2021年11月09日

自動運転は地域課題を解決するか(上)~群馬大学のオープンイノベーションの現場から

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

社会研究部 上席研究員 百嶋 徹

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前橋市における実証実験で、見えてきた課題とは。

坊: 前橋市が2018年度から実証実験してきた上毛電鉄中央前橋駅とJR前橋駅を結ぶ自動運転シャトルバスは、区間が約1kmと短く、片側2車線で両側に歩道もあり、信号機も4箇所のみのほぼ直線です。先ほど、自動運転を運行するために重要な要素について小木津先生から説明がありましたが、前橋市さんはそのような要素を考慮して、いちばん導入しやすいところを選択されたと思います。それでも技術的課題が発生したのでしょうか。
細谷精一・前橋市未来創造部参事兼交通政策課長 細谷精一・前橋市未来創造部参事兼交通政策課長(以下、細谷氏): 上毛電鉄中央前橋駅からJR前橋駅の区間で自動運転バスをやろうと発案したのは、実は私ではなく小木津先生です。先見の明があると思いました。最初に小木津先生から「このシャトルバスのところで何とか実施できないか」とご提案をいただいた時は、「何と、この本丸で自動運転とは」と信じられなかった。市内でも一番、混在交通の環境下で、一番難しいんじゃないかと思いました。でも逆に、ここで成功しないと、いちばん重要な前橋の交通の軸が衰退してしまう。市内の交通ネットワークが形成できなくなってしまうので、まずはここを自動運転化することによって維持、充実していこうと考えて、進めることにしました。

繰り返しですが、この区間は非常に街中であり、混在交通下で渋滞もある。歩行者や自転車の通行量も非常に多くあるので、非常に課題はあります。

これまで3か年の実証実験で得られた課題は、小木津先生が先ほど三つとおっしゃった通りです。1点目は走行環境の問題です。走行区間を、自動運転専用レーンにするとまでは言わないが、今後いかに違法駐車車両対策をし、自動運転車両が走行しやすい環境を確保できるかが課題です。

2点目は、実証実験を行ったエリアは、前橋のシンボリックなストリートなので、ケヤキ並木が生い茂っており、GPSが入りにくいという問題がありました。そこをいかに他の設備で補完するか。

3点目は、上毛電鉄中央前橋駅前の複雑な交差点に進入する際に、対向車両や歩行者、自転車へのセンシング技術を向上し、いかに遅延なく感知するかです。課題は言ってるときりがないので、ざっくりで留めておきますが、いずれにせよ、前橋の交通ネットワークで一番重要なこのシャトルバスの区間で実装を目指しています。これまで3年間の実験で課題感が見えてきたので、いま、小木津先生が設立された日本モビリティさんと、社会実装化に向けた調査を進めているところです。
坊美生子・ニッセイ基礎研究所准主任研究員 坊: 前橋市さんは、自動運転を導入する目的を「人件費削減のため」としており、細谷さんは、「最終的にはレベル4までいかないと人手不足解消につながらない」とおっしゃっています2。現状では、1kmのシャトルバスの区間で、レベル2で実証実験をしておられますが、今後はレベル4を目指し、かつ導入地域を増やすところまでいかないと、人件費削減までは実現しないと思います。今後、具体的に市内のどういう地域に増やしたいとお考えですか。

細谷氏: 導入地域を今後増やしていかないと、自動運転のメリットが生まれないと前橋市も考えています。まずは、「点」でも良いから本当に必要なところで成功させるのがいの一番だと思っています。実証実験を行ってきた区間は、前橋の交通体系の中で、JRと上毛電鉄という二つの鉄道網を結ぶ重要な区間であり、現在はシャトルバスが運行しているのですが、限定路線であるそのシャトルバスでさえ、ドライバーの人手不足や収支率低下という課題があります。

この路線は「線」だが、走行範囲が限定されているため、ある意味「点」です。まずはこの「点」で、一か所集中型で、自動走行を目指そうと。でもそこで成功させれば御の字、ということではありません。1路線で、1人のオペレーターが1台の車両を遠隔管制型でやったとしても、コスト縮減にはならない、ドライバー不足解消にもつながらないからです。前橋市の交通は、シャトルバスを軸に、延伸したり、そこからフィーダーで伸びている路線があるので、将来的には、そちらに追加で導入していくんだろうなあと考えています。

いわゆる小木津先生がよくおっしゃる、遠隔監視者1人で複数の車両を見る「1対n」の対応をしない限り、ドライバー不足を補う交通網の維持ということにはつながらないだろうと思うので、そこを目指していきたい。それを目指すには、まず本丸である上毛電鉄中央前橋駅―JR前橋駅のところを成功させて、そこから1対nの体制を作っていきたい、という考え方です。

坊: これまで自動運転は技術の実証段階だったので、私は「技術的にできるところから導入する」という見方をしていましたが、それ以前に、地域にとっては、必要なところから導入する。今後どうしても維持する必要がある路線から導入していく、ということですね。当たり前と言えば当たり前ですが、大変重要なことを教えていただき、目からうろこです。
 
2 細谷精一、飯塚弘一(2019)「都市部基幹バスの自動運転導入に伴う環境基盤整備と交通課題解決」 アーバンインフラ・テクノロジー推進会議
写真1 上毛電鉄中央前橋駅―JR前橋駅を走る従来のシャトルバス(左)と自動運転バス(右)
図表4 前橋市で行われてきた自動運転シャトルバスの実証実験の概要

自動運転システムにAIを

自動運転システムにAIをどこまで活用することが妥当なのか。

百嶋徹・ニッセイ基礎研究所上席研究員 百嶋上席研究員(以下、百嶋):小木津先生の取組み姿勢として、まずは狭い限定領域で走行し、将来的に高い運転自動化レベル、つまりレベル4を目指すというのは非常に合理的で、共感するところです。その一方で、先生は遠隔監視型の自動運転システムに「敢えてAIを使わない」とおっしゃっています3

実はAIも、学習していない想定外の事象に対して臨機応変に対応できないため、想定外の事象が起こりにくい出来るだけ狭い限定領域の方が成果をもたらしやすく、実装しやすい面があります。ただし、先生もおっしゃっている通り、ディープラーニング(深層学習)で学習したAIモデルの場合、判断した経緯や根拠を、使う側の人間が理解できないという「ブラックボックス」の問題があります。自動運転は、乗客乗員の生命・安全に係わるため判断の説明責任が問われるのに、AIのブラックボックス問題があると、自動運転への信頼醸成が進みにくくなる面があるでしょう。

他にAIを使わない理由として、コストのことも考えていらっしゃるのかなと思います。「車両制御やその判断材料にAIを使わないことで、車両に搭載するコンピューターはノートパソコン1台程度で済む。逆に、人間と同じ水準の状況判断をAIでしようとすると、コストが高くなるだろう」とおっしゃっています4。まず自動運転システムにAIを使わない理由をお教え頂けますでしょうか。
 
小木津氏: 自動運転にAIを全く使わないという訳ではなく、使い方を限定させています。AIの有用性は私も感じていますが、あまり使わない理由は、先ほどから出ている責任の問題です。

確かに、自動運転を運用する際にODDを限定させたとしても、おっしゃる通り、想定外の状況は生じてしまう。その問題に対して、AIにはブラックボックスがあるという問題はもちろんありますが、そもそも判断を自動でできるようにするということが、いま一番注力すべき点だとは、私はあまり思っていません。そこは人とコラボレーションできる部分ですから、ある程度、遠隔にいる人がオペレーションでカバーできる部分もあります。

人は柔軟に思考できる点と、責任を持って判断できる点が非常に大きな特徴なので、そこを生かさない手は無いと思っています。専用道ではなく、公道を走行する限りは、基本的に、人の介入をゼロにするレベル4への到達を優先するよりも、人がちょっと介在する構造で仕組みを作っていった方が、使いやすいものになるのではないかと考えています。
 
百嶋: 自動運転車を限定領域で走行させるにしても、実世界ではやはり想定外のことは起こり得ると思います。小木津先生は、事故率ゼロを目指されるとは思いますが、仮に必ずしも事故率がゼロにまで低減しないとした時には、やはり自動運転による事故率がどれくらいの水準であれば安全とみなすのか、という安全水準の設定と社会的受容性の醸成が極めて重要になってくると思います。自動運転の事故率が手動運転より高くなるなら、勿論実用化はできないと思いますが、どれぐらいまで低減できれば人間は許容するのか、また自動運転を導入しようという機運が醸成されることになるのか。小木津先生はこの点についてどのようにお考えでしょうか。
 
小木津氏: おっしゃる通り、ゼロになるとは思っていません。人が介入するシステムを敢えて付けることになるので、ヒューマンエラーがゼロになるという自動運転のメリットはちょっと捨てているところはあります。人間の判断の柔軟性と、ヒューマンエラーによる事故率の発生がトレードオフになってしまう。ただ、自動運転になった場合に、人が運転した場合より事故率が悪くなってはいけないというのは、もちろんその通りだと思っています。

私が一番大事だと思っているのは、いったん交通事故が起きたら、地域の受容性が無くなってしまうという事態を避けることです。事故率が「ゼロかイチか」というような議論は徐々に、日本だけかもしれないが、少なくなってきているのではないかと感じています。

我々も過去に事故の発生を経験したことがあり、いろんなバッシングを受けて成長してきた部分もあります。その中で私自身が感じたのは、事故が起きた時に、きちんと何があったかを伝えていくこと、いくら人の運転より事故が少ないからと言って、そこにあぐらをかいてはいけない。きちんと何が起きたか、それに対してどう対処したかを、いち早く、心配されている方の耳に届けることを意識しておくことが、地域の受容性を確保、維持していく上で極めて重要だと感じています。

もちろん、事故率を下げるためにAIを使うという考え方もあるかもしれませんが、いろんな方法で事故率を下げるように技術を向上していかないといけないし、万が一事故が起きてしまった場合にはきちんと説明するということです。

日本の場合は特に、いろんな交通課題への危機感がある中で自動運転を導入しようとしているので、事故に対してはこのような対応をきちんとすることで、ある程度納得してもらえる、受容性が得られると私は期待しているところです。
 
百嶋: 自動運転の実用化において、最初は限定領域で実装して、徐々に広い領域に適用範囲を拡大していくという考え方があると思いますが、私はそのような点から線へ、さらに面へ拡大していくやり方は、自動運転には馴染まない、難易度が極めて高いと思っています。地域ごとに走行環境が異なるため、各々に最適なシステムを構築することが基本であると考えるからです。小木津先生が言っておられるように、それぞれの地域ごとで、専門のスタッフが実査し判断して自動運転システムを作り込むなどして、適用範囲が非常に狭くても、そのような運行する「点」を数多く作ることが重要だと思っています。それがつながって「線」になればそれに越したことはありませんが、自動運転システムが高精度に作動する狭い限定領域という「点」を国内や世界にいくつも作り出すことでヨコ展開ができれば、それは社会的意義の非常に高い活動であると私は考えています(図表5)。そういう理解でよろしいでしょうか。
図表5 自動運転システムの進化に向けたアプローチの在り方
小木津氏: 最優先すべきはおっしゃる通りだと思います。我々も、いきなりあらゆるところで走るようなシステムを志向するのではなく、今地域にあるニーズに対して、今ある技術で応えていくということを目下の目標にすると、自然に点ばかりになっていく。それでも十分価値があると思いますし、それに並行して技術を開発していけば、経済が回って、技術も発達していくということにつながると思っています。

これが原点ですが、大学の教員なので、先のことも少し先のことも話さないといけない(笑)。最終的には、「あらゆるところ」でははなく、「準あらゆるところ」を走れるような自動運転の仕組みを作っていくべきだろうと思っています。これは、AIであらゆるところを走れる自動運転を完成するという意味ではなく、どちらかと言うと、飛行機みたいな運用方法になっていくのではないかと思っているんです。

それぞれの地域に、それぞれの路線を熟知した上で自動運転システムを見守るスペシャリストがいて、エリアをまたぐ自動運転は、そういう人の間で引き継いでいくような仕組みです。そのような形で運用される自動運転がある程度あって良いのではないかと。

例えば、JR前橋駅から前橋インターまでを自動運転で走れるとして、この区間は前橋市のバス会社が遠隔監視するサービスをする。もしかしたら個人の車両も対象になるかもしれない。前橋インターからは高速道路になるので、高速専用の管制をする人に引き継いで、車両はそのまま東京まで行って、東京には細かい管制区間があって監視を引き継いでいく、というようなイメージです。これが経済的に安いかどうかはまた別の議論になっていくと思いますが、数が増えればそういうことも可能性はあるかなと思います。それが将来的に描く部分です。いずれにせよ、まずは「点」で管理することがきちんとできてから、その先の話です。
 
百嶋: 前橋市では、市内の交通政策としてAIデマンド交通も導入しています。細谷さんは、自動運転などモビリティ分野へのAI活用について、どのようにお考えですか。
 
細谷氏:今、小木津先生からお話があったように、自動運転の領域ではAIを全く使わない訳ではありません。市の交通体系の中ではその他、郊外3地区でデマンド交通を運行しており、そこでは、AI配車システムを活用した運用を既に実践しています。街中では移動ニーズが高く、バス路線も鉄道も定時定路線で運行し、一定の本数もあります。ただ郊外部はニーズが少ないので、いかに効率配車するかが課題です。少ない交通資源で、少ないニーズをいかに効率的に拾うか、という目的のためには、AIをフルに活用しないと、コストばかりかかってしまう。郊外部のデマンド交通の運用においては、AIをフルに活用すべき、せざるを得ないという認識でおります。
 
3 日経エレクトロニクス「遠隔管制で“乗員ゼロ”バスに 運転手不足の現実解に」(2021年5月)
4 注3と同様

 
(この対談は、2021年8月18日、オンラインで実施しました)
 
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社会研究部

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

(2021年11月09日「ジェロントロジーレポート」)

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