2021年06月01日

高齢者の移動支援に何が必要か(下)~各移動サービスの役割分担と、コミュニティの変化に合わせた対応を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに

前稿「高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~」では、地域公共交通ネットワークの再構築と維持が進まない要因として、交通事業の実施主体による移動ニーズの把握が不十分であることや、自治体の交通部局と福祉部局の連携が不足していることを挙げた。

本稿では、自治体が移動ニーズを把握し、交通と福祉の両部局が連携して新たな移動手段を導入した好事例として、兵庫県丹波市のデマンド式乗合タクシーと、神奈川県秦野市のボランティア送迎を取り上げる。丹波市では、地域の高齢者らとの意見交換から、福祉専門職や民生委員との議論まで、重層的に住民とコミュニケーションを取って制度設計を構築した。秦野市では、高齢者から移動困難の声を聴いたことをきっかけに、認定ドライバー養成研修というユニークな取り組みを通じて、地域にボランティア送迎を生み出す仕掛けを講じている。いずれも、地域の高齢者の日常的な移動手段として機能し、生活支援に貢献している。

次項からは、両市が取った具体的な手法について紹介し、そのポイントを解説するとともに、両市の取り組みから見えてきた今後の課題として、「各移動サービスの役割分担による地域交通ネットワーク全体の利便性と持続性の確保」「一層の高齢化による利用者の属性変化に合わせた対応」「関係部局の連携による全庁的な対応」という3点を抽出し、取るべき対応について考える。
 

2――地域の好事例(1)

2――地域の好事例(1)兵庫県丹波市のデマンド式乗合タクシー

1|市の概要
兵庫県丹波市は、中国山地の東端に位置する中山間地域であり、2004年に氷上郡の旧6町が合併して誕生した。人口は同県の市町村の中で16番目に多い60,824人だが1、面積は5番目に広い49,321km2であり2、人口密度が相対的に低い。丹波市高齢者保健福祉計画・第8期介護保険事業計画(2021~2023年度)によると、高齢化率は34.3 %、後期高齢化率は18.5%である(図表1)。同計画によると、総人口は減少を続けて2025年には6万人を下回る一方、高齢化率は上昇を続け、同年には36.4%に達すると予測されている。また、同計画によると、65歳以上の実質独居高齢者は2,381人、2人以上の高齢者のみの世帯数は3,171世帯である3

財政規模は、2021年度一般会計当初予算で346億円となっている4
図表1 丹波市の概要
 
1 2021年3月時点の推計人口。2015年の国勢調査を基礎とし、兵庫県が、各市町から住民基本台帳法に基づく移動数の報告を受けて集計したもの(https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk11/jinkou-tochitoukei/suikeijinnkou.html
2 丹波市HP(https://www.city.tamba.lg.jp/soshiki/kikaku/menseki.html
3 2020年3月末時点。
4 丹波市HP(https://www.city.tamba.lg.jp/uploaded/attachment/54628.pdf
2新たな移動サービスの概要と導入経緯
丹波市では、路線バスを運営していた神姫バスが、2010年に一部路線を休止すると市に通知したことをきっかけに市が代替交通を検討し、2011年2月にデマンド式乗合タクシーを導入した5。以下、同市へのヒアリングと市の公共交通に関するパンフレット「てくてくたんば」等を基に、事業概要と導入経緯について説明する6

乗合タクシーの運営主体は、市や交通事業者、住民代表などで構成する「丹波市地域公共交通活性化協議会」である。同協議会は地域公共交通の活性化及び再生に関する法律(以下、活性化再生法)に基づき、2009年4月に設置された。予約センター業務は丹波市商工会、実際の運行(運転)業務は市内のタクシー事業者6社が担っている。同協議会予算は市が100%負担しているため、実質的には市が乗合タクシーの赤字分を支出している。協議会の2020年度予算によると、乗合タクシー事業にかかる費用は年間約5,000万円である。

運行エリアは、合併前の旧6町の各町域に分かれており、乗降は旧町内に限られる。旧町域をまたいだ移動をするためには、路線バスや普通タクシーに乗り換えが必要である。乗合タクシーの乗車料金は1回300円。運行は平日の月曜、火曜、水曜、金曜の午前8時台から午後3時台までで、1時間に1本運行される。利用対象に制限はないが、乗車するには、あらかじめ利用者登録しておくとともに、運行便の30分前までに、予約センターに電話で予約する必要がある。車両は専用のハイエースを用いており、市中心部である氷上地域では3台、それ以外の5地域では各2台の計13台を使用して運行している。乗降スポットは特定しておらず、自宅前からの送迎も可能である。2021年度中に、実証実験として木曜運行を開始する。

次に、利用実績を見ていきたい。延べ利用者数は、導入された2010年度は2,026人で、通年運行が開始された2011年度は21,896人だった。翌年度から徐々に増加し続け、2016年度には過去最大の33,518人となった。以後は減少し続けており、2019年度は28,930人である(図表2)。
図表2 乗合タクシーの実利用者数と延べ利用者数の推移
これに対し、実利用者数は、2010年度は414人、2011年度は1,066人となり、その後は2013年度に過去最高の1,265人となった後、毎年微減していたが、2019年度には再び増加に転じて1,161人となった。実利用者数のうち、前年度からのリピーター率は、例年9割前後に上っている。

延べ利用者数が減少している要因について、市は、導入当初に登録した利用者が死亡したり、介護施設等に入所したりした影響だとみている。実利用者数が2019年度に回復したことについては、同年度、市の公共交通に関するパンフレット「てくてくたんば」を全戸配布した効果があったとみている。

次に、利用者の属性についてみていきたい。各年代別登録者数が、各年代別人口に占める割合をみてみると、40歳代までは1割未満だが、50歳代から1割を超える。70歳代では約2割、80歳代では4割を超え、90歳代以上では住民の過半数に達しており、高齢者、特に後期高齢者の利用が多いことが分かる(図表3)。
図表3 年代別人口に占める利用登録者の割合
次に、全国的に新型コロナウイルスの影響が広がった2020年度上半期の利用実績をみてみたい。1回目の緊急事態宣言が発令された2020年4~5月は、前年同月比2~3割の減少幅となったが、その後は1~2割の減少幅で推移している(図表4)。利用者の属性や利用目的が異なる可能性があるが、全国の一般路線バスは、2020年4~5月に乗客の減少幅が約5割に上ったことと比べると、相対的に減少幅は小さいと言える7。同協議会はこの点について「通院やお買い物等、高齢者にとって必要不可欠な移動手段であることが再認識された」と評価している8

このように見ると、丹波市の乗合タクシーは、近年、延べ利用者数の減少傾向があり、課題はあるものの、後期高齢者を中心として、住民にとっては日常生活に必要な移動手段として定着していると言えるだろう。同協議会は、近年、死亡者によって実利用者数が減少したということは、死亡直前まで外出に利用されていたということであり、介護予防に寄与している、という見方もしている9
図表4 2020年度上半期の乗客数の対前年同月比
 
5 読売新聞地域版2009年4月7日など。
6 ヒアリングは2021年4月12日、オンラインで実施。
7 国土交通省「新型コロナウイルス感染症による関係業界への影響について 令和3年2月(令和3年1月31日時点まとめ)」
8 「令和2年度第1回丹波市地域公共交通活性化協議会(丹波市地域公共交通会議)資料」より。
9 丹波市地域公共交通活性化協議会平成30年第1回議事録など
3|計画策定と運用におけるポイント
(1)高齢者等の移動ニーズの把握と事業への反映
丹波市の事例の特徴は、同協議会が様々な方法で住民と重層的にコミュニケーションを取った点にある。具体的には、2010年3月に「丹波市地域公共交通総合連携計画」を策定する過程において、直接的な方法としては、(1)65歳以上の高齢者約1万人を対象に、交通需要に関するアンケートを実施、(2)各種団体の推薦により、計6地域89人の市民と意見交換を行い、間接的な方法としては、(3)自治会長会、(4)自治会、(5)地域ケア会議、(6)障害者地域支援会議、(7)民生委員児童委員協議会との意見交換を行った(図表5)。
図表5 丹波市が公共交通総合連携計画策定にあたって意見交換した団体
他の市町村でも、地域公共交通計画を作成するために、住民アンケートを行うケースはよく見られるが、丹波市の事例では、より的確に移動需要を把握するために、住民とひざを突き合わせた意見交換を旧6町で2回ずつ、計12回行ったことは際立っている。同市は意見交換の結果、「これからの公共交通はバス停ではなく、どこからでも乗れるようなものが必要」「社会参加を促すような交通手段にしてほしい」「買い物の目的だけで交通手段を使うことはなく、病院との組み合わせによる」等、具体的な需要を聴き取っている。

さらに、ケアマネージャーや介護事業所、医師等、医療・介護の専門職が集まる「地域ケア会議」や、民生委員等の意見を聴いたことも、高齢者や障害者等、移動に困難を感じている住民の生活実態に応じた移動支援を行うための意思決定プロセスとして、特筆すべき点と言える。

同市は、これらの経過を通じて、まず計画の基本方針として「利用者の視点に立った交通手段」「交通資源の適材適所」「持続可能な交通体系」「関係者との連携」を掲げ、最終的に乗合タクシーの導入を決定している。

移動困難者の意見を丁寧に聞く姿勢は、同協議会の体制にも取り入れられた。同協議会の委員には、自治会長会に加え、老人クラブ連合会や身体障害者福祉協議会、市社会福祉協議会が入っており、高齢者や障害者の意見を取り入れやすい仕組みが作られた。また、乗合タクシー事業の運用においても、高齢者が乗合タクシーを待ちやすいように、商店等が軒先に乗降者向けのベンチなどを設置する場合の補助事業を実施するなど、生活者目線が引き継がれている。

さらに独特なのは、協議会運営における交通データの活用である。利用実態を詳細に把握し、利便性向上に役立てるため、同協議会が年約2回開く会議では、運行時間や曜日、月ごとの利用者数、乗降場所ごとの利用者数、地区別や年代別の登録者数と登録率など、詳細で豊富なデータが報告され、運用の見直しや事業計画に活かされている。この分析結果を用いて、例えば「今後は若年層や70歳代の登録者数を増やす余地がある」として、てくてくたんばを全戸配布したり、市内の高校でチラシを配布したりしている。

交通データについては、「高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~」でも述べたように、交通事業者自身が乗降記録を収集していなかったり、収集しても活用できていなかったりするケースは少なくない。最近は、国もデジタル化によるデータ活用を促進しているが、丹波市の乗合タクシーは、アナログでも詳細に情報を整理・分析し、利便性向上に役立てている好事例と言える。
(2)地域医療に対する住民運動と交通施策への展開
同市へのヒアリングによると、計画段階から運用段階まで、これほど丁寧に住民ニーズの把握と反映に努めたことの背景として、当時同市で盛んだった、地域医療を守るための住民運動と連動したことがあるという。

新聞報道によると、同協議会が設立される前の2007年、同市の県立柏原病院(現県立丹波医療センター。2019年に柏原赤十字病院と統合して開院)では、常勤医師が激減し、小児科医が2人から1人に減った10。こうした中、「このままでは小児科がなくなってしまうのでは」と危機感を持った母親らが任意団体「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成し、軽症の場合は柏原病院の夜間休日の救急外来を受診することをやめて、地域にかかりつけ医を持とう、と呼びかけるビラ配りなどをした。結果的に、夜間休日の救急外来の受診患者数は大きく減少し、小児科の常勤医も回復した。この運動の中で提言された「かかりつけ医の受診」のために、医療機関への移動手段を維持することに対し、住民の要望が高まったことが影響したという。

同市では、現在でも地域医療へのアクセスに対する住民意識が高いことがうかがえる。例えば2019年7月に県立丹波医療センターが開業すると、全ての路線バスが乗降できるように路線再編された。乗合タクシーが今年度、木曜運行の実証実験を行うのも、地域の診療所で木曜に診察するところが現れたからだという。

このように、地域医療への関心の高さが、公共交通への関心の高さにつながり、市の公共交通施策にも、医療機関へのアクセスを始めとする生活者目線が定着したと見ることができるだろう。丹波市地域公共交通総合連携計画に記された表記が、そのことを示している。それによると、「公共交通は、たんに移動手段の確保という交通施策の範囲にとどまらず、外出支援や健康増進、環境やまちづくり全般にまで大きな影響力を及ぼす分野であり、暮らし方そのものに直結する重要なもの」としている。また、2019年11月に市が策定した「まちづくりビジョン」でも、未来のまちの姿として「都市機能を結ぶ公共交通が充足し、移動に係る利便性が確保されている」と、移動環境を重要項目として掲げている。
 
10 読売新聞(2007年11月2日)など。
(3)サービスレベル維持による利便性確保と丁寧な周知活動
次に、乗合タクシーが一定の成果を挙げている要因について考えたい。前稿「高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~」で紹介したように、全国的には、デマンド式乗合タクシーを導入する自治体が約3割に上っているが、所期の目的を達成している割合は多くはないからである11

一点目は、「旧6町の町域すべてで、1時間おきに運行」というサービスレベルにより、一定の利便性を確保しているためだと考えられる。運行エリアをそれぞれの旧町域に限定したことで、1時間おきの運行が可能になっている。同市では、合併前の旧町域を住民の日常生活圏域と捉え、いずれの地域に住んでいても、その地域で移動できれば日常生活は完結できる、というのがコンセプトである。それ以上の生活機能が必要な時は、路線バス等で地域外へ移動できるように、交通システムが設計されている。啓発も市全域でできる効果が大きいと考えられる。利用促進のイベントやパンフレット配布なども市内全域を対象に行われており、市民からの認知度上昇にもつながりやすい。

二点目は、丁寧な住民への周知方法である。市は導入当初、約300ある集落をくまなく回り、自治会単位で登録を呼びかけたという。高齢になると、新しい段取りを覚えるのが難しくなると考えられるが、手取り足取り利用方法を伝え、呼びかけたことが、その後の利用にもつながっていると思われる。逆に、最近では70歳代の登録が伸び悩んでいるため、市は、地域の高齢者サロンを訪れて啓発活動をしているほか、今後は、高齢者の生涯学習の場「高齢者学級」での出前講座などを検討しているという。

こうした形で丹波市の乗合タクシーは一定程度、実績を上げていると言えるが、今後の課題として、(1)各移動サービスの役割分担による地域交通ネットワーク全体の利便性と持続性の確保、(2)一層の高齢化による利用者の属性変化に合わせた対応――という2点が考えられる。以下、この二つの点について述べる。
 
11 国土交通省国土交通政策研究所(2018)「多様な地域公共交通サービスの導入状況に関する調査研究」によると、デマンド交通を運営している市町村744団体のうち、「効果発現あり(想定どおり/想定以上)」と回答したのは53.2%、「効果の発現なし(想定を大幅に下回る)」が16.4%、「把握していない(評価未実施)」が8.5%、「不明」が21.9%だった。
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保険研究部

三原 岳 (みはら たかし)

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