2022年06月28日

高齢者の生活ニーズのランキング首位は移動サービス(道府県都・政令市編)~市町村の「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」「在宅介護実態調査」集計結果より~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

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1――はじめに

2019年に東京・池袋で高齢ドライバーによる暴走事故が起きて以降、高齢者の運転免許自主返納と、地域における移動手段確保に関心が高まったように見えるが、高齢者が気軽に利用できる移動サービスの整備・確保は、現状でもさほど進んでいない1。むしろ、コロナ禍で公共交通の利用が減ったため、交通事業者の経営状態が悪化し、公共交通の持続可能性は低下している2。従来、公共交通の担い手であった旅客運送事業者以外では、自動車業界やIT業界、旅行業界等からも、乗合タクシーの運行や配車システムの開発など、新たに移動サービス関連事業に乗り出している例があるが、地域の交通ネットワークを補うレベルには至っていない。他にも、高齢者サービスを主要事業とするヘルスケア業界では、群馬県で、デイサービスの送迎の仕組みを地域の移動手段に活用しようとする動きがある他は3、移動サービスに関与しようという例は少ない。

このように、高齢者向けの移動サービスの需要が増加しているにも関わらず、供給がなかなか増えない要因としては、マイカー利用を前提として整備が行われてきた都市構造や、旅客運送サービスを開始する法的なハードルの高さ、公共交通に対する公的財源の不足など、様々な問題があると考えられる。しかし、それ以前に、移動手段確保が、超高齢社会の最優先課題の一つであること自体が、政治行政のトップや、産業界に理解されていないのではないか、というのが筆者の問題意識である。あるいは、従来の旅客運送事業者の間でも、地域にどれだけ移動に困っている高齢者や、将来の移動に不安を持っている高齢者がいるのか、理解が十分ではないのかもしれない。

そこで本稿では、介護保険制度の一環として、市町村が、一般の高齢者の生活ニーズを把握するために実施している「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」と、要介護認定者らを対象に行っている「在宅介護実態調査」に着目し、その調査結果から生活上の困りごとや支援へのニーズに関する部分を抜粋し、集計とランキングを試みる。そのランキング結果から、高齢者自身が、日常生活の中で移動にどれぐらい困っているか、移動サービスを必要としているかを示すとともに、あらゆる地域課題の中で、移動がどれぐらい優先度が高い問題であるかを示していきたい。

本稿はひとまず、全国の大まかな傾向を把握するため、道府県都46市と政令市5市(道府県都との重複を除く川崎市、相模原市、浜松市、堺市、北九州市)の計51市を対象に、ランキング調査を実施する。他の自治体については今後の研究課題としたい。
 
1 例えば、令和2年版から令和4年版の国土交通白書によると、高齢者が利用しやすいデマンド型乗合タクシーを導入している市町村数は、2018年度は555、2019年度は566、2020年度は573で、増加率は年1~2%である。また、市町村やNPO等による自家用有償旅客運送を実施している団体数は2018年度3,167、2019年度3,139、2020年度3,137と、増加率は年-1~0%とマイナスの数値である。さらに、2015年度以降、介護保険制度に導入された移動支援「訪問型サービスD」を実施している市町村は、厚生労働省の委託調査によると2020年時点で3.6%に過ぎない(NTTデータ経営研究所(2021)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業報告書」)。
2 坊美生子(2021)「コロナ禍からの「移動」の再生について考える~不特定多数の大量輸送から、特定少数の移動サービスへ~」(基礎研レポート)
3 「一般社団法人ソーシャルアクション機構」(群馬県高崎市)が、デイサービス施設を対象に、送迎車両の配車計画と運行指示のシステム「福祉ムーバー」を開発、運用している。

2――一般高齢者の生活ニーズランキング

2――一般高齢者の生活ニーズランキング

1|「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」の概要
まずは、要介護認定者を除く一般の高齢者の日常生活上のニーズについてみていきたい。

市町村は、介護保険法に基づき、住民の日常生活圏域ごとに、被保険者の状況や置かれている環境などを把握した上で、それらの事情を勘案して「介護保険事業計画」の作成に努めなければらない4。計画は3年が1期間と定められている。その環境などの把握のために、市町村が実施している調査が、一般の高齢者等を対象とした「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」と、要介護認定者を対象とした「在宅介護実態調査」である。

「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」については、市町村は従来から、それぞれ独自に調査を実施してきたが、第5期(2012―2014年)からは厚生労働省が調査票を例示しているい5。実際には、厚労省から例示された調査票に、市町村が独自の設問を加えているケースが多い。また調査名称も「高齢者等実態調査」などとしている場合もある。調査対象は、一般的には要介護認定者を除く65歳以上の高齢者とする場合が多いが、要支援認定者についても除外する場合もある。

厚労省が例示する調査票の内容は、運動器機能低下や口腔機能低下、低栄養の傾向、閉じこもり傾向、認知機能低下など心身機能に関するもの、社会活動の状況、精神状態などである。高齢者が「日常生活で何に困っているか」「どんなサービスや支援を必要としているか」については、厚労省が例示する調査票には含まれていないが、市町村によっては独自に追加している。
 
4 厚生労働省(2019)「第8期介護保険事業計画作成に向けた各種調査等に関する説明会」配布資料。
5 厚生労働省(2019)「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査実施の手引き」(2019年10月23日)
2|「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」結果の集計とランキング
(1) ランキング調査の目的と方法
本稿のランキング調査では、道府県都と政令市計51市が、「第8期介護保険事業計画(2021~2023年)」用に実施した「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」(以下、ニーズ調査)や、同じ位置付けの調査を分析対象とする。ランキング調査の目的は、高齢者自身が日常生活を送る上で、何に最も大きな困難を感じているか、提供を希望するサービスは何かを把握することを目的としている6。そのため、ニーズ調査の中から「現在、どのような不安や困りごとがありますか」「安心して暮らしていくために充実して欲しいこと」など、本人が現状で困っていることや、将来、地域で暮らし続ける上での不安、提供を希望するサービスに関する調査結果を抜粋し、その回答を集計した。

調査対象51市のうち、介護予防・日常生活圏域ニーズ調査結果や同じ位置付けの調査の一部または全部を公表し、かつそのような設問を設けていたのは32市だった7。いずれも回答は複数選択制だった。

市によって設問と選択肢の文言は異なっているが、それぞれの選択肢を内容ごとにまとめると、「配食」「買い物、移動販売」「金銭管理」など、大まかに48項目に分類できた。各市で、回答率が高かった順に選択肢を並べ、1位を10点、2位を9点、3位を8点、4位を7点、5位を6点、6位を5点、7位を4点、8位を3点、9位を2点、10位を1点として、筆者が分類した各項目に振り分けた。11位以下は0.5点とした。

また、選択肢の文言によって、複数の項目に分けられると考えられるものは、按分した。例えば「通院」という選択肢には、医療機関までの送迎を想定している可能性と、院内の付き添いまでを想定している可能性があるため、「送迎・公共交通の充実」と「外出同行」という2項目に按分した。また、選択肢が端的に「住まい」と書かれている場合は、回答者が高齢者住宅の整備確保を想定している可能性と、自宅の改修を希望している可能性があるため、「高齢者向け住宅の整備」と「自宅の改修・修繕、模様替え、その費用補助」に按分した。そのように全32市分の調査結果をスコア化し、筆者が分類した48項目に振り分け、各項目の点数を集計、ランキングした。
 
6 「介護予防・日常生活圏域ニーズ調査」で言う「ニーズ」には、調査によって把握した要介護リスク等を基に判断する「支援の必要性」という意味が含まれており、本稿で用いている利用者本人の意向という意味合いとはやや異なる。
7 札幌、青森、仙台、宇都宮、さいたま、横浜、新潟、富山、福井、長野、岐阜、静岡、名古屋、津、大津、京都、大阪、奈良、和歌山、山口、高松、松山、福岡、大分、宮崎、鹿児島、那覇、川崎、相模原、浜松、堺、北九州の各市。
(2)ランキング調査の結果
ランキングの上位30位までを図表1(4ページ)に示した。トップは「送迎、公共交通の充実」(178点)で、2位と45点の差があった。高齢者が、地域で自立して日常生活を送るためには、移動手段が最大の課題となっていることが浮き彫りになった8

2位は「買い物、移動販売、薬の受け取り」(133点)だった。食料品や日用品、医薬品など生活必需品の確保が、高齢者にとって切実な問題であることを示した。また、この項目も移動の要素を含むため、1位と合わせて、再び移動手段確保が最重要であることを示す結果となった。同じく、移動に関わる「外出同行、付き添い」も13位に入った。

3位「家の改修・修繕、模様替え、その費用補助」(92点)や29位「高齢者向け住まいの整備」(18点)など、住まいに関するものも多かった。

4位は「話し相手、友人関係、通いの場など交流の場の充実」(86点)であり、他者との関わりや、社会活動機会の充実を望む高齢者が多いことが分かった。6位にも「見守り、安否確認、声掛け」が入っていることからも、穏やかに、かつ安心して暮らしていくためには、日ごろから、地域との緩やかなつながりを求めていると考えられる。逆に、10位の「困りごとの相談窓口」や11位の「緊急時の連絡手段」、18位の「災害時の避難、支援」など、いざという時の助け、有事における救助や支援態勢を求める項目も、複数がランクインした。

また、5位に「調理」、8位に「配食、弁当配達」がランクインするなど、高齢者にとって、日々の食事の準備が重荷になっていることが伺えた。食事以外でも、7位の「掃除」や15位の「ゴミ出し」、16位の「洗濯」など、日常的な家事支援に関するものも複数が上位にランクインした。
 
8 32市のうち、「送迎、公共交通の充実」に関する選択肢が回答率1位だったのは4市、2位は3市、3位は5市、4位は4市、5位は4市、6位は按分を含めて1.5市、7位は1市、8位は2市、10位は1市、11位以下は1市だった。1位だったのは新潟市、岐阜市、山口市、浜松市であり、それぞれの設問と選択肢、回答率は次の通り。新潟市は「今後の在宅生活の継続に必要と感じる支援・サービスは」で1位「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」(20.3 %)、岐阜市は「今後、高齢者世帯が自立した日常生活を営む上で、どんな支援・サービスの充実が必要か」で1位「移送サービス(介護・福祉タクシー等)」(24.0%)、山口市は「特に力を入れてほしい高齢者施策」で1位「バスやタクシーなどを利用して外出できる移動手段の確保」(48.0%)、浜松市は「支え合い活動で利用したいサービス」で1位「病院などへの送迎」(9.0%)。
(3)ランキング調査結果の考察
(1)で述べたように、このランキング調査では、用いた設問や選択肢の内容と文言は市町村によって異なるため、各選択肢の優先度を正確に比較できるものではない。しかし、トップの「送迎、公共交通の充実」は突出して点数が高い。また、2位の「買い物、移動販売、薬の受け取り」も移動に関わるものであり、かつ3位以下とも点が開いていることから、高齢者の日々の暮らしにとって、移動手段が最も深刻な困難や不安材料となっていることは、間違いない。

また、このランキング調査は、道府県都と政令市を集計対象としているため、各道府県の中では、比較的、公共交通が整備された地域を対象としていると言える。道府県都や政令市以外の市町村では、公共交通ネットワークがより乏しいところが多いと考えられるため、今回の結果以上に、移動の困難や不安の値は大きくなる可能性がある。
図表1 一般高齢者の日常生活における困りごと・ニーズランキング
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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