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- 中国を待ち受ける‘崖’と‘罠’-反転困難な人口問題
コラム
2022年06月09日
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有史以来、世界は人口と経済に関わる問題(「罠」)に対峙してきた。例えば、土地を資源とする農業社会において、1人当たりに分配される食糧が限られ、生活水準が向上しなくなるという「マルサスの罠」1。また、社会の工業化の過程において、余剰人口の移動が起こるが、移動が転換点を超える前に賃金の上昇や労働力不足によって経済成長が止まってしまうという「リカードの罠」2があろう。しかし、人類は産業革命やエネルギー革命、農業の規模の大型化や機械化など生産性を向上することでいずれも乗り越えてきた。
翻って、近代の中国の人口と経済について考えてみると、人口政策としては「一人っ子政策」が思い浮かぶであろう。一人っ子政策という産児制限は、当時の中国社会の食糧不足や貧困の深刻化が背景にあり、人口を適正にコントロールすることで経済成長を促すといった側面もあった。いまや少子化、高齢化、総人口の減少は世界的な課題でもある。中国も同じ傾向にあるが、史上前例のない人口抑制政策を実施したが故に、近年、その歪みが一気に噴き出している。
2021年5月に公表された第7回の人口センサスでは、長年論争が絶えなかった合計特殊出生率が1.3と発表された。李(2021)3によると、政府の公式見解はそれまで1.6前後とされ、国連など国際機関の統計もこのデータに基づいて将来推計されていた点を指摘している。それまでの公式見解から0.3も低い点について、総人口がマイナス成長に転じるタイミングは中国政府や国連の予測より約8年前倒しされ、2022年になる見通しとした。
国連の人口推計(中位推計)をみると、中国は2031年に総人口のピークを迎え、2032年以降減少に転じている4。しかし、上掲のように出生率がそれまでの公式見解よりも低い点を考慮すれば、低位推計の方がより実際の状況に近いかもしれない。そこで、国連の低位推計をみると、総人口は2024年をピークとし、2025年から減少するとしている。
それを裏付けるように、中国国家統計局が発表した人口動態(2022年1月/速報値)では、2021 年の出生数は前年比 140 万人減少の 1,062 万人となり、出生率も 1,000 人あたり 7.52 と最低となったと発表した5。出生数から死亡数を差し引いた人口の純増はわずか 48 万人と、総人口の減少をかろうじて免れた状態にある。この状況について澤田(2022)は、通常、人口転換においてまずは少子化が先行し、その後に高齢化が進行するため、現在の中国では高齢者の死亡数より新生児の出生数が人口を決定する状況にあるとしている6。加えて、出生率とともに自然増加率も下落し、出生数から死亡数を差し引いた人口の純増の状況をみると、2018年が530万人、2019年が467万人、2020年が204万人、2021年は48万人と急減するなど、中国はまさに「少子化の崖」に直面しているとした。
中国国家統計局は2021年に出生数が減少した背景として、3つの要因を挙げている。まず、出産適齢期の女性が減少したことである。2021年は15-49歳の女性の人口は前年より500万人減少し、そのうち、21-35歳の最も適齢とされる女性の人口が300万人減少したとした。2つ目は、出産や育児に対する若年層の考え方の変化である。結婚や出産年齢などの年齢が上昇しており、養育や教育費用の高騰もあって、若年層の子育てに対する意欲が低下しているとした。また、3つ目としては、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で出産を控える傾向があったとした。
3つ目の新型コロナによる出産控えは、中国のみならず日本や韓国などのその他の国や地域でも見られ、ある意味一時的な現象とも言えよう。1つ目と2つ目の要因は、一人っ子政策を含め、これまで実施されてきた人口政策が関係している。近年では、2013年の夫婦いずれかが一人っ子の場合、第2子までの出産を許可、2015年のすべての夫婦に第2子までの出産を許可、2021年の第3子までの出産を許可と産児制限が段階的に緩和されている。
しかし、緩和以降の状況を見ても、出生数の増加に効果が表れていない現状は否定できないであろう。つまり、2つ目の原因からもうかがえるように、子どもを持たない人々の数が増えれば、子どもを持つ人々の経済的コストが増加するため、子どもを持とうとする意欲をさらに減退させるという「低出生率の罠(少子化の罠)」7に中国も直面していることになろう。
中国のこれまでの人口政策は、少子化、高齢化、労働人口の割合の低下を引き起こさせ、人口減少の反転を困難にさせている。しかも、この人口に係る‘崖’や‘罠’の問題は、日本や韓国を含め、先に経験したアジア諸国においても好転の兆しはほぼ見られない状況にある。遅まきながら第3子までの出生許可という出産奨励に転じた中国も、この‘崖’と‘罠’に本気で対峙する必要が出てきている。
1 日本銀行「アジアの経済成長をいかに持続させるか」https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko150721a.htm/ 2022年6月1日アクセス
2 福留和彦(2008)「アーサー・ルイスの二重経済論」『社会科学雑誌』創刊号、pp.31-57
http://www.naragakuen-u.jp/social_science/pdf/jss01_fukutome.pdf 2022年5月30日アクセス
3 李蓮花(2021)「中国 近づく人口減少社会と社会保障」『世界』、岩波書店、第947(8月)号、pp.121-129
4 UN,World Population Prospects 2019, https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/ ,2022年5月31日アクセス
5 中国国家統計局「2021 年国民経済持続恢復 発展予期目標較好完成」、2022 年1月 17 日
http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202201/t20220117_1826404.html,2022年6月1日アクセス
6 澤田ゆかり(2022)「加速する少子高齢化と社会保険の行方―「総人口縮小」で迎える試練の時代」『習近平「一強」体制の行方~中国の課題と展望』日本経済研究センター、pp.57-69
7 ピーター・マクドナルド、佐々井司訳(2008)「非常に低い出生率:その結果,原因,及び政策アプローチ」、『人口問題研究』第64巻第2号、国立社会保障・人口問題研究所pp.46-53、
https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18811204.pdf 2022年5月31日アクセス
翻って、近代の中国の人口と経済について考えてみると、人口政策としては「一人っ子政策」が思い浮かぶであろう。一人っ子政策という産児制限は、当時の中国社会の食糧不足や貧困の深刻化が背景にあり、人口を適正にコントロールすることで経済成長を促すといった側面もあった。いまや少子化、高齢化、総人口の減少は世界的な課題でもある。中国も同じ傾向にあるが、史上前例のない人口抑制政策を実施したが故に、近年、その歪みが一気に噴き出している。
2021年5月に公表された第7回の人口センサスでは、長年論争が絶えなかった合計特殊出生率が1.3と発表された。李(2021)3によると、政府の公式見解はそれまで1.6前後とされ、国連など国際機関の統計もこのデータに基づいて将来推計されていた点を指摘している。それまでの公式見解から0.3も低い点について、総人口がマイナス成長に転じるタイミングは中国政府や国連の予測より約8年前倒しされ、2022年になる見通しとした。
国連の人口推計(中位推計)をみると、中国は2031年に総人口のピークを迎え、2032年以降減少に転じている4。しかし、上掲のように出生率がそれまでの公式見解よりも低い点を考慮すれば、低位推計の方がより実際の状況に近いかもしれない。そこで、国連の低位推計をみると、総人口は2024年をピークとし、2025年から減少するとしている。
それを裏付けるように、中国国家統計局が発表した人口動態(2022年1月/速報値)では、2021 年の出生数は前年比 140 万人減少の 1,062 万人となり、出生率も 1,000 人あたり 7.52 と最低となったと発表した5。出生数から死亡数を差し引いた人口の純増はわずか 48 万人と、総人口の減少をかろうじて免れた状態にある。この状況について澤田(2022)は、通常、人口転換においてまずは少子化が先行し、その後に高齢化が進行するため、現在の中国では高齢者の死亡数より新生児の出生数が人口を決定する状況にあるとしている6。加えて、出生率とともに自然増加率も下落し、出生数から死亡数を差し引いた人口の純増の状況をみると、2018年が530万人、2019年が467万人、2020年が204万人、2021年は48万人と急減するなど、中国はまさに「少子化の崖」に直面しているとした。
中国国家統計局は2021年に出生数が減少した背景として、3つの要因を挙げている。まず、出産適齢期の女性が減少したことである。2021年は15-49歳の女性の人口は前年より500万人減少し、そのうち、21-35歳の最も適齢とされる女性の人口が300万人減少したとした。2つ目は、出産や育児に対する若年層の考え方の変化である。結婚や出産年齢などの年齢が上昇しており、養育や教育費用の高騰もあって、若年層の子育てに対する意欲が低下しているとした。また、3つ目としては、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で出産を控える傾向があったとした。
3つ目の新型コロナによる出産控えは、中国のみならず日本や韓国などのその他の国や地域でも見られ、ある意味一時的な現象とも言えよう。1つ目と2つ目の要因は、一人っ子政策を含め、これまで実施されてきた人口政策が関係している。近年では、2013年の夫婦いずれかが一人っ子の場合、第2子までの出産を許可、2015年のすべての夫婦に第2子までの出産を許可、2021年の第3子までの出産を許可と産児制限が段階的に緩和されている。
しかし、緩和以降の状況を見ても、出生数の増加に効果が表れていない現状は否定できないであろう。つまり、2つ目の原因からもうかがえるように、子どもを持たない人々の数が増えれば、子どもを持つ人々の経済的コストが増加するため、子どもを持とうとする意欲をさらに減退させるという「低出生率の罠(少子化の罠)」7に中国も直面していることになろう。
中国のこれまでの人口政策は、少子化、高齢化、労働人口の割合の低下を引き起こさせ、人口減少の反転を困難にさせている。しかも、この人口に係る‘崖’や‘罠’の問題は、日本や韓国を含め、先に経験したアジア諸国においても好転の兆しはほぼ見られない状況にある。遅まきながら第3子までの出生許可という出産奨励に転じた中国も、この‘崖’と‘罠’に本気で対峙する必要が出てきている。
1 日本銀行「アジアの経済成長をいかに持続させるか」https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2015/ko150721a.htm/ 2022年6月1日アクセス
2 福留和彦(2008)「アーサー・ルイスの二重経済論」『社会科学雑誌』創刊号、pp.31-57
http://www.naragakuen-u.jp/social_science/pdf/jss01_fukutome.pdf 2022年5月30日アクセス
3 李蓮花(2021)「中国 近づく人口減少社会と社会保障」『世界』、岩波書店、第947(8月)号、pp.121-129
4 UN,World Population Prospects 2019, https://population.un.org/wpp/Download/Standard/Population/ ,2022年5月31日アクセス
5 中国国家統計局「2021 年国民経済持続恢復 発展予期目標較好完成」、2022 年1月 17 日
http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202201/t20220117_1826404.html,2022年6月1日アクセス
6 澤田ゆかり(2022)「加速する少子高齢化と社会保険の行方―「総人口縮小」で迎える試練の時代」『習近平「一強」体制の行方~中国の課題と展望』日本経済研究センター、pp.57-69
7 ピーター・マクドナルド、佐々井司訳(2008)「非常に低い出生率:その結果,原因,及び政策アプローチ」、『人口問題研究』第64巻第2号、国立社会保障・人口問題研究所pp.46-53、
https://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18811204.pdf 2022年5月31日アクセス
(2022年06月09日「研究員の眼」)
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経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
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