2022年01月17日

ベトナム保険市場(2020年版)

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

ベトナム社会主義共和国(以下、ベトナム)は東南アジアに位置する人口9758万人(2020年)1の新興国である。その面積は32万9241km2であり、日本の約88%である。

名目GDP総額は2712億ドル、一人当たり名目GDPが2779ドルで、東南アジアでベトナムの7割程度の人口を持つタイの約半分程度である。

新型コロナ前の実質GDP成長率の伸びは、ここのところ6~7%台を継続的に記録し、堅調な成長を続けてきていた。ただ、2020年に新型コロナ禍による影響はベトナムにも及び、名目GDP成長率は2.91%と減少した。しかし、他のアセアン諸国が軒並みマイナス成長に落ち込む中では健闘をしたといえる。

ベトナム経済は農林水産業中心から工業およびサービス業へと重心を移してきており、ベトナム統計総局の資料によれば、農林水産業は全産業のうちのシェアが14.85%で2016年比マイナス1.47%ポイントである一方、工業・建設業のシェアが33.72%で2016年比プラス1%ポイント、サービス業は41.63%で2016年比プラス0.71%ポイントとなっている。新型コロナ禍にもかかわらず、輸出入は好調を続け、輸出額は2827億ドルで前年比7.0%増となり、輸入額は2627億ドルで、同じく3.7%増となり、輸出入額の合計は5453億ドルとなった。

失業率は全体として2.48%と、継続して低下傾向にあった昨年の2.17%より上昇した。なお、新型コロナの影響についてであるが、ベトナムでは感染第一波を受け2020年3月31日に厳格な全社会隔離措置を導入した。また、2020年7月下旬から第二波を受けたが、その影響は限定的とされていた。

本稿ではベトナム財務省保険監督部が発行した2020ベトナム保険市場年次レポート2のデータを元にベトナム生命保険市場について解説を行う。以降の数字、図表は同レポートよりの引用である。なお、直近のデータとして2021年10月までの保険販売状況が公表されているので、「おわりに」で簡単に紹介したい。
 
1 各種数値は世界銀行推計、外務省HPで異なるが、ここではベトナム統計総局の数値を利用。https://www.gso.gov.vn/en/data-and-statistics/2021/07/statistical-yearbook-of-2020/
2 「The Annual Report of Vietnam Insurance Market 2020」ベトナム財務省HP参照。

2――保険市場の概況

2――保険市場の概況

1976年の南北ベトナム統一時、南ベトナムにあった既存生保は消滅した。以降、1964年に当時の北ベトナムで設立された国営保険会社であるベトナム保険会社(現在のBao Viet Holdings)のみが、伝統的損害保険商品に限定して販売するという一社独占体制が長らく続いた。現在も共産党一党独裁制が続いているが、1986年に開放政策であるドイモイ政策が打ち出された後、保険市場の開放が進むこととなった。

保険市場の改革により、1994年に民間保険会社の設立が許容され、1995年には生命保険の販売が再開された。また、1996年には外資系保険会社とベトナム国内社の合弁会社の設立が、1999年には外資系保険会社の100%子会社設立が認められるようになった。これを受け、1999年にPrudentialとManulifeが参入し、以降、外資の参入の本格化が進んだ。2020年末の生命保険会社数は18社である。

市場規模としては、収入生命保険料が年間129兆2910億ドン(6465億円(2021年末円ドン為替レート1円=200ドンで計算、以下同じ))である。ベトナムにおける生命保険の市場浸透率(Insurance Penetration、対GDP保険料収入)は上昇し続けており、2.08%(2018年1.77%)となった。

3――新契約の状況

3――新契約の状況

ベトナムにおける生命保険契約の伸びは大きく、2020 年度の生命保険新契約件数は3,180,110件で対前年16.51%増となった。うち、個人保険が3,179,682件、団体保険が428件(加入者は208,747人)である。団体保険の規模は大きくない。

新契約について、主契約に係る収入保険料は37兆0670億ドン(1853億円)で対前年20.43%増となった。付保保険金額は1356兆1730億ドン(6兆7808億円)で対前年13.47%増となった。個人保険の平均付保保険金額は4億1980万ドン(210万円)となっている。団体保険の平均付保保険金額は一団体当たり502億ドン(2億5100万円)で、加入者一人当たりに直すと1億020万ドン(51万円)となっている。

新契約の会社別マーケットシェア(新規収入保険料ベース)であるが、大きく順位変動した2019年とは異なり、順位はほぼ変動していない。収入保険料ベースで順に、Manulife (19.71%)、Bao Viet Life(15.09%)、Prudential(14.06%)、Dai-ichi(第一生命ベトナム、12.53%)、AIA(10.58%)、MB Ageas(4.90%)、Generali (4.83%)となった(図表1)。

新契約を見ると、2018年にシェアトップを獲得したManulifeが前年比2%ポイント増と順調にシェアを伸ばしたかわりに、二位のBao Viet Life以下の会社はそれぞれシェアを落とした。
【図表1】会社別新契約シェア
新契約の商品状況を見ると、これまでも収入保険料ベースでは貯蓄・投資性の商品がほとんどであり、特に養老保険と投資連動型保険の販売が活発であった。2020年には販売される商品は投資連動型保険にほぼ集中する形となった。

投資連動型保険(investment-linked products)3が73.52%、養老保険(endowment)が11.77%となっている。投資連動型のシェアは昨年度(62.55%)よりもさらに上げた。他方、保障性の強い保険としては定期保険が2.58%となっている(図表2)。
【図表2】商品別新契約シェア(新規収入保険料ベース)
付保保険金ベースで見ても投資・貯蓄性保険がほとんどである点は同様であり、投資連動型保険が89.81%、養老保険2.80%、定期保険が5.36%となっている。定期保険は販売件数が843,059件なので平均的保険金額は9783万ドン(49万円)程度で、定期保険といっても小口契約が多い。
 
3 ユニットリンク保険とユニバーサル保険とをまとめて投資連動型保険として分類している。

4――保有契約の状況

4――保有契約の状況

生命保険の保有契約は、総件数で11,631,790件、対前年13.34%増であり、内訳として個人保険が11,631,230件、団体保険が560件(団体保険の加入者は306,714人)となっている。

保有契約について、上述の通り、収入保険料が年間129兆2910億ドン(6465億円)で、前年比21.04%増となった。また、付保保険金額は3789兆0660億ドン(18兆9453億円)で前年比37.03%増となった。

保有契約の収入保険料ベースの会社別マーケットシェアであるが、新規契約シェアの変動が小さかった関係で、保有契約シェアはそれぞれ変動したものの、順位の交代はなかった。

まず、老舗であるBao Viet Life(21.69%)は2ポイント以上シェアを落としたものの首位を維持した。また、Prudential(20.82%)がシェアを落としつつも2位を維持した。Manulife(15.48%)は好調な新契約もあってシェアを上げたが3位にとどまった。以下、Dai-ich(12.08%)、AIA(11.14%)、Chubb (3.22%)、Generali(2.92%)と続く(図表3)。
【図表3】会社別保有契約シェア
保有契約を商品別に見ると収入保険料ベースで投資連動型保険が63.02%、養老保険が25.71%、定期保険が1.01%である(図表4)。

保有契約は、付保保険金額ベースで、投資連動型保険が86.33%、養老保険が9.6%となっており、投資連動型保険の高額加入が多いものと思われる。
【図表4】商品別保有契約シェア(収入保険料ベース)
なお、保険金の支払状況(解約返戻金払戻を含む)であるが、総計で28兆590億ドン(1403億円)、対前年21.95%増となっている。ほとんどの給付は養老保険と投資連動型保険の満期保険金等である。また、責任準備金は337兆5500億円(1兆6877億円)、対前年26.16%増となった。

5――販売チャネル

5――販売チャネル

販売チャネルとしてはエージェント(個人、法人)、ブローカー、銀行窓販などがあるが、近時は生命保険会社と銀行との業務提携による銀行窓販が活発である。また、2020年8月の保険・年金フォーカスで述べた通り、保険のコンサルティングには資格を要することとするなどの保険販売における事業の環境整備が行われている。

エージェントについては、個人エージェントが増加した一方で、法人代理店および法人代理店に属するエージェント数は減少した。結果として、個人エージェント(営業職員等)と、法人に属するエージェントを足した数は895,438名に達し、対前年2.87%増となった(図表5)。
【図表5】個人・法人エージェント数の推移

6――おわりに

6――おわりに

本稿執筆時の2022年1月において、ベトナムの新型コロナ感染症の状況は深刻である。2021年の夏に第4波が来て、厳格なロックダウンが行われ、食料品の買い出しにも制限が掛けられた。工場は従業員の隔離を行うこととされ、日本企業の調達についてもサプライチェーンの混乱を経験した。

第5波は11月頃から拡大し、最近では一日の感染者数は一週間平均で1万9千人台に達している。経済への悪影響は避けられないと思われる。

ただ、ベトナム財務省の公表資料によれば、2021年の最初の10カ月における生命保険契約の収入保険料は前年同時期に比べ、21.8%増の123兆5920億ドン(6180億円)となったとのことであり、引き続き好調を持続している。

ベトナムの売れ筋商品は投資型商品なので、新型コロナによる疾病・死亡に対するニーズが増えたとは考えにくい。失業率がそれほど悪化しているわけではないことを考え合わせると、むしろ貯蓄・投資ニーズが引き続き強いと考えるべきと思われる。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2022年01月17日「保険・年金フォーカス」)

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