- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 年金 >
- 公的年金 >
- 物価高なのに、なぜ年金減額?-シリーズ 年金問題のタテとヨコ:ザックリつかんでスッキリ整理!?
物価高なのに、なぜ年金減額?-シリーズ 年金問題のタテとヨコ:ザックリつかんでスッキリ整理!?

保険研究部 主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任 中嶋 邦夫
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
1 本稿では、すでに年金を受け取っている人(厳密には当年度に68歳以上の人)の年金額について、おおまかに解説する。67歳以下を含む年金額改定の詳細は、次の別稿を参照されたい。中嶋邦夫(2022a)「2022年度の年金額は0.4%減額、2023年度は増額だが目減りの見込み-(前編)年金額改定ルールの経緯や意義」、中嶋邦夫(2022b)「2022年度の年金額は0.4%減額、2023年度は増額だが目減りの見込み-(後編)2023年度は68歳前後の改定率が初めて相違する見込」。
なお、67歳以下と68歳以上で年金額改定の仕組みが違うのは、後述する背景2の仕組みによる(注8参照)。
1 ―― 背景1:物価変動の反映は、約1年遅れ
すでに年金を受け取っている人(厳密には当年度に68歳以上の人)の当年度(4~3月)の年金額の計算には、前年(1~12月)の物価上昇率の平均が反映される2,3。前年の後半や当年の年明けから物価が上がり続けている状況では、年金額の基準になる物価上昇率がマイナスになる一方で、年金を受け取る際には物価上昇率がプラスになっている場合がある。そのため、物価が上がっているのに年金が減額される、という事態が起こりうる。
今回(2022年度)の改定では、前年(2021年)の8月までは物価上昇率がマイナスで9月からプラスに転じたため、前年(1~12月)の平均の物価上昇率は-0.2%となった。しかし、年明けから物価がさらに上昇して4月には+2.5%になったため、近年では例を見ない物価上昇の中で、前年度より減額された年金が支払われる事態になった4(図表1)。
2 計算過程には反映されるものの、年金額が物価上昇率どおりに見直される(改定される)か否かは後述する背景の状況次第である。
3 このため、年金額の改定率は前年(1~12月)の物価上昇率が発表される日(1月19日を含む週の金曜日)に公表される。この改定率が政府の新年度予算案に反映され、予算案が可決・成立することで、年金の受給が可能となる。年金額の改定率は4月分の年金額から反映されるが、実際の支給は4~5月分の合計額が6月15日に振り込まれる。6月初旬には、支給額を伝える年金額改定通知書と年金振込通知書が一体になったもの(いわゆる統合通知書)が送付される。
4 実際に支払われる2022年度の年金額の改定には後述する背景も影響したため、前年(2021年)平均の物価上昇率どおりの改定とはなっていない(実際の改定率は-0.4%)。
5 年金受給者は、物価上昇が反映されるまで約1年待たなければならない。総務省統計局「2019年全国家計構造調査」によると、65歳以上の無職の世帯員がいる2人以上の世帯のうち65歳以上の夫婦のみの世帯の平均では、金融資産残高が1920万円、うち通貨性預貯金が473万円、となっている。また、65歳以上の無職の世帯員がいる単身世帯の平均では、金融資産残高が1382万円、うち通貨性預貯金が354万円、となっている。
6 実際に支払われる年金額の改定には後述する背景も影響したため、前年の物価上昇率どおりの改定とはなっていない(実際の改定率は+0.2%)。2020年度の年金額の改定については、中嶋邦夫(2020)「年金改革ウォッチ 2020年2月号~ポイント解説:年金額改定の仕組みと見直し」を参照。
2 ―― 背景2:現役世代とのバランスを取るために、賃金の伸びと物価の伸びのうち低い方を反映
この仕組みは、現役世代と引退世代のバランスを取るために導入されている。現在の年金制度は、基本的に、現役世代が払う保険料で引退世代が受け取る年金をまかなう仕組みとなっている。このような制度で引退世代が受け取る年金額の伸びが現役世代の賃金の伸びを上回るのは、両世代のバランスの点で不適切だと考えられるためである9。
今回(2022年度)の改定では、物価上昇率が-0.2%だった一方で賃金上昇率が-0.4%だったため、低い方の-0.4%が反映されることになった。年金受給者にとっては、物価の反映が約1年遅れとなることを考慮しても物価の下落率を越える年金額の下落率になっており、痛みを伴う改定といえる。しかし、現役世代も同様の痛み(物価の下落率を越える賃金の下落率)を受けており、いわば痛み分けの形になっている。
7 2000年改正前までは、すでに年金を受け取っている人の年金額も受け取り始めの年金額も、約5年ごとの法改正によって賃金上昇率に連動して見直されていた。しかし、少子化や長寿化の影響で財政バランスが悪化することや諸外国の事例を考慮して、2000年改正後は、すでに年金を受け取っている人の年金額は物価上昇率に連動して見直すことになった。過去の経済状況では賃金の伸びよりも物価の伸びの方が低かったため、この見直しで給付費の伸びを抑えることが期待された。
8 年金額の計算に反映される賃金上昇率は、厚生年金の保険料や年金額の計算に用いられる標準報酬を利用し、性・年齢別の人員構成が変化した影響を除去した値が用いられる。また、年金水準の過度な変動を抑えつつ物価変動にはなるべく早く対応するため、前年(暦年)の物価上昇率と実質賃金変動率の2~4年度前の平均を合わせた値(名目手取り賃金変動率)が用いられる。
なお、67歳以下と68歳以上で年金額改定の仕組みが違うのは、標準の(繰上げや繰下げがない)受給開始年齢が65歳であることを考慮して、64歳時点までの実質賃金変動率(2~4年度前の平均)が年金額に反映されるよう、受給開始後でも67歳になる年度までは名目手取り賃金変動率が適用されるためである。
9 年金財政の面でも、支出である給付費の伸び(物価上昇率)が収入である保険料の伸び(賃金上昇率)を上回ると収支のバランスが悪化するため、この仕組み(68歳以上には賃金上昇率と物価上昇率うちの低い方が反映される仕組み)が盛り込まれている。なお、2020年度までは複雑な特例が存在したが、年金財政のバランスや将来世代とのバランスの観点で見直され、2021年度から現在の仕組みが適用されている。
3 ―― 背景3:将来世代とのバランスを取るために、少子化と長寿化の影響を反映 (ただし2022年度は特例に該当したため反映されず)
この仕組みには、世代間の不公平を改善する効果もある。2004年に改正される前の制度は、基本的には、少子化や長寿化が進んだ影響を将来の保険料の引き上げで吸収する仕組みだった。すでに年金を受け取っている世代は、保険料を払わないために将来の保険料が引き上げられても影響を受けず、いわば勝ち逃げのような状態になっていた。しかし、2004年改正後の制度(現在の制度)では、毎年度の年金額の計算に少子化と長寿化の影響を吸収するための調整が反映される。このため、すでに年金を受け取っている世代も少子化や長寿化の影響を負担する形になり、その分だけ将来世代の負担が軽くなる。
ただ、この仕組みには、物価や賃金が下落している場合には調整を反映せず翌年度に繰り越す、などの特例がある。今回(2022年度)の改定ではこの特例に該当したため、少子化と長寿化の影響を吸収するための調整は繰り越された。その結果、すでに年金を受け取っている人の年金額は、現役世代の賃金上昇率と同じ-0.4%で減額改定されることになった。
4 ―― まとめ:物価の変化に約1年遅れで対応しつつ、現役世代や将来世代とのバランスにも配慮
この約1年の遅れになる影響のほかに、現役世代や将来世代とのバランスを取るための仕組みも組み込まれている。やや複雑ではあるが、世代間の不公平に配慮した仕組みと言えるだろう。
(2022年06月15日「基礎研レター」)

03-3512-1859
- 【職歴】
1995年 日本生命保険相互会社入社
2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)
【社外委員等】
・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)
【加入団体等】
・生活経済学会、日本財政学会、ほか
・博士(経済学)
中嶋 邦夫のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/08 | 基礎年金の底上げ策に伴って厚生年金の補てんを求めるのは妥当か~年金改革ウォッチ 2025年4月号 | 中嶋 邦夫 | 保険・年金フォーカス |
2025/04/07 | SNS時代の年金改革-法案提出を巡る議論の本質は… | 中嶋 邦夫 | 研究員の眼 |
2025/03/11 | 高齢期に働く際の年金減額は、金持ち優遇批判等に配慮しつつ対象縮小へ~年金改革ウォッチ 2025年3月号 | 中嶋 邦夫 | 保険・年金フォーカス |
2025/03/05 | 次期年金改革案(調整期間の一致)を避けた場合に起きる問題 | 中嶋 邦夫 | ニッセイ年金ストラテジー |
新着記事
-
2025年05月02日
金利がある世界での資本コスト -
2025年05月02日
保険型投資商品等の利回りは、良好だったが(~2023 欧州)-4年通算ではインフレ率より低い。(EIOPAの報告書の紹介) -
2025年05月02日
曲線にはどんな種類があって、どう社会に役立っているのか(その11)-螺旋と渦巻の実例- -
2025年05月02日
ネットでの誹謗中傷-ネット上における許されない発言とは? -
2025年05月02日
雇用関連統計25年3月-失業率、有効求人倍率ともに横ばい圏内の動きが続く
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【物価高なのに、なぜ年金減額?-シリーズ 年金問題のタテとヨコ:ザックリつかんでスッキリ整理!?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
物価高なのに、なぜ年金減額?-シリーズ 年金問題のタテとヨコ:ザックリつかんでスッキリ整理!?のレポート Topへ