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1――はじめに
以下、日本と、人口、経済の規模と発展段階、社会状況等の面で近しい状況にある、英国、ドイツ、フランス、米国を取り上げて、各国の医療の仕組みを比べてみたいと思います。
2――まずは日本の医療制度から 「社会保険方式」 国民皆保険 フリーアクセス 自己負担と高額療養制度
わが国の医療制度が持つすばらしい特徴としてしばしば例にあげられるのは、「国民皆保険制度(全国民が公的な医療保険の保護を受けていること。1961年以来50年以上の歴史を持っています)」と「フリーアクセス(保険証1枚あれば、いつでも自由にどの医療機関ででも公的保険を使った医療を受けられること)」です。
医療サービスを受けた利用者には一定の自己負担(原則3割、75歳以上1割、義務教育就学前2割等)が発生します。ただし年齢・所得に応じて、医療機関や薬局での支払い額が1カ月のうちに一定額を超えた場合には、それ以上は自己負担しなくてもいいこととする「高額療養費制度」という、医療費を原因として国民が経済的に困窮することを避ける仕組みが設けられています。「高額療養費制度」も、他国には同等・類似の制度があまり存在しない、わが国医療制度独自の良い仕組みとして語られることが多いです。
さて、今回、レポートの対象としているドイツとフランスは、わが国と同じく「社会保険方式」による医療制度が構築されている国です。
これに対し、英国は、税を主な財源として医療制度が運営される「税方式」の国です。「税方式」の国では利用者はほぼ無料で医療サービスを受けることができます。医療へのフリーアクセスについては制限があることが多いです。
もう一つ、米国は、国民全般を対象とする公的医療保障制度を持たず、公的医療保障制度の関与をできる限り小さくしようとする「公的医療限定方式」とでも呼べそうな体制を採る国です。「公的医療限定方式」の国は世界でも少数派です。
以下、順を追って、英国、ドイツ、フランス、米国の状況を見ていきましょう。
3――英国の医療制度 「税方式」の代表国
医療はフリーアクセスではなく、かかりつけ医(以下、本レポートでは各国の家庭医、一般医、総合医等の呼び名に関わらず、かかりつけ医で統一します)制度が厳密に運営されています。利用者は予め登録したかかりつけ医の診察を受け、必要に応じ、かかりつけ医の紹介を受けて専門医を二次受診する仕組みで、家庭医の紹介がないと二次診療を受け付けてもらえません。
窓口での自己負担等がないのはうれしいことですが、NHS医療機関は常に混雑しており、診てもらいたい時にすぐに診察を受けることが困難との問題はあるようです。
4――ドイツの医療制度 「社会保険方式」 公的医療保険または民間医療保険への加入義務を通じて事実上の国民皆保険
年間所得が限度額以下の被用者や学生、年金受給者、失業者等は公的医療保険に加入する義務があります。公務員、自営業者、報酬の高い被用者等は加入義務を免除されており、公的医療保険に加入する場合には任意加入者として加入します。ただし2009年以降は、公的医療保険に加入しない人に民間医療保険への加入義務が課されるようになり、官民の医療保険をあわせて、事実上の国民皆保険が達成されることとなりました。
公的医療保険の実施者は、主に地域住民や学生、失業者等が加入する「地区疾病金庫」、主に大企業の被用者が加入する「企業疾病金庫」等です。保険料の設定や一定範囲の保険給付の内容については各疾病金庫が独自に定めることができます。近年は、利用者がどの疾病金庫の医療保険に加入するかを選択できるようにし、公的医療保険実施者間の競争を促しています。
公的医療保険の財源は労使拠出の保険料です。税による補填は原則行われていません。
利用者は最初にかかりつけ医を受診することを義務付けられているわけではありませんが、かかりつけ医の紹介状を持たずに専門医を受診した場合には10ユーロを負担する必要があります。その結果、利用者の約9割がかかりつけ医を持つようになっており、事実上のかかりつけ医制度が機能しています。
入院、薬剤等について、利用者には自己負担がかかりますが、一般患者は年間所得の2%まで等、一定の自己負担限度額が設けられているようです1。
1 厚生労働省「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」第3回の「(参考資料3)社会保障制度等の国際比較について」より https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000394936.pdf
5――フランスの医療制度 「社会保険方式」 自己負担分を保障する民間医療保険が普及
公的保険による国民のカバー率は99%で、ほぼ国民皆保険状態にあります。医療保険の財源は労使拠出の保険料が中心ですが、「一般社会税」という名の目的税(税金)も投入されています。
外来3割、入院2割等、一定の自己負担があります。
外来受診の際には、窓口でいったん医療費全額を支払わなければなりません。後日、自己負担分を除いた金額が償還されます。入院等の場合は、自己負担分だけを支払う日本と同様の形で支払います。
この公的医療保険では補填されない自己負担分を補填する商品を、共済組合等の民間保険会社が提供しており、民間の補足的医療保険に加入することが通例となっています。こうした民間医療保険は、保険料が収入に応じて設定される、低所得者については税財源により無拠出で加入できる仕組みがある等、民間保険でありながら公的な側面も有しています。
ドイツと同様、利用者は最初にかかりつけ医を受診することを義務付けられているわけではありませんが、事実上、かかりつけ医制度が浸透してきています。利用者はかかりつけ医を通さずに自由に専門医を受診することもできますが、その場合には医療費の5割を負担しなければなりません。一方、公的医療保険にかかりつけ医を届け出、そのかかりつけ医を通して専門医を受診した場合には3割負担ですみます。その結果、2007年時点で85%の利用者がかかりつけ医を持つようになったとのことです。
6――米国の医療制度 「公的医療限定方式」
現役世代の人々には、民間保険会社の医療保険に加入することしか医療保障を手にいれる手段がありません。
その背景には、公的な関与を嫌い、自由競争と自己責任に基づく民間の力を尊重するという米国流の考え方があります。競争を勝ち抜いて質の高いサービスを提供する者が高い報酬を得ることができる。医療も同様だ。利用者も、国の保護をあてにするのではなく自分で保険を準備せよ。こうした風土で米国は、世界最高水準の医学と医療現場を実現しました。
しかし同時に米国の医療は世界でも群を抜いて高くつくものになってしまいました。国民1人当たり医療費で見ても,医療費の対GDP比で見ても、米国の医療費支出は飛び抜けています。
もともと米国では、企業が福利厚生の一環として、従業員に民間保険会社の団体医療保険を提供していたため、医療保障を企業に頼ってしまうきらいがあったことも背景にあるようです。しかし経営環境が厳しくなって、コストのかかる従業員への医療保障提供を行わない企業も増えてきました。企業が準備してくれないのであれば、各個人が自分で民間の保険に加入しなければなりません。しかし民間医療保険への加入は義務ではありませんでした。米国ではこのような形で、なんらの医療保険にも加入していない無保険者が多数発生し、政治問題となりました。
そうした状況下、2009年に就任したオバマ大統領は、翌年、改革法を成立させ、国民は、メディケア、メディケイド、民間医療保険、いずれかの医療保険に加入しなければならないと義務付けました。また民間医療保険に加入した場合には一定の条件下で補助を受けられることにしました。この医療保険制度改革をオバマケアと呼びます(2014年本格実施)。これにより米国でも、官民の医療保険をあわせて、国民皆保険が達成されるはずでした。
しかし補助を受けて民間保険に加入するよりも加入しないで保険料を払わない方が得策と考え、無保険者のままでいつづける人も少なからずいます。一方で、不健康な状態の無保険者が契約に加入したことにより、保険会社の収支が悪化しました。さらに、オバマケアの撤廃を訴えて大統領選挙を勝ち抜いたトランプ大統領は民間医療保険加入者への税制上の補助策を打ち切ってしまいました。
オバマケアの行く末は予断を許さない状況になっています。
なお現役世代の利用者が医療保障の頼りとする米国の民間医療保険では、保険会社と一般医、専門医、患者らをネットワークして、医療費の効率化を図るマネージドケアが普及しています。そこでは利用者は、医療へのアクセスをネットワーク内の医師に限定され、受けられる医療サービスもネットワーク内の基準に従うことを求められます。
7――さいごに
しかし少子高齢化が進行する中では、病気になる人が増え医療費がかさむため、現状のままでは制度を維持していくことが難しいことははっきりしています。利用者、サービス提供者、国や県、それぞれのバランスをとりながら、海外の事例も参考に、皆が納得できる最適な対応策を見つけることが必要になっています。たとえばフリーアクセスを維持しながらかかりつけ医制度の導入を図ってきたドイツやフランスの事例は大いに参考になりそうですね。
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松岡 博司
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(2019年03月19日「基礎研レター」)
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