2021年07月07日

高年齢者がより活躍できる社会をつくるためには-「在職老齢年金」の見直しなどを含めた多様な対策の実施を

基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.292]

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中

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2021年4月から「改正高年齢者雇用安定法」が施行されることにより、70歳まで現役で働く「70歳現役時代」が到来することとなった。改正法の施行により企業は(1)70歳までの継続雇用制度の導入、(2)70歳までの定年の引き上げ、(3)定年制の廃止、(4)70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入、(5)70歳まで企業自らのほか、企業が委託や出資等する団体が行う社会貢献活動に従事できる制度の導入のうち、いずれかの措置を講じることが努力義務として追加された。

政府が70歳雇用を推進するなど高年齢者の労働市場参加を奨励する政策を実施する主な理由は、(1)少子高齢化の進展による労働力不足に対応するとともに、(2)社会保障制度の持続可能性を高めるためだ。

これまでの政府の高年齢者雇用政策が公的年金制度の受給開始年齢の引き上げとともに実施されてきたことに比べて、今回の改正では公的年金の受給開始年齢の引き上げがない中で、70歳雇用の努力義務が課される。つまり、これまでは年金の受給開始年齢に合わせて退職する時期を決めていたが、これからは年金の受給開始年齢とは関係なく、高年齢者が個人の希望に合わせて退職する時期を決めることになったのだ。

しかしながら、現在実施されている「在職老齢年金」は高年齢者の働く意欲を削ぐような仕組みになっており、見直しが必要だ。「在職老齢年金」とは、60歳以上で仕事をしながら賃金と年金を受給している場合、その合計額が一定の水準を超える老齢厚生年金の一部または全額の支給を停止する制度だ。現在は賃金等と年金の合計額が60~64歳で月28万円(2022年4月からは月47万円)、65歳以上で月47万円を超えると、一部支給停止の対象となる。賃金等と老齢厚生年金の合計額が47万円を超えた場合には、「一部支給停止」のデメリットを回避するため「繰下げ受給」を選択することも考えられる。「繰下げ受給」を選択して受給開始年齢を66歳以降に遅らせた場合、1ヶ月ごとに年金額は0.7%ずつ増え、受け取る年齢を70歳にすると65歳に比べて年金の月額は42%も増える。しかしながら、本来の年金額(基礎年金を除く)と給与の合計が月47万円超だと年金額が減額され、受給開始年齢を先延ばししても減額された分は増額の対象からはずれる。

現在、65歳以上の受給権者のうち、在職老齢年金の対象となっている者は多くはないものの、今後高齢者の労働市場参加が増えると共に、同一労働同一賃金が普及し高齢者の賃金水準が改善されると「在職老齢年金」の対象者は現在より増加する可能性が高い。将来の労働力不足問題を解決し、働く高年齢者のモチベーションを引き上げつつ、生産性向上につなげるためには、「在職老齢年金」の仕組みの見直しを議論すべきだ。

また、「70歳定年」を含めた定年延長をすべての企業や労働者に一律に適用するよりは、企業や高年齢者がおかれている状況に合わせて柔軟に対応できるように制度を運営する必要がある。

このような問題を解決するためには、高年齢者を必要とする企業に高年齢者が柔軟に異動(企業内と企業間を含めて)できる仕組みを構築すべきであり、そのためには労働者が定年前から定年後に就労するための教育訓練や研修等の時間を増やすことが重要だ。最近、よく聞くリカレント教育を普及させることも一つの方法かもしれない。リカレント教育が普及すると、定年後に雇用者として働くこと以外に、起業をする、あるいは社会貢献活動に参加する等、多様な退職後の生活が選択できるのではないかと考えられる。

また、企業が再雇用制度を実施する場合でも働く高年齢者のモチベーションが下がって生産性が落ちないように、同一労働同一賃金の適用を徹底する必要がある。今回の「改正高年齢者雇用安定法」では、新たな選択肢として「70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入」、「70歳まで企業自らのほか、企業が委託や出資等する団体が行う社会貢献活動に従事できる制度の導入」が設けられた。この選択肢は企業の負担を緩和させるための措置だと言えるが、新しい選択肢を選択した高年齢者の場合は、元々働いていた企業との雇用関係がなくなり、労働者保護の関連法が適用されにくくなる可能性も高い。高年齢者は身体機能の衰えなどで労働災害に遭いやすいものの、労災保険に入れず、最低賃金の保障も適用されないこともあるかと考えられる。

政府の高年齢者雇用対策が企業の生産性向上や労働力確保、そして、高年齢者の社会貢献や所得確保につながり、活力ある社会が維持されることを望むところだ。
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生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中 (きむ みょんじゅん)

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
    独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

    ・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
    ・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
    ・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
    ・2021年~ 専修大学非常勤講師
    ・2021年~ 日本大学非常勤講師
    ・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
    ・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
    ・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

    ・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
           東アジア経済経営学会理事
    ・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

    【加入団体等】
    ・日本経済学会
    ・日本労務学会
    ・社会政策学会
    ・日本労使関係研究協会
    ・東アジア経済経営学会
    ・現代韓国朝鮮学会
    ・韓国人事管理学会
    ・博士(慶應義塾大学、商学)

(2021年07月07日「基礎研マンスリー」)

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