2022年02月25日

近づく米「雇用の最大化」目標達成-雇用の回復は持続。労働需給の逼迫継続から、賃金上昇圧力は当面高止まりへ

経済研究部 主任研究員 窪谷 浩

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1.はじめに

米国の労働市場は新型コロナの影響で20年春先に大幅な落ち込みを示した後、20年5月以降は回復基調が持続している。

一方、堅調な労働需要に対して労働供給の回復が遅れている結果、労働需給の逼迫を背景に賃金上昇圧力が高まっている。

22年1月のFOMC会合議事要旨では、一部で異論は示されているものの、多くの参加者が労働市場について既に政策金利引き上げの条件である「雇用の最大化」に到達したか、非常に近いと評価していることが示された。このため、FRBが物価指標としているPCE価格指数が物価目標を大幅に上回り、前年同月比でおよそ40年ぶりの水準となる中、3月FOMC会合での利上げが確実となっている。

本稿では足元の労働市場の回復状況を確認するほか、今後の見通しについて論じた。結論から言えば、当面、労働需給の逼迫を背景とした賃金上昇圧力は高止まりしそうだ。

2.労働市場の回復状況

2.労働市場の回復状況

(雇用者数、失業率)雇用の回復基調が持続、失業率は新型コロナ流行前の水準が視野に
非農業部門雇用者数は、新型コロナの感染拡大の影響で20年3月から4月にかけて大幅な雇用喪失となった後、20年5月から雇用の増加基調が持続している(図表2)。とくに、21年の月間平均増加ペースは+55.5万人増と1950年以降で最高となった。22年1月も前月比+47.8万人と好調を維持しており、足元でオミクロン株の感染拡大の影響は限定的に留まっている。
(図表2)米国の非農業部門雇用増減と失業率 一方、雇用回復は持続しているものの、雇用者数の増加幅は雇用回復が始まった20年5月から22年1月までの累計で+1,912万人と20年3月から2ヵ月間の雇用喪失幅である▲2,199万人を依然として▲288万人下回っている(前掲図表1)。このため、22年1月の雇用増加ペースが継続する場合には、雇用者数が新型コロナ流行前(20年2月)の水準を回復するのに、6ヵ月を要する状況である。

また、累計雇用増減を業種別にみると新型コロナの影響を大きく受けた対面型サービスの「娯楽・宿泊」が新型コロナ流行前の水準を▲175万人下回っており、回復の遅れが目立っていることが分かる。

失業率は20年4月に14.7%まで上昇した後、22年1月は4.0%と前月の3.9%からは小幅に上昇したものの、20年12月のFOMC会合で示されたFOMC参加者の長期目標に一致したほか、新型コロナ流行前(20年2月)の3.5%に0.5%ポイントまで迫る水準に低下しており、回復が顕著となっている。失業率は新型コロナ流行前の水準への回復が視野に入ってきたと言えよう。
(オミクロン株の影響)コロナ原因の非就業者数は大幅に増加も雇用者数への影響は限定的
米国では22年入り後にオミクロン株の感染拡大に伴い、新型コロナ新規感染者数(7日移動平均)は21年11月下旬の8万人から1月雇用統計の調査週である1月中旬に80万人へ急激に増加した(図表3)。新規入院患者数も同様に3万人台後半から15万人台半ばに大幅な増加となっていた。

また、センサス局による12月下旬から1月中旬に行われた調査(Household Pulse Survey)では、コロナ罹患等が原因で調査時点に就業していなかった人数(非就業者数)が875万人と12月中旬に行われた前回調査の296万人から急増したほか、コロナ罹患への懸念を原因とする非就業者数も322万人と前回調査の256万人から増加したため、1月の雇用統計への影響が懸念されていた(図表4)。
(図表3)米国のコロナ新規感染者数および新規入院患者数/(図表4)コロナ罹患等が原因の非就業者数
しかしながら、前述のように1月の雇用者数は堅調な伸びを維持したため、予想外にオミクロン株の感染拡大に伴う影響が限定的となった。これは人手不足を背景に企業がコロナ罹患等によって就業できない労働者の雇用を維持したことが考えられる。

なお、2月以降はオミクロン株の新規感染者数、新規入院患者数ともに急速に減少しているほか、前述のコロナ罹患等が原因の非就業者数も1月下旬から2月上旬の調査で777万人と前回調査から100万人減少しており、このままオミクロン株の感染が終息に向かえば労働市場への影響は限定的に留まる可能性が高い。
(労働需要)求人数、企業の採用意欲ともに堅調が持続
米国の労働需要は足元で堅調を維持している。求人数は21年6月以降1,000万人を上回る状況が持続しており、21年12月は1,092.5万人と、2000年の統計開始以来3番目の水準となった(図表5)。求人の中身をみると、雇用回復が遅れている「娯楽・宿泊」の求人が172万人と業種別で最大となっている。

また、失業者数の求人数に対する比率は21年6月以降、失業者数が求人数を下回っているほか、21年12月は0.6と統計開始以来最低となっており、失業者数との対比で未だ経験したことがない求人数の多さとなっている。

次に、大企業、中小企業の採用計画は新型コロナの影響で20年春先に採用が大幅に抑制されたものの、その後は採用を増加する動きが持続しており、21年10-12月期のCEOサーベイでは大企業の採用計画が03年の統計開始以来最高となった(図表6)。また、中小企業の採用計画も1986年の統計開始以来最高となった21年8月のピークからは低下したものの、新型コロナ流行前の水準を大幅に上回っている。このため、大企業、中小企業ともに採用意欲は非常に強いと言えよう。
(図表5)求人数および求人数/失業者数/(図表6)大企業、中小企業の採用計画
(労働供給)足元で回復加速の兆しも回復は緩やか
一方、堅調な労働需要に比べて労働供給の回復ペースが緩やかな状況が続いている。25歳から54歳までのプライムエイジと呼ばれる働き盛りの労働参加率は20年2月の83.0%から20年4月に▲3.1%ポイント低下した後に持ち直し、22年1月が82.0%と21年9月からは4ヵ月連続で上昇しているものの、新型コロナ流行前の水準を依然として▲1%ポイント下回っている(図表7)。

男女別にみると女性は76.0%と21年9月の75.3%から4ヵ月連続で上昇しており、回復加速の兆しがみられる。これは、9月以降の学校再開に伴い子育て世代の女性の労働市場への再参入が増加した可能性が考えられる。もっとも、男性が88.2%と21年6月以降は概ね横這いとなっており、回復がもたついている。
(図表7)プライムエイジ(25-54歳)の労働参加率(乖離幅)/(図表8)失業保険継続受給者数(プログラム別)
これまで労働参加率の回復が遅れている要因として、新型コロナの罹患や罹患者の看護、新型コロナに罹患することへの懸念に加え、新型コロナ対策の暫定措置として手厚くなった失業保険の影響などが指摘されていた。

このうち、失業保険については新型コロナ対策の暫定措置として新設された「パンデミック失業支援」(PUA)や「パンデミック緊急失業補償」(PEUC)、失業保険の追加給付措置が21年9月で期限を迎えたことから、失業保険の継続受給者数が大幅な減少となっており、足元では200万人台と新型コロナ流行前の水準に低下している(前掲図表8)。このため、手厚い失業保険が理由の労働供給の回復の遅れは相当程度解消されたとみられる。

一方、新型コロナ罹患等が原因の非就業者数については前掲図表4で示されるように、オミクロン株の感染拡大の影響で22年入り後に増加に転じており、労働供給回復の遅れの要因として残っている。今後、新型コロナの感染が抑制されることでこれらの非就業者数が減少し、プライムエイジの労働参加率は回復基調が持続するとみられるものの、新型コロナ流行前の水準に回復するには今しばらく時間を要そう。
時間当たり賃金)労働需給の逼迫から名目賃金は大幅上昇も、実質ベースではマイナス
労働需給の逼迫を背景に賃金の上昇が加速している。時間当たり賃金は新型コロナ流行後に変動が大きくなっており、評価が難しくなっているものの、22年1月が前年同月比+5.7%と新型コロナ流行前の3%台を大幅に上回る水準となっている(図表9)。

時間当たり賃金を業種別にみると、雇用回復が遅れ人手不足が深刻な「娯楽・宿泊」が前年同月比+15.8%と突出しているほか、物流や医療など新型コロナの影響を大きく受けた「運輸・倉庫」が+9.9%、「教育・医療」が+8.4%と次いでいる(図表10)。現状では大幅な賃金上昇は一部の業種に留まっていると言えよう。

一方、名目賃金の上昇にも関わらず、物価を加味した実質ベースでの時間当たり賃金は22年1月が前年同月比▲1.7%と21年4月以降はマイナスが持続しており、足元で賃金上昇がインフレ高進に追いついていない(図表9)。
(図表9)時間当たり賃金(名目・実質)/(図表10)業種別の時間当たり賃金伸び率
FOMC参加者による労働市場の評価)多くの参加者は既に「雇用の最大化」目標達成と判断
22年1月に行われたFOMC会合の議事要旨では、「多くの参加者は、失業率の低さ、賃金圧力の上昇、過去最高に近い雇用水準を含む労働市場の強さの兆候を挙げ、労働市場の状況はすでに最大雇用と一致しているか、それに非常に近いと見ていると述べた」ことが明記された。このため、多くのFOMC参加者が、労働市場が既に政策金利引き上げの条件である「雇用の最大化」目標を達成したと評価していることが分かる。

もっとも、同議事要旨には「何人かの参加者は、経済はおそらくはまだ最大雇用に達しておらず、プライムエイジ層の労働者でさえ、労働参加率がパンデミック以前よりも低い水準にとどまっていることや、部門間で労働力を再配分すれば、長期的には雇用水準が高まる可能性があることを指摘している」としており、一部の参加者は「雇用の最大化」の達成に疑義を示しているようだ。

いずれにせよ、インフレ率が40年ぶりの水準となる中、3月FOMC会合で政策金利を引き上げることが確実となっている。

3.今後の見通し

3.今後の見通し

労働供給は緩やかに回復も、労働需給の逼迫から当面賃金は高止まりへ
今後の労働市場の見通しは引き続き、新型コロナの感染動向に大きく左右される。足元でオミクロン株の感染状況は改善してきており、コロナ関連を原因とする非就業者の職場復帰などから、労働供給は回復の持続が見込まれる。もっとも、プライムエイジの労働参加率が新型コロナの流行前の水準に回復するには今暫く時間を要するとみられる。

一方、FRBによる金融緩和解除に伴って、労働需要は今後一定程度減退することが見込まれる。もっとも、足元で企業の人手不足は深刻なため、短期的には労働需要の堅調は持続しよう。

前述のように労働需給が逼迫する中で実質賃金はマイナスとなっており、当面は幅広い業種で賃上げ要求圧力は強まるとみられる。このため、労働需給の逼迫を背景に当面賃金上昇圧力は高止まりしよう。一方、メインシナリオではないが、FRBの金融引き締めにも関わらず、労働需給の逼迫が長期化する場合には賃金上昇がインフレを押上げ、インフレがさらに賃金を押し上げるスパイラル的なインフレ加速が懸念される。
 
 

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経済研究部   主任研究員

窪谷 浩 (くぼたに ひろし)

研究・専門分野
米国経済

経歴
  • 【職歴】
     1991年 日本生命保険相互会社入社
     1999年 NLI International Inc.(米国)
     2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
     2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
     2014年10月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年02月25日「Weekly エコノミスト・レター」)

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