2021年04月28日

コンテンツから見るノスタルジア消費-「ALWAYS三丁目の夕日」・「モーレツ! オトナ帝国の逆襲」・「西武園ゆうえんち」・「アメリカングラフィティ」から読み解く

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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6――なぜアメリカを懐かしく思うのか

さてここまでは主に昭和30年代を議論の中心に、ノスタルジアを分類し、ノスタルジア消費を分析した。このノスタルジアは自身の出身国以外の国に対しても誘発されることがある。例えば筆者は60~90年代の古き良き米国に焦がれるが、米国に住んでいたことはない。米国の居住経験もなく、また60~80年代という筆者が生まれる前の時代に対して、筆者は哀愁を感じており、一見するとHavlena &Holakのいう仮想経験ノスタルジアが誘発されていると言えるのかもしれない。しかし筆者は幼少期からアニメや映画、音楽といった米国コンテンツや文化を好んで消費してきた経緯がある。これは親の影響が強く反映されており、彼らの消費行動を顧みながら米国文化が好きというアイデンティティを構築してきたからである。例えば1973年公開のジョージルーカス作『アメリカングラフィティ』に対する自身のノスタルジアの源泉を考えると、まず筆者の父が当作品が好きで幼少期によく一緒に見た思い出がある。そして視聴する中で父が公開当時アメリカ文化に影響されたという話をうんざりするほど聞かされていた。筆者にとって『アメリカングラフィティ』は、父と見たという「個人的ノスタルジア」と、父の思い出に基づく「対人的ノスタルジア」が誘発されるのである。併せて『アメリカングラフィティ』という作品自体が70年代ハリウッドを象徴する文化的ノスタルジアという側面を持ち、作中に登場する「フォード・デュース・クーペ」といった名車や、ネオンとパステルカラーが映えるアメリカンダイナー、作中で使用されるオールディーズソングは人々に懐かしさを感じさせる記号として共通認識が持たれている。また、この作品自体が、ルーカスが青春時代を過ごした1960年代のカリフォルニア州モデストを舞台にしており、アメリカ人の誰もが持つ高校生時代の体験が反映されているため、自らの文化の歴史を間接的かつ集合的に経験をするという点でアメリカ人にとっての「仮想経験ノスタルジア」が誘発されるわけである。しかし、日本人にとっても、メディアが主導となりアメリカングラフィティの舞台となっている当時のアメリカは懐かしいものであるという、認識が消費者に受容されている(刷り込まれている)ため、自国の文化の歴史でなくとも「仮想経験ノスタルジア」が誘発される消費者もいるのである。このように一概に個人が知覚したノスタルジックな感情を分類するのは困難である。ノスタルジアは一種の経験価値として個人(消費者)のなかに蓄積されていき、複合的に重なり合い哀愁を感じる度合いを強めていくのである。筆者にとって『アメリカングラフィティ』は重層的なノスタルジアを保管する「記憶のデバイス機能」を担っており、様々な懐かしさが誘発されるという付加価値=快楽を求め消費しているのである。
 

7――まとめ

7――まとめ-『ALWAYS 三丁目の夕日』と『モーレツ! オトナ帝国の逆襲』の違い-

本レポートを通して、筆者はノスタルジアの性質や消費対象としてのノスタルジアについて考察してきた。冒頭で述べた通り、ノスタルジアは「過去に焦がれる」という感情の揺さぶりそのものを意味しており、過去の断片的な記憶や記号が過去を美化し、あのすばらしい時代には戻れないという現実に対して哀愁を感じることである。ノスタルジアの魅力は「もう帰れない」という残酷な現実によって見出されており、決して当時の美しく再編された記憶そのものにあると、筆者は考えていない。その視点から考えると『ALWAYS 三丁目の夕日』は、いわば昭和30年代を舞台にしたドラマに過ぎず、ノスタルジアそのものについて言及しているわけではない。当作品があれほどまでに視聴者の琴線に刺さったのは、現代と過去が比較されたことで、『ALWAYS 三丁目の夕日』という作品そのものに「負の部分を取り除き美化したシミュラークルとしてのよい過去」を見出しているからである。まさに高度経済成長を迎え、家電や車など生活に革新がおき、高層ビルが競うように建てられるなど、目に見える形で“日本と言う国が成長していく”過程に胸を躍らせたあの頃に「思い出補正」がかかっていると言えるだろう。そのため『ALWAYS 三丁目の夕日』という作品からノスタルジアを感じるということは相対的に現代の負の部分からの「逃避」にしか過ぎないのである。それは悪い事ではないが、言い換えれば昭和30年代が絶対的な“善”として存在し、現在の負の部分に対する救いはなく、視聴後も一環として“悪い今”と“良い過去”が分断され、過去がより焦がれる対象となっていくのである。

一方、『モーレツ! オトナ帝国の逆襲』の最後は、しんのすけが両親を昭和ノスタルジアからの洗脳を解き、未来を取り戻すために戦うという構図となっている。作中で「古き良き時代」と「現在」が対立するモノとして描かれている。そもそも「20世紀博」と呼ばれる現代の昭和ノスタルジア化計画は、運営組織である“イエスタデイ・ワンス・モア”が物質主義そして拝金主義である現代社会に疑問を持ち、“人との繋がりを大事にした未来への希望ある昭和”を取り戻そうとしたことがきっかけにある。しかし、その“昭和”自体も彼らの記憶の中で美化されているモノに過ぎず、現在にある“正”の部分が見落とされていたと言う点が本作の肝にあたる。本作における“正”の部分は「日常」であり、過去も素晴らしいが、現在までの人生の過程や家族、思い出すべてが自身のアイデンティティを形成しており、今後もその連続性が不安定で先が見えない、しかし希望のある未来を形成すると提示している。我々の現実においては、タイムトラベルは不可能であり、どんなに切望しても古き良き時代に戻ることはできない。しかし、野原家は洗脳という方法で古き良き時代に留まり続けるという選択を取ることもできたのにも拘らずそれを拒み、未来を受け入れたのである。筆者はこれをノスタルジアの本質だと考えている。過去への哀愁は現代と表裏一体であり、決して戻ることはできないという現実を認識しているからこそ、過去が尊く感傷そのものになるのである。一方で、全ての人が野原家のように日常と未来に希望を抱いているわけではなく、過去にすがりたいと思う者ももちろん存在する。これこそがノスタルジアの役割であり、過去に浸ることが快楽として、我々を癒し続けるのである。

主な参考文献
  1. 石井清輝(2007)「消費される「故郷」の誕生:戦後日本のナショナリズムとノスタルジア」『慶応大学紀 要 哲学』,117,125-156
  2. 佐藤翼(2011)「ノスタルジア消費研究の意義~マーケティングにおけるなつかしさの検討~」水越康介研究所
  3. 細辻恵子(1984)「ノスタルジーの諸相」『自尊と懐疑―文芸社会学をめざして』筑摩書房
  4. 堀内圭子(2004)『“快楽消費”する社会―消費者が求めているものはなにか』中公新書
  5. 堀内圭子(2007)「消費者のノスタルジア――研究の動向と今後の課題――」『成城大学 成城文藝』,201,179-198
  6. 廣瀨涼(2016)「キャラクター消費とノスタルジア・マーケティング:第三の消費文化論の視点から」『商学集志』86(1), 69-84.日本大学商学部
  7. 間々田孝夫(2007)『第三の消費文化論―モダンでもポストモダンでもなく』ミネルヴァ書房
  8. 矢吹まい(2008)「なぜ今昭和に心惹かれるのか : 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』に見る昭和ブーム」『表現文化』 (3), 96-111.
  9. 矢部謙太郎(2004)「ノスタルジーの消費 -映画『クレヨンしんちゃんオトナ帝国の逆襲』分析-」『ソシオロジカル・ペーパーズ』 (13), 41-52.早稲田大学大学院社会学院生研究会
  10. Davis, Fred (1979). Yearning for Yesterday: A Sociology of Nostalgia. NewYork: The Free Press.(間場寿一・ 荻野美穂・細辻恵子(訳)(1990)『ノスタルジアの社会学』世界思想社).
  11. Havlena, W. J., & Susan L. H. (1996). Exploring nostalgia imagery through the use of consumer collages. Advances in Consumer Research, 23, 35-42.
  12. Holbrook, M. B., & Hirschman, E. C. (1982). The experiential aspects of consumption: Consumer fantasies, feelings, and fun. Journal of Consumer Research, 9, 132-140.
  13. Holbrook, M. B., & Schindler, R. M. (1991). “Echoes of the dear departed past: Some work in progress on nostalgia. Advances in Consumer Research, 18, 330-333.
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廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

(2021年04月28日「基礎研レター」)

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