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岸田政権のスタートアップ政策と注目ポイント

総合政策研究部 准主任研究員 鈴木 智也
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1――スタートアップの社会的な意義と役割
過去の日本は、これらの革新的な技術を活かして、経済大国の地位を築くことができたが、いま世界経済を牽引するのは、米中のビッグテックと呼ばれる存在だ。将来の成長産業を担うユニコーン企業1を見ても、日本は米中に数で大きく見劣りする[図表2]。このままイノベーションで後れを取れば、日本経済は世界の中で埋没することになりかねない。
1 ユニコーンとは、評価額が10億ドルを超える、設立10年以内の未上場のベンチャー企業のこと。
2――岸田政権のスタートアップ政策
今年6月に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針)には、「スタートアップ」が「人への投資」「科学技術・イノベーション」「炭素・デジタル化」と並ぶ、重点投資分野に位置付けられた。政府は、今後5年でスタートアップ(への投資額)を10倍に増やすとの目標を掲げ、スタートアップへ支援を、網羅的に強化して行く方針を打ち出している。
具体的には、スタートアップの革新的な研究開発を支援する補助金を拡大し、成果の社会実装を進めるため公共調達を活用し、スタートアップの事業化を積極的に支援していく。
資金面では、スタートアップへのリスクマネーの供給を増やすため、海外ベンチャーキャピタル(VC)の誘致や、国内外のVCに対する公的機関のLP2出資を拡大し、個人や年金・保険(機関投資家)、GPIF等の長期運用資金の流れを強化する。加えて、経営者保証に依存した既存の融資慣行を見直し、個人保証や不動産担保を必要としない、新しい信用保証制度を創設する。
IPOに偏重したスタートアップの出口戦略としては、既存企業のM&Aを目的とした公募増資に係るルールを改め、既存企業によるスタートアップ買収の選択肢を広げるほか、未公開会社の買収を目的とするSPAC(特別買収目的会社)の導入に向けた検討も進めていく。起業の出口を増やすことで、上場を前提としないビジネスにも挑戦できる環境を整える。
人材面では、成長分野で優れたアイデアや技術を持った人材を選抜し、支援する取組みを拡大していく。さらに、小中学校等において起業体験活動を実施し、高等専門学校や大学においては、AIやディープテックの活用を含めた起業家教育を横展開するなど、将来の起業家育成を推進する。
そのほか、大学の国際特許出願に対する支援を強化して、大学の知的財産権を事業化する環境を整える。加えて、10兆円ファンドで研究開発を支援し、官民のイノベーションに関わる人材も強化する。
政府は、2022年末に支援政策全体の枠組みを示す「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、重点的な投資と規制・制度改革を中長期的かつ計画的に実施することで、世界に伍するスタートアップ・エコシステムを作り上げていく構えだ。
2 LPは「Limited Partner」の略称。出資額を限度として責任を負う出資形態。
3――「エンジェル税制」の拡充という論点
同調査報告書の提言は、資金面や人材面に留まらず、サポート・インフラ(メンター3やアクセラレータ4等)やコミュニティ(都市や大学の機能強化)の重要性についても触れられていることが特徴だ。すでに一部は「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(骨太方針と共に6月7日に閣議決定)に盛り込まれているが、他の部分も政府の5か年計画に反映されていくと見られる。
その内、今後、注目が集まりそうな論点の1つに「エンジェル税制」の改善に向けた措置の検討がある。エンジェル税制は、スタートアップへの投資を促すため、スタートアップに投資を行った個人投資家に対して、税制上の優遇措置を行う制度だ。1997年の制度創設以来、累次の改正を重ね、同制度を利用した投資実績は、年間約40億円程度(2018年時点)と、およそ20年の間に約54倍に拡大してきた。ただ、欧米諸国と比較すると、その規模や対象範囲は狭く、税制面の優遇措置については、まだ見劣りした状態にあることは否めない[図表3]。
日本と比べると、優遇規模が大きいほか、起業家や従業員が株式売却した際にも使える制度となっており、起業成功時のインセンティブを高める制度となっている。日本では、起業家などが株式売却する際には、通常と同じく20%(現在は、復興所得税0.315%が上乗せされて20.315%)の税率が適用されることになり、欧米に比べリスクに対する税制上のインセンティブという点で見劣りする。
また、世界第2位のスタートアップ・エコシステムを擁する英国には、投資主体別にスタートアップ投資を促す制度がある。「BADR:Business Asset Disposal Relief」という制度では、起業家が事業売却する際のキャピタルゲイン税率は10%(通常20%)軽減される。生涯上限は100万ポンド(約1.6億円)で、株式を2年以上保有することが要件となる。
他方、個人投資家向けには「EIS:Enterprise Investment Schemes」「SEIS:Seed Enterprise Investment Schemes)といった制度がある。EISおよびSEISは、いずれもスタートアップへの直接出資を促す制度であるが、SEISの方がより投資リスクの高い初期段階の企業を対象としている。スタートアップ株式を3年以上保有することで、所得税額控除とキャピタルゲイン税の免除を受けることができる。所得税額控除の上限は、EISが年間投資額の30%で100万ポンド(約1.6億円)を上限とし、SEISが年間投資額の50%で10万ポンド(約1,600万円)を上限としている。投資リスクの高いSEISは、控除率を高めに設定する一方、初期段階で投資規模が小さくなることを反映して、所得税額控除の上限は低めに設定されている。
さらに、個人投資家がVCを通じて間接投資する際には、「VCT:Venture Capital Trusts」という制度が利用できる。個人投資家は5年以上株式を保有していれば、配当とキャピタルゲイン税が免除され、年間投資額の30%が20万ポンド(約3,200万円)を上限として、所得税額控除を受けることが可能だ。
日本と比べると、優遇規模も対象範囲も大きく、とりわけファンドを通じた間接投資への優遇措置は、個人投資家の裾野を拡大する制度として注目される。
海外の諸制度と比較すると、日本のエンジェル税制にはまだ改善の余地があると言える。エンジェル税制における優遇規模や対象範囲を拡大は、リスクを取って挑む起業家のインセンティブを高めるだけでなく、シリアルアントレプレナー(連続起業家)の増加や、起業家からエンジェル投資家に変わる流れを強化し、スタートアップ・エコシステムのメンター機能を強化することにもつながる。米国のように1つの制度として運用するか、英国のように個別に調整していくかの違いはあるだろうが、支援政策として検討が進むことを期待したい。
3 創業前の起業家に、事業化に向けた経営アドバイスや資金調達の補助、企業運営に必要な人材等を提供する組織・団体。
4 スタートアップの成長を加速(accelerate)するための短期集中型のプログラムを提供する専門組織。
5 米国調査会社Startup Genome、およびGlobal Entrepreneurship Networkによる調査報告書「the 2022 Global Startup Ecosystem Report」(2022年6月14日公表)によると、世界の都市別スタートアップ・エコシステム・ランキングの上位10都市は、(1)シリコンバレー(米)、(2)ロンドン(英)、NY(米)、(4)ボストン(米)、(5)北京(中)、(6)ロサンゼルス(米)、(7)テルアビブ(イスラエル)、(8)上海(中)、(9)シアトル(米)、(10)ソウル(韓)。※東京は12位。
4――大胆かつ、継続的な取組みを
(2022年07月11日「研究員の眼」)
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03-3512-1790
- 【職歴】
2011年 日本生命保険相互会社入社
2017年 日本経済研究センター派遣
2018年 ニッセイ基礎研究所へ
2021年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会検定会員
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