2021年05月07日

スイッチOTC化の進展-緊急避妊薬のスイッチOTC化はなぜ不可とされているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

近年、自分の健康は自分で守る、という取り組みが一般化している。食事や運動などの生活習慣を改善して病気になりにくい体づくりに努めるとともに、少々の体調不良のときは、病院に頼らずに、身近にある一般用医薬品を活用したセルフメディケーションで対応していこうという考え方だ。

セルフメディケーションの推進にあたり、医師の処方箋(せん)が無いと入手できない医療用医薬品を、ドラッグストア等で購入できるようにする「スイッチOTC化1」の促進が、カギとみられている。スイッチOTC化は、医薬品の選択肢を増やして利便性を高めたり、医療費を軽減したりする効果がある反面、効き目の強い薬の誤用や濫用の恐れもある。

本稿では、その内容を概観していくこととしたい。
 
1 OTCは、Over The Counterの略で、カウンター越しに医薬品を販売するかたちに由来している。OTC医薬品とは、薬局・ドラッグストアなどで、販売者などの助言を受けた上で、医師の処方箋なしに購入できる医薬品をいう。要指導医薬品や一般用医薬品を指し、全般的に、医師の処方箋が必要な医療用医薬品よりもリスクが低いとされる。スイッチOTCは、医療用医薬品として用いられていた成分が、OTC医薬品に転換(スイッチ)された医薬品を指す。
 

2――スイッチOTC化の経緯

2――スイッチOTC化の経緯

スイッチOTC化については、厚生労働省に専門の検討会議が置かれ、個々の成分に対して、議論が行われている。スイッチOTC化の進展に向けた、これまでの経緯を簡単に振り返ってみよう。

1スイッチOTC化は検討会議で議論されてきた
スイッチOTCとしては、1983年に高コレステロール改善薬のソイステロールと、便秘薬のピコスルファートナトリウムの2成分が承認された。それ以来、現在までに88成分が承認を受けている。

(1) 2002年の一般用医薬品承認審査合理化等検討会中間報告書
一般用医薬品については、さまざまな議論が行われてきた。2002年に、一般用医薬品承認審査合理化等検討会が公表した中間報告書では、軽度な疾病の症状の改善に加えて、生活習慣病等の疾病に伴う症状発現の予防、生活の質の改善・向上等の分野についても、スイッチOTC薬の開発を積極的に進め、国民の選択肢を拡大することが望まれる、としている。
図表1. 一般用医薬品承認審査合理化等検討会が公表した中間報告書 (2002年) [抜粋]
(2)「『日本再興戦略』改訂2014」におけるスイッチOTC関連の記述
2007年からは、日本薬学会がスイッチOTC化可能と考える医療用医薬品を検討し、その検討結果について関係医学会から意見を聴取した上で、薬事・食品衛生審議会において議論されてきた。その結果、22成分がスイッチOTC化の候補成分とされ、そのうち8成分が承認されている。

2013年の「日本再興戦略」では、主要施策の1つとして、セルフメディケーションの推進が掲げられた。翌年の「『日本再興戦略』改訂2014」では、その推進に向け、スイッチ OTC化を加速するために、海外のデータも参考にしつつ、企業の承認申請に応じて速やかな審査を行うことや、産業界・消費者等のより多様な主体からの意見が反映される仕組みを構築することが記載された。
図表2. 「『日本再興戦略』改訂2014」におけるスイッチOTC関連の記述 [抜粋]
(3) 医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議の設置
そして、2016年4月には、「医療用から要指導・一般用への転用に関する評価検討会議」(以下、「検討会議」)が設置された。検討会議は、OTC医薬品の適切性や必要性を検証することにより、消費者等の多様な主体からの意見を意思決定に反映するとともに、その検討過程の透明性を確保して、スイッチOTC医薬品の開発予見性を向上させることを目指している。
2検討会議では11種について可、8種について不可とされた
検討会議では、公開で会議を実施し、スイッチOTC化の可否について議論が行われてきた。これまでに、19種の医薬品について検討が終了し、11種については可、8種については不可とされた。

個人から要望された9種中、可とされたのは2種。一方、企業など個人以外から要望された10種中、可とされたのは9種であった。個人からの要望は、緊急避妊やアルツハイマー型認知症など、従来OTC医薬品として認められていない薬効が多かった半面、個人以外からの要望は、すでにOTC医薬品として認められている薬効が多かった。このことが、結果の違いにつながったものとみられている。
図表3. 検討会議で検討が終了した医薬品
検討会議は、国民の意見を広く反映するため、検討結果についてパブリックコメント(以下、「パブコメ」)を実施してきた。検討会議による「中間とりまとめ」(令和3年2月2日)の参考資料に記載の各成分の意見の数を合計すると、スイッチOTC化に反対の意見が53個、賛成の意見が449個となっている。多くの候補治療薬で、賛成の意見が上がった。一方、緊急避妊薬と胃酸分泌抑制薬の2つについては、賛成と反対の意見が数多く寄せられた。

この2つの医薬品のスイッチOTC化の議論について、次の2つの章でみていくこととしたい。
 

3――緊急避妊薬のスイッチOTC化

3――緊急避妊薬のスイッチOTC化

緊急避妊薬については、予期せぬ妊娠の可能性が生じた場合への対処法として、使用の利便性向上を望む声が強い。2020年4月からは、オンライン診療における緊急避妊薬の処方が開始されている2。緊急避妊薬のスイッチOTC化については、さまざまな賛否の声が上がっている。
 
2 緊急避妊に関する診療は、対面診療が原則であることに変わりはない。例外的に、オンライン診療での緊急避妊薬の処方が適用されるのは、近隣に受診可能な医療機関がない場合や、女性の心理的な状態に鑑みて対面診療が困難と判断された場合とされている。所定の研修を受講した薬剤師が説明・調剤を行ったうえで、その面前で服用することとされている。
1妊娠を完全には阻止できないことや、悪用・濫用の懸念があることから不可とされている
「緊急避妊」に関して、避妊薬では、妊娠を完全に阻止することはできない。また、悪用や濫用等の懸念がある。こうしたことから、レボノルゲストレルを有効成分とし、緊急避妊を効能・効果とする医薬品は、現在のところOTC医薬品として認められていない。その理由として、検討会議で、つぎの指摘がなされている。(以下、検討会議「中間とりまとめ」(令和3年2月2日)を、筆者が一部改変)

― OTCとなった際は、緊急避妊薬の使用後に避妊に成功したか、失敗したかを含めて月経の状況を使用者自身で判断する必要があるが、使用者自身で判断することは困難。

― 本邦では、欧米と異なり、医薬品による避妊を含め性教育そのものが遅れている背景もあり、避妊薬では完全に妊娠を阻止させることはできないなどの避妊薬等に関する使用者自身のリテラシーが不十分。

― 薬剤師が販売する場合、女性の生殖や避妊、緊急避妊に関する専門的知識を身につけてもらう必要がある。例えば、海外の事例を参考に、BPC(Behind the Pharmacy Counter)3などの仕組みを創設できないか、といった点については、今後の検討課題。

― 実際の処方現場では、緊急避妊薬を避妊具と同じように意識している女性が少なくない。OTC となった場合、インターネットでの販売も含め、安易に販売されることが懸念されるほか、悪用や濫用等の懸念がある。

― 緊急避妊薬に関する国民の認知度は、医療用医薬品であっても現時点で高いとは言えない。

― スイッチOTCとして承認された医薬品については、法令で定める調査期間経過後、特段の問題がなければ、要指導医薬品から一般用医薬品へと移行される。現行制度では、劇薬や毒薬でない限り、要指導医薬品として留め置くことができないため、要指導医薬品として継続できる制度であることが必要である4

― 本剤は高額であることから、各店舗に適切に配備できない可能性が高く、薬局によって在庫の有無がばらつく懸念がある。
 
3 薬剤師が直接管理できるカウンターに置かれ、販売には薬剤師のコンサルティングが要求される医薬品をいう。
4 要指導医薬品は、薬剤師が情報提供、販売を行うこととされており、ネット販売は不可。一方、一般用医薬品は、薬剤師が情報提供のうえで、薬剤師管理下で販売可能とされており(第1類医薬品の場合)、ネット販売も可とされている。
2OTC化に反対の意見28個、賛成の意見320個が寄せられた
パブコメでは、緊急避妊薬について、OTC化に反対の意見28個、賛成の意見320個が寄せられた。

反対の意見として、つぎのものがあった。

「効能・効果に関して『緊急避妊』とあるが、受精卵を着床し難くすることは、中絶であると考えるのではないか。」
「避妊等に関する知識が、他の先進国と比較して低い。」
「薬局薬剤師における産婦人科領域の薬剤の知識は十分ではない。」
「病院に行きにくい人が薬局であれば来られるのかが疑問。」
「必要なことはOTC化ではなく、緊急避妊薬の一般への知識を高め、必要時に受診するサポート作りではないか。」
「不確実な避妊方法を繰り返す人が増える可能性がある。」

一方、賛成の意見としては、つぎのものがあった。

「東京オリンピックを機に、多くの観光客が来日した際に、緊急避妊薬を受診でしか購入できないという事実を知ることになれば、我が国における医療の在り方について、諸外国から疑問を呈されるのではないか。」
「避妊薬にいつでもアクセスできることは女性の権利である。」
「本邦における人工中絶の件数は多く5、これらの負担を少しでも減らすために必要ではないか。」
「産婦人科医の労働環境を改善するためにも市販化を望む。」
「未成年者を含む若い女性にとっては、産婦人科の来院のハードルが高い。」
「2016年の最新データでは、緊急避妊薬の女性の認知度は50%を超えている。」

さらに、OTC化の対応策の意見も多数寄せられた。

「薬剤師の質の向上に加えて、コンサルティング薬剤師を常駐させ、対応できるようにすればよいのではないか。」
「産婦人科において、緊急避妊薬の使い方の指導を受け、認定カードが発行された方のみ購入できるようなシステムにしてはどうか。」
「患者が、リラックスして話せるような環境を整えるべき。」
「乱用防止のために購入したその場で服用させるべきではないか。」
「一般用医薬品となると、ネット販売で購入できてしまうため、薬剤師による対面販売を義務とする要指導医薬品に留めた方がよいのではないか。」
「販売店をホームページなどで検索できるようにし、掲載されている店舗で常時在庫しておく等の取り決めを作ればいいのではないか。」
「医療用医薬品と同様に、適正使用ガイドライン策定などを設けることを検討すべきではないか。」
 
5 2019年度の人工妊娠中絶件数は、156,430件。(「衛生行政報告例」(厚生労働省)より)
3|パブコメを踏まえて、検討会議では医療体制やネットワークの構築が議論された
パブコメを踏まえて、検討会議では、つぎのような議論が行われた。

― 緊急避妊薬のOTC化には、薬剤師の更なる資質の向上(教育・研修)が必要であるため、関係者と協力しながら研修を実施していくべきである。

― 本成分の特性を考慮すると、メンタル面のフォローも重要な要素であることから、産婦人科医を受診し、メンタル面のアドバイスができるような体制を構築することが重要である。

― 課題の解決に向け、関係団体において解決策の検討を行うべきである。国民的関心度が高い、海外ではOTC 化されている、リプロダクティブヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康・権利)という重要な問題が含まれていることから、医師・薬剤師・国民を含めた議論が必要。

― 現状、OTC化が否となったことを踏まえ、医療用の緊急避妊薬へのアクセスに関し、全国の医師会及び病院等がネットワークを作り、医療用の緊急避妊薬を急に必要とする方が、どこに連絡すればよいか分かる仕組みの構築等の検討が必要である6
 
6 緊急避妊にかかる対面診療が可能な産婦人科医療機関等の一覧(掲載希望分)は、厚生労働省のウェブサイトで公表されている。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000186912_00002.html
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

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