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ESG投資の意義-何のためにESGを意識するのか
金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸
1――はじめに
果たしてESG投資が、すべての企業や団体にとって同じように求められるものかどうかを考えておきたい。アセットオーナーの資金特性によって、ESG投資に対する積極性に差が生じることもあるのではなかろうか。また、ESG投資においてE・S・Gの3要素のどれに力点を置くかで、異なる答えが生じて来るかもしれない。現在のESG投資を推進しようとする強い流れの中でも、時に、立ち止まって、取り組む意義を考えることが必要なのではないか。ESG投資が今後もますます重要視されると確信すればこそ、折に触れて、ESGに取り組むことの意義を考えておきたい。
2――ESG投資と年金運用
海外においては、ESG投資が超過収益の源泉になるという分析結果も見られているが、日本の株式投資においては、なかなか強固な効果は確認されていない。その他の資産クラスについても超過収益を得ることができるという分析は見られるが、やや検証不足な主張が多い。一方、よりサステナビリティを重視する観点からは、投資に際してESG要素を意識することで、投資先の長期的な存続可能性を確保することが出来るものと考える。年金運用が長期資金であるという本来の特性に立脚するならば、ESG投資は長期性の観点からも年金運用によく適合した概念である。短期的な運用パフォーマンスのみを考える運用においては、時にESG投資は収益獲得と矛盾する行動になる局面があるかもしれない。日本の年金は資金特性から長期投資であると期待されながら、短期的なベンチマークに対する勝ち負けに基づく評価を強く意識するため、実質的には1年や3年といった短中期視点の投資家になっている悪弊から逃れるためにも、ESG投資は重要かつ必要な考え方であるとも考えられる。
年金運用者は、アセットオーナーもアセットマネジャーも、受益者に対するフィデューシャリーデューティーを負っていると考えられる。投資の際に意識され最優先に置かれるべきものは、受益者に対する年金給付の確実性とそれを可能にする収益の獲得である。ESG要素が中長期的な投資のサステナビリティを担保するものならば、年金運用において意識されるべきであるとすることに矛盾はない。しかし、収益性を犠牲にしてまでも、ESG要素を追求するべきものだろうか。ESG投資は、中長期のタイムホライズンを意識するものである。短期的な観点と中長期的な観点とでは、時に相反する行動を誘引することがある。年金がESG投資を推進する場合には、世間の流れに乗るといった考えではなく、自らのESG投資に関する中長期的な基本方針を確立し、それに合致した行動を採ることでESG投資に取り組むことが望ましい。そうでなければ、ESG投資に際しての判断が一貫性を欠き、迷走しているように見えかねない。
ESG投資の考え方は必ずしも新しいものではない。金儲けのためなら何に投資しても良いのかという良心なり理性が根底にあり、例を挙げるならば、武器を扱う「死の商人」に投資して儲けることを是とするかどうかである。既にこの時点でも明らかになっているように、“収益の最大化のみが適切な投資行動ではない”という命題が資産運用の根本に内在する。そもそも日本においては、金儲けのためなら何をしても良いという考え方が一般的ではないし、欧州においてもノブレス・オブリージュを貴ぶ規範意識が存在して来たのである。
3――多様なESG投資への取り組み
近年では、ESG投資を意識されるものは、株式から他の資産運用領域へも拡大する方向にある。確かに、インフラ投資などエクイティ性を有する資産の投資においては、株式投資と同様にESG要素を考えることが馴染む。また、債券の領域にもESG投資が拡大されつつある。投資の収益性が損なわれなければ、債券投資においてESG要素を考慮することについて誰も反対しない。しかし、ESG投資を意識しているからと言って、割高な水準でESG関連の債券を購入することは、必ずしもフィデューシャリーデューティーとは合致しない。最近の日本における債券の発行市場を見ると、様々な名目で「グリーンボンド」や「ソーシャルボンド」、「サステナビリティビンド」などといった債券が募集されている。しかし、元々固定利付証券である債券を、グリーンボンドだからと言って、割高な水準で購入するべきではないだろう。そもそも「お金に色はない」のだから、グリーンボンド等で調達した資金が、名目として挙げている使途にのみ充当されるということはフィクションに過ぎない。現状で多く発行されているグリーンボンド等GSS債は、発行体の資金調達の企図と、証券会社の販売推進の姿勢、更に、ESG投資を推進する投資家の「三方一両良し」の均衡した合意の上にある。人は、それを「ウィンウィン」の関係と呼ぶし、決してネガティブに評価する必要はないが、ESG投資の意義をしっかりと抑えておきたい。
4――ESG投資への真摯な取り組を
ESG投資の流れが強くなるにつれて単なる一時的な流行となり、時に、「マスク警察」のような魔女狩りにも比すべき排除のための行動原理になってはならない。特に、ネガティブリストに基づくダイベストメントのみを強調するのは危険であり、同様に企業の一部分のみを捉え殊更に肯定的な評価を強調することにも危うさが隠れているだろう。ある程度までは、常識として判断すべきことでもあるし、一部のみならず企業全体を見ることも必要であり、更には、所属している企業集団全体として考えてみることも必要だろう。
結局のところ、ESG投資は投資家にとって、中長期的な投資の本質そのものに根差すものとも考えられ、投資に関する根本的な姿勢を強く示すものである。周囲に流されず、一時の流行と考えることなく、受益者などの利害関係者に対するフィデューシャリーデューティーを遂行するという観点から、改めてESG投資への取り組みを真剣に見直してはいかがだろうか。
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03-3512-1845
- 【職歴】
・1986年 日本生命保険相互会社入社
・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
・2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
・日本ファイナンス学会
・証券経済学会
・日本金融学会
・日本経営財務研究学会
(2022年07月12日「ニッセイ基礎研所報」)
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