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ESGと情報開示-国際的な開示基準の統一化で高まる気候関連情報開示

金融研究部 企業年金調査室長 年金総合リサーチセンター・ジェロントロジー推進室・サステナビリティ投資推進室兼任 梅内 俊樹
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1――ESG情報に係る国際的な開示基準の動向
ESG投資の拡大に伴って、ESG要素に関する企業の情報開示を求める投資家等の動きが広がっている。こうした中、投資家等の要請に応えるべくESGに係る情報開示を拡充する企業は増加傾向となっている。しかし、ESG情報に係る国際的な開示基準は複数存在しており、各企業の情報開示に統一感がないといった課題が指摘されている。
企業がESG情報を開示するに際しては、情報開示の方法や項目、考え方などを定めた国際的に広く認識された開示基準を参照するのが一般的である。主たる利用者である投資家等に広く認識されている開示基準に従うことで、投資家等とのコミュニケーションをスムーズに行えるメリットがあるからである。しかし、ESG情報開示に関しては、財務諸表の作成における”国際会計基準(IFRS)”のような国際的に統一された基準が存在する訳ではなく、民間団体によって多数の開示基準が乱立する状況となっており、開示基準によって想定する情報利用者や開示内容、開示対象とするESG領域や具体的な開示項目などは異なっている(図表1)。
このため、ESG情報を開示する企業にとっては、それぞれの違いを理解した上で自らの目的にあった開示基準を選択する必要がある。また、開示内容の拡充を目指して複数の開示基準を参照する場合には、企業側の負担が一段と重くなるといった課題がある。一方、開示情報の主たる利用者である投資家にとっては、企業によって参照する開示基準が異なり、比較可能な情報が限られるため、ESG情報を投資判断に活用することが難しいといった課題がある。
国際会計基準を策定するIFRS財団は、昨年11月、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の設立を公表し、ISSBによってESG情報の国際的な開示基準の策定を進める意向を正式に表明した。企業のESGに係る情報開示を巡っては多数の国際基準が存在するが、ISSBの設立を契機に、国際的な開示基準の統一化が進む機運が高まっている。
ISSBには、バリュー・レポーティング財団(IIRC(国際統合報告評議会)とSASB(サステナビリティ会計基準審議会)が合併して設立された団体)とCDSB(気候変動開示基準委員会)が今年6月までに統合することも公表されており、まさにESG情報に関する統一的な国際開示基準の策定が進められることになる。
差し当たっては、ESG課題のなかでも全世界で取り組むべき重要課題として注目される気候変動に関して、国際的に利用が広がるTCFD提言をベースとしつつ、より具体的で詳細な開示基準が策定されることが見込まれる。当該基準が主要国で公式に採用されることになれば、ESG課題の解決に向けた世界的な取り組みを後押しすることにも繋がるだけに、政策当局者の期待も大きい。
2――日本における気候関連情報開示
TCFD提言は、G20財務大臣・中央銀行総裁会議の支持により金融安定理事会(FSB)が設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」によって2017年に公表された気候関連の情報開示基準である。提言を公表以降、気候関連情報の開示を巡る状況は大きく変化しており、TCFD提言に賛同する全世界の機関数は、当初の102機関から2021年10月時点で2,616機関へと増加している。日本でもTCFD提言に賛同する機関数は増加傾向となっており、2021年10月時点で世界最多の527機関と、全世界の約20%を占めるまでに至っている(図表2)。背景には、2019年にTCFD提言に沿った効果的な情報開示や適切な利用に向けた議論の場として、民間主導でTCFDコンソーシアムが設立されたことや、関係省庁がコンソーシアムにオブザーバーとして参加するなど、民間企業のTCFD提言に沿った自主的な開示の促進を図ってきたことがある。
<TCFD提言が開示を推奨する気候関連リスク・機会に係る4つのテーマ>
- ガバナンス:どのような体制で気候関連リスク・機会を評価・管理し、経営に反映しているか
- 戦 略:気候関連リスク・機会がビジネス・戦略・財務計画にどのような影響を与えるか
- リスク管理:気候変動リスクをどのように特定、評価、管理しているか
- 指標と目標:気候関連リスク・機会の評価・管理をどのような指標で判断し、目標への進捗度
このうち、「ガバナンス」と「リスク管理」については、全ての企業に対して法定の年次財務報告書(日本では、有価証券報告書が相当)での開示を推奨している。気候関連のリスクはほぼすべての産業が悪影響を被る分散不可型のリスクであり、全ての企業において重要性の高い情報であるためである。
しかし、日本取引所グループが2021年3月末時点でTCFDに賛同を表明していた上場会社(259社)を対象に実施した「TCFD提言に沿った情報開示の実態調査」によれば、「ガバナンス」について開示する企業は全体の6割程度で、「リスク管理」について開示する企業は5割弱となっており、TCFD提言で推奨される全ての項目を開示する企業は42社(約19%)に留まっている。また、開示媒体は有価証券報告書のほか、統合報告書、サステナビリティ報告書、TCFDレポートなど、企業によって区々であり、TCFD提言で推奨される有価証券報告書での開示は全体の1~2割の企業に留まっている。気候関連の情報開示自体が一部の大企業に留まっているという根本的な課題があるが、開示される情報についても十分なレベルには達していないというのが現状のようである。
昨年6月に改定されたコーポレートガバナンス・コードでは、コンプライ・オア・エクスプレインの枠組みの下で、「サステナビリティについての取り組みを適切に開示すべきである」ことや、今年4月の市場再編で最上位に位置づけられる「プライム市場」の上場企業は、「気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」ことが規定されている。今後、TCFD提言に沿った開示が増える可能性がある。
金融庁では金融審議会「ディスクロージャー・ワーキング・グループ」が設置され、サステナビリティに係る企業の情報開示についての検討が進められている。その中で、有価証券報告書における気候関連情報の開示についても幅広く議論されている。ワーキング・グループでは、虚偽記載への罰則規定がある有価証券報告書では信頼性の高い情報を適時に提供することが求められるため、TCFDに基づく開示のなかでも、不確実性を伴う将来のシナリオ分析等については記載が難しいといった指摘がある。また、有価証券報告書を通じた標準化された情報開示の場合、統合報告書などの任意開示とは異なり、企業の創意工夫によって企業の特性を表現することが難しくなるといった指摘もある。投資家の立場からは、開示項目の標準化によって企業間の比較可能性が高められるメリットは大きいが、開示情報の性質や開示媒体の位置づけも踏まえた適切な情報開示の在り方が議論されている。
上述のとおり、ISSBはESG情報の開示に向けた国際的に一貫した信頼性の高い基準の策定を目指しており、気候関連の開示基準は年内の策定完了を予定している。ISSBの作業はG20に支持されていることから、将来的にグローバルスタンダードとなっていく可能性は高い。こうした中、日本企業が内外の投資家等から適切に評価されるようにするためには、ISSBによって策定される新たな開示基準を見据えながら、気候関連情報開示の在り方を整理し、企業による開示をより一層促進する必要がある。ディスクロージャー・ワーキング・グループの議論などを経て、日本において気候関連を含むESG情報開示がどのように推進されていくのか、今後の行方が注目される。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
(2022年02月16日「基礎研レター」)

03-3512-1849
- 【職歴】
1988年 日本生命保険相互会社入社
1995年 ニッセイアセットマネジメント(旧ニッセイ投信)出向
2005年 一橋大学国際企業戦略研究科修了
2009年 ニッセイ基礎研究所
2011年 年金総合リサーチセンター 兼務
2013年7月より現職
2018年 ジェロントロジー推進室 兼務
2021年 ESG推進室 兼務
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