2021年12月10日

欧州経済見通し-懸念材料は多いが正常化を目指す欧州経済

経済研究部 研究理事   伊藤 さゆり
経済研究部 准主任研究員   高山 武士

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2.欧州経済の見通し

( 見通し:短期的には感染拡大・供給制約・インフレが左右 )
次に欧州経済の先行きについて考えていきたい。

前述のとおり、欧州経済は回復基調にあるものの、足もとでは新型コロナウイルスの感染再拡大、供給制約、高インフレといった要因が回復の懸念材料として大きくなっている。景況感は高い水準を維持しているものの、感染拡大や供給制約の影響を大きく受けているドイツではやや悪化している(図表20)。

短期的な見通しついては、これらの要因に左右される部分が大きいだろう。

このうち、経済活動の制限については、昨年講じたような厳しい措置を導入しなくても医療ひっ迫が緩和されると考えており、この冬の成長率は鈍化するものの、来年前半には再び経済再開を継続できるものと考えている。

なお、新しい変異株(オミクロン株)が発見され欧州にも流入しており、先行きの不確実性は高まっている。変異株についての感染力や毒性、ワクチンの有効性に関する情報は限定的だが、仮に変異株の感染力と毒性が強く、既存ワクチンの効果も薄ければ厳しい行動制限を必要する可能性は高まるだろう。ただし、オミクロン株についは感染力は高いが弱毒化を示唆するデータも見られており、見通しの前提としては変異株も従来株(デルタ株)と比較し、医療体制に及ぼす影響としては大きな変化がないとした。

供給制約および高インフレについては、部品・原材料の生産体制や供給網の強化を受けて、来年には制約が緩和、インフレ率も財価格を中心に上昇圧力が緩和され、22年中には2%を超える高インフレは解消されると想定している(なお、インフレ率については3章でも確認する)。

感染拡大・供給制約・インフレといったいずれも足もとでは下方リスクにやや傾いているが、メインシナリオとしては回復が腰折れすることはなく、来年後半以降は成長率を強めると見ている。
(図表20)ユーロ圏主要国のPMIの推移(20年2月~21年11月)/(図表21)設備投資意向(欧州委員会サーベイ)
一方、中長期的には、コロナ禍長期化し経済に恒久的な悪影響を及ぼすか(失業や倒産が潜在成長率を押し下げてしまうこと、いわゆる「傷跡効果(scarring effect)」や「履歴効果(hysteresis)」と呼ばれるもの)が重要になる。

メインシナリオでは、新型コロナウイルスとの共生は続くが、ブースター接種を含めたワクチン接種の進展と、経口治療薬(飲み薬)の開発・普及によって、医療崩壊リスクはさらに後退し、恒久的な悪影響は限定的となると考えている。

域外移動がコロナ禍前の水準を回復するには時間を要すると見られるものの、上述したように域内移動の活性化により観光関連産業もコロナ禍前の活動水準にかなり近づいており、今後も回復は持続すると見ている。また、今後の投資意欲も高く「復興基金」を呼び水とした投資の活性化も期待できる(図表21)。経済成長率は21年5.1%、22年4.1%、23年2.6%を予想している(図表22)。
(図表22)ユーロ圏の経済見通し
需要項目別の状況としては以下の通り予想している。

個人消費は、足もとの感染再拡大で短期的には減速するが、来年以降には再び回復に向かうだろう。政府による雇用支援は縮小されるものの、対面サービス産業の需要回復に伴い、労働需要は高まり失業率の悪化は避けられる(前掲図表10・12も参照)。労働時間も改善しており、賃金については高インフレを受けて上昇圧力が生じやすい環境となるだろう。

投資は、域内・海外経済の需要回復や復興基金に後押しされる形で、再生エネルギー関連などのグリーン投資や次世代通信網整備などのデジタル投資を中心に加速が見込まれる。金融政策はコロナ禍対応から平時対応に移行するが、金利は低めでの推移が継続すると見られ、投資を促進するだろう。

海外環境は、良好な状況が続くものの、けん引役である中国・米国の成長率が安定化に向かうことで、牽引力はやや低下するだろう。

政府消費は経済に影響を及ぼさない形で正常化が進むと見ている。コロナ禍を受けて22年まで停止されている安定・成長協定(SGP)の財政ルールは、今後の回復が順調に進めば、23年には新しいルールとして再導入されると見られる4が、経済回復に急ブレーキがかかることはないと想定している。新たな財政ルールが課される際には、コロナ禍の影響がほぼ解消されると見込まれることに加えて、復興基金で年間約1500億ユーロの資金配分がされることとが、財政ルールによる財政出動制約を補完すると見られるためだ。ただし、復興基金の配分ペースは計画の進捗により変わるため、計画の達成状況が注目される。

なお、欧州委員会は、12月1日に域外のインフラ投資計画である「グローバル・ゲートウェイ」を発表している。官民合計で3000億ユーロ規模(2027年まで)と大規模だが、域外での投資計画であるため、域内成長率の直接的な押し上げ材料としては見込んでいない。ただし、世界におけるEUの存在感を高める計画として今後の動向が注目される。
 
政治面では以下の通り前提を置いている5

ドイツでは9月26日に連邦議会選挙が実施された。第1党がCDU(キリスト教民主同盟)・CSU(キリスト教社会同盟)からSPD(社会民主党)に変わり、SPD・緑の党・FDP(自由民主党)と3党連立の政権が樹立された6。連立協定によれば、気候変動対応の加速、対中・対露姿勢の慎重化、財政緊縮スタンスの柔軟化などが進むと見られるが、政策の急転換はなく経済に及ぼす影響は限定的と考えている。なお、首相にはSPD党首のショルツ氏が就任し、緑の党共同党首のベアボック氏とハーベック氏がそれぞれ外相と経済・気候相に、FDP党首のリントナー氏が財務相に就任した。

また、来年春にはフランスで大統領選挙が予定されている。

現時点の世論調査では、現職の共和党前進マクロン大統領、共和党候補のぺクレス氏、極右政党である国民連合(RN)のルペン氏の支持率が高く、次いで無所属で極右のゼムール氏が追う形になっている。

大統領選の展開については、現時点ではまだ不透明であるが、経済見通しのメインシナリオとしては、大統領選挙後も現在の政策からの修正は小さいとの前提を置いている。ただし、極右のルペン氏やゼムール氏の人気が高まったり選挙で勝利する展開になれば、政策の修正が予想されるため、金融市場に影響が波及する可能性が考えられる。
 
リスク要因としては、上述の通り、新型コロナウイルスの感染拡大、供給制約や高インフレの動向が挙げられる。また、いずれも年初よりも不透明感は強くなっている。

新型コロナウイルスでは、感染力が高い変異株や重症化しやすい変異株が流行すれば医療崩壊リスクが高まる。供給制約や高インフレが長期化・悪化することも下方リスク要因である。供給制約や高インフレは、コロナ禍を契機にした財消費の増加(巣ごもり需要)から生じている面があるため、コロナ禍の長期化が供給制約や高インフレといった悪影響も助長する可能性もある。加えて、インフレ率については、ECBが警戒するような賃金インフレが発生し、コロナ禍の一過性要因ではなく、物価と賃金が相互に上昇する持続的なインフレとなる可能性がこれまでより高まっている。ECBの目標を上回る賃金・物価の上昇が続く場合は、ECBに金融引き締めが求められ、金利も上昇すると見込まれることから、投資等の下押し圧力になるだろう。

一方、上方リスクとしては、引き続きコロナ禍で積みあがった貯蓄が大きく取り崩されることで、消費が急改善される可能性が指摘できる。効果の高い経口治療薬(飲み薬)の開発・普及やウイルスの弱毒化で感染に対する脅威が低下する環境になれば、消費意欲は活性化しやすいだろう。
 
4 コロナ禍前のルールよりも簡素化されると見られるが、まだ具体的な形は見えていない。詳細は伊藤さゆり(2021)「始まったEUの財政ルールを巡る攻防-過剰債務国と倹約国の対立再び」『Weekly エコノミスト・レター』2021-09-15を参照。
5 ドイツ、フランス、イタリアの政治に関する注目点は伊藤さゆり(2021)「2022 年欧州の焦点-メルケル後のドイツ、フランス大統領選、ドラギ効果の持続力」『Weekly エコノミスト・レター』2021-12-08を参照。
6 なお、SPDの獲得議席数は735議席中206議席だった(約28%)。緑の党(118議席)とFDP(92議席)の3党では計416議席となる。CDU・CSUは196議席だった。

3.物価・金融政策・長期金利の見通し

3.物価・金融政策・長期金利の見通し

( 見通し:インフレ率の急上昇は一時的と見込むが、長期化するリスクも高まっている )
物価については、11月のHICP上昇率は総合指数が前年同月比4.9%、コア指数が同2.6%まで上昇した(図表23)。このうち総合指数ではエネルギーの寄与が大きく、コア指数ではドイツで実施されていた付加価値税(VAT)引き下げが終了したという要因があるため7、インフレ基調としてはヘッドラインやコアの数値ほどは強くない。ただし、伸び率は統計データ公表開始以来の高に水準にあり、エネルギー価格やVATによる一時的な要因を除いたとしても2%台の伸び率に達したと見られる。
(図表23)ユーロ圏の物価上昇率/(図表24)ユーロ圏の物価・賃金上昇率
エネルギー価格を除いた財・サービス物価の上昇率はいずれも2%台後半に達しており、さらにコロナ禍期間中に物価が低迷したベース効果を除いても高い水準にある(図表24、コロナ禍の影響を除くために2年前比を太線で記載、20年に実施したドイツの付加価値税減税の影響も除かれている)。このうち過去と比較して伸び率が急加速しているのは財価格であるが、これは原材料不足などの供給制約によってもたらされている面が大きいと見られる。また、サービス価格も足もとで上昇基調にある。こちらは経済活動の再開で需給ギャップが縮小したことで、コロナ禍前の伸び率まで回帰したと考えられる。
(図表25)ユーロ圏のエネルギー価格水準/(図表26)欧州の天然ガス価格(オランダTTF)
このうち、財価格は来年以降は生産力の向上と供給制約の緩和により次第に低下していくことが見込まれる。一方で、サービス価格は賃金の動向に大きく左右されるだろう。現在は、労働時間に見られるように需給ギャップが若干ではあるが存在しており、賃金上昇圧力は強くないと考えている。そのため、賃金と物価が相互に上昇することで高インフレが続く可能性は高くないと見ている。ただし、今後賃金上昇圧力が高まることで高インフレが長期にわたって続くリスクは以前よりも増していると言えるだろう。

また、エネルギー価格にも注視が必要だろう。足もと、エネルギー価格の寄与だけで(他の物価が上昇しなくても)物価上昇率が2%を超える状況にあるが、それでも資源高が消費者物価には十分転嫁されていないと見られる(図表25)。高騰している資源価格がこのペースで上昇を続ける事は考えにくいが、資源価格が高止まり、消費者物価への転嫁が続くだけでもインフレ圧力は長期化する可能性がある。来年以降、エネルギー価格は足もとの高水準から低下することを見込んでいるが、気候変動対応の移行期にあって旺盛なガス需要続くなど、価格の高止まりが懸念される状況にあることはリスク要因と言える(図表26)。

ECBは物価の一時的な目標からの乖離を許容しているが、高インフレが長期に続けば中央銀行の引き締め観測は高まることから、金利上昇やそれを受けた実体経済への下押し圧力が生じるリスクがある。ただし、賃金インフレとエネルギー価格の高止まりのいずれの場合においても、インフレ目標を大きく上回る伸び率が長期間にわたって続く可能性は低いと見ている。

メインシナリオとしては年平均インフレ率は21年で2.6%、22年で2.4%とインフレ目標を上回るものの、23年には1.6%に低下する予想している(図表22、表紙図表2)。
 
7 税率で19%→16%(軽減税率は7%→5%)への引き下げを20年7月から12月まで実施。
( 見通し:金融政策正常化は段階的に行われると予想 )
ECBはコロナ禍以降、大規模な流動性供給と量的緩和策を続けている。

政策の主軸はPEPP(パンデミック緊急購入プログラム8)および、金利を優遇した貸出条件付資金供給オペ(TLTROIII)であり、前者は総額1.85兆ユーロの資産購入を少なくとも22年3月まで実施、後者は最大2年間にわたって▲1%の優遇金利を受けられる流動性供給策を21年12月まで実施する予定となっている。

ラガルド総裁は理事会で、PEPPについては3月に終了する予定であると明言する一方で、具体的な政策手段については12月の理事会(16日に開催予定)に議論するとして検討を先送りしており、現時点でも当局者からの発信は少ない。

足もと物価は急上昇しているが、ECBは現在の物価上昇が一時的であるとの見解を堅持しており、引き締めへの急転換はされないと考えられる。メインシナリオでは正常化は「良好な資金調達環境」を維持しつつ、段階的に進められると見ている。

ラガルド総裁の発言通りPEPPは来年3月に予定通り終了するものの、購入額が急激に縮小することを避けるために既存のAPP(資産購入プログラム、毎月200億ユーロ購入)を増額し、またAPP設けられていた1銘柄当たりの保有上限については緩和されると見ている。PEPPでは投機的格付けの国債(ギリシャ国債)購入や国別シェアの出資比率からの乖離も認められていたため、この柔軟性が今後の政策にも引き継がれるかが注目されるものの、メインシナリオでは平時の購入プログラムに戻すという観点から、これらの制限は再び課されると想定した。

また、流動性供給策は、現在のTLTROIIIで実施されているような金利優遇策は終了し、優遇が限定的な流動性供給策が実施されると見ている。
(図表27)独・仏・伊の国債利回りと期待インフレ率 長期金利は、米国の利上げ観測の高まりを受けて夏頃からは上昇したが、感染再拡大やオミクロン株の流入でリスク回避的な下落圧力も見られる(図表27)。当面は不透明感が強い状況が続くと見られるが、先行き、経済正常化と回復が進展すれば再び金利上昇圧力は強まるだろう。ただし、ECBは金融政策の正常化を緩やかに進め、短期的な利上げも実施しないと見られることから長期金利の上昇ペースは抑えられるだろう。その結果、ドイツ10年債金利は21年で平均▲0.3%、22年および23年は平均▲0.1と推移すると想定している(図表22、表紙図表2)。
 
8 コロナ禍前の資産購入策(APP)との違いとして、ECBは、PEPPは各国国債の購入比率として、出資比率(capital key)にもとづく購入を基準にしているものの、一時的にそこから乖離する柔軟性も持たせている。このほか、ECBは購入ペースや資産クラス(国債、社債などの資産種類)についても明確に基準を設けておらず、柔軟性がある点を強調している。さらに、(投資適格級でない)ギリシャ国債の購入も許容している。
 
 

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伊藤 さゆり (いとう さゆり)

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高山 武士 (たかやま たけし)

(2021年12月10日「Weekly エコノミスト・レター」)

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