2021年06月01日

治療用アプリの開発-患者の行動変容をどう引き出すか

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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1――はじめに

スマートフォンやタブレットは、いまの生活に当たり前のものとなってきた。それに伴い、日常生活での歩数・心拍数の計測や、睡眠の質の管理など、数多くのヘルスケア関連アプリが登場している。

医療現場においても、アプリを活用した診療が始まっている。2020年12月には、禁煙治療補助用のアプリが、保険適用となり、国内ではじめて発売された。その他にも、さまざまな病気の治療用アプリの開発や臨床試験が進められている。

本稿では、治療用アプリの開発の現状や、今後の見通しについて、概観していくこととしたい。
 

2――治療用アプリとは

2――治療用アプリとは

まず、そもそも治療用アプリとは、どういうものか。簡単にみていこう。

1治療用アプリは薬事承認を受けた医療機器
スマートフォンやタブレットにダウンロードして使用するという点では、治療用アプリと一般のヘルスケア関連のアプリは類似している。相違点として、治療用アプリは、医薬品医療機器等法(薬機法)にもとづく薬事承認1を受けた医療機器に該当し、医師が処方して、患者が日常生活で用いるという点が挙げられる。2014年に薬機法が改正されて、ソフトウェアを「医療機器プログラム」として取り扱うことができるようになったことが、治療用アプリ開発隆盛の背景にあるものとみられる。
 
1 医薬品医療機器等法の正式名称は、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」。なお、薬事承認は、厚生労働大臣による製造販売承認を指す。
2患者の行動変容を引き出すことがカギ
治療用アプリを用いることのメリットは、何だろうか? さまざまなものが考えられるが、診療時以外にも患者の日常生活の場面での治療が可能になることが挙げられる。患者の行動をアプリ上でデータとして蓄積し、医師がその様子を確認する。そのデータにもとづいて、病状に応じた個別のアドバイスを伝えたり、患者とメッセージをやり取りしたりする。そのやり取りを通じて、患者の考え方を変化させて、行動変容を引き出し、治療効果を高めていくことがカギといえる。
図表1. 治療にあたり患者の行動変容が重要とみられる病気 (主なもの)
3治療用アプリはコストが安い
治療用アプリの特徴の1つとして、通常、医薬品より開発コストが安いことが挙げられる。また、開発したアプリは、ダウンロードして利用できるため、医薬品のような物流のコストも不要となる。加えて、社会全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)に伴って進展するとみられる「医療のデジタル化」とも相性が良い。たとえば、医師がオンライン診療で治療用アプリを処方する場合、患者の居住場所によらず、いつでも低コストで即時に医療ケアを提供できることとなる。
 

3――禁煙治療補助用のアプリの保険収載

3――禁煙治療補助用のアプリの保険収載

昨年、国内初の保険適用の治療用アプリとして、CureApp(キュア・アップ)社が開発した禁煙治療補助アプリ(販売名 : CureApp SCニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー)が発売された。その概要をみてみよう。

1薬事承認は2020年8月に取得
薬機法では、医薬品や医療機器の製造販売にあたり、メーカーは厚生労働大臣に承認申請し、認められなければならないとされている。CureApp社の禁煙治療補助アプリは、2020年6月に厚生労働省の薬事・食品衛生審議会 医療機器・体外診断薬部会で、薬事承認を了承。8月21日に厚生労働大臣名の正式承認を得ている。

当製品は、バレニクリンなどの禁煙補助薬と併用して、呼気一酸化炭素濃度が10ppm以上上昇するたばこを使用しているニコチン依存症の喫煙者を対象としている。患者が治療経過等を記録する「患者アプリ」、患者が自分で呼気中の一酸化炭素濃度を測定する「COチェッカー」、医師が患者の状況を把握できる「医師アプリ」の3つからなる2。アプリを通じて、得られた患者の治療状況をもとに、医師が個別ガイダンスを行うことで、患者のニコチンに対する心理的依存に介入し、禁煙に向けた行動変容を促す狙いがあるとされる。同社によると、国内での臨床試験(第3相)では、治療開始後9~24週の継続禁煙率が63.9%と、対照群の50.5%に対して統計学的な有意差を示したという3
 
2 主な機能として、患者アプリには、治療プログラム機能、実践管理機能、禁煙日記機能、チャット機能がある。一方、医師アプリには、患者データ詳細機能、禁煙日記医師連携機能、医師禁煙診断補助機能がある。
3 さらに、24週で使用を終了した後の52週までの継続禁煙率は52.3%となり、対照群の41.5%と差が生じたという。(臨床試験の対象人数は572人)
22020年12月に保険適用とされた
中医協は、11月11日に総会を開催し、医療機器及び臨床検査の保険適用について審議した。そのなかで、当製品についても審議して、保険適用の承認を与えている。(議論の詳細は、後述)

そのうえで、12月1日に保険適用となり、同日発売された。同社のプレス資料によると、当製品は、禁煙治療領域では世界初。発売以降、国内初の保険適用の治療用アプリとして、注目を集めており、さまざまなメディアで取り上げられている4
 
4 2021年2月21日の日本経済新聞紙面、4月19日のNHK番組など。
 

4――治療用アプリの開発

4――治療用アプリの開発

禁煙治療補助用のアプリ以外にも、さまざまな病気の治療用アプリの開発や治験が進められている。各社の公表資料等をもとに、主なものをまとめると、次表のとおりとなる。
図表2. 病気の治療用アプリ(主なもの)

5――治療用アプリの保険適用

5――治療用アプリの保険適用

第3章でみたとおり、禁煙治療補助用のアプリが保険適用となったが、そもそも治療用アプリに対する保険適用のあり方については、これから本格的に議論される見通しだ。当製品の審議の際の意見等をもとにみていこう。

1治療用アプリの診療報酬の枠組みはこれから
当製品は、保険償還価格を特定保険医療材料、すなわちモノに対する評価としては設定しなかった。その代わりに、医療技術に対する評価として、「在宅振戦等刺激装置治療指導管理料」5の導入期加算(1,400円)と、「疼痛等管理用送信器加算」6(6,000円×4回分)の合計(25,400円)が、医師がアプリを処方した初回の通院時に、医療費として発生することとされた7

今回は、治療用アプリという新たな枠組みを設けずに、既存の技術料を準用する形で評価が行わることとなった。この取扱いは、次回の診療報酬改定までの暫定的なもので、2022年4月には、治療用アプリの診療報酬の枠組みが設けられる予定である。
 
5 振戦等除去のため植込型脳・脊髄刺激装置を植え込んだ後に、在宅において振戦等管理を行っている入院中の患者以外の患者に対して、在宅振戦等管理に関する指導管理を行った場合に算定するもの。
6 疼痛除去等のため植込型脳・脊髄刺激装置又は植込型迷走神経刺激装置を植え込んだ後に、在宅疼痛管理、在宅振戦管理又は在宅てんかん管理を行っている入院中の患者以外の患者に対して、疼痛等管理用送信器(患者用プログラマを含む。)を使用した場合に加算するもの。
7 負担割合3割の患者であれば、7,620円を、他の窓口支払分とともに支払うこととなる。
2単なる健康管理アプリと治療用アプリの違いは何か?
当製品の審議は、治療用アプリの医療での位置づけの整理を促している。審議過程で、委員から、「既に健康管理のアプリや生活習慣病患者のための運動や食事の行動変容を促すような無料のアプリが山ほど出ている。今後、健康管理なのか、治療なのか、治療の補助なのか、境目のつかないようなアプリが、次々と出てくるのだろう。」(発言の趣旨を損なわない形で、筆者が一部改変)との見解があった。治療用アプリの位置づけによっては、診療報酬の設定の考え方が異なることが考えられる。

アプリの位置づけが単なる健康管理か、それとも治療もしくは治療の補助か、の違いは、臨床試験で臨床上の有用性が認められたかどうか、で区分する。「保険適用とする際の考え方としては、一定のエビデンスレベルが得られるような臨床試験を行って、その結果、安全性や有効性について明確な成績が示され、薬事承認されたアプリのみが保険適用の対象となり得るのであって、それ以外の薬事承認されていない市販のアプリ等を利用したとしても、保険診療としては評価されない」(同上)との見解が、厚生労働省側から出された。

3治療補助を行うアプリだから技術料で評価する
審議過程では、前提として、当製品はニコチン依存症の喫煙者に対する禁煙の治療補助を行う製品だということが確認された。医師の指導や技術を補助するような機能であることから、技術料として評価すべきであって、医療材料としての評価をすることはなじまないとの見解が複数の委員から示された。その結果、既存の技術料の上乗せとして、診療報酬が設定された。

これは、治療補助ではなく、治療そのものを行うアプリの場合、技術料で評価するのか、医療材料として評価するのかという議論が残っていることを意味する。ただ、現状では、そもそも治療補助と治療そのものの線引きをする基準も明確ではない。

今後、保険適用の議論において、考え方の整理が行われるものとみられる。
 

6――海外での治療用アプリの開発

6――海外での治療用アプリの開発

海外でも、治療用アプリへの注目が高まっている。インドの調査会社「マーケッツアンドマーケッツ」によると、治療用アプリを含むデジタル治療の世界市場は2020年の21億ドル(約2,200億円)が、25年までに69億ドルへと、3倍以上に拡大すると見込まれる(以下、本章では「市場見通し」と呼ぶ)。

1アメリカでは治療用アプリの開発が進んでいる
アメリカでは、WellDoc社が開発した2型糖尿病患者に対する初めての処方アプリ“BlueStar”が、2010年にFDA(アメリカ食品医薬品局)から承認を受けている。BlueStarは、複数の保険会社から「保険適用」とされており、臨床での処方が進んでいる。

北米(アメリカとカナダ)では、治療用アプリの開発が進んでおり、数多くのベンチャー企業が参入している8。市場見通しによると、北米は2020年に世界の約3分の2のシェアを有しているが、25年には市場規模が約3.5倍に伸びて、シェアが7割に達するものとみられている。
 
8 たとえば、Noom (US), Livongo Health (US), Omada Health (US), WellDoc (US), Pear Therapeutics (US), Proteus Digital Health (US), Propeller Health (US), Akili Interactive Labs (US), Better Therapeutics (US), Happify (US), Kaia Health (Germany), Mango Health (US), Click Therapeutics (US), Canary Health (US), Wellthy Therapeutics (India), Cognoa (US), Ayogo Health (Canada), Mindstrong Health (US), 2Morrow (US), and Ginger (US)
2ヨーロッパも治療用アプリの開発が伸びる予想
ヨーロッパでも治療用アプリの注目度が高い。たとえば、ドイツのKaia Health社は、慢性腰痛患者向けアプリを開発しており、欧米企業で腰痛を抱える従業員の治療用アプリとして活用されている。

市場見通しによると、ヨーロッパでは、2020年から25年にかけて、市場規模が約3倍に拡大するとみられる。世界シェアも2割に上昇する予想だ。

こうしてみると、バイオ医薬品などの医薬品開発とならんで、治療用アプリの開発においても、今後数年間で国際的な競争が激化していくものとみられる。
 

7――おわりに (私見)

7――おわりに (私見)

治療用アプリは、医療のデジタル化と相性が良く、開発コストが安いことから、ベンチャー企業などによる開発が進むものとみられる。従来の手術などの外科療法や、医薬品による薬物療法のような物理・化学的な療法ではなく、患者の行動変容を引き出して治療効果を高める、心理学的な療法は、患者が自発的に生活改善を図るという点で、患者本位の医療の新展開といえるかもしれない。

ただ、日本では治療用アプリの開発は、まだ緒についたばかりだ。バイオ医薬品と同様、先行する欧米のメーカーによって市場が席巻される可能性もある。薬事承認や保険収載のルールを整備して、日本メーカーの治療用アプリが医療に有効に活用される仕組みをつくることが急務といえるだろう。

引き続き、治療用アプリの開発や、基盤となる諸制度の動向を、注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

(2021年06月01日「基礎研レター」)

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