2021年06月09日

デジタル・プラットフォーマーと競争法(3)-Amazonを題材に

保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

Amazonは米国ワシントン州シアトルを本拠地とする、世界最大のオンライン小売業者である。事業のセグメントとしては、北米(North America)、世界(International)、AWS(クラウドサービス)に分けられている。Amazonは広く知られているように、国際的な物販等を中心とするデジタルプラットフォーム事業者であるが、収益の主力としてのクラウドサービスも育ってきている。

簡単に歴史を振り返ると、Amazonは1994年、現CEO(2021年7月5日に退任予定)のジェフ・ベゾス氏により設立された。翌1995年にAmazonの原点となったオンライン書店であるAmazon.comの提供を開始した。その後、各種の製品を取り扱うようになりElectric Commerceサービス企業として発展をつづけることとなる。Amazonは1997年5月にナスダックに株式公開をして上場会社となった。

その後、2006年にクラウドサービスであるAWSを公開し、2016年には実店舗であるAmazon Goを開店するなどリアル店舗にも進出するなど多様な展開を行っている。

AmazonはGAFAと呼ばれる巨大プラットフォーム事業者の一つであるが、そのビジネスには競争法・独占禁止法の問題があるとの指摘があり、実際に米国や欧州、日本の各競争法当局から調査を受け、また米国では訴訟も提起されている。

本稿の検討範囲は欧州・米国も含むが、検討にあたっては2019年10月に公表された日本の公正取引委員会「デジタル・プラットフォーマー1の取引慣行等に関する実態報告書(オンラインモール・アプリストアにおける事業者間取引)」(以下、報告書)を参考にすることとしたい。
 
1 デジタル・プラットフォーマーは日本独自の用語のようであり、本稿本文ではデジタルプラットフォーム(事業者)の用語を用いることとする。
 

2――Amazonのビジネスモデル

2――Amazonのビジネスモデル

1|Amazon事業の概略
他のデジタルプラットフォーム事業者同様に事業範囲が多岐にわたるが、概略するとAmazonのオンラインストアには、消耗品や耐久消費財などAmazonが直販するものと、第三者小売業者の販売の場を提供するMarketPlaceがある。Amazonの事業の特徴の一つとしては、会費を払うことで様々な特典が受けられるPrime会員制度がある。日本においては、年間4900円、または月額500円(いずれも税込)の有料会員制サービスである。Prime会員になると、対象商品の最短翌日配送が無料になったり、後述のデジタル書籍やビデオの視聴をしたりすることができる。Amazonにとって、Prime会員制度は、それ単独でみると必ずしも黒字ではないとのことであるが、消費者の囲い込みという観点からは成功事例として挙げられている。

MarketPlaceで販売する第三者小売業者に対しては、販売の場を提供するにとどまらず、フルフィルメントサービスを提供している。フルフィルメントサービスとは、第三者小売業者から商品の納入を受け、商品の保管・梱包から発送までをAmazonが代行するいわゆる物流サービスである。このフルフィルメントサービスを利用すると、商品にPrimeマークがつき、Amazon Prime会員の購入者の送料が無料になる。さらに下記でみる通り、他の第三者小売業者よりもオンラインストア上の取扱が優遇されることとなる。

また、書籍・音楽・ビデオ・ゲーム・ソフトウェアなどのデジタル形式のメディア製品の個別販売あるいはサブスクリプションサービス(定額購入サービス)を提供している。

さらにクラウドサービスであるAWS(Amazon Web Services)は企業向けに、サーバ、ストレージ、データベースなどのサービスを提供している。最近のAmazonの事業のなかでも利益を多く稼ぎ出すのがAWS事業である(図表1)。
【図表1】Amazonの事業の概要
2Amazonの事業規模
Amazonの事業規模を確認するために、2020年度(2020年1-12月)の決算数字を見ることとする。売上高は前期比37.6%増の3860億6400万ドルだった。トヨタ自動車の2021年3月期決算の売上高は2474億ドル(27兆2145億円、1ドル110円として換算)であるから、いかに巨大な企業であるかが理解できる。

Amazonの同年度の純利益は同84.1増の213億3100万ドルである。直販の売上は1973億4900万ドルで前期比39.7%増、MarketPlaceでの第三者小売業者への販売サービス売上手数料等は804億3700万ドルで同49.6%増となった。

電子書籍等のサブスクリプション売上は、同31.2%増の252億700万ドルである。AWSの売上は453億7000万ドルで同29.5%増であり、その他の広告サービスやクレジットカード契約などの売上は214億7700万ドルで同52.5%増となっている。
 

3――欧州委員会による対応

3――欧州委員会による対応

1|欧州委員会からの調査開始(第1次)
2019年7月17日付けで、欧州委員会はAmazonに対する反トラスト法調査開始を公表した。その内容は以下の通りである。

Amazonは、自社が自社サイトで小売業を実施しており、かつ独立した第三者小売業者が消費者に直接販売するMarketPlaceを提供している。問題視されたのは、第三者小売業者から、競争上センシティブな情報を収集している点である。2019年7月段階では、(1)AmazonとMarketPlaceの小売業者との標準合意によって、Amazonは第三者小売業者のデータを分析利用することができるようになっている。

特に、委員会は、収集した蓄積された第三者小売業者のデータがAmazonにより利用されているか、利用されているのであればどのように利用されているかについて調査を行うこととしていた。また、(2)Buy Boxと呼ばれるエリアに商品が表示されるために、上記データがどのような役割を果しているのか調査することとした。Buy Boxとは、Amazonのオンラインストアのサイトで目立つように表示され、顧客が簡単な操作で直接ショッピングカートに入れる(=直ちに購入ステップに進む)ことができるようになっているものである。多くの取引がBuy Box経由で行われるため、Buy Boxに表示されることはMarketPlaceでは販売促進のために特に重要となっている。
2欧州委員会からの調査開始(第2次)
2020年11月10日の欧州委員会のプレスリリースでは、第一次調査の結果、AmazonがEU反トラスト規則に違反しているという予備的な委員会の見解をAmazonに伝達したことが公表された。

見解は、Amazonが組織的に第三者小売業者の非公開データを、Amazon自身の直販事業のために利用したとし、そのことがAmazonと第三者小売業者との競争に直接影響したというものである。具体的にデータには、第三者小売業者の受注数量、発送された商品の個数、MarketPlaceでの収入、第三者小売業者のHPへの訪問者数、物流に関するデータ、過去の業績、その他顧客苦情などが含まれる。これらのデータはAmazonの戦略に反映されており、最もよく売れる商品カテゴリーに着目し、自社の提示商品を調整している。このような行為により、Amazonは自社が商品を販売するにあたって、通常の小売業者が受けうるリスクを回避することが可能となり、フランスやドイツといった大規模市場でのAmazonの支配的な地位を確立させることとなったとする。

同リリースでは、第2次調査を実施することも公表された。第2次調査では、Amazonのフルフィルメントサービス(物流サービス)にかかわる実態を調べることとされた。Amazon自身の小売業あるいはAmazonのフルフィルメントサービスを利用する(Fulfilment by amazon)第三者小売業者(以下、FBA小売業者)を優遇しているのではないかという点について調査を行う。特にFBA小売業者について、Buy Boxの獲得やAmazon Prime会員への優先的な提案を可能とするなどのために行う判断基準において、優先的な取り扱いをしているのではないかとの点について調査を行うこととされた。

仮に、この点が立証されると支配的地位の濫用を禁止する欧州機能条約第102条違反となるおそれがあるとしている。
 

4――米国コロンビア地区での訴訟提起

4――米国コロンビア地区での訴訟提起

1訴訟の提起
2021年5月25日米国コロンビア特別区(ワシントンDC)の法務長官室(Office of Attorney General)はAmazonに対して特別区反トラスト法28-4502条(競争制限行為の禁止)違反、および同法28-4503条(私的独占の禁止)違反を主張して、違法行為の排除ほか民事罰(Civil Penalty)の賦課等を求めて、Superior Court of the District of Columbiaに提訴した。なお、Superior Court of the District of Columbiaはコロンビア特別区の事実審(trial court)であり、District of Columbia Court of Appealsに上訴できる。
2法務長官室の主張
米国コロンビア特別区の主張は、要約するとAmazonが締結を求めている最恵国待遇(MFN)条項の競争法上の違法性にかかわるものだ。MFN条項とは、Amazonのプラットフォームでの販売価格が最も安いことを確保するためのもので、第三者小売業者は自社サイトを含め、他のプラットフォームでAmazonより安い価格で販売してはならないとするものである。

訴状によると、Amazonはオンライン小売業者として米国内シェアの50-70%を支配する有力な事業者である。Amazonは、その設置するプラットフォームに出店する第三者小売業者に対して、ビジネスソリューション契約(BSA)の締結を要求してきた。このBSAには価格均衡条項(PPP)と呼ばれる最恵国待遇条項があった。この制限により、Amazonの他の小売サイト、たとえばeBayやWalmartなどとの競争を抑圧し、消費者への販売価格を人為的に引き上げた。

2013年に英独の競争当局がPPPについて調査を開始すると、欧州ではPPPを撤回したものの、米国では継続された。2019年米国連邦議会から、GAFAの事業慣行について厳しい追及が行われるとAmazonはPPPを削除した。しかし、すぐに同様の効果を有する公正価格条項(FPP)に置き換え、実質的に最恵国待遇条項を維持したとされる。

訴状では、PPPおよびFPPは、水平的関係にあるプラットフォーム間の競争を抑制し、また垂直的関係にあるAmazonと第三者小売業者との不合理な垂直的協定を構成するものとして、コロンビア特別区反トラスト法28-4502条に定める通商・商取引を制限する行為に該当し、違法であると主張している。

また、Amazonは米国のオンライン市場で圧倒的なシェアを有しており、反競争的な行為により支配力を意図的に維持・強化し、市場での競争者を排除した。これらの行為はコロンビア特別区反トラスト法28-4503条に定める私的独占に該当し、違法であると主張している。
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保険研究部   常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

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