2022年04月27日

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AIを使うと、人間の活用の仕方も変わってくる。全体で、どのように業務の質を高めるか。

坊: いったん、AIの問題に戻りたいと思います。問題の一つはコストです。技術者は一生懸命開発はするが、どうやって実用化していくかを考えると、そのサービスを提供するのに本当にAIが必要なのか、もし使うなら、どれぐらいのスペックのものが必要かをよく考えないと、コストばかり上がってしまう恐れがあります。

AIの問題の二つ目は、パラメーターです。現場の違いに応じてパラメーターを変えないとうまく機能しないと思いますが、介護の場合は特に、先ほど北嶋さんがおっしゃったように、個人によって違いが大きい。人によって、希望する生き方、死に方も違うし、同じ人でも日によって体調が変化し、それによって希望も変わると。状況に応じて、その人に合わせたケアをして、より良い生活をしてもらうのが介護だと考えると、AIをどこにどう使うのかが難しいと考えられます。心身の状態の変化や、価値観の違いを理解せずに判断してしまうと、本人の希望に合わないサービスになるかもしれない。AIは、大きな可能性があると同時に、使用者である人間には、使う方法と範囲に注意が必要になるかと思います。
 
青木氏: AIはこれから技術の進歩により、使える範囲が広がっていくと思いますが、AIがすべて解決してくれる訳ではありません。最近介護業界で活用されている例としては、ケアマネジャーの代わりにAIがケアプランを作成する技術があります。これは、ケアマネの作業を省力化できる例です。そういうふうに、AIに技術的に何ができるか、実際にどの作業をさせるのが適当かを、きちんと見極められれば良いと思います。

大事なのは、AIを使って今の業務の質をどう高めるかです。単に効率化して人間が楽をするのではなく、AIを導入することによって、人間の専門職をどう活かすかという点が変わってくると思うので、それをしっかり認識してやっていくことだと思います。まだまだAIは開発途中なので、汎用性は高いと思いますが、今の状況でAIに何を求めるかをはっきりさせないといけない。

よくあるのは、社福から「ICT化したい」と相談を受けるのですが、ICT化によって何を実現したいのかと聞くと、「どうしたらよいか分からないから、そこから教えてくれ」と。「それなら業務の棚卸しからしましょう」と提案するのですが、「そんなの大変だ、何をするのか分からない」と言う始末です。現場の課題をしっかり見極めていけば、AIの活用範囲が見えてくるのではないかと思います。

高齢者を支援対象として見るのではなく

高齢者を支援対象として見るのではなく、消費者として見ることで、次のサービスにつながる。

坊: 最後に、福祉ムーバーの実用化、デイサービス車両を活用した地域の移動サービスの実現に向けて、今後、何が求められるかを、皆さんで話し合いたいと思います。

まず私から、考えを述べたいと思います。いちばん大事なのは、今、高齢者が使える移動サービスが地域に無い、または大きく不足しているという現実です。そして、免許返納が進まず、高齢ドライバーの事故は起き続けています。つまり、これまで通りの交通事業だけをやっていてはだめ、というところからスタートしないといけない。

福祉ム―バーは、これまでの交通事業とも違う、介護保険サービスとも違う。だから実用化に向けたハードルがある訳ですが、最初に北嶋さんからご紹介があったように、利用者の皆さんの「車で買い物や病院まで送ってほしい」というニーズと、事業者の配車業務効率化のニーズから始まっており、課題解決になるものです。

どうやったら実用化させられるかと考えると、交通も介護も既得権益がある世界なので、事業者だけでは大変だと思います。北嶋さんは「脱行政」とおっしゃっていましたが、最初の段階では、第三者による調整も有効だと思います。それは、地域の交通ネットワークの確保を担う自治体ではないでしょうか。

多くの自治体は、新しい業界との付き合いは苦手です。しかし、チョイソコを運営する株式会社アイシンさんも、豊明市の前にいくつかの市町村に相談に行って、断られている。その後で豊明市に行き着いた。最初に良いパートナーと出会ってスキームを構築し、法的な壁もクリアできれば、次からは横展開のハードルが下がると思います。交通に熱意がある自治体もあると思うので、期待したいと思います。

もうひとつは、法制度の問題です。移動サービスに関しては、従来の大量輸送とは違う「少量輸送」や「近距離輸送」という、これまでとは違うニーズが増えていると思うので、道路運送法による「緑ナンバーか白ナンバー」「有償で輸送できるのは白ナンバー」という整理の仕方も、見直しが要るのではないかと感じています。

2020年の地域交通活性化再生法改正では、国交省が、「地域の輸送資源を総動員」すべきだと言っています。だったら、デイサービス車両という、全国に多数あって今すぐ使える貴重な移動リソースを、本当に総動員できるように工夫しないといいけない。白ナンバーだから無償で住民の送迎に協力してくださいと言うのではムリだし、緑ナンバーだけでやろうとすると、リソースが足りない。総動員と言うからには、白ナンバーを持っているプレーヤーも、対価を得て継続的に送迎を実施してもらえるように工夫し、交通ネットワーク構築につなげてほしいと思います。
遠藤準司氏 遠藤氏: 全国移動ネットの歴史は、法制度との闘いの歴史と言えるぐらい、これまでにも国交省や厚労省にいろんな提言をしてきました。正直言って、この10年~20年、これまで我々が費やした労力に比べれば、法制度の歩みは小さいと思いますが、これだけ全国で公共交通が縮減し、地域によっては総力戦の様相を呈している状況では、法整備というところまではなかなか大きな期待はできませんが、時代のニーズによって、変わって行かざるを得ないと思います。

今日出たお話で、「高齢者のニーズを理解するべきだ」というのは、自戒する点もあります。例えば、高齢者の方でも、普段の生活で必要な移動支援をして、通院や買い物が充足してくると、人間って「今度はちょっと旅行したいな」と広がりが出てくるんです。一言で「移動支援」といっても、余暇活動も含めた発展的活動になるように見ていく必要があるんじゃないかと思いました。高齢者ということで、支援の対象とするのではなく、一消費者としての視点を供給側は持っておく必要があるかと思います。

青木氏: コロナ禍で「エッセンシャルワーカー」という言葉が普及しましたが、介護職は本当にエッセンシャルだと、体験を通じて社会に伝わってきていると思います。介護職は、高齢者の身近にいて、その人たちが生活で何を求めているかを理解しています。

現状を変えようという話をすると、すぐに制度や法律論になりがちですが、制度や法律は大きなシステムの一部です。地域包括ケア「システム」というのは、我々が必要としている物事の関係性をしっかり見つめて、目的に向かってどう動かしていくかというシステムのはずですが、関係者はどうしても地域包括ケア「制度」を作ろうとしています。そうすると、解決策が見えなくなってしまいます。

そうじゃなくて、私たちが今後、どんな社会をめざしていくか。社会のバックグラウンドが変わってきているときに、制度にしがみつくのではなく、皆さんがおっしゃるように、消費者や事業者、制度を作っていく立場の人が平テーブルで話すような場を作ることが必要だと思います。人間が生きていく上で、年老いたり、災害に遭ったりした時にも、行動の自由を奪われたり、人間の尊厳を奪われたりしないようにするにはどうするかということで、皆が同じテーブルに着ければ良いと思います。それが解決方法と言うのではなく、それしかない、必要なプロセスだと思います。

地域に合わせて

地域に合わせてデイサービス施設が福祉ムーバーを活用できれば、交通網も地域も持続可能になる

北嶋氏:福祉ムーバーは本当は、リリーフピッチャー、つなぎ役で良いと思っています。完全自動運転の時代になったら、要らなくなると思いますが、自動運転の実用化はまだまだ先。それよりも、今本当に困っているところに、根治療法にならなくても、対症療法としてでも良いので福祉ムーバーが効くなら、これを実現させたい。山村、過疎地、離島にもデイはあります。そこには送迎車が走っています。それを住民同士でライドシェアする。

この仕組みの良いところは、新たに人を雇わなくても良い、車を買わなくても良い、地下鉄を掘らなくても、路面電車を引かなくても良い。関係者がやる気になれば、すぐできるので、僕も頑張ろうと思っています。そうすることで、介護業界のプレゼンスも上がると思います。

法制度の話に触れますと、道路運送法は昭和26年、ほとんどが緑ナンバーだった時代に作られたもので、今のご時世に当てはめるのが難しい。でも法律を変えるのは難しいので、通達、通達で、「通達行政」みたいになっている。まるで法律の解釈の禅問答みたいな通達もあります。

もう一つ、過疎地でどうやって実用化していくか、僕が考えていることをお話します。過疎地はデイの施設数が少なく、もともとデイは昼前後の時間帯は送迎をやってないので、利用者が非通所日にスマホで予約を出しても稼働中の車両がなくて、システム上「最適配車なし」と戻ってくる可能性が高い。もちろん中規模の自治体で、半日型のデイをやっている事業所があれば、稼働中に車両が見つかると思いますが。そしたら、過疎地では輪番制にして、それぞれの事業所から「レスキュー送迎」という形で、デイサービスの送迎が無い時間帯でも、運転手と車を出しておいてもらって、いつでも予約を受けられるようにする。輪番制の費用に関しては、市町村から人件費を補助してもらうというやり方もある。もしかしたら、レスキューには車はデイから出すけど、人はタクシー運転手にしてもらうという方法もある。

そうやって、地域に合った形で福祉ムーバーを使っていくことができれば、デイを使って交通網ができるということになるし、交通も地域もサステイナブルになるのではないでしょうか。

対談を通じたまとめ

【対談を通じたまとめ】

2020年以降のコロナ禍では、国を挙げてワクチン接種を急ぎ、市区町村がシャトルバスやタクシーの助成券を出した例がたくさんあった。このことは、高齢者が外出するには、現状の公共交通の利用だけでは難しく、より使いやすい移動サービスが必要であることを鮮明にしたと言える。既にタクシー営業所が撤退した市区町村では、対応に困ったところもあったかもしれないが、タクシーがない過疎地にもデイサービス施設はある。その資源を、移動サービスに活用していく道筋がつけられれば、年老いて足腰が悪くなっても、安心して地域に住み続けられるだろう。

デイサービス車両の活用ができるようになれば、北嶋氏からは「対症療法」という話があったが、介護事業所としても費用が圧縮でき、介護事業の持続可能性が上がり、交通ネットワークの持続可能性も上がる。また、住民も気軽に移動できるようになれば、老年期も地域で暮らし続けることができ、地域の持続可能性が上がる。さらに、日常の移動が満たされるようになれば、遠藤氏が指摘したように、次は余暇の移動をするようになり、さらに質の高い老後の生活が送れるようになるだろう。そのすべてが試されているのが、今回の福祉ムーバーと言えるだろう。
 
(終わり)
(この対談は 2022 年 3 月 15 日、オンラインで行いました)
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2022年04月27日「ジェロントロジーレポート」)

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