2021年10月19日

輸液供給の重要性-安定供給が滞れば、医療現場の混乱は不可避

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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1――はじめに

輸液は、患者の体液や栄養を管理するうえで、欠くことのできない医薬品である。主として、水、電解質、糖、アミノ酸を成分としており、注射や点滴の形で投与される。心疾患、呼吸障害、ショック、外傷など、さまざまな病態に対して、輸液を用いた治療が行われている。通常の医療だけではなく、救急医療、災害医療、感染症パンデミックにともなう医療でも、最優先で確保することが必要な医薬品とされる。

しかし、輸液を安定的に確保することの重要性については、あまり知られていないものと思われる。さまざまな医療現場に、当たり前に用いられているものだけに、何らかの原因で、その供給が滞れば、医療に深刻な影響が生じかねない。本稿では、輸液の現状について、みていくこととしたい。

2――輸液とは

2――輸液とは

まず、輸液とはどういうものか。簡単にみていこう。

1輸液によって体内の水のバランスを整える
人の体の60%は水分でできている。40%は細胞内、15%は細胞と血管の間の間質、5%は血管内にある。これらの体液には、電解質(陽イオン、陰イオン)や、電離せずに溶解した物質が含まれている。水は細胞膜を自由に通ることができるが、通常、他の物質は通ることができない。このため、細胞内と、間質や血管内とでは、物質の濃度に差が生じる。

ここで、中学の理科の実験を思い出してみよう。濃度の異なる水を半透膜で隔てると、濃度の低いほうから高い方に水が移動する。この水を引っ張る力は、浸透圧といわれる。体内の細胞膜の場合は、水以外に尿素も自由に通ることができるため、少し用語を変えて、「有効浸透圧」や「張度」という。

細胞内よりも間質のほうが張度が低いと、間質から細胞に水が入るため、浮腫(ふしゅ)になる。逆に、細胞内よりも間質のほうが張度が高ければ、細胞から間質に水が出ていくため、細胞内脱水となる。こうした浮腫や細胞内脱水は体に悪影響を及ぼすため、輸液を投与することによって、水のバランスを整える治療が必要となる。
2臨床では、等張液を輸液として用いることが一般的
血管内の血液(正確には、血液の液状成分である、血漿(けっしょう))の張度は、正常な場合280~290 mOsm/L(ミリオスモル・パーリットル)となっている。mOsm/Lは、溶液1L中に溶けているイオンなどの粒子数を表す単位だ。

血漿と同じ張度の溶液を等張液、血漿より高い張度の溶液を高張液、血漿より低い張度の溶液を低張液という。たとえば、濃度が0.9%の食塩水は等張液、それより濃い濃度の食塩水は高張液、蒸留水は低張液となる。

臨床の際は、等張液を輸液として用いることが、一般的となる。
3代表的な輸液は「細胞外液」、「5%ブドウ糖液」、「1号液」、「3号液」の4つ
輸液には、溶け込んでいる物質の種類や濃度により、さまざまな種類がある。そのうち、代表的なものは、「細胞外液」、「5%ブドウ糖液」、「1号液」、「3号液」の4つとされる。これらの張度は、いずれも血漿の張度に近くなっている。

(1) 細胞外液
救急患者の場合、体内のどこかに炎症をきたしていることが多く、血管壁の孔が大きくなって、タンパクが血管から間質に漏れ出る。タンパクは水を引きつける力があるため、血管内は水が少なくなり、脱水状態となる。そこで、組成が血漿に類似している「細胞外液」を投与することで、血管内の水の維持が図られる。投与された水は、間質まで分布するが、細胞内には入らない。生理食塩液(生食)、乳酸リンゲル、酢酸リンゲルが、代表的な細胞外液とされる1
 
1 乳酸リンゲルの商品名は、ラクテック ®。酢酸リンゲルの商品名は、ソルアセトF ®。なお、「リンゲル」という呼称は、1882年に、イギリスの薬理学シドニー・リンガーによって、生理食塩液が開発されたことに因む。
(2) 5%ブドウ糖液
高ナトリウム血症の患者の場合、水を投与することが治療の基本となる。この場合、ナトリウムイオンを含まない「5%ブドウ糖液」が輸液として用いられる。ブドウ糖は体内で代謝されて、水と二酸化炭素となり、二酸化炭素は呼吸で排出されるため、最終的に水だけが残る。その結果、5%ブドウ糖液として投与された水は、血管内だけでなく、細胞内にまで行きわたることとなる2
 
2 「5%ブドウ糖液ではなく、蒸留水をそのまま血管内に投与すればよいのでは?」と考えるかもしれないが、そうすると、水が赤血球に入り、溶血を引き起こす。このため、蒸留水をそのまま血管内に投与してはならないとされる。
(3) 1号液(開始液)
腎不全患者の場合、腎機能である尿の排泄能力が低下している。このため、輸液を投与し続けると、うっ血3をきたす恐れがある。また、余分なカリウムイオンを、尿に排泄できない可能性もある。そこで、細胞外液である生食と、5%ブドウ糖液とを1:1で混ぜた「1号液」が輸液として用いられる4。1号液として投与された水の細胞内、間質、血管内の分布は、細胞外液と5%ブドウ糖液の中間となる。
 
3 静脈血の局所からの流出が妨げられて、組織、臓器に血液が滞る状態。
4 商品として、生食と、5%ブドウ糖液とを1:1で混ぜたデノサリン1 ®と、緩衝剤として乳酸イオンを含むソルデム1 ®がある。どちらも、カリウムイオンは含んでいない。
(4) 3号液(維持液)
疾病による倦怠感などから食事がとれない患者の場合、水をとりつつ、陽イオンは平常時の半分程度を摂取することで、生命維持が可能となる。そこで、生食と、5%ブドウ糖液とを約1:3で混ぜて、カリウムイオン等を加えた「3号液」が輸液として用いられる5。3号液として投与された水の細胞内、間質、血管内の分布は、1号液と5%ブドウ糖液の中間となる。

なお、1号液にカリウムイオンを加えたものを2号液(脱水補給液)、3号液のカリウムイオン濃度をゼロにしたものを4号液(術後回復液)と呼ぶが、いずれも臨床で使用されることはあまりない模様。
 
5 商品として、ソルデム3A ®と、ソリタT3 ®がある。どちらも、乳酸イオンとカリウムイオンを含む。

3――輸液の導入経緯

3――輸液の導入経緯

輸液は、現在の医療では当たり前に用いられているが、治療法として導入が進んだのはこの100年あまりのことだという。その導入の経緯について、簡単にみていこう。

1輸液の日本での導入は戦後になってから
輸液による治療法は、17世紀後半から試みられていたが、確立したのは20世紀初頭のコレラの治療といわれる。欧米では、多くの輸液製剤が開発され、小児の下痢の治療などに劇的な効果を示した。輸液治療が日本に本格的に導入されたのは、戦後になってからである。

1962年には、東京大学医学部の高津忠夫教授を中心とする小児科で、電解質代謝の知識がなくても輸液治療ができるようにと、1号液~4号液が開発された。これを機に、患者に応じた輸液の選択が可能となり、輸液治療の発展期を迎えることとなった。
21970年代以降、容器の改良も進んだ
1970年代には、食事をとることが難しい患者に対する栄養管理として、3号液をベースにブドウ糖濃度を高め、アミノ酸、ビタミン等を加えた高カロリー輸液製剤が外科治療などで用いられるようになった。

一方、輸液治療では、製剤容器の破損や、投与する輸液の取り違えといった医療過誤の懸念が生じた。そこで、ガラス瓶からプラスチック製、さらにバッグ製剤、キット製剤へと容器の改良が進むとともに、容器の視認性を高める工夫も行われた。
3輸液は基礎的な医薬品として確立している
輸液による治療は、医療に大きな変革をもたらした。だが、いまでは医療現場では当たり前のものとなり、安価に簡便に使用できるものとして、医療関係者が、使用の際にありがたみを感じることは少なくなっているともいわれる。

輸液は、幅広い医療現場で用いられる基礎的な医薬品である。すでに、基本的な処方が確立しており、他の医薬品のような新薬開発による世代交代のようなことは、起こりえないものとなっている。

4――輸液の安定供給に伴う課題

4――輸液の安定供給に伴う課題

輸液は、すでに確立された医薬品である。新薬開発による有効性・安全性向上の余地は限られている。創薬競争を前提とする、他の医薬品と同様の制度をそのまま適用すれば、いくつかの課題が生じてくる。たとえば、薬価制度、生産・物流システム、供給体制においてである。

1輸液は薬価引き下げにより不採算となった
輸液にも、他の医薬品と同様に薬価制度が適用されている。一般に、新薬は発売から時間が経つとともに市場の卸価格が下がり、それを反映して薬価も引き下げられる。輸液にも、2008年まで、このルールが適用され、薬価が引き下げられてきた。
図表1. 輸液の薬価推移
薬価については、2010年の薬価改定時に、2つのルールが明確化された。「不採算品再算定制度」と「最低薬価制度」である6。これらによって、薬価の引き下げに歯止めがかかり、輸液の薬価は、少し引き上げられた。しかし、1980年代と比べると、安価な水準にとどまっているとみることもできる。生理食塩液や5%ブドウ糖液の薬価は、500mLあたり180円程度に過ぎない。自販機で購入する500mL入りのペットボトル飲料よりも、少し高いくらいの価格となっている。

その結果、日本では、輸液は不採算となり、輸液メーカーの統合や撤退が続いてきた。現在、輸液メーカーの数は、10社にまで減少している。
図表2. 輸液メーカー数の推移
 
6 「不採算品再算定制度」は、不採算品目のうち代替薬がない等の理由により、医療上の必要性が特に高い品目に限って薬価を引き上げる制度。原価計算方式によって算定する。「最低薬価制度」は、剤形ごとにかかる最低限の供給コストを確保するため、成分に関係なく剤形ごとに最低薬価を設定し、薬価の下支えをする制度。

2輸液は少量頻回配送
一般に、輸液は、大量生産される。たとえば500mLの輸液を4万本製造しようとすると、注射用水は20トン以上必要となり、20トンタンクでの調整が行われることとなる。製造ラインでは、大型濾過装置や、大型の薬液充填装置が必要となり、洗浄・減菌のために大量の蒸気等を要する。

また、製造された輸液製剤には、保管のためのスペースが必要となる。だが、都市部では、医療機関や流通過程の保管場所は限られている。その結果、トラックをベースとした少量頻回配送や急配による納品が常態化している。このように、輸液は物流面のコストがかかり、このことも不採算の要因となっている。
3輸液の供給は海外依存度が高い
輸液は、製造に用いる主成分を輸入に頼る構図となっている。2019年の輸液の生産・輸入を、国産(=主成分の数において半数以上が国産である医薬品)、輸入製造(=主成分の数において国産より輸入品の方が多い医薬品)、輸入品、の3つに分けてみると、輸入製造の割合が大きいことがわかる。
図表3-1. 血液代用剤の生産・輸入/図表3-2. 糖類剤の生産・輸入/図表3-3. たん白アミノ酸製剤の生産・輸入
輸液などの医薬品に限らず、工業製品は、原料の海外依存度が高いほど、生産・供給上のリスクを多く抱えることとなる。たとえば、調達先の政治・社会情勢や自然環境等の変化に伴う原料価格の変動や、原油価格上昇に伴う輸送費の高騰などの原料コストの増加の影響を受ける。すなわち、海外依存度が高ければ、それだけ製品を安定的に供給することが難しくなる。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

輸液は、日本で医療現場に本格的に導入されてから、まだ、100年も経っていないにもかかわらず、さまざまな治療に不可欠の存在となっている。患者の病態に応じて、適切な輸液を投与することで、病状の維持・改善を図ることができる。

ただ、輸液はすでに確立された医薬品といえる。新薬開発による有効性・安全性向上の余地は限られており、単純な薬価引き下げは不採算を招くこととなる。また、大量生産・少量頻回配送といった、物流面の課題もある。さらに、原料の海外依存度が高く、安定的な供給についてのリスクも抱えている。もし、こうしたリスクの発現によって、輸液の供給が滞ることになれば、医療現場の混乱は避けられないだろう。

ワクチンや血液製剤などとともに、医療を支える基礎的な医薬品として、輸液の供給に関する各種制度の整備が欠かせないものとみられる。併せて、原料の調達先を多様化して、リスク分散を図る等の供給体制の安定化も求められよう。

引き続き、輸液の動向を、注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2021年10月19日「基礎研レター」)

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