2021年09月03日

日銀「政策修正」後の変化と残された課題

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1. トピック:日銀「政策修正」後の変化と残された課題

日銀が3月18~19日に「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」(以下、「政策点検」)を行い、各種政策についての修正(以下、「政策修正」)を行ってから半年近くが経過した。政策修正後に現れた各種の変化を確認したうえで、現段階における効果と残された課題について整理する。
(政策修正内容の振り返り)
まず、3月の政策点検・修正の内容を振り返っておくと、政策点検では、現行の長短金利操作付き量的・質的金融緩和について「経済・物価の押し上げ効果を発揮している」と前向きに評価したうえで、「2%の物価安定の目標を実現していくために継続していくことが適当」と総括した。そして、物価目標実現のため、持続的な形で金融緩和を継続するとともに、情勢変化に対して躊躇なく、機動的かつ効果的に対応することが重要であるとの観点の下、主に以下の対応を決定した。
 

(1) ETFの買入れについては、「約12兆円の年間増加ペースの上限を感染症収束後も継続することとし、「必要に応じて買入れを実施」(従来は「積極的な買入れを行う」としていた)」(TOPIX連動型のみの買入れに)

(2) 変動幅が狭くなることがあったことも踏まえ、市場機能の維持と金利コントロールの適切なバランスを取る観点から、「長期金利の変動幅を明確化(概ね±0.1%の倍程度→±0.25%程度へ)」(ただし、新型コロナの影響が続くもとでは、イールドカーブ全体を低位で安定させることを優先)

(3) 金利の大幅な上昇を抑制する方法をさらに強化するために、「連続指値オペ制度」を導入

(4) 長短金利引き下げ時の金融機関収益への影響を一定程度和らげる仕組みとして「貸出促進付利制度」を導入

これらの実質的な意味合いとしては、(1)は平時のETF買入れ抑制方針、(2)は長期金利変動許容幅の小幅拡大、(3)は過度の金利上昇の抑止、(4)は金融機関への収益補填による金利引き下げ余地の創出策であるとみられ、これまでに蓄積し、批判を受けてきた副作用や歪みを緩和するための措置にあたる。
次に、それぞれについて、政策修正後の変化と影響を確認する。
(政策修正後の変化とその効果)
1)ETF買入れの柔軟化(平時の抑制)
まず、最も顕著な変化が現れたのはETFの買入れだ。ETFの買入れペースは政策修正後に大幅に鈍化している。とりわけ、4月以降5カ月間の買入れ回数はわずか2回、買入れ額は1402億円に留まっている(表紙図表参照)。コロナ禍という有事で積極的な買入れを行った2020年度は特別だとしても、2018~19年度にかけての買入れペース(月平均で5000億円弱)と比べても著しく鈍化している。日銀としても、従来の自身によるETF買入れに対して強い課題意識を持っていたことがうかがわれる。
 
この結果、日銀のETF保有残高の増加ペースはかなり抑えられたことから、「株式市場の完成相場化(過度の株価押し上げなど)」、「価格形成の歪み」、「企業統治の空洞化」、「株価下落時の日銀の損失発生リスク」といった従来批判を浴びてきた副作用も増大が抑えられている。

一方、政策修正後の日本株の動きは冴えない。昨年春以降、米国株の上昇と歩調を合わせる形で日本株も上昇してきたが、今年3月以降は米国株が上昇を続ける一方で、日本株は上値の重い状況となっている。3月末以降、米国株のPER(株価収益率)はほぼ横ばいで推移しているが、日本株のPERは大きく低下し、割高感が解消している。

日米株価の乖離は、両国におけるワクチン接種率の格差やそれに伴う経済再開ペースの差、景気対策規模の差などが影響しているとみられるが、日銀によるETF買入れ鈍化も少なからず影響したと考えられる。従来は、市場において「株価が下がれば日銀が買い支える」との安心感が醸成されていたが、ETF買入れ鈍化によって安心感が減退したためだ。

しかし、昨年度までのように「中央銀行が大量の株を買って株価を支える」行為が世界的に見て異常であったのであり、その正常化が進んだと見ることも出来る。
日米株価指数/日経平均・S&P500のPER(株価収益率)
2)長期金利の変動許容幅拡大
次に長期金利の変動幅について確認すると、4月以降は変動幅がやや拡大している。

とりわけ昨年後半(7~12月)には米長期金利が上昇したにもかかわらず、日本の長期金利は0.0%台前半での膠着した推移が続いていた。日銀が大規模な国債買入れを続けている以上、金利上昇余地は乏しいとの見方が市場で台頭したためと考えられる。金利の変動幅縮小は取引の動機や機会を乏しくすることで国債市場の機能度低下に繋がる。

一方、政策修正を経た今年4月以降は、米長期金利の低下に連動する形で日本の長期金利も0.1%前後から0.0%まで低下した1。日銀は3月の政策点検において、「金利の変動が一定の範囲内であれば、金融緩和の効果を損なわず、市場の機能度にプラスに作用すると考えられる」との認識を示していることから、4月以降の変動幅拡大は、国債市場の機能度改善を目指す日銀にとって望ましい方向に進んだということになる。

金利変動の拡大の要因には、このように日銀がある程度の金利変動を望ましいものと位置付け、変動許容幅を実質的に拡大したことに加えて、市場との対話の修正を図ったことが挙げられる。 日銀は3月末以降、従来毎月末に翌月分の買入れ日程とともに買入れ金額をレンジ方式2で公表していた「長期国債買入れ予定」(通称「オペ紙」)について、金額を「固定額方式」とし、さらに6月末からは毎月の公表をやめて、「四半期に一度、3カ月分をまとめて公表する方式」に変更した。

日銀は市場における自身の大規模買入れへの注目度を下げることで、金利がより変動しやすくなることを図ったとみられる。
長期金利(10年国債利回り)の推移/日米長期金利の関係性の変化
 
1 今年1~3月の間は「日銀がこれまで以上に長期金利の上昇を許容する見通し」との観測が高まったことで長期金利が上昇したが、特殊事例であるため分析期間の対象から除いた。
2 レンジ方式の場合、実際の買入れ額は買入れオペのたびにレンジの範囲内で変更になる可能性がある。
3)連続指値オペは出番なし
ちなみに、3月の政策修正で導入された「連続指値オペ」は、未だ一度も実施されていない。同オペは指値オペ3を連続して行うことで金利の大幅な上昇を阻止するものだが、政策修正以降、日銀の許容レンジ上限(0.25%)を試すような大幅な金利上昇は起きていないため、出番がなかった。
 
3 特定の年限の国債を固定金利で無制限に買入れるオペ
4)貸出促進付利制度
また、貸出促進付利制度の存在感も薄い。同制度は「機動的に長短金利の引き下げを行うため」に導入され、長短金利引き下げ時に、資金供給オペの一部に短期政策金利(いわゆる「マイナス金利」)に連動する形での付利を行うことで金融機関収益への悪影響を和らげるものだ。しかし、導入以降、長短金利の引き下げは行われていないことから、金利引き下げの影響を和らげるという本来の効果は発揮されていない。

ちなみに、導入に伴うカテゴリー区分の設定によって付利が引き上げられた形となった(0.1%→0.2%)コロナオペ(プロパー融資分4)の残高は6月時点で4.7兆円と初回公表値である4月の4.4兆円からやや増加しているが、資金需要の変動や季節要因の可能性もあり、付利引き上げによる融資促進効果は不明だ。また、仮に同オペの残高が倍になる想定でも、同オペに対して金融機関に支払われる利息は年間200億円に満たず、金融機関収益全体に与える影響は限定的だ。

日銀が長短金利を引き下げる場合にどれだけ金融機関収益への悪影響を和らげられるかは、カテゴリーの区分方法と付利の水準次第だが、結局は日銀がその分の利息を金融機関に支払い続ける形になるだけに、金融機関収益の減少分を完全に補填するのは難しいだろう。従って、貸出促進付利制度の導入後も長短金利引き下げ時には金融機関収益への悪影響拡大が予想され、金利引き下げのハードルが取り払われたわけではない。
 
現に、先々のマイナス金利の動向を織り込むOISカーブは足元にかけて殆ど水平を維持しており、市場参加者はマイナス金利の深掘りをほぼ予想していない。政策修正後は円高が進んでおらず、マイナス金利深掘りが必要な状況にはなっていないと見ている可能性もあるが、貸出促進付利制度を以てしても、日銀のマイナス金利深掘りのハードルは残っているとの見方を反映している可能性もある。
日本OISカーブの変遷/貸出促進付利制度カテゴリー別残高
 
4 信用保証協会の保証等が付いておらず、金融機関が自身でリスクを取って実行する融資
(日銀に残された課題)
以上の通り、3月の政策修正後は、日銀のETF保有残高増加ペースが抑制されたことでETF買入れに起因する副作用の増大が抑えられ、長期金利の変動幅がやや拡大するなど、一定の効果が認められる。

しかしながら、残された課題も多い。日銀のETF保有残高は増加ペースが抑えられただけで、残高が減少したわけではない。従って、これまでに発生した「価格形成の歪み」や「企業統治の空洞化」、「株価下落時の日銀の損失発生リスク」まで解消したわけではない。また、今後も株価急落時には買入れを行うことで残高の増加が見込まれるほか、日銀の損失発生リスクに絡んで、将来的に保有する巨額のETFをどう処理していくのか(ETFには満期がないため、処理せずに抱え込み続けるなら、損失発生リスクも抱え込み続けることになる)という点も未解決だ。
債券市場サーベイ機能度判断DI(現状) 長期金利についても、以前よりは変動するようになっただけで、国債市場の機能度の十分な改善が確認できたわけではない。

日銀が証券会社や機関投資家等を対象に8月上旬に実施した債券市場サーベイでは、市場の機能度についての評価を示す機能度判断DI(「高い」とする割合から「低い」とする割合を控除)が前回2月調査から横ばいの▲27に留まった。1年前と比べても大差はない。市場では、国債市場の機能度改善は未だ不十分と評価されていることを示している。
また、3月の政策修正で特段の是正策が採られなかった超低金利の副作用も課題として残る。日銀の大規模緩和による超低金利環境が続いたことで、銀行の新規貸出金利は過去最低圏にある。一方で過去に実行した比較的高金利の貸出の返済が進んでいるため、銀行貸出残高全体の平均金利は下げ止まっておらず、収益が圧迫されている。日銀も認識しているが、こうした状況が長期化すると、金融仲介機能が停滞するリスクや、金融システムの脆弱性が高まるリスクが高まる。

超長期金利の低迷も積み残された課題だ。日銀は「超長期金利の過度な低下は、(保険や年金等の運用利回りを過度に低下させることで)将来における広い意味での金融機能の持続性に対する不安感をもたらし、マインド面などを通じて経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある」ことを認めている。「過度な低下」の水準感は不明だが、20年国債や30年国債の利回りは長期にわたって1%を下回っており、厳しい運用環境が続いている。

さらに、超低金利による政府の財政規律低下にも留意が必要になる。昨年度以降は超低金利がコロナ対応の財政出動を支援してきた面があるものの、一方でこれまで不必要・非効率な財政支出を誘発してきたとの批判も多い。
国内銀行の貸出金利/日本国債イールドカーブの変遷
日銀の国債買入れ額と長期国債保有高 最後に、日銀の国債保有残高の拡大が続いている点も課題と言える。日銀は「長期金利がゼロ%程度で推移するように」長期国債の買入れを行っており、足元でも、昨年からはやや鈍化したとはいえ、月6兆円近くの買入れを続けている。この結果、日銀の長期国債保有残高は増加基調を続けている。

日銀のバランスシートに低金利(高価格)の国債が積み上がっていくことは、将来の含み損や逆ザヤ5の発生リスクを高める。また、日銀が逆ザヤ発生による収益・財務状況悪化(とそれを補填する政府による介入)を懸念して、必要な金融引き締めを躊躇してしまう事態にも繋がりかねない。
 
このように、3月の政策転換後も日銀の大規模金融緩和に起因する課題が数多く残っている。緩和を継続するに当たって、日銀にはこうした課題に十分に目配りしつつ、適宜対応を採ることが求められることから、難しい舵取りが必要になる。
 
5 利上げの際、日銀は市中金利引き上げのために負債サイドの日銀当座預金への付利を引き上げる可能性が高いが、資産サイドの国債の利回りを超えることで逆ザヤに陥り、日銀の収益・財務状況が悪化するリスクがある。
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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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