コラム
2022年03月25日

社会保障から見たESGの論点と企業の役割(2)-試金石となる?障害者の合理的配慮義務化に向けた対応

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

3――求められる企業の対応

1|合理的配慮の浸透は不十分
だが、現状ではどこまで実効性を持つのか、疑問も残ります。例えば、東京都のインターネット意識調査によると、図1の通りに73.8%の人が合理的配慮を「知らない」と答えています4
図1:東京都の調査における合理的配慮の認知度
何よりも昨年の法改正も含めて、メディアでも取り上げられる機会が少なく、「障害者差別解消法」「合理的配慮」という単語が主要新聞に登場した頻度を示す図の通り、一般の人が目に触れる機会が少ないのが実情です。

さらに一例を挙げると、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、イベントはオンラインに移行したものの、管見の限りでは「情報保障が必要な方は事前にご連絡下さい」という一文が入った告知文の事例はごくわずかです。

しかも、第1回でも述べた通り、日本の大企業の多くは長期雇用、年功序列に支えられた「メンバーシップ雇用」の下、社会課題と向き合うことを得意としていないし、「個別の事情に応じて、現場で柔軟に考えて下さい」「対話→調整→合意のプロセスが大事です」という障害者差別解消法のコンセプトを聞いても、「何をやったらいいのか」「どう考えたらいいのか」と立ちすくんでしまう企業の担当者も少なくないかもしれません。

こうした状況では2024年6月までに障害者差別解消法が施行された場合、合理的配慮に伴うコスト増だけがクローズアップされるような事態も想定されます。
図2:主要新聞における障害者差別解消法、合理的配慮の登場回数
 
4 2020年1月23日「都政モニターアンケート結果 障害者差別解消条例等」を参照。
2|差別解消法への対応は一つの試金石?
しかし、障害者の権利を確保する上で、合理的配慮は重要な機会です。もし企業が障害者に対する顧客対応などで十分に配慮できなければ、顧客を失うリスクに加えて、訴訟リスク、あるいは評判を落とすリスクにも繋がります。ESGの「S」は海外の児童労働の問題だけでなく、実は顧客対応などでも求められていると言えます。

さらに、合理的配慮のコンセプトは障害者だけでなく、全ての人権配慮に共通しています。例えば、聞こえない人への対応として、日本語の音声情報だけに頼らない情報提供を意識できれば、「難聴の高齢者に対する情報提供で、文字を併用する」とか、「日本語の音声情報にアクセスできない外国人に対し、多言語で対応する」といった対応も視野に入ると思います。

これは別に筆者自身の思い付きではありません。一例を挙げると、2022年3月に成立した千葉県浦安市の「認知症とともに生きる基本条例」(施行は7月)では、市が認知症施策の推進に際して、「認知症の人及びその家族等が不当な差別を受けることがなく、合理的な配慮が受けられるような地域社会の実現に特に留意する」と定めています。

さらに、2021年9月に成立した神奈川県大和市の「大和市認知症1万人時代条例」でも、市による認知症施策の推進などと併せて、企業の役割に関して、「サービスを提供するに当たっては、その事業の遂行に支障のない範囲内において、認知症の人に対し必要かつ合理的な配慮をしなければならない」と規定されています5

このため、合理的配慮を「障害者の問題」と単純に捉えるのは表層的な理解であり、ESGの「S(Social)」に対する本質的な対応にはならないと思われます。筆者は障害者差別解消法への対応については、「SDGs(持続可能な開発目標)やESGのコンセプトが企業に浸透しているかどうか見極める上での一つの試金石になる」と思っています。
 
5 条文の主語は「基盤サービス事業者」。条例では「市内において日常生活及び社会生活を営む基盤となるサービスを提供する事業者(保健医療等サービス事業者を除く)」と定義されているが、ここでは企業の役割と読み替えた。

4――おわりに

ESGのうち、「S(Social)」について、社会保障政策・制度から企業の役割を再考するコラムの第2回では、2024年6月までに施行される障害者差別解消法への対応を中心に考察しました。合理的配慮の提供について、国は一律に支援の可否や内容、水準を定めておらず、2024年6月までに改正される新しい法律では、企業は配慮・支援を求める障害者のニーズに対し、個別性を勘案しつつ、「対話→調整→合意」のプロセスを実施することが義務付けられます。

合理的配慮や法改正の内容に関して、人口に膾炙している状態とは言えませんが、「人権問題として少数派の権利をどう担保するか」という点で見ると、ESGの「S」に対応する上での必要なエッセンスが詰まっていると思います。単に「法律が変わるから」とか、「障害者の問題」などと表層的に考えるのではなく、個別性を考慮しつつ柔軟に対応するというコンセプト的な部分に立ち返りつつ、企業として合理的配慮の提供を検討、対応して欲しいと思います。

第3回も障害者に関する分野として、障害者雇用を取り上げます。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年03月25日「研究員の眼」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【社会保障から見たESGの論点と企業の役割(2)-試金石となる?障害者の合理的配慮義務化に向けた対応】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

社会保障から見たESGの論点と企業の役割(2)-試金石となる?障害者の合理的配慮義務化に向けた対応のレポート Topへ