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医療の質のとらえかた-障害調整生存年 (DALY) で各国の主要疾患をみてみよう

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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1――はじめに
医療政策の立案・検討の際には、医療の質をどうとらえるか、が議論されてきた。1990年代に世界保健機関(WHO)や世界銀行は「障害調整生存年(Disability Adjusted Life Years, DALY)」という指標をもとに医療の質を定量化するようになった。本稿では、DALYについて、みていくこととしたい。
2――障害調整生存年 (DALY) とは
QALYは、患者に行う医療サービスの評価に適している。たとえば、患者に投与する医薬品の効能は、その投与前後のQALYの増加分として示すことができる。一方、ある医療政策の是非といった、社会全体での医療の質を評価するには、あまり適していない。これは、QALYが患者の個人的な選好をベースとしているためだ。
そこで、1990年代初めに、ハーバード大学のクリストファー・マーレー教授らはDALYを開発した。DALYは、平均寿命に、健康ではない人の障害の程度や期間を加味して調整した生存年数だ。これは、「完全な健康状態を維持したまま、理想の寿命を過ごす」(理想の寿命を過ぎた時点で死亡する)という“理想的”な状況からみて、「実際に、早死と障害によってどれだけ健康な時間が失われたのか」という年数を表す。図表1では、「DALY」と記した濃紺色部分の面積がDALYに該当する。
DALYは、理想の寿命を想定するため、医療などの政策目標と整合しやすい。また、健康状態や障害の判断を、QALYのように患者の選好で行うのではなく、プロジェクトチームの専門家グループなどが行う。このため、医療政策の検討、評価に適しているとされる。国際的には、WHOや世界銀行が国別や疾病種類別などのDALYを算出して、各国、疾患ごとの医療政策の評価に用いている。
具体的にDALYの算出方法をみていこう。DALYは、損失余命年数(Years of Life Lost, YLL)と、有障害年数(Years Lived with Disability, YLD)の合計として、算出される。ここで、YLLは、死亡数、理想の寿命までの平均余命、の2つの数字の掛け算として計算される。一方、YLDは、障害の発生数、障害の程度によるウェイト付け、状態が安定もしくは死亡するまでの年数、の3つの数字の掛け算として計算される。1 DALYは、本来健康な状態で過ごすはずだった人生を、1年失ったことを意味する。
一方、YLDの計算における障害の発生数は、有病率をベースとして設定する方法としている2。障害の程度によるウェイト付けは、疾患種類や障害の程度により異なるもので、専門家のチームが設定している3。たとえば、診断・初発がんは0.288、転移がんは0.4514。急性心筋梗塞は1~2日目0.432、3~28日目0.074などと設定されている。なお、年齢によるウェイトや時間割引は省略されている5。
1 1990年代初めに最初に開発されたDALYでは、新生児の平均寿命について、女性は、当時最も高い平均寿命であった日本人女性をもとに82.5歳とされていた。また、男性は、高所得国の裕福なコミュニティで観察された平均寿命の男女差に基づいて80.0歳とされていた。また、2010年の見直し時には男女同一で、86.0歳とされていた。
2 従来は発生率をもとに計算する方法が用いられてきた。しかし、たとえば先天性難聴のような先天性の病気では、発生率が0歳時のみに偏ってしまうといった問題が生じたことから、有病率をもとに計算する方法に切り替えられた。
3 複数の疾患にかかっている患者では、原因を問わずにYLDを追加していくと、合計のYLDの過大評価につながってしまう。そこで、同じ機能的健康喪失を有する個人は、それが生じた原因となる状態が1つだったか、複数だったかにかかわらず、同様に治療されるものとする「共存症調整」が行われている。
4 ただし、末期がんで薬物治療を行う場合は0.540、薬物治療を行わない場合は0.569とされている。
5 1990年代初めに最初に開発されたDALYには、年齢ウェイトと割引率が加味されていた。しかし、さまざまな議論が行われた結果、2018年公表のWHOの計算法では、これらの要素は除外された。本稿で紹介するデータにも含まれていない。
DALYには、臨床医療から離れた専門家チームが関与している。DALYの計算方法には、さまざまな点で議論の余地がある。実際にいくつもの批判がなされてきた。代表的なものをみていこう。
(1)「DALYの計算に用いられるデータは不十分」
DALYの計算には、死亡や障害に関するさまざまなデータが必要となるが、そのなかには十分に把握できないものもあるとの指摘が行われてきた。これについては、データ把握の度合い等に応じて、計算方法の見直しを行うことで、対処が図られてきた。
(2)「DALYには地域性が反映されない」
DALYは障害によって失われた健康年数の合計であり、医療の地域的な差が反映されないとの指摘がある。これについては、計算に用いる諸データに地域性が含まれることで、それを反映しているとの反論がなされている。
(3)「DALYは“障害を有していても健康に生きる”という価値を踏まえていない」
DALYは人々の状態を健康か、有障害かで二分しており、“障害を有していても健康に生きる”という価値を反映できないとの指摘もある。これは、DALYのような簡略化した健康指標で、定量化を行うこと自体への問題指摘といえる。この点については、議論の収束は見通せていない。
DALYについては、現在も、いくつもの論点について議論が行われている。その結果、DALYに対する理解の浸透が図られたり、ときには、代替指標の開発6が進められたりしている。
6 たとえば、ALS(Activity Limitation Score)、PRS(Participation Restriction Score)といった指標が提案されている。(“Beyond DALYs: Developing Indicators to Assess the Impact of Public Health Interventions on the Lives of People with Disabilities”Daniel Mont and Mitchell Loeb (World Bank, May 2008)より。)
3――主要国のDALYの比較
7 “Global Health Estimates 2020: Disease burden by Cause, Age, Sex, by Country and by Region, 2000-2019. Geneva, World Health Organization; 2020.”(WHO, The Global Health ObservatoryのRecommended citation) https://www.who.int/data/gho/data/themes/mortality-and-global-health-estimates/global-health-estimates-leading-causes-of-dalys
また、日本では、高齢化が進むなかで、目や耳などの感覚器に障害を有する高齢者が多くなっているものとみられる。
アメリカは、糖尿病、精神障害、物質使用障害、心血管障害、呼吸器障害、筋骨格系障害、傷害が大きい。肥満に伴う生活習慣病や、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)過剰摂取等の薬物依存、路上事故の多発などが原因とみられる。
イギリスは、神経疾患が大きい。アルツハイマー病やパーキンソン病などに苦しむ患者が多いものとみられる。
また、女性では、大腸がんや乳がんなどのがんが増加している点も注目される。背景として、女性の社会進出が進み、外食などを利用する機会が多くなった結果、肉類中心で野菜不足の食生活が進んだこと。女性ホルモンの1つであるエストロゲンの分泌が進み、がん細胞が増殖しやすくなったこと、などが考えられる。
4――おわりに (私見)
今後もその動向について、注視していくこととしたい。
(2022年04月01日「基礎研レター」)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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