2022年06月30日

生物多様性とは-生物多様性を巡る動向及び持続可能な開発目標(SDGs)との関係

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 梅内 俊樹

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1――生物多様性の課題

ESGの環境課題は多岐にわたるが、その一つに生物多様性の保全がある。地球上には、多様な生物が様々な環境で生息しており、直接的、間接的に支え合って共存している。人類もその一員として他の生物と共存しており、森林や河川、海洋などの多様な生態系や動植物や微生物などの多様な生物種、種内における多様な遺伝子型といった生物多様性によってもたらされる様々な恵み(生態系サービス)に支えられている。具体的には、酸素の供給、水の浄化、豊かな土壌といった生命の存立基盤にかかわる恵みのほか、食料や繊維、木材など原材料や薬用資源の供給、暴風や洪水などによる被害の緩和といった恵みによって人類の生活は成り立っている。しかし、人間の経済活動の拡大によって、生物の生息環境の悪化や生態系の破壊が進み、生物種の絶滅が急速に進行しており、生態系サービスの根源をなす生物多様性を脅かす事態となっている。こうした中、生物多様性の損失を食い止め再生することの重要性が国際社会において認識されるようになっている。

2――生物多様性条約

2――生物多様性条約

生物多様性の包括的な保全に向けて国際社会の取組を推進する中核的な役割を担っているのが、生物多様性条約である。1992年に採択された条約で、「生物多様性の保全」や「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」、「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」の3つを目的としている。2010年に名古屋で開催された第10回締約国会議(COP10)では、世界目標としての「戦略計画2011-2020」が採択され、ビジョン(2050年に向けた長期目標)として「自然と共生する世界」が掲げられ、ミッション(2020年までの短期目標)では生物多様性の損失を止めるために効果的かつ緊急に行動を実施することが目標とされた。更に、ミッションの達成に向けて、社会経済活動や生物多様性の損失低減・保護・再生にかかわる具体的な目標として20の個別目標(以下、“愛知目標”という)が設定された。しかし、2020年9月に公表された地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)によれば、完全に達成された目標はひとつもなく、一部達成と評価された目標も6つに留まるなど、満足いく成果は得られていない。同概況によれば、生物多様性の損失を低減し回復させるための行動として、「今まで通りから」の脱却や社会変革が必要で、生態系の保全・再生、持続可能な生産、消費の削減、気候変動の緩和といった分野が連携して取り組めば、2030年以降に生物多様性を回復に転じさせられる可能性があるとされる。こうした結果を受けて現在、2050年の「自然と共生する世界」の実現に向けた短期目標「ポスト2020生物多様性枠組」の検討が進められている。注目される点としては、「30by30」が盛り込まれる方向で検討されていることがある。「30by30」は、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復させる「ネイチャーポジティブ」というゴールに向けて、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標で、2021年6月に英国で開催されたG7サミットでは、G7各国が自国の少なくとも30%を保全・保護することを約束している。最終的には実現可能性の観点も踏まえて合意形成が図られ、今年12月に開催予定の第15回締約国会議(COP15)第二部で「ポスト2020生物多様性枠組」は採択される見込みである。

3――国内における主な取組

3――国内における主な取組

国内では、2010年に採択された愛知目標の達成に向けたロードマップを示すことを目的として、2012年に「生物多様性国家戦略2012-2020」が策定されており、現在は「ポスト2020生物多様性枠組」の採択を見据え、「次期生物多様性国家戦略」の策定に向けた準備が進められている。公表されている素案によれば、2030年に向けた短期目標として「ネイチャーポジティブ(生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せる)の実現」が掲げられ、その取組の柱として5つの基本戦略が示されている。このうち「① 生態系の健全性の回復」では、「30by30」に沿って、陸域及び海域の30%を保護又は保全するとともに、それらの地域の管理の有効性を強化することが行動目標の一つとなっている。
 
<2030年ミッション達成に向けたの5つの基本戦略>
(1) 生態系の健全性の回復(日本の陸域及び海域のそれぞれ30%を保全)
(2) 自然を活用した社会課題の解決
(3) 事業活動への生物多様性・自然資本の統合
(4) 生活・消費活動における生物多様性との再統合(一人ひとりの行動変容)
(5) 生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進

産官民の連携・協力を促す取組としては、昨年11月に設立された「2030生物多様性枠組実現日本会議」が挙げられる。国際目標「ポスト2020生物多様性枠組」や国内目標「次期生物多様性国家戦略」の達成への貢献を目指して、国や地方公共団体だけでなく、ビジネス界や国民などあらゆるセクターの参画と連携を促進し、生物多様性の保全や持続可能な利用に向けた取組が推進されている。

こうした取組からも理解されるように、生物多様性の課題はその性質上、官民問わず広く対応が求められる。こうした中、国内企業においても生物多様性への取組に広がりが見られている。環境省と経団連が2020年11月に立ち上げた「生物多様性ビジネス貢献プロジェクト」では、動画やプラットフォームを通じて、国際目標「ポスト2020生物多様性枠組」の目標達成に寄与する国内企業の取組事例が紹介されている。その一部を掲載したのが図表1である。こうした取組の広がりにより、生物多様性の保全が進むことが期待される。
図表1 国内企業による生物多様性への取組事例

4――持続可能な開発目標(SDGs)と生物多様性

4――持続可能な開発目標(SDGs)と生物多様性

持続可能な開発目標(SDGs)は、貧困をなくし、地球を保護し、すべての人が平和で豊かに生活できるようにすることを目指して策定された国際目標である。17のゴール・169のターゲットで構成されるが、17のゴールの中には生物多様性にかかわる目標もある。

「ゴール14:海の豊かさを守ろう」や「ゴール15:陸の豊かさを守ろう」は、ターゲットのなかで“海洋資源の保全”や“陸域生態系の保護”、“持続可能な利用”が目標として設定されており、特に、「ゴール15」では、“生物多様性の損失の阻止”が目標に明記に示されている。この2つは2010年に採択された愛知目標を踏まえて設定された目標とされ、生物多様性にかかわる目標と完全に方向性が一致している。

「ゴール2:飢餓をゼロに」の“食料安全保障の実現”や“持続可能な農業の促進”といったターゲットや、「ゴール6:安全な水とトイレを世界中に」の“水へのアクセス”に関するターゲットは、その目標達成が生態系サービスに依存するため、生物多様性の保全が重要な要素となる。逆に、「ゴール6:安全な水とトイレを世界中に」や「ゴール12:つくる責任つかう責任」の“汚染・廃棄物の削減”や“持続可能な利用”にかかわるターゲットは、生物多様性や生態系の保全において解消すべき重要な課題であり、その実現は生物多様性の保全に大きく貢献することが見込まれる。

また、「ゴール13:気候変動に具体的な対策を」については、“気候変動への適応”において、生態系の洪水や暴風を緩和する機能が重要な役割を担うことが見込まれ、“気候変動の緩和”に関しては、森林による二酸化炭素の吸収がその実現において重要な役割を期待される一方で、“気候変動の緩和”は生物多様性や生態系の損失低減に貢献するなど、互いに依存する関係にある。なお、“気候変動”に関しては、正の影響だけでなく負の影響も指摘されている。
図表2 SDGsのゴールと生物多様性の関係
このように、SDGsの17のゴール・169のターゲットのなかには生物多様性にかかわる目標は少なく、特に、気候は生物多様性と同様、持続可能な社会のベースとなる重要な要素という共通点もある。このため、気候変動と生物多様性の損失といった2つの世界的な課題については、相互に及ぼす負の影響をコントロールするためにも、一体的に取り組むことが効果的との認識が広がっている。環境課題というと気候変動が強調されがちだが、生物多様性という生命の存立基盤を脅かしかねない重要課題についても対処する必要性は高まっている。
 
 

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金融研究部   企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

梅内 俊樹 (うめうち としき)

研究・専門分野
企業年金、年金運用、リスク管理

経歴
  • 【職歴】
     1988年 日本生命保険相互会社入社
     1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
     2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
     2009年 ニッセイ基礎研究所
     2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
     2013年7月より現職
     2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
     2021年 ESG推進室 兼務

(2022年06月30日「基礎研レター」)

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