2022年02月15日

英国病院待機患者の増大-イングランドでは人口の1割以上が待機リスト入り

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。1月から2月にかけて、世界全体で、1日の新規感染者数が300万人を超える日が続いた1。日本でも、2月上旬に新規感染者数が10万人を超えて、過去最多を更新した。いまのところ、オミクロン型の変異ウイルスでは、重症にいたるケースは限られているようだ。だが、感染者数が増えれば、重症化する人の数も増えて、医療の逼迫を招きかねない。

実際に、昨年まで、感染が拡大した国では、医療の逼迫がみられた。たとえば、患者が病院での受診を希望しても、診てもらえない事態が生じた。特に、イギリスでは、病院の受療待ちをしている患者が増えているという。本稿では、医療事情を踏まえつつ、イギリスの状況をみていくこととしたい。
 
1 2022年1月19日には、世界全体で423万人超の新規感染者が出ている。(「アワー・ワールド・イン・データ」より)

2――イギリスの医療サービス

2――イギリスの医療サービス

まず、イギリスの医療について、日本との違いを簡単にみておこう。2
 
2 本章は、「世界の病院・介護施設」加藤智章編(法律文化社, 2020年)、「医療と介護 3つのベクトル」池上直己著(日経BP 日本経済新聞出版本部, 2021年)等の文献を参考にしている。
1イギリスでは、医療サービスの提供は医師とGPに分かれている
イギリスでは、医療サービスの提供施設が、病院とGP診療所に、はっきりと分かれている。救急医療などの緊急の場合を除くと、患者は、まずプライマリ診療を行うGP診療所で、GP(General Practitioner, 一般医・総合医)に診てもらう。GP診療所は、通常、「内科」や「整形外科」といった診療科を標ぼうしておらず、訪れた患者を総合的に診療する。

GPは、「専門医療が必要」と判断した場合、患者を病院の専門医に紹介する。原則として、このGPによる紹介がなければ、病院での受療はできない。紹介された場合、患者は、その病院で診察を受け、手術や放射線治療などを受けたり、入院したりして、病気からの回復を目指すこととなる。

GPは、日本の「かかりつけ医」と類似しているが、異なる点も多い。日本では、かかりつけ医を持っていない人が多いが、イギリスでは、健康な人も含めて、原則すべての市民がGPに紐づけされている。市民は、身体に不調を感じて、医療が必要となったら、まず登録したGP診療所で診療を受ける。

また、GPと病院医は、資格や、規制の枠組みも異なっている。このため、日本のように、病院の勤務医が、診療所を開設して開業医になる、といったことは簡単にはできない。GP診療所で、CTやMRIのような高度医療機器を導入して、患者を診察する、といったことも一般には行われないようだ3
 
3 ただし、近年、専門診療科の資格を持つGPが増えており、GP診療所で専門診療を行う場合もあるという。
2イギリスでは、病院受療までに何ヵ月も待つのが当たり前
イギリスでは、GPが患者を病院の専門医に紹介しても、病院ですぐに診てもらえるとは限らない。多くの患者が同じ1つの病院での受療を希望すれば、医師の診療スケジュールが埋まったり、入院病床の空きがなくなったりする。この場合、患者は待機リストに入り、受療機会を待つこととなる。

じつは、イギリスでは、患者が病院での受療を何ヵ月も待つことが当たり前となっている4。よく、日本では、「病院で受診しようとしたら、待合いで何時間も待たされた」という話を聞くが、イギリスの場合は、待つ時間が何ヵ月間にも及ぶわけだ。
 
4 企業の中には、従業員を民間の保険に加入させて、病院での受療待機を避ける動きもある。

3――イギリスのコロナ禍の状況

3――イギリスのコロナ禍の状況

イギリスは、これまで、たびたびコロナ禍にさいなまれてきた。2020年に新型コロナウイルス感染症がパンデミックとなった当初から、多くの感染者を出し、死亡者・重症者が膨れ上がった。2020年3月には、自宅待機、飲食や小売店等の一時閉鎖、3人以上の集会禁止などの措置を含む、ロックダウン(都市封鎖)が行われた。その後、感染の波は収まり、ロックダウンは解除された。だが、秋口から感染者が増加していき、これを受けて、10月から警戒レベルに応じた地域ごとの規制を導入。11月からは再度ロックダウンを実施した。12月の解除後も、感染は拡大し、各地で規制が強化された。

2021年1月には、3回目のロックダウンに移行した。その後、7月までに徐々に規制が緩和され、解除されたが、オミクロン型の拡大を受けて、11~12月には、公共交通機関でのマスク着用義務化や、可能な限りの在宅勤務の勧告、大規模イベント参加時のワクチン接種証明等の提示義務付けなど、規制が強化された。2022年に入って、オミクロン型による感染のピークは過ぎたとして、1月下旬には、屋内施設でのマスク着用や、イベントでのワクチン接種証明の提示の規制を撤廃。今後、3月には感染者の自己隔離も解除する方針としており、行動規制と経済再開のバランス政策が模索されている。5
図表1. イギリスの感染拡大状況
 
5 「英国 : ビジネス活動正常化に向けた基本情報」(日本貿易振興機構, 2022年1月17日時点)をもとに、筆者がまとめた。

4――コロナ禍が医療に与えた影響

4――コロナ禍が医療に与えた影響

それでは、コロナ禍は、イギリスの医療サービスにどのような影響を与えたのか、みていこう。データとして、国営保健サービス(NHS)が公表している、イングランドの情報を用いる6
 
6 イングランドの人口は約5600万人で、イギリス全体(約6700万人)の8割以上を占めている。(“Mid-Year Population Estimates, UK, June 2020”(Office for National Statistics)より)
1イングランドでは人口の1割以上が待機リスト入り
まず、待機患者数の動向を、図でみてみよう。近年、病院の待機患者数は増加基調であることがわかる。2020年4~6月には、待機患者数がやや減少した。これは、最初のロックダウン発令により、市民が外出を避けたことが影響したものとみられる。その後、増加の傾斜はコロナ前に比べて大きくなり、待機患者数は急増している。コロナ禍によって、病院の医療が逼迫し、患者の受け入れが滞ったことが原因と考えられる。その結果、2021年末には、病院の待機患者数は600万人に達している。イングランドの人口が約5600万人であることを踏まえると、人口の1割以上が、病院の待機リストに入いる形となっている。
図表2. イングランドの病院待機患者数
2患者の待機期間はコロナ前に比べて長期化している
つぎに、待機患者がどれくらいの期間、病院での受療を待っているのか、みてみよう。コロナ前は、80%以上の患者が18週以内に病院で受療できていた。待機期間の中央値は8週程度であった。

2020年のコロナ第1波では、18週以内割合が50%ほどに下がり、18週超の待機患者が増加した。待機期間中央値も20週ほどに跳ね上がった。

その後、コロナ禍が進むにつれて、18週以内割合は60%強。18週超52週以内の割合は30%弱。そして、52週超、すなわち1年超も待機し続けている患者が約5%いる、という形になっている。また、待機期間中央値は、12.5週に伸びている。総じて、患者の待機期間は、コロナ前に比べて長期化しているといえる。
図表3. イングランドの病院待機患者の待機期間
3待機の列に加わらない患者も出ている
つづいて、新たに待機患者の列に加わった人がどれくらいいるか、みてみよう。2019年以降の推移を月ごとに比較してみると、次の図のとおりとなる。コロナ前の2019年に対して、2020年は最初のロックダウンとなった3月以降、新規待機患者数が大きく減少している。その後、コロナ禍が進むにつれて、新規待機患者数は増えていった。2021年には、2019年の水準に近付いている。これを前節の内容と合わせてみると、「2020年3月以降、新規待機患者数は減少したにもかかわらず、全体の待機患者数は増えた」ことになる。そこから、「コロナ禍により、病院の医療が逼迫し、患者の受け入れが滞った」ことがうかがえる。

注意すべきなのは、2021年の推移には、2020年の落ち込みの反動があらわれていない点だ。つまり、2020年に病院受療の待機を見送った患者は、2021年になっても戻ってはこず、どこかへ消えてしまったことになる。待機の列に加わらないうちに、病気が自然に治ったのであればよいが、病気が慢性化したり、悪化したりしていると、今後の救急医療等の逼迫要因となる可能性がある。
図表4. イングランドの病院の新規待機患者数
4GP診療所への受診予約はコロナ前に回復したが、GPによる病院への紹介は回復途上
つづいて、GP診療所への受診予約と、病院への紹介の状況をみてみよう。GP診療所への受診予約は、2020年の最初のロックダウンの頃に、落ち込んだ。その後回復し、2021年の夏場には、2019年のコロナ前の水準に戻っている。
図表5. イングランドのGP診療所の予約
一方、GPによる病院への紹介は、2020年の最初のロックダウンの頃に、大きく落ち込んだ。それ以降、徐々に回復しつつあるものの、まだコロナ前の水準に戻っていない。このことが、病院の新規待機患者数が落ち込んでいる原因の一つと考えられる。
図表6. イングランドのGPによる病院への紹介

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

本稿でみてきたイギリスの医療の状況は、日本のものとは大きく異なる。ただし、病院での医療の逼迫を経験した点は、両国で共通しているといえるだろう。

コロナ禍のようなパンデミックのさなかに、いかに医療の逼迫を防ぎつつ、医療サービスの提供を持続させるかは、各国で、大きな課題として挙げられている。2021年11月に、感染力の強いオミクロン型の変異ウイルスが出現し、感染拡大が続くなかで、この課題への取り組みは待ったなしのものとなっている。

今後も、コロナ禍は当分続くものとみられる。そのなかで、各国がどのように持続可能な医療を展開していくか、引き続き注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2022年02月15日「基礎研レター」)

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