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- 定年延長、試験導入(中国)
2022年07月13日
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2022年3月から、江蘇省で定年退職年齢の延長が導入されている。江蘇省人力資源社会保障庁は、2022年1月、新たに年金に関する規定を定め、そこに定年退職年齢の延長を盛り込んだ1。
定年退職年齢の延期のように、社会的に大きな反響が予想される政策の場合、まず地方都市から試験的に導入し、反応をうかがいながら順次全国に広げていくという、中国ではよく用いられる手法である。現行法では、定年退職年齢が年金受給開始年齢であることから、社会的な反響が大きい。定年退職年齢の延長は主務官庁である人力資源社会保障部にとって長年の懸案事項でもあり、素案を社会に提示しては押し返されるという状況が続いていた。今般、江蘇省では現行の定年退職者年齢に達した被雇用者全員を対象とするなど、一歩踏み込んだ内容となっている2。地域は限定されるが、導入が試みられる意義は大きいであろう。
中国において法律で定められた定年退職年齢は、原則として、男性は満60歳、女性は満55歳(幹部職や管理職)または満50歳(一般労働者)である3。性別で異なり、女性は職場での属性によって複数種に分かれているのが特徴である。定年退職年齢のあり方や枠組みは、1950年代の計画経済期に決定されて以降、70年にわたって抜本的な改定がされていない状態にある4。
今般、江蘇省の趣旨としては、(1)性別に関係なく、本人が希望し、雇用主が同意すれば最短で1年から定年退職年齢の延長を可能とする、(2)女性の一般労働者の定年退職年齢を50歳から55歳に引き上げる機会を増やす(幹部職や管理職と同一にしていく)といった点にあろう(図表1)。
女性の定年退職年齢に関する内容が多い理由は、幹部職・管理職または一般労働者に関する要件が法律では明確に定められておらず、政省令レベルでも異なる点にあろう。本人の認識と雇用主側の認識が異なるなどのトラブルもあり、今後は定年退職年齢の統一という方向で進んでいる点がうかがえる。
また、こういった定年退職年齢の区分(幹部職・管理職/一般労働者)は、改革開放政策前の計画経済期において形成され、キャリアパスや賃金が異なるだけではなく、歴史的に一種の身分上の区分としても認識されてきた経緯もある5。しかし、現在の市場経済下における社会においては、雇用のあり方の変革や働き方の多様化が進んでおり、こういった歴史的な区分は実質的には過去のものとなりつつある。現代の雇用や働き方と、70年前の定年退職年齢のあり方に大きなミスマッチが発生していたのだ。
定年退職年齢の延期のように、社会的に大きな反響が予想される政策の場合、まず地方都市から試験的に導入し、反応をうかがいながら順次全国に広げていくという、中国ではよく用いられる手法である。現行法では、定年退職年齢が年金受給開始年齢であることから、社会的な反響が大きい。定年退職年齢の延長は主務官庁である人力資源社会保障部にとって長年の懸案事項でもあり、素案を社会に提示しては押し返されるという状況が続いていた。今般、江蘇省では現行の定年退職者年齢に達した被雇用者全員を対象とするなど、一歩踏み込んだ内容となっている2。地域は限定されるが、導入が試みられる意義は大きいであろう。
中国において法律で定められた定年退職年齢は、原則として、男性は満60歳、女性は満55歳(幹部職や管理職)または満50歳(一般労働者)である3。性別で異なり、女性は職場での属性によって複数種に分かれているのが特徴である。定年退職年齢のあり方や枠組みは、1950年代の計画経済期に決定されて以降、70年にわたって抜本的な改定がされていない状態にある4。
今般、江蘇省の趣旨としては、(1)性別に関係なく、本人が希望し、雇用主が同意すれば最短で1年から定年退職年齢の延長を可能とする、(2)女性の一般労働者の定年退職年齢を50歳から55歳に引き上げる機会を増やす(幹部職や管理職と同一にしていく)といった点にあろう(図表1)。
女性の定年退職年齢に関する内容が多い理由は、幹部職・管理職または一般労働者に関する要件が法律では明確に定められておらず、政省令レベルでも異なる点にあろう。本人の認識と雇用主側の認識が異なるなどのトラブルもあり、今後は定年退職年齢の統一という方向で進んでいる点がうかがえる。
また、こういった定年退職年齢の区分(幹部職・管理職/一般労働者)は、改革開放政策前の計画経済期において形成され、キャリアパスや賃金が異なるだけではなく、歴史的に一種の身分上の区分としても認識されてきた経緯もある5。しかし、現在の市場経済下における社会においては、雇用のあり方の変革や働き方の多様化が進んでおり、こういった歴史的な区分は実質的には過去のものとなりつつある。現代の雇用や働き方と、70年前の定年退職年齢のあり方に大きなミスマッチが発生していたのだ。
定年退職年齢の延長をいつまでに全国導入するかについては、2025年が1つの期限としている点がうかがえる。国や主務官庁、国務院が発出する計画や通知からも、第14次5ヵ年計画期間である2021~2025年における実施を盛り込んでいる6。特に、2022年前後で1963年をピークとするベビーブーム世代の男性が60歳と定年退職年齢に達する。今後10年ほどは大量退職が続き、2021年から2025年までで4000万人が高齢者になる。2025年に向けて、2022年は1つのターニングポイントととらえることもできよう。
一方、主務官庁である人力資源社会保障部は、法定定年退職の延長や引き上げについて原則的な内容を発表したのにとどまっている7。それは、(1)定年退職年齢は一気に引き上げず、小刻みに行うこと、(2)被雇用者に選択肢を与え、定年延長を強制しないこと、(3)性別、職務、職業などによって、定年退職年齢を設定すること、(4)関連法規の改定、保障措置の改正も行った上で実施することとなっている。江蘇省での内容は、当該4項目を踏まえた上で、省内の就労環境や状況を踏まえた上で定められたと考えられる。
また、現行下では、法定退職年齢に達すれば、労働契約は自動的に終了することになっている。その一方で、退職することが年金の受給要件になっており、日本のような働きながら年金を受け取る「在職老齢年金」の措置はない。ただし、実質的には多くが法定退職年齢より早くリタイアする状況にあり、定年退職年齢の延長は年金受給開始年齢がより先延ばしされることを意味している。一方、現行の公的年金制度の持続可能性の確保といった側面から考えると、定年退職年齢の延長の先には年金受給開始年齢の引き上げ検討があろう。2035年の年金積立金枯渇問題もさることながら、老後の生活はますます長期化する可能性がある。政府は2020年時点での中国における平均寿命は77.9歳であるが、2025年までに78.3歳まで延びると予測している8。それに伴って、これまでそれほどクローズアップされてこなかった高齢者の就労についても、段階的に強化される模様だ9。
江蘇省の取り組みが発端となって、今後、定年退職年齢の地域ごとの試験導入が進むと考えられる。
1 江蘇省人力資源社会保障部「江蘇省企業職工基本養老保険実施弁法」、2022年1月29日発出
2 江蘇省以外では、山東省でも1月に通知が発出されている。山東省の場合、高度技術者を対象に、延長期間を1から3年とし、定年退職年齢は65歳を超えないことなど、対象者や条件を一定程度限定した上で導入されている。(出典)国務院婦女児童工作委員会「延遅退休真来了、这両省已試点」、https://www.nwccw.gov.cn/2022-02/25/content_299093.htm、 2022年2月25日
3 ただし、危険業務従事者(高温作業、鉱山従事者等)については男性が55歳、女性は45歳となっている。
4 定年退職年齢の基本的な枠組みは1951年に発出された「中華人民共和国労働保険条例」で提示。1949年の建国間もなく、当時の平均寿命は50歳未満であった。その後、1978年の「国務院関于安置老弱病残幹部的暫行弁法」および「国務院関于工人退休、退職的暫行弁法」で再度提起された。
5 沈瑛(2005)「中国国有企業における人事管理に関する一考察-採用管理、賃金管理、教育訓練管理を中心に―」、『政治学研究論集』第21号、pp.191‐211
6 国や国務院が定める「中華人民共和国国民経済和社会発展第十四個五年規画和2035年遠景目標綱要」(2021年)、「“十四五”国家老齢事業発展和養老服務体系規画」(2021年)、人力資源社会保障部が定める「関于印発人力資源和社会保障事業発展“十四五”規画的通知」(2021年)など
7 片山ゆき(2021)「直前に迫る、ベビーブーム世代の大量退職と年金問題(中国)」、基礎研レター、ニッセイ基礎研究所
8 「関于印発《“十四五”公共服務規画》的通知」(2021年)、https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/ghwb/202201/t20220110_1311622.html?code=&state=123 2022年7月8日アクセス
9 「“十四五”国家老齢事業発展和養老服務体系規画」(2021年)における「(二十一)高齢者の役割の継続的な発揮の奨励」において、「就労を希望する高齢者に仕事を紹介し、職業訓練、起業などを奨励、関連の法規や政策の整備をし、高齢者の就業における権益を保護する」(執筆者仮訳)としている。http://www.gov.cn/zhengce/content/2022-02/21/content_5674844.htm
2022年7月8日アクセス
一方、主務官庁である人力資源社会保障部は、法定定年退職の延長や引き上げについて原則的な内容を発表したのにとどまっている7。それは、(1)定年退職年齢は一気に引き上げず、小刻みに行うこと、(2)被雇用者に選択肢を与え、定年延長を強制しないこと、(3)性別、職務、職業などによって、定年退職年齢を設定すること、(4)関連法規の改定、保障措置の改正も行った上で実施することとなっている。江蘇省での内容は、当該4項目を踏まえた上で、省内の就労環境や状況を踏まえた上で定められたと考えられる。
また、現行下では、法定退職年齢に達すれば、労働契約は自動的に終了することになっている。その一方で、退職することが年金の受給要件になっており、日本のような働きながら年金を受け取る「在職老齢年金」の措置はない。ただし、実質的には多くが法定退職年齢より早くリタイアする状況にあり、定年退職年齢の延長は年金受給開始年齢がより先延ばしされることを意味している。一方、現行の公的年金制度の持続可能性の確保といった側面から考えると、定年退職年齢の延長の先には年金受給開始年齢の引き上げ検討があろう。2035年の年金積立金枯渇問題もさることながら、老後の生活はますます長期化する可能性がある。政府は2020年時点での中国における平均寿命は77.9歳であるが、2025年までに78.3歳まで延びると予測している8。それに伴って、これまでそれほどクローズアップされてこなかった高齢者の就労についても、段階的に強化される模様だ9。
江蘇省の取り組みが発端となって、今後、定年退職年齢の地域ごとの試験導入が進むと考えられる。
1 江蘇省人力資源社会保障部「江蘇省企業職工基本養老保険実施弁法」、2022年1月29日発出
2 江蘇省以外では、山東省でも1月に通知が発出されている。山東省の場合、高度技術者を対象に、延長期間を1から3年とし、定年退職年齢は65歳を超えないことなど、対象者や条件を一定程度限定した上で導入されている。(出典)国務院婦女児童工作委員会「延遅退休真来了、这両省已試点」、https://www.nwccw.gov.cn/2022-02/25/content_299093.htm、 2022年2月25日
3 ただし、危険業務従事者(高温作業、鉱山従事者等)については男性が55歳、女性は45歳となっている。
4 定年退職年齢の基本的な枠組みは1951年に発出された「中華人民共和国労働保険条例」で提示。1949年の建国間もなく、当時の平均寿命は50歳未満であった。その後、1978年の「国務院関于安置老弱病残幹部的暫行弁法」および「国務院関于工人退休、退職的暫行弁法」で再度提起された。
5 沈瑛(2005)「中国国有企業における人事管理に関する一考察-採用管理、賃金管理、教育訓練管理を中心に―」、『政治学研究論集』第21号、pp.191‐211
6 国や国務院が定める「中華人民共和国国民経済和社会発展第十四個五年規画和2035年遠景目標綱要」(2021年)、「“十四五”国家老齢事業発展和養老服務体系規画」(2021年)、人力資源社会保障部が定める「関于印発人力資源和社会保障事業発展“十四五”規画的通知」(2021年)など
7 片山ゆき(2021)「直前に迫る、ベビーブーム世代の大量退職と年金問題(中国)」、基礎研レター、ニッセイ基礎研究所
8 「関于印発《“十四五”公共服務規画》的通知」(2021年)、https://www.ndrc.gov.cn/xxgk/zcfb/ghwb/202201/t20220110_1311622.html?code=&state=123 2022年7月8日アクセス
9 「“十四五”国家老齢事業発展和養老服務体系規画」(2021年)における「(二十一)高齢者の役割の継続的な発揮の奨励」において、「就労を希望する高齢者に仕事を紹介し、職業訓練、起業などを奨励、関連の法規や政策の整備をし、高齢者の就業における権益を保護する」(執筆者仮訳)としている。http://www.gov.cn/zhengce/content/2022-02/21/content_5674844.htm
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(2022年07月13日「基礎研レター」)
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経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
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