2022年05月10日

コロナパンデミック下のインドネシア生保市場(2)-2020年のインドネシア生命保険市場の概況-販売チャネル、資産運用、収益動向-

松岡 博司

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はじめに

インドネシアの生命保険市場について、保険料収入、普及度合い、主力商品の状況を見た4月19日『コロナパンデミック下のインドネシア生保市場(1)1』の続編として、今回は、販売チャネル、資産運用、収益動向を見る。

今回も、インドネシアの保険監督当局であるOJK (Otoritas Jasa Keuangan=金融サービス機構)から公表されている『Statistik Perasuransian=Insurance Statistics=保険統計』を主な情報源として使用する。またインドネシア生命保険協会(AAJI)のプレスリリース、および保険情報・データの提供会社であるAxcoインシュアランスインフィメーションサービス(以下、Axco社)から入手したデータと情報を補助的に使用する。

なお、OJKおよびAAJIの統計はインドネシアの通貨であるルピアベースで作成されている。図表では兆ルピアという単位が出てくるが、これを2022年4月26日の為替レートで日本円に換算すると、約88.89億円である。

以下、インドネシアの生保業界の概況を、計数図表とともに見ていく。
 
1 『コロナパンデミック下のインドネシア生保市場(1)-2020年のインドネシア生命保険市場の概況-保険料収入、普及度合い、主力商品の状況-』https://www.nli-research.co.jp/files/topics/70918_ext_18_0.pdf?site=nli

1――販売チャネル

1――販売チャネル

グラフ1は、Axco社が提供する、期間調整した新契約保険料をベースに算出されたインドネシア生保市場における販売チャネルシェアの推移である。保険監督当局であるOJKからは販売チャネルシェアに関するデータは提供されていない。

インドネシアの生保市場は伝統的に、特定の生保会社1社と販売契約を結んで、その会社の商品を販売する専属エージェントをメインチャネルとして運営されてきたが、近年は銀行を通じた生保販売(バンカシュランス)が大きくシェアを伸ばしてきた。グラフ1では、2017年以降の各年、バンカシュランスが、最大のシェアを獲得している。なお、このグラフでは、「エージェント」は専属保険エージェントのみを指し、複数生保会社の商品を販売する乗合(独立)エージェントは、「その他」に含まれている。
グラフ1 インドネシア生保市場における販売チャネルシェア(%)の推移(新契約保険料ベース)
(1)保険エージェント
インドネシア保険法は、エージェントを「自営または企業内で働く個人」で、「保険会社またはイスラム保険会社のために、または、それらを代理して」「保険会社またはイスラム保険会社の商品を市場に販売する者」と定義している。わが国の生命保険市場における営業職員や保険代理店とほぼ同じ形態である。

エージェントはOJKに登録することを義務付けられている。またAAJI(インドネシア生命保険協会)から認証を受けることが求められている。投資関連商品を販売するには、追加的な承認が必要である。

AAJIは、2021年末現在のエージェント数は57万4,003人であると発表している。この数値は、2000年末には60万7,380人、2019年末には63万974人だった。パンデミックの最中、離職したエージェントが多かったようである。

とはいえ、日本の2020年度末の営業職員数(24万8,601人)と個人・法人代理店数(81,806店)を合わせた33万407と比べると、インドネシアには日本の倍近いエージェントが存在することになる。日本の方が事業規模がはるかに大きいことを考えると、インドネシアのエージェント数は多すぎるようにも感じられるが、わが国の約5倍に及ぶ広大な国土が島々に分散しているインドネシアで生命保険の普及を図る上では、エージェント数がまだ足りないと、AAJIはエージェント数100万人が目標であると公言している。

先に見た通り、専属保険エージェントの販売シェアは近年、バンカシュランスに及ばない状況が続いてきたが、コロナパンデミックがこの状況に追い打ちをかけた。2020年、ソーシャルディスタンスを保つことが要請され、訪問販売により顧客と対面で会う機会を奪われたエージェントの販売シェアはさらに減少した。

なお、インドネシアでも、コロナパンデミック下の2020年には、保険エージェントによる販売の多くがZoomによるオンライン通話などを介して行われたという。これを契機とした消費者行動の変化は持続すると考えられており、新しい保険エージェントのあり方が模索されている。
(2)バンカシュランス(銀行窓販)
インドネシア保険法はバンカシュランスを、「銀行で保険会社の保険商品を販売する、保険会社と銀行の間の協働活動である」と定義している。保険会社はバンカシュランス契約を締結する前にOJKの承認を得る必要がある。一方、銀行はバンカシュランス契約を締結する前にインドネシア銀行の承認を得る必要がある。

コロナパンデミックの中、保険エージェントが訪問販売を制約され販売シェアを落とす一方で、バンカシュランスが2020年、2021年のインドネシアの生保販売業績を力強く支えた。
 

AAJIのデータは、バンカシュランスチャネルを通じた新しい(新契約+継続)保険料収入の合計が2019年の63.45兆ルピアから、2020年の70.89兆ルピアに増加したことを示しています。・・・Covid-19のパンデミックの結果、エージェントチャネルからの新契約保険料収入は、2019年の37.04兆ルピアから2020年の25.15兆ルピアに減少しました。
(資料)AAJI(インドネシア生命保険協会)2021年3月9日プレスリリース
「生命保険業界パフォーマンスレポート、2020年末、収入金額、保険料収入、保険金支払、投資収益が改善されました」より

 
新契約保険料の大幅な伸びは、バンカシュランスの販売上の強力な役割発揮に強く支えられています。この販売チャネルは、2021年上半期、37兆9600億ルピア(37.5%増)の新契約保険料を挙げました。その優位性から、バンカシュランスのシェアは上半期新契約保険料全体の55.8%を占めました。
(資料)AAJI(インドネシア生命保険協会)2021年9月14日プレスリリース
「生命保険業界2021年上半期業績 安定的かつポジティブなトレンドを実現 AAJIは一貫して政府の経済・インフラを支援強化」より

パンデミックの中、同じ行動制限に服しながら、エージェントが業績を落とす一方で、バンカシュランスはパンデミックの中で成長を持続し、さらにはパンデミックを経験した国民の間に生命保険を求めるニーズが高まるのを捉えて大きな販売増加を達成した。

この違いは、インドネシアにおける銀行の信用力が保険エージェントを大きく上回っていること、バンカシュランスにおける銀行業務と保険業務の情報遮断に関する規制がわが国よりも緩いインドネシアにおいては、銀行が預金やクレジットカード顧客のデータを用いたテレマーケティング等を行えること、富裕層顧客を対象とする銀行によるファイナンシャルアドバイスサービスが成果を挙げたこと、等により生じたものかと思われる。

インドネシアでも、生活が豊かになるにつれ、銀行に口座を持つ(銀行との取引関係を持つ)人が増えている。そのため、今後もバンカシュランスが伸びる余地が十分あると考えられている。銀行との販売提携を希望する生保会社は多いとのことである。
(3)その他
グラフ1では「その他」チャネルが20%に迫る販売シェアを持ち、無視できない存在となっている。このグラフで「その他」チャネルに分類されている具体的な販売チャネルは、ダイレクトマーケティング(テレマーケティング、オンライン販売等)、マイクロインシュアランス、乗合エージェントである。

テレマーケティング
インドネシアでも、テレビでの広告キャンペーンと連動した、コールセンターによるテレマーケティング(電話マーケティング)はよく行われている。2014年には、1人の見込み客に1日数本の電話がかけられる等の事例が問題化し、規制が強化された。

オンライン販売
Axco社は、インドネシアには、オンラインで商品を直接販売している生保会社はほとんどないとしている。ただし、インドネシアでもデジタル化やインシュアテックの波が押し寄せている上、コロナパンデミックで非対面の販売ツールが必要となった事情もあって、デジタルチャネルが勢いを増し始めている。

2020年6月、OJKは、テレビ会議などの通信技術を利用したユニットリンク保険のオンライン販売を認める規則緩和を実施した。その後、ユニットリンク保険に関する苦情問題が発生したため、理想通りの展開は果たされていないが、従来型の保険会社もデジタルを通じた販売に関心を寄せていることが印象づけられた。

マイクロインシュアランス
経済的に恵まれていない人たちを対象とするマイクロインシュアランスは、金融排除問題の解決策として期待を集めている。提携銀行やマイクロファイナンス機関(MFI)を通じた販売が主であったが、近年は銀行口座をもたない人たちでも簡単に加入できるように、より多くの人が持っている携帯電話等を通じての保険販売が行われている。

2――資産運用

2――資産運用

グラフ2は、インドネシア生保業界の投資資産(総資産から非投資資産を除いたもの)の各運用対象資産への配分割合である。定期預金・CD(11.8%)や国債等(17.7%)などの安全性の高い資産への投資割合を大幅に上回って、上場株式(29.4%)、ミューチュアルファンド(27.9%)というリスク性の資産への投資割合が大きい。販売する保険商品の中で、ユニットリンク保険が占める割合が大きくなったことに対応するものと考えられる。
グラフ2 インドネシア生保会社の投資資産の構成(2020年末)
グラフ3は、各年末のインドネシア生保会社の投資資産額の合計値の推移を見たものである。棒グラフは各年末の投資資産合計額、折れ線グラフは投資資産合計額が前年末と比べて何%増減したかを示している。

インドネシア生保業界が運用する資産規模は、特に2006年から2017年にかけて、たいへんな勢いで増加した。こうした資金には政府も目を着けている。
グラフ3 インドネシア生保業界の投資資産合計額の推移
生命保険会社が運用する資金は、契約期間の長い生命保険による保険料を原資とするものであるので、その投資スタイルも長期的な視点に立ったものとなる。長期性のある生保の資金が、長い期間にわたってインフラの整備等を図ろうとする政府にとっては、最適の資金と見える。

2016年、OJKは規則を発出し、2016年末までに全保険会社と年金基金がその資産の20%をインドネシア国債に投資すること、そして2017年末までにその投資割合を30%に増加させることを求めた。この規則はその後、逐次改正され、基準を満たす上で許容される資産として、国有企業が発行する債券、インフラプロジェクトに関連する国有企業の資金調達を支援する資産担保証券と限定参加型投資信託が含まれるようになった。

政府は、保険会社、イスラム保険会社による国内インフラ開発への投資の拡大を奨励してもいる。

ただしグラフ2では、国債等への投資割合は17.7%であり、求められる30%には遠く及んでいない。AAJIは投資対象が不足していることを遅れの理由としている。
 

過去3年間、生命保険業界は、資本市場への投資を通じて資本市場の安定性を支援し続け、政府発行証券への投資を通じて政府が立ち上げたインフラ開発を加速させてきました。私たちのサポートが、インドネシアの現在の景気回復の瞬間を強化する上での貢献になることを願っています。・・・・・政府発行証券は、生命保険業界から大きな投資配分を受けています。政府発行証券への生保業界からの投資は、2020年上半期末の79.01兆ルピアから、2021年上半期末の94.79兆ルピアに増加しました。最新の数字は、AAJIメンバー生保会社の総投資額の18.6パーセントに相当します。
(資料)AAJI(インドネシア生命保険協会)2021年9月14日プレスリリース「2021年上半期、生命保険は安定したプラス傾向を示す」より

3――収益動向

3――収益動向

表1は、生保会社の主な収入項目である「収入保険料」と「資産運用利益」、主な支出項目である「支払い保険金」、および収入と支出を相殺した結果としての「税引き後利益」の推移をまとめたものである。

各年の保険関係の収支結果(収入保険料-支払い保険金)では、あまりプラスが厚くなく、税引き後利益を確保する上で資産運用利益が重要な収入項目になっていることが見て取れる。

コロナパンデミック下の2020年にもプラスの税引き後利益がなんとか確保されたものの、最近は利益が少なくなってきていることが懸念点である。
表1 インドネシア生保業界の主な収入・支出と税引き後利益の推移

おわりに

おわりに

以上、今回は販売チャネル、資産運用、収益動向から、インドネシア生保業界の状況を見てきた。

次回は、市場プレーヤーとしての生保会社の側面から、インドネシア生保業界の現状を見てみたいと考えている。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2022年05月10日「保険・年金フォーカス」)

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