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新型コロナ 精神疾患への影響-こころの健康はどのような影響を受けているか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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日本では、3月に、まん延防止等重点措置がすべて解除された。4月25日には、ワクチンの3回目の接種を終えた人が全人口の半数を超えた、と政府は発表している。ただ、3年ぶりに緊急事態宣言のない大型連休を迎えるため、人々の気の緩みを心配する声も多い。政府は、感染拡大防止策の継続を促している。
そうした中、海外では、新型コロナが精神疾患に与える影響に注目が集まっている。3月には、世界保健機関(WHO)が、パンデミックの影響の初期エビデンスをまとめたペーパー(以下、「ペーパー」)(*)を公表した。その内容をもとに、新型コロナがこころの健康に与えている影響について、みていくこととしたい。
(*) “Mental Health and COVID-19: Early evidence of the pandemic's impact”(WHO, 2 March 2022)
◇ 世界では、抑うつ症や不安障害が25%以上増加
それによると、コロナの感染拡大前に比べて、抑うつ症の患者は、27.6%(95%不確定区間25.1%~30.3%)増加。不安障害の患者は、25.6%(同23.2%~28.0%)増加した、とされている。
この数字の出典であるLancetの記事(**)には、世界の地域別の増減率が記載されている。
(**) “Global prevalence and burden of depressive and anxiety disorders in 204 countries and territories in 2020 due to the COVID-19 pandemic”(Lancet, Vol 398, 6 November 2021)
それによると、ラテンアメリカ・カリブ海地域、北アフリカ・中東地域、南アジア地域では、抑うつ症と不安障害のいずれも30%を超える患者増加となっており、これらの地域での影響が大きかったことがわかる。中央ヨーロッパ・東ヨーロッパ・中央アジア地域も、いずれも約30%の増加で、高水準だ。サハラ砂漠以南のアフリカ地域は、いずれも20%台前半の増加となっている。
日本が含まれる、東南アジア・東アジア・オセアニア地域では、抑うつ症の増加が11.5%、不安障害の増加が13.8%であり、世界の他の地域と比べると増加率は小さかった。
また、疾患の影響などをみる際に用いられるDALY(障害調整生存年)(***)は、10万人当たりでみたときに、抑うつ症については137.1年(95%不確定区間92.5年~190.6年)、不安障害については116.1年(同79.3年~163.8年)、それぞれ増加したとされている。
男女別にみると、抑うつ症は、男性92.5年、女性182.0年。不安障害は、男性75.3年、女性157.2年の増加と推測されている。抑うつ症、不安障害とも、女性の患者のほうがコロナの影響を大きく受けたとされている。
ペーパーでは、この後、先行研究のメタアナリシスを通じて、一般の人々の精神衛生上の問題が有意に増加していること。若年、女性、既往症が、危険因子として報告されていること、などを紹介している。
(***) “Global Health Estimates 2019 DALYs by cause globally, 2019 and 2000”(WHO)を用いて、世界全体での、2019年の人口10万人当たりのDALYを計算してみると、抑うつ症は477.7年、不安障害は368.6年となる。DALYについて、詳しくは、「医療の質のとらえかた-障害調整生存年(DALY)で各国の主要疾患をみてみよう」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所, 2022年4月1日)を、ご参照いただきたい。
◇ 日本では自殺が増加したが、多くの国ではそうしたエビデンスはみられなかった
ただ、世界的にみると、中国の広東省、インドのニューデリー、アメリカなどでは自殺の死亡率が低下しており、多くの国で自殺が増加したというエビデンスはみられなかった、としている。
また、ペーパーでは、自傷行為や希死念慮(漠然と死を願うこと)についても、さまざまな先行研究を取り上げている。
自傷行為については、増加したとする研究がある一方、減少したとする研究もあり、結果はまちまちだった。複数の研究の結果を統合して高い見地から分析する、メタアナリシスでは、増加したとするエビデンスは認められなかったとしている。
一方、希死念慮については、パンデミックによる医療従事者の消耗や、孤独、新型コロナの陽性判定を受けることで、リスクが増大したとしている。
◇ 精神疾患の既往症を持つ人は、コロナ感染でリスクが増大した
気分障害などの精神疾患の既往症を持つ人は、コロナに感染した場合、コロナが重症化したり、入院につながったり、死に至ったりするリスクが増大したという。こうしたリスクは、若齢者や既往症が重い人ほど高かった、としている。
一般に、精神疾患は、長期に渡って通院での受診や薬物療法を続けることが必要となる。こうした診療が途切れると、重症化してしまうこともある。コロナ禍によって、外出を控える動きが広がったため、精神疾患の患者の通院も滞った。その結果、重症化のリスクが増大したことが考えられる。
なお、ぺーパーは、精神疾患の既往症を持つ人が新型コロナに感染しやすい、というエビデンスはみられなかったとしている。
◇ 診療や予防のためのオンライン活用は進んだ
入院患者についても、グループセラピーや家族等の訪問を含めて、療養活動に中断が生じた。
ただし、その一方で、精神疾患の診療や予防のためのオンライン活用は進んだ。医療機関が政府やNGOなどと協力して、オンラインでの支援プログラムを立ち上げるケースもあった。これにより、混乱は一部緩和されたとしている。
ただし、こうしたオンライン活用の前提となる、アプリやウェブの利用は若齢世代が中心で、高齢者には使いにくいという問題がある。
また、単身世帯などで、社会的に孤立している人々に対しては、そもそもこうした情報が伝わらず、オンラインの導入が進みにくいという課題もある。
オンライン活用にあたっては、システム整備や回線の拡充といったハード面だけではなく、高齢者等でも使いやすいように、接続や操作の方法を簡単にするといった、ソフト面の工夫がカギとなる。
利用者目線から、診療や予防のためのオンライン環境の充実を進めていくことも重要といえるだろう。
以上、WHOのペーパーをもとに、新型コロナの精神疾患への影響についてみていった。
今回みたものは感染拡大の初期段階のものだ。コロナ禍が精神疾患に与える長期的な影響についても、いずれ研究が進むものと考えられる。引き続き、そうした研究の結果を、注意してみていく必要があるだろう。
(2022年04月26日「研究員の眼」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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