2021年05月12日

「こち亀の両さん」は老人なのか-新しいシニアマーケティング・世代間マーケティングを考える

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.290]

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1―両津勘吉69歳

本レポートは「両津勘吉(通称両さん)が老人なのか」という疑問が出発点となっている。両津勘吉は「週刊少年ジャンプ」において1976年から2016年まで連載された国民的マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公である。両津勘吉は作中において35歳(諸説あり)という設定であるが、誕生日は1952年3月3日であり、仮に現代に生を受けている場合2021年5月現在69歳ということになる。老人という言葉をタイトルではあえて使用しているが、一般には高齢者という表現の方がより丁寧で、且つ定義も明確である。世界保健機関(WHO)の定義では、65歳以上の人のことを高齢者とし、 65-74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と呼んでいる。この定義に従えば両津勘吉は前期高齢者に属するわけである。確かに身体的には年を重ねるにつれ、身体の機能として若いころと同じというわけにはいかない処もあるだろう。しかし、精神的な側面から見れば、筆者のように戦時中に戦火を目の当たりにしてきた祖父母を持つ者からすれば、昨今の高齢者に対するイメージ像は大きく変化しているといえるのではないだろうか。例えばZ世代(1996~2012年の間に生まれた世代)の「おじいさん・おばあさん」層は、筆者の父母世代にあたり、言うまでもなく祖父母世代と父母世代ではライフスタイル、趣味嗜好が大きく異なる。同じ高齢者と言う言葉を使ったとしても実態は大きくかけ離れており、持たれているイメージは異なるのである。そのため、両津以前の高齢者のイメージが高齢者像を今でも形成しており、そのイメージと比較すると両津は、その高齢者像より若い世代として位置づけられてしまうと筆者は考える。本レポートでは両津勘吉を一つのロールモデルとして、現在の前期高齢者がどのような消費を行ってきたかを検証し、それ以前の世代と比較する。また、そこから高齢者のイメージ再構築の必要性をコンテンツ消費の視点から述べていく。

2―両津が過ごした青年期

大衆的な音楽、アニメ、マンガ、ドラマ、映画といった娯楽コンテンツの消費は、成熟した社会でのみで実現できるものである。当然のことながら物資が不足し、娯楽も少なかった戦後において、充実したコンテンツ消費は不可能である。人々が充実した娯楽消費を行うには、(1)「消費するコンテンツ」と(2)「それを消費する余裕」があって初めて成立するわけである。大量生産・大量消費が消費と生産の様式であった高度経済成長期においては、使用価値に重きがおかれ、生活の利便性が追求される社会であった。一方でこの時期には、1959年に「週刊少年マガジン」と「週刊少年サンデー」が同時刊行され、1963年には連続テレビアニメ第1号として『鉄腕アトム』が放送開始、1967年にはタカラ(現:タカラトミー)からリカちゃんが発売されている。翌年となる1968年には「週刊少年ジャンプ」が発売されるなど、1960年代はコンテンツ消費の土壌が生まれ始めた時期でもあった。両津勘吉の歴史に沿ってみれば、一足先に大衆消費社会を実現したアメリカの大衆文化を、両津が幼少の頃には消費する環境が整っていた。ディズニーを例に挙げると、日中戦争が勃発した1937年に世界初の長編アニメーション映画『白雪姫』を公開し、以後、数々の名作と呼ばれる映画を製作した。終戦十年後にあたる1955年(両津が3歳の頃)には、カリフォルニアにディズニーランドが建設されるなど、エンターテインメント産業の先駆者として、今日にもわたる巨大ディズニー帝国の礎を築いている。ディズニーに限らず、両津の小学生時代にはエルビスプレスリー、ビートルズといったロック、ポップスのスターが大衆文化として誕生していたのだ。
 
次に両津の15歳~20歳の頃の時代背景についてもみてみよう。17歳の時には、池袋にパルコがオープン、19歳時には銀座にマクドナルド1号店がオープンしている。ジャクソン5やビージーズ、エルトンジョンがデビューしたのもこの頃であり、今日オールディーズと呼ばれる洋楽の名作たちが数多く誕生した。20歳~30歳の青年期についても見てみよう。音楽で言えばディスコブーム真っただ中であった。両津が26歳であった1978年には、ジョン・トラボルタ主演の映画 「サタデー・ナイト・フィーバー」が日本でも公開され大ヒットしたことで新宿、渋谷、六本木、池袋などの繁華街に多数のディスコが開業し、第二次ディスコブームが巻き起こった。彼が青春を過ごした1970年代以降は「多品種少量生産」と「個性的消費」の時代が徐々に訪れ、ブランドを始めとした消費による差別化や趣味(コンテンツ)に対する熱心な消費が活発になり、高度経済成長以前には見られなかった必要不可欠ではないモノを熱心に消費する消費者が散見されるようになっていたのだ。

3―両津銀次(両津の父)の青年期

一方で、両津勘吉の父である両津銀次は、作中推定年齢70歳前後とされており、それに準ずれば彼が20歳だったのは奇しくも日中戦争が勃発した1937年頃になるわけである。銀次が過ごした青年期は、同じ20歳でも勘吉と消費してきた娯楽に大きな違いがあることは言うまでもない。銀次が若いころに消費していたコンテンツは昨今でいうレトロ市場にあたるものであるが、勘吉が消費していたジャクソン5やビートルズを現代の若者は普通に消費している。このことからも、銀次世代と勘吉世代では消費されていたコンテンツに大きな違いがあり、勘吉世代以降の世代は、勘吉世代が親しんでいたコンテンツに触れる機会も多く、コンテンツに共通性を持っているのである。このコンテンツの共通性が、昨今の高齢者に対するイメージの変化の一要因であると筆者は考える。

4―シニア層のスマホ普及率は7割を超える

また、高齢者は電子機器を使用するのが難しい、というイメージも今後変化していくだろう。MMD研究所の60歳~79歳の男女10,000人を対象とした「2020年シニアのスマートフォン・フィーチャーフォンの利用に関する調査」によると、モバイル端末の所有率は92.9%であり、その内77.0%がスマートフォンをメインで利用していることがわかっている。2012年の同調査ではスマートフォンの所有率は12.7%であり、わずか8年の間に大きく増加している。もちろんモバイル端末が所謂ガラケーからスマートフォンへとシフトしていることも要因であるが、調査年月を重ねる度にコンピューターガジェットに慣れ親しんだ層が調査対象になっていることも大きな要因であると思われる。2020年調査における60歳(最年少の調査対象者)は、2012年の調査時は52歳であり、一般企業において一線で活躍していた年齢であるといえるだろう。また、2012年は「iPhone5」が発売された年であり、スマートフォンの出荷台数は2011年度比42.1%増の2,848万台となり、国内携帯電話に対するスマートフォン出荷比率は前年の52.8%から70.5%へと上昇していた。まさに人々にとってスマートフォンが広く利用された頃であり、2020年に新たにシニア(60歳)として調査対象になった人々にとって、スマートフォンは慣れ親しんだツールであると言えるだろう。このような市場変化も高齢者に対するイメージが変化している要因と言えるだろう。

5―何が現代の高齢者にとっての「懐かしさ」なのか

シニアをターゲットにする際は「懐かしさ」を前面に出したマーケティングを展開することがよくある。しかし、現代の高齢者の懐かしさは、お手玉やメンコではなく、ダッコちゃん、プラレール、リカちゃん、人生ゲーム(いずれも1960年代発売)かもしれない。
 
懐かしい曲も石原裕次郎ではなくマイケルジャクソンかもしれない。このように高齢者とされる人々の「懐かしさ」が、常にアップデートされていることをマーケターは認識する必要がある。例えばバンダイは2018年7月に往年のロボットアニメ「鉄人28号」「マジンガーZ」「ゲッターロボ」とステッキ(杖)をコラボレーションさせた歩行補助具の販売を開始し、50代以上の男性をターゲットにしたシニア市場に参入している。シニアの若返りという言葉を耳にすることがよくあるが、平均寿命、健康寿命など身体的な側面に焦点が置かれて議論されることが多い。しかし、シニアマーケティングにおいては、高齢者が消費してきたコンテンツとの関係も考慮に入れる必要があると筆者は考える。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2021年05月12日「基礎研マンスリー」)

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