2021年11月09日

新型コロナ 社会的な終息に向かう? ー楽観バイアスでコロナ禍への順化が進んでいるが…

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.296]

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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新型コロナウイルス感染症は、9月以降、新規陽性者数が急速に減少した。その要因として、専門家から、ワクチン接種率の向上などが挙げられている。ただ、冬には第6波の襲来も懸念されるため、警戒と対策を続けるべきとの指摘もある。今後、コロナ禍はいったいどうなるのだろうか。過去のパンデミックを振り返りながら、考えてみることにしたい。

◇「楽観バイアス」とコロナへの順化

コロナ禍が始まって、かれこれ2年近くになる。この間、感染の波は何度も襲来し、それを追うようにして緊急事態宣言の発令と解除が繰り返された。今年の夏には、緊急事態宣言の発令中にオリンピック・パラリンピックが開催された。これにより、宣言での「自粛」と、オリパラでの「お祭り」という、正反対のメッセージが人々に出される形となった。その結果、人々に、「コロナは、もう心配しなくても大丈夫」との、コロナ軽視の楽観バイアスが生じたと考えられる。
 
昨年の最初の緊急事態宣言のときには、誰もが未経験の事態に直面したことで、社会全体で自粛に努める動きがみられた。しかし、宣言が何度も繰り返されるうちに、人々に「馴れ」が生じて、その実効性は薄れていった。これは、生物学の「順化」という現象に相当する。異なる環境に移された生物が、しだいに馴れて、その環境に適応した性質を持つようになることを指す。人々はコロナ禍に順化してきたといえるだろう。

◇ 終息のシナリオは2通り考えられる

新型コロナのパンデミックは、いつどのようにして終わるのか?

昨年5月にニューヨークタイムズ紙で報じられた内容によると、アメリカの歴史学者はパンデミックの終わり方には2通りあると述べている。
 
1つは「医学的な終息」で、罹患率や死亡率が大きく低下して、まさに感染が終息する。もう1つは「社会的な終息」で、感染状況は変わらないまま、人々の病気に対する恐怖心が薄れてくることで終わるというものだ。社会的な終息は、病気を抑え込むかわりに、人々が疲弊して、病気とともに生きるようになることで、パンデミックが終わるというものだ。

◇ ペストの終息の詳細はよくわからない

それでは、過去のパンデミックを例に、終息の様子をみていこう。

ペストは、鼠類に付いた蚤(のみ)が、人にペスト菌を媒介して感染する。6世紀、14世紀(「中世の大流行」)、そして19世紀末~20世紀のパンデミックと、3度の世界的な大流行があった。特に、中世の大流行は1331年に中国で始まり、1347~1353年の間に、当時1億人といわれるヨーロッパの人口のうち、2000~3000万人が死亡したと推定されている。実は、ペストはどのようにして終息したのか、明らかではない。
 
寒さにより病気を媒介する蚤が死滅したため。ペスト菌が宿主をクマネズミからドブネズミに変えたことで人間との距離が離れたため。感染者が出た村を焼き払うなどの、感染拡大防止策が奏功したため─ ─など、さまざまな説が出されている。これらに加えて、社会的な終息という面もあったのかもしれない。

◇ スペインかぜは社会的な終息

社会的な終息の代表例が、スペインかぜだ。1918年にアメリカを起点に流行が始まり、世界全体で5000万~1億人が死亡したといわれる。流行時期は、第1次世界大戦と重なり、病気で多くの兵士たちの命も失われた。当時、アメリカでは、当局や政治家などの間で、病気の深刻さが過小評価された。流行を伝えるマスコミ報道も少なかった。感染拡大のニュースが敵国を奮い立たせる恐れがあったことや、社会の治安を維持してパニックを避ける必要があったことが、その理由とされる。その後、感染症は、毎年の弱毒化したインフルエンザに変わり、社会的な終息を迎えた。戦後の新時代に眼を向けるなか、人々に、感染症や戦争の悪夢を忘れたいとの心理があったとされる。

◇ 新型コロナは社会的な終息に向かう?

現代は、ペストやスペインかぜの時代とは異なり、公衆衛生が進み、感染症対策が確立している。ワクチンや治療薬の開発も進み、近代的な医療インフラも整備されている。一方、航空網の発達により、人々の移動がグローバルに迅速に進むことや、SNS等の伝達手段により情報が瞬時に世界中に拡散される等の違いもある。こうした違いが、これまでとは異なる形の終息をもたらす可能性はある。
 
ただ、根本的なところで、人々の意識はあまり変わっていないかもしれない。感染拡大防止のためのインフラや技術を高めても、人々の楽観バイアスが、その効果を下げてしまう可能性が残る。コロナ禍が、医学的な終息に至るのか、それとも社会的な終息に向かうのか――人々の気の持ちようしだいといえそうだ。
 
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年11月09日「基礎研マンスリー」)

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