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ESG投資におけるS(社会)の論点としての企業・従業員関係
慶應義塾大学商学部 柳瀬 典由
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近年では、2019年8月、米国の経営者団体(ビジネスラウンドテーブル)が、株主だけを重視するのではなく従業員等の広範なステークホルダーとの対話と合意を尊重すべきと提言、また、国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク(ICGN)も、コロナ禍で雇用不安が高まる2020年4月、企業に対して、株主への配当減を容認してでも従業員の雇用を守るように求める書簡を提出している。こうしたショートターミズム(短期志向)に対する実務界からの懸念の背景には、能力のある従業員を喪失することで長期的に企業の競争力が低下することへの危惧が、企業や投資家の間に広がりつつあることがあるのかもしれない。
他方で、このような実務界の動向と整合的な研究も盛んになりつつある(図表2)。例えば、Cao and Rees (2020) は、従業員対応の充実が、特に熟練従業員や知識資本を有する人的資本集約的な企業や、製品市場で高い競争にさらされている企業で労働投資効率を高める可能性を論じている1。特に、2008年から2009年にかけての金融危機の際、従業員対応が充実している企業では、危機時に大規模な人員整理を行わず一時的に過剰雇用状態に陥るが、危機後の人材獲得競争には巻き込まれないため、最適雇用水準を維持し、高い労働投資効率を達成することが示されている。
熟練従業員を喪失するリスクをヘッジするために、企業が保守的な資本構造や積極的なリスクマネジメントを志向することを指摘する研究もある。例えば、Bae et al. (2011) は、米国フォーチュン誌の「働きがいのある会社100選」のデータを用いて、従業員対応が充実している企業は負債比率が低いことを明らかにしている2。また、Ghaly et al. (2015) は、人材重視の企業は予備的な現金保有を選好する傾向にあることを報告している3。最近の研究では、Huang et al. (2019) が、海外売上がある米国企業の大規模サンプルを用いて、従業員対応の充実が、通貨デリバティブでヘッジされた海外売上高の割合の重要な決定要因であることを実証的に明らかにしている4。
従業員対応が充実している企業、つまり働きやすい企業が投資家にとってもよい企業なのかどうかを検証する研究も蓄積されつつある。例えば、Edmans (2011) は、従業員満足度と長期的な株式リターンの関係を分析し、「働きがいのある会社100選」で時価総額加重したポートフォリオが、1980年代から2000年代までの間、業界ベンチマークを上回っていることを報告している。その上で、従業員満足度は企業価値にとって有益であり、株式市場は無形資産を十分に評価していないため、長期的な成長を促すためには、経営者をショートターミズムから守ることの重要性を主張している5。また、 Chen et. al (2019) は、従業員対応の良さが、企業の生産性を高め、製品の故障、労働争議、および従業員の離職の可能性を減らすことにより、債券スプレッドの低下につながることを実証的に明らかにしている6。
1 Cao, Z. and W. Rees [2020] “Do employee-friendly firms invest more efficiently? Evidence from labor investment efficiency,” Journal of Corporate Finance 65, Forthcoming.
(2022年03月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)
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