2021年08月17日

コロナ診療での医師の応召義務-発熱患者の診療を一切拒否した場合、応召義務違反となるか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

日本では、残業規制強化や同一労働同一賃金などを含む、働き方改革関連法1が2019年4月から順次施行されている。しかし、医師については、医師法で応召義務2が定められていることなどを理由に、その適用が5年間猶予されている3

2020年より流行している新型コロナウイルス感染症では、感染が疑われる患者を診療拒否することが、応召義務違反となるのかどうか、その適用条件が議論された。

そもそも、応召義務とはどういうものか。その考え方は、どのように整理され、新型コロナの診療に適用されているのか。本稿で、概観していくこととしたい。
 
1 正式名称は、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」。労働基準法など、8つの労働法の改正を行うための法律を指す。
2 本稿では、広辞苑等の国語辞典で掲載されている「応召義務」という漢字を用いる。ただし、「召」という漢字は戦前の軍隊の召集を想起させることや、旧刑法等で「招」という漢字が用いられていたことなどから、「応招義務」という名称が適切であるとの意見が、専門家の間では多くを占めている。
3 その後、2021年5月に成立した改正医療法で、医師の時間外労働の上限規制の詳細が定められた。

2――応召義務とは

2――応召義務とは

まず、応召義務の現行法への導入経緯から、みていくこととしたい。

1応召義務は、医師が患者に対して直接民事上負担する責任ではない
1948年施行の医師法は、第19条第1項で、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」としている。これが、いわゆる医師の応召義務である。ここで、医師法は公法、すなわち医師の国に対する権利・義務4を定めた法律である。したがって、応召義務は、公法上の義務ということになる。医師法には応召義務違反に関する刑事罰は規定されておらず、あくまで訓示規定的なものとされている。実際、これまでに、行政処分の実例は確認されていない。このように、応召義務は、公法上の義務であって、私法上の義務ではないため、医師が患者に対して直接民事上負担する責任ではない。

なお、医師が勤務医として医療機関に勤務する場合、応召義務を負うのは、個人としての医師であるが、医療機関としても、患者からの診療の求めに応じて、必要にして十分な治療を与えることが求められ、正当な理由なく診療を拒んではならないとされている5
 
4 医師の意思にかかわりなく、国家権力がその履行を担保するという意味で、義務とされる。
5 昭和24年9月10日 医発第752号 厚生省医務局長通知、および、令和元年12月25日医政発1225第4号 厚生労働省医政局長通知より。
2応召義務の規定は、140年前にさかのぼる
応召義務の歴史は古く、140年前に制定された旧刑法6にまでさかのぼる。1880年(明治13年)制定の旧刑法は、第427条第9号で、「醫師隱婆(助産師のこと)事故ナクシテ急病人ノ招キニ應セサル者」は、「一日以上三日以下ノ拘留ニ處シ又ハ二十錢以上一圓二十五錢以下ノ科料ニ處ス」としている。

その後、応召義務の規定は、1908年(明治41年)制定の警察犯処罰令、1919年(大正8年)制定の旧医師法施行規則を経て、1942年(昭和17年)制定の国民医療法に引き継がれる7。同法は、第9条第1項で、「診療ニ從事スル醫師又は齒科醫師ハ診察治療ノ需アル場合ニ於テ正當ノ事由ナクシテ之を拒ムコトヲ得ズ」としており、第76条で、違反した者は「五百圓以下ノ罰金又は科料ニ處ス」としている。このように、戦前は、応召義務に罰則が設けられていた。

戦後、この規定は、1948年制定の現行医師法に引き継がれた。その際、応召義務の削除が検討されたが、医師職務の公共性から残しておくべきとの意見が強く、現在の形で残されたという。ただし、罰則規定は削除された。
 
6 旧刑法は、フランス刑法を基本に、ドイツなどの大陸法を参照して起草されたという。なお、現行刑法は、1908年(明治41年)に施行された。
7 「医師の応招義務」畔柳達雄(医の倫理の基礎知識、各論的事項No.30)より。
3診療拒否に伴う損害賠償責任の過失認定に応召義務の概念が援用されることもある
第1節で、応召義務は、医師が患者に対して直接民事上負担する責任ではないと述べた。

しかし、1950年に、厚生省は、次のとおり、照会への回答を行っている8

「医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条にいう『医師としての品位を損するような行為のあったとき』にあたるから、義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。」

すなわち、義務違反の反復がある場合、医師免許の取消又は停止もありうる、とされている。

また、不合理な診療拒否は、患者に対する私法上の損害賠償責任を発生させることもありうる。実際に、損害賠償請求訴訟の過程で、過失の認定にあたり、医師法の応召義務の概念が援用されるケースが多くみられている。
 
8 厚生省医務局医務課長回答(昭和30年8月12日医収第755号)
4「正当な事由」の考え方がポイント
応召義務の適用にあたっては、診療の拒否が「正当な事由」によるかどうか、がポイントとなることが多い。何が正当な事由に該当するかについて、これまでに厚生省から、通知や照会への回答の形で、いくつかの見解が示されてきた。
図表1. 正当な事由に関して厚生省から示されてきた見解 (主なもの)
また、地裁や高裁等では、応召義務の有無をめぐる多くの裁判を通じて、正当な事由について、判例が蓄積されてきた。
図表2. 正当な事由に関する判例 (主なもの)

3――2019年の厚生労働省通知

3――2019年の厚生労働省通知

厚生労働省は、従来、各都道府県からの個別事例の疑義照会などへの回答等の形で、応召義務違反に該当するか否かについて、逐次その解釈を示してきたが、十分に整理・体系立てられたものとはなっていなかった。また、現代においては、1948年の医師法制定当時と比べて、医療提供体制が大きく変遷してきている。そこで、2019年に、応召義務の考え方について、整理・統合が図られ、厚生労働省通知が出された。その内容を、概観していこう。

1応召義務解釈に関する研究報告書がまとめられた
まず、2018年度の厚生労働科学研究として、医師法の応召義務解釈に関する研究が行われた9。2019年に、その報告書がまとめられた。

報告書では、正当な事由について、診療しないことが正当化される事例の一般的な整理と、個別事例ごとの整理が行われた。
 
9 「医療を取り巻く状況の変化等を踏まえた医師法の応召義務の解釈に関する研究について」(厚生労働行政推進調査事業費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)), 研究代表者 岩田太(上智大学法学部教授)
(1) 診療しないことが正当化される事例の一般的な整理
診療(勤務)時間内かどうか、緊急対応が必要なケースかどうか、に応じて、考え方が整理された。たとえば、診療時間内に、病状が深刻な救急患者に対応するときは、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される、としている。
図表3. 診療しないことが正当化される事例の整理
(2) 個別事例ごとの整理
患者の迷惑行為、医療費の不支払い、入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院、差別的な取扱いといった、個別事例ごとに、考え方が整理された。たとえば、診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続けるなどの患者の迷惑行為があり、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化されるとしている。
図表4. 個別事例ごとの整理
2応召義務の考え方をまとめた通知が発出された
この報告書の内容を踏まえて、2019年12月25日に厚生労働省より、各都道府県知事宛の通知が発出された。そこでは、まず、医師の応召義務と医療機関の責務、労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示、診療の求めに応じないことが正当化される場合について、基本的考え方が示されている。

このうち、労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示に関しては、勤務医が、こうした指示を受けた場合、労働基準法等に違反することとなることを理由に、診療等の労務提供を拒否しても、応召義務違反にはあたらないことが明確化された。

また、診療の求めに応じないことが正当化される場合に関しては、最も重要な考慮要素を病状の深刻度としたうえで、診療(勤務)時間や、患者と医療機関・医師の信頼関係も重要な要素とされた。

そのうえで、前節の報告書の内容に沿った考え方の整理が行われている。

4――新型コロナウイルス感染症の診療への適用

4――新型コロナウイルス感染症の診療への適用

2020年に入ると、新型コロナウイルス感染症が徐々に拡大していった。その際、患者の診療に関して、医師の応召義務が注目されることとなった。関連する動きについて、みていこう。

1応召義務について連絡文書で周知された
最初の感染拡大が進行した2020年3月11日に、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部は、各都道府県等に対して、診療に関する留意点について連絡文書を発出している。

その中で、医師の応召義務について、以下のとおり示している10

「患者が発熱や上気道症状を有しているということのみを理由に、当該患者の診療を拒否することは、応招義務を定めた医師法(昭和23 年法律第201 号)第19 条第1項及び歯科医師法(昭和23 年法律第202 号)第19 条第1項における診療を拒否する「正当な事由」に該当しないため、診療が困難である場合は、少なくとも帰国者・接触者外来や新型コロナウイルス感染症患者を診療可能な医療機関への受診を適切に勧奨すること。」

この連絡文書は、単純にコロナ感染が疑われる症状や海外渡航歴を理由に診療拒否をした場合、応召義務違反に問われる可能性がある、と読むことができる。たとえば、診療可能な医療機関への受診勧奨をせずに、単に「発熱者お断り」等と掲示して、発熱患者の診療を一切拒否した場合は、診療を拒否する正当な事由があるとはいえない可能性がある11

ただし、「診療が困難である場合は」以下のくだりをみると、コロナ感染者に対する診療が困難な場合は、適切な医療機関への受診を適切に勧奨することや、保健所の指示に従うように誘導すれば問題ない、と解することもできる。
 
10 その後、6月2日発出の2回目、10月2日発出の3回目の連絡でも、応召義務については、同じ内容とされている
11 「診療・検査医療機関等において新型コロナウイルスへの感染が疑われる患者に処方箋を交付する場合の留意事項について」(厚生労働省新型コロナウイルス対策推進本部他, 事務連絡, 令和2年12月24日)の内容を筆者が一部改変。
22類感染症の診療をしないことは差別的な取扱いにあたらないとされている
2019年12月の通知では、「(2)個別事例ごとの整理」の「④差別的な取扱い」に、感染症について、「特定の感染症へのり患等合理性の認められない理由のみに基づき診療しないことは正当化されない。ただし、1類・2類感染症等、制度上、特定の医療機関で対応すべきとされている感染症にり患している又はその疑いのある患者等についてはこの限りではない。」とされている。

新型コロナウイルス感染症は、2020年2月1日に、感染症法上の指定感染症(2類感染症相当)と政令で指定されている12。したがって、この通知と連絡文書を踏まえると、「感染症に対応できないこと」を理由に、診療せずに、帰国者・接触者外来への受診を勧めることは、差別的な取扱いにはあたらないものと考えられる。
 
12 法律上、指定感染症の期限を2年間以上に延ばすことはできない。このため、2022年1月末までに感染症法上の位置づけが決められるものと思われる。

5――おわりに (私見)

5――おわりに (私見)

医師の応召義務については、正当な事由の解釈に関して、2019年に考え方が整理された。期せずして、2020年より流行している新型コロナウイルス感染症の診療において、応召義務の有無の判断に、その考え方が用いられることとなった。

今後、この考え方を医療現場で採用することに伴って、コロナ禍での対応を含めて、さまざまな判断事例が集積していくものと考えられる。引き続き、医師の応召義務に関する、診療の動向について、注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年08月17日「基礎研レター」)

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