2022年07月07日

オタクのコミュニティは本当にオタクにとってのサンクチュアリー(保護区)なのか。-利己主義と排他主義が生むオタクのコミュニティの実態

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.304]

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

文字サイズ

1―はじめに

オタクという言葉の多様化に伴い、オタクを自称することやコミュニティに参加すること自体のハードルが下ったように思われる。そのため、コミュニティに参加することで共通の趣味を媒介として、和気あいあいとした人間関係の構築を目的とするオタクも増えている。また、オタクという消費者について認識が薄い人からすればオタクのコミュニティはお互いの趣味を理解してもらえるサンクチュアリー(保護区)かの如く捉える者も多いようだが、手放しでそのような意見を肯定することはできないのが実状だ。

2―消費性からみるオタクのコミュニティと閉鎖的な人間関係

筆者は消費性という側面から、オタクを「自身の感情に「正」にも「負」にも大きな影響を与えるほどの依存性を見出した興味対象に対して、時間やお金を過度に消費し精神的充足を目指す人」と定義している。彼らは、最新グッズやイベント情報、オタク内でのトレンド等の主に情報収集の場としてコミュニティを活用している。他のオタクと繋がりをもつことは、オタク活動をしていく上で視野を広げることに繋がるため、充実したオタク活動をするには、コミュニティに属す事が必須ともいえる。一方で、(1)ライトファンやにわかオタクに対して高圧的な態度をとる(他者排他)、(2)同じコンテンツが好きな人に敵対意識を持つ(同担拒否)、(3)コンテンツに対する熱心さを消費量やオタク歴で測る(マウンティング)など、好きなモノに対するこだわりが強い故に非友好的な行動をとる者もおり、オタク同士がコミュニティ内で良好な人間関係を構築し、それを維持することは困難であると、筆者は考えている。他人を排斥する行動は、自身のコンテンツ消費の機会損失を防ぎたい、という欲求が根底にある。そこで、コンテンツを購入する経済力があるにもかかわらず、売り切れ等で購入できなかった場合、その感情は妬みになる。そのため、オタクが他のオタクとの交流において、平静を保つことが出来るのは、自身の購買欲求を充足出来ている時のみであり、“欲しいと思うもの”を買った上で、初めて他のオタクと親交を深めることになる。
[図表]オタクコミュニティで垣間見ることができる非友好的な行動

3―なぜオタクは他人の価値観に首を突っ込むのか

オタクが一般消費者と大きく異なる点は、当該コンテンツをワタクシゴトとして、自身の生活の中心に置き、常に高いプライオリティを持っている点にある。だからこそ、ただの娯楽として消費されるにとどまらず、当事者意識を持って情報を発信したり、作品に対する解釈の裾野を広げるなど、自身のコンテンツに対する考察や認識を深めようとする。そこで、自分の理想や価値観と他人の価値観とが乖離していると感じた場合、それは強い不快感となり、結果、コミュニティ内の他のオタクに自身の価値観を押し付けようとするオタクが一定数存在することになる。自身の理想を押し付ける背景には、オタクとしての経験年数やオタクとしての活動量を、他者にマウントすることが自身の価値観を正当化させる要因となっているからだ、と筆者は考える。

4―自身の幸福は他人の不幸?

実際に他人を批判しなくとも大なり小なり、コンテンツに対する解釈や好きな箇所は人それぞれ異なる。コンテンツ消費自体が精神的充足に繋がるオタクにとって、嗜好やこだわりは繊細で複雑なモノであり、各々唯一無二の価値観を構築しているため、同じ「好き」という感情であっても、その理由や背景は他のオタクと全く同じになるという事はない。その差異自体が他人とは違うこだわりの部分であり、精神的充足となっている部分そのものでもある。そのため、他のオタクとわかり合うという事は、他人の精神的に心地よいと思う感情を満たしてくれる要素を理解するという事であり、故に他のオタクがそのコンテンツを嗜好している本質を理解することは困難なのである。コンテンツに対するこだわりは、多岐にわたり、各々のオタクがコンテンツに対する愛を構築しているため、共感できる部分もあれば、共感できない部分も出てくる。更に共感ができる部分においても、その理由の全てが自身の共感(好きな)理由と一致することはない。そのため、オタクだからと言って供給される情報や商品のすべてを享受できるわけではなく、クレームを入れたりSNSを通じて非難したりする者も出てくるわけである。一方でそのような情報を肯定的に受け取るファンもいるわけであり、残酷な言い方をすれば、自分にとってはうれしい情報でも、ほかの誰かにとっては最悪な情報の場合もあり、逆もまた然りなのである。

5―Not For Me

SNSの普及に伴い、自身の影響力や投稿内容について、他人からの共感を受け止めやすくなった。そこで、あたかも自身が影響力や発言力を持ったかのような錯覚をし、コンテンツの作風や方向性に対して、誰もが評論家のように発信できるようになった。その意見が、独り言レベルであれば大きな問題ではないが、コンテンツに対する解釈や価値観の違いについて特定のユーザーを批判する投稿は、投稿者自身の価値の押し付けとなる。

一方、SNSの投稿は、投稿した瞬間にコンテンツとなり、万人から様々な解釈をされ、消費される対象となる。そのため、自身(の投稿)が批判の対象になるコトもある。しかし、否定をせずにその違いを尊重するという方法もある。英語圏においては、Not For Meという考え方が存在する。これは「自分は面白いとは思わなかったが、これを面白いと感じる人もいるから、これそのものの存在は否定しない」という、当人の当該コンテンツに対するスタンスを示す言葉として使われる。このNot For Meの価値観こそ自身の理想とのギャップを埋めるモノであり、全てのオタクがわかり合うことはない、という事に対するアンサーでもある。

6―オタクのコミュニティは本当にオタクにとってのサンクチュアリー(保護区)なのか

情報交換を目的に他のオタクと接点を持っているオタクにとって、コミュニティは同じコンテンツを消費しているという共通項の下、一つの群衆として括られているに過ぎず、そこで行われるコミュニケーションは充実したオタク活動をする上での手段となっている。一方、コミュニティに属することで得られる帰属意識を求めているオタクも存在しており、コミュニティに対する目的意識はオタクによって異なる。コンテンツそのものから精神的充足を行うオタクにとっては、こだわりが強かったり、好きを突き詰めるほど他人との価値観との間に差異がうまれ、その結果孤立していく傾向がある。なぜなら、こだわりが強まるほど、「わかる人が分かればいい」「自分以外この価値は理解できない」といったように、自身と他人を分けるゾーン・ディフェンス(境界設定)を高くすることに繋がるからである。このような背景から、表面的には良好な人間関係を構築しているように見えても、その根底に利己主義や排他性を生む強いこだわりがあるため、オタク要素の強いコミュニティになるほど、良好な人間関係の構築や維持は困難になっていく。

しかし、実際はコミュニティに属することで得られるメリットも多いため、均衡を保とうと努める事が一般的である。この均衡を保とうと努めることの一つがNot For Meの精神なのである。結局オタクのコミュニティは、現実社会で培った人間的背景、感性、思想、個性といったいわば人間の土台となるものを一切無視して、ただ同じ「好き」という感情を持ち合わせた人たちが集まっているのであり、わかり合えなくて当然なのである。だからこそ、表向きでは聞き流したり、話を合わせたりすることで、一時の均衡を保とうとするのである。

しかし、その裏で、実際は多くのオタクが複数のSNSアカウントを持っており、いわゆる裏アカウントを駆使して、表向きは仲が良いと振舞っているオタク仲間に対しても、影では嘲笑ったり、非難することが一般的だ。現実社会の人間関係と同様に、SNSにおいても、人は裏では他人を非難して、表では体裁を保つのである。好きなモノに対するこだわりや、愛情が深いという事は、どうしても利己主義に陥りやすい。自分の利益の為なら、仲の良かったオタクを裏切ることも容易と考えるオタクも数多く存在する。そのような実態を知らない若者のオタクやライトファンたちが、もし趣味のサンクチュアリーとしてオタクのコミュニティを認識しているのならば、本レポートを参考にオタクのコミュニティに参加することのリスクについて、今一度考えてもらいたいと思う。
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年07月07日「基礎研マンスリー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【オタクのコミュニティは本当にオタクにとってのサンクチュアリー(保護区)なのか。-利己主義と排他主義が生むオタクのコミュニティの実態】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

オタクのコミュニティは本当にオタクにとってのサンクチュアリー(保護区)なのか。-利己主義と排他主義が生むオタクのコミュニティの実態のレポート Topへ