2021年09月08日

座礁資産に関する動き

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――座礁資産の概要

ESG投資の中でも、特に「E(environment)」すなわち環境に関連して、温室効果ガスの排出を抑えることが、全ての産業に求められる風潮になっている。そこでは、二酸化炭素などの温室効果ガスを排出するような、つまりものを燃やすようなことは基本的には「悪」であるということになり、火力発電、ガソリンを使うエンジンなどは、今すぐにではないにせよ、よりクリーンなエネルギー(風力、原子力、天然ガスなど?)に取って代わられるべき、との流れのようである。

すると、石炭・石油などの資源やその関連設備を、現時点で保有していても、将来的な価値は小さくならざるをえない。会計的には、資産としての金額が下落するという運命にある。こうした話の中の石炭・石油のように、社会の要請など様々な状況変化により将来価値を失うような資産を、近年、一般に「座礁資産」(Stranded Assets)と呼ぶようになっている。

今回は、ESGの中で徐々に現実味を増してきた座礁資産について、紹介する。

2――現在までの動き

2――現在までの動き~パリ協定や国際会計基準

1ことの起こり
「座礁資産」という概念が初めて提唱されたのは、2011年、英国のシンクタンクである「カーボントラッカー」による、とされている。

現在に至るまで、石炭、石油、あるいは天然ガスなど化石燃料は重要なエネルギー資源であり、もちろん価値がある資産である。しかし今後の気候変動対応により、二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量削減が求められる状況では、いずれエネルギー源として利用できなくなり、その資産価値が大幅に下がると考えられている。すると、そうした資産を保有する企業は、財務会計上、何らかの減損処理をしなければならなくなる。つまり、貸借対照表においては資産の減少、損益計算書においては損失を計上することになる。
2パリ協定とその影響
そもそもの気候変動問題への取組みとしては、1992年に採択された国連気候変動枠組条約に基づき、国連気候変動枠組条約締結国会議(COP)が開催され、実効的な温室効果ガス排出量削減に向けて、議論が行われてきた。2015年には、「パリ協定」が採択され、2016年に発効したところである。その内容のひとつとして、「2℃目標(産業革命前にくらべて現在の気温を+2℃以内の上昇に抑えること)の設定、1.5℃に抑える努力を追求すること」というものがある。これを実現するためには、温室効果ガス排出量を抑える必要がある。このため石炭・石油といった化石燃料の利用を抑え込む必要があり、石炭・石油が座礁資産化する直接の要因となる。
 
座礁資産が世界的にどれくらい見込まれるかというと、いくつもの研究機関等による試算があるのだが、2℃目標が実現するかしないか、現在ある化石燃料のどれくらいが使えなくなるか、など前提条件により大きな幅があるようで、はっきりしない(10兆ドルオーダーの規模のようである。)。

例えば日本においては、石炭利用部分のみではあるが、7~8兆円の座礁資産となるリスクがある、とされている1
 
1 例えば、「気候変動に関する科学的知見及び国際動向」(環境省) https://www.env.go.jp/council/06earth/y0618-10/mat03.pdf
3会計サイドの動き
こうした座礁資産につき、現在実際にどのような基準に基づく会計処理をすればいいのか、明確に決まっているわけではない。というよりも、国際会計基準(IFRS)の中では、考え方としては、最初から既に含まれているものともいえる。というのは、財務諸表での開示や財務方向を作成する際の前提条件としては、すべてのリスクが考慮されるべきであり、気候変動についても、たとえ明示的に触れられていなくとも、他のエマージングリスクなどと同様に考慮され、開示されるべきものであるというのが基本的な考え方だからである。

とはいえ、現状では、報告基準や対象がまちまちなために、比較可能な情報が不足したり、報告作成作業が非効率であったりするとして、基準を利用する企業やその情報を利用する投資家からは、統一的な報告基準を求める声が国際的にも高まってきている。

そうした要望を受け、IFRSを策定したIFRS財団が、気候変動も含む企業のサステナビリティに関する報告基準を設定する主体として、国際会計基準審議会(IASB)の下に、「サステナビリティ基準審議会」なるものを、2021年11月のCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締結国会議)開催に先立って設置することとし、まずは気候変動の報告に注力する、という予定となっている。
4企業等の対策の活発化や、企業に対する要求の高まり
また、企業としては今すぐではないとしても、大きな損失を被る前にそうした資産を手放したほうがよくはないか。あるいは座礁資産(となりうる資産)を多く保有するような業種や企業への投資はやめたほうがよいのか。そういった事項が、検討されるべき時期になってきている。

このような状況下では、投資回収が困難になるとの見方から、座礁資産関連の投資を避ける動きが金融・投資の分野で起こっている。このように、特定の国や産業から投資を引き上げることを「ダイベストメント」と呼ぶ。大規模なダイベストメントの例としてよく挙げられるのは、ノルウェーの公的年金や、米国カリフォルニア州の職員・教職員の年金基金が、保有する石炭関連株式を全て売却する方針としたこと(どちらも2015年)がある。

また保有株式に付随する権利の行使として、投融資先に関連する資産構成などの情報開示を要求したり、気候変動問題への取組強化の要請をしたりすることなどは、なにも気候問題に限定はしないが、一般に「エンゲージメント」と呼ぶ。
5座礁資産はさらに広い範囲に
これまでは、座礁資産の代表例としては石炭・石油と、その関連設備が挙げられることが多かった。その関連施設というのは、例えば

・探鉱のための機械 
・生産・加工のための工場・施設 
・パイプラインやタンカーなど流通インフラ

などである。
 
そうした状況の中、2019年以降くらいから、天然ガスも座礁資産と認識される方向にある。これは、欧州投資銀行が化石燃料関連事業への新規融資を停止すると決めたことがきっかけとされている。従来、天然ガスは石炭・石油に比べて二酸化炭素排出量が少ない燃料とされており、環境省の「地球温暖化防止行動計画」(1990.10)以来、水力・地熱発電の利用促進、太陽光・風力発電の技術開発と利用促進と合わせて、天然ガスの発電利用が推進されてきたにもかかわらず、である。
 
このように、政策や世論などの状況変化により、座礁資産の範囲も今後変わって(拡大されて)いくと考えられる。現時点における整理では、一般には座礁資産をもたらす要素として、以下5つが挙げられることが多いので、これに基づいて対象が拡大されていくかもしれない。

・気候変動や水資源制約など、自然環境問題
・シェールガスやリン酸など、新たな資源の登場
・炭素税や大気汚染規制など、新たな法規制
・太陽光や風力など、再生可能エネルギーの登場とコスト低下
・社会規範や消費者性向
・訴訟や現行法解釈の変化
 
なおその考え方を、エネルギー関連分野だけでなくさらに広い分野に適用すると、農業など他の分野でも同様のことが起こっていないか、ということも言われ始めており、同じ「座礁資産」という用語が流用されるようだ。

3――おわりに

3――おわりに

例えば温室効果ガスをどう削減し、どう代替するかなど気候変動への対応そのものは、世の中で大きく動いているのは当然である。併せて、それに伴う各企業の財務における、気候変動リスクへの対応方針や、関連する情報開示、最終的には財務諸表への反映といった切り口での動きも、注視しておく必要がある。

その意味では、日本でも、金融庁で気候変動リスクに関する情報開示の専門の部会をこれから立ち上げるとの報道もなされている。引き続き、こうした動きを追っていくことにしたい。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2021年09月08日「基礎研レター」)

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