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1―欧米主要国で金融引き締めに着手
2―市場参加者の利上げ到達点見通し
まず、米国ではFOMCにて参加者自身の政策金利見通しが公表される。直近で公表された22年6月の見通し(中央値)では、現在の利上げサイクルにおいて、政策金利を23年に3.75%まで引き上げた後、金利を引き下げることが想定されている。また、中立金利と解釈できる政策金利の長期見通しは2.5%である。
このFOMC参加者による見通しとは別に、ニューヨーク連銀は市場参加者への調査を実施している。この5月の調査結果でも今回の利上げサイクルで中立金利以上の政策金利引き上げ(23年に3.13%でピーク)が予想されている。
また、デリバティブ価格から将来の政策金利パスを推計することもできる。これによれば直近(22年6月20日時点)で、1年後に4%を超える水準まで政策金利を引き上げることが見込まれている。FOMC参加者や市場参加者調査による見通しと比較してピークが高い。
ユーロ圏でも市場参加者の金融市場に関する見通しの調査が実施されている。この22年6月公表の結果(中央値)では、政策金利(主要リファレンスオペ金利)を24年末にかけて1.75%まで上昇させると見込まれており、これは市場参加者が想定する中立金利(政策金利の長期見通し)でもある。
また、デリバティブ価格に基づく政策金利パスは、直近(22年6月20日時点)で、1年後に約2%の水準まで政策金利を引き上げることが見込まれている。市場参加者調査による見通しと比較して速いペースでの利上げが織り込まれており、ピークも高い。
最後に、英国でも市場参加者の金融市場に関する見通しの調査が実施されているので、その結果を確認したい。
22年6月の調査結果では、今回の利上げサイクルのピークの政策金利が中央値で2.00%であり、これは市場参加者が想定する中立金利でもある。
また、英国のデリバティブ価格に基づく政策金利パスは、直近(22年6月20日時点)で、1年後に3%台半ばの水準まで政策金利を引き上げることが見込まれており、市場参加者調査による見通しと比較して高いピークが想定されている。
なお、ユーロ圏や英国の市場参加者の先々の政策金利の予想経路は、上述の通り中立金利水準まで引き上げるが、その後、中立金利を下回る水準に利下げすると想定されている。
3―自然利子率
自然利子率は実質値であるので、中銀の物価目標である2%のインフレ率が安定的に達成されたと考えて、2%を加えた名目値に換算すれば、名目中立金利の目安となる。つまり、米国とユーロ圏で2.5%程度、英国で3.5%程度が中立金利(ターミナルレート)の目安と言える。
さきほど確認したように、市場参加者の見通しではユーロ圏のターミナルレートは2%弱、英国は2.0%である。ここから逆算される自然利子率はゼロないしマイナスであり、ニューヨーク連銀の推計値と比較すると乖離がある。つまり、この推計値が自然利子率を高く見積もっている、もしくは市場参加者が自然利子率を低く見積もっていると言える。
一方、米国では自然利子率の推計値(0.5%程度)と市場参加者の想定する名目中立金利(2.5%)は整合的である。ただし、ユーロ圏や英国で市場参加者がここでの推計より低い自然利子率を想定しているように、米国でも実際の自然利子率がこの推計値よりも低いとすれば、2.5%の名目中立金利は高すぎるという可能性もある。
ここで、近年低下傾向にある自然利子率の変動要因を確認しておきたい。
IMFが公表した4月の世界経済見通しではこの自然利子率について参考文献とともに簡潔かつ網羅的に触れている。
これによれば、1980年代以降、多くの国で自然利子率の低下が共通の現象として見られており、その原因として以下の事項を指摘している。
・高齢化の進展による貯蓄の押し上げ(=投資資金供給の増加)
・生産性上昇率の減速
・資本財価格下落による投資支出の減速(投資(=貯蓄)需要の減少)
・貯蓄率の高い高所得者層への所得集中(格差拡大による貯蓄の押し上げ)
・新興国における安全資産需要の増加
・リスクプレミアム上昇による金利低下
・中国(や他の新興国)が消費主導の成長に転換し、過剰貯蓄(saving glut)が是正される
・コロナ禍関連の不確実性の改善が流動性選好や予備的貯蓄を減少させる
・社会保障支出の拡大と債務の積み上がりによる金利上昇圧力
・金融制度の変化、中銀の政策枠組みや金融仲介機能の変化、バランスシートの規模
以上、自然利子率の変動要因について確認してきた。こうした要因のうち、市場参加者が低下圧力要因を重視しているのであれば、市場参加者の中立金利の見積もりはモデルによる推計値よりも低くなると見られる。
4―さいごに
足もとのインフレを見ると、ユーロ圏はコストプッシュ主導だが、米国は需要が旺盛でディマンドプルの要素も強いと思われる。こうしたインフレは近年では珍しいと言えるだろう。このディマンドプル要因のインフレに対し、どの程度政策金利を引き締めれば効果的なのか、という問いに対するヒントは世界金融危機以降の経験からは得られていない。
政策当局者の中立金利の見積もりが低すぎるとしたら、想定されている利上げでは金利水準が足りず、インフレ鎮静化効果が生じないことになる。他方、中立金利の見積もりが高すぎれば、想定されている利上げでも、金利水準が高いことになり、経済減速効果が大きく生じコロナ禍からの回復が腰折れする可能性がある。
特に米FRBは、政策金利を中立金利に引き上げる「正常化」の役割だけでなく、それ以上の利上げという、インフレファイターとしての役割も問われている。「どれだけ積極利上げをするのか」という点は久しぶりの注目点と言える。
03-3512-1818
- 【職歴】
2002年 東京工業大学入学(理学部)
2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
2009年 日本経済研究センターへ派遣
2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
2014年 同、米国経済担当
2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
2020年 ニッセイ基礎研究所
2023年より現職
【加入団体等】
・日本証券アナリスト協会 検定会員
(2022年07月07日「基礎研マンスリー」)
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