBの利上げ鈍化・利下げ開始を前のめり的に織り込んでいる可能性がある。

FF金利先物市場が織り込む米政策金利の見通しを確認すると、現在の2%台半ばから来年年初にかけて3%台半ばまで利上げされた後、春には早々に段階的な利下げに転じる形になっている。6月半ば時点の織り込みと比べると、利上げの最高到達点が50bp超下がったうえ、利下げに転じる時期も前倒しされており、6月FOMCで示されたFRB参加者による見通しの水準を大きく下回る。

市場では、「近い将来に米国の景気後退もしくは大幅な景気減速が発生し、需要減退を通じてインフレもそれなりに抑制されることで、FRBが早々に利下げに転じる」というシナリオを織り込んでいると推察される。
 
また、インフレについても、「FRBが来年前半に利下げに転じることが可能になるほど早期かつ十分に収まるか」は疑問が残る。

既述の通り、米国内のガソリン価格は原油価格の下落を受けて下落しているが、今年終盤にEUによるロシア産原油禁輸措置の猶予期間が切れることなどを踏まえると、先々原油需給が緩和して原油価格の水準が大きく切り下がるとは考えづらい。

今後、利上げの効果などから労働需要が減少して賃上げ圧力が鈍化すれば、インフレ率の抑制に寄与することが期待される。ただし、未だ求人数が採用数を大幅に上回っている状況が示す通り、米国の労働需給は極めて逼迫しており、賃上げ圧力が容易に収まらない可能性もある。
米国の物価と賃金の伸び/米企業の求人数と採用数
以上を踏まえたドル円の見通しとしては、当面は一進一退の方向感に欠ける展開が予想される。米国の景気減速・後退懸念は今後も続き、ドル安圧力が高まる場面も想定されるが、市場では既にかなり織り込み済みとみられることから、大幅に円高ドル安が進んでいくシナリオは想定しづらい。むしろ、悲観の織り込みが進んだ反動で一旦ドルが持ち直す場面も予想される。日銀の金融緩和継続姿勢や日本の多額の貿易赤字といった円安材料が存続することも円の上値を押さえるだろう。

一方、10月以降には、累積的な利上げの影響などから米国の景気減速感が実際に強まること、米物価上昇率のピークアウトが確認されること、米中間選挙でのネジレ発生に伴う米政治停滞懸念が強まることなどから、ドル円は上下しつつも次第に下値を切り下げていく(円高方向に向かう)展開になると予想している。現時点では、年末の水準について、1ドル131円前後と予想している(来年以降も含め、四半期平均の具体的な予測値は最終頁の図表参照)。

(2022年08月05日「Weekly エコノミスト・レター」)

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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