コラム
2021年03月29日

「最強」制裁継続でさらに深刻化するイランの人々の暮らし

保険研究部 准主任研究員 岩﨑 敬子

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1――続く米国の「最強」制裁

2015年にイランとEU3(英国、仏国、ドイツ)+3(米国、ロシア、中国)の間でイラン核合意が結ばれ、本合意は国連の安全保障理事会で承認された。この合意はイランがウラン濃縮活動の制限等を行う代わりに、イランの核開発に対抗して行われてきた経済制裁を解除するものである。しかし、 2018年5月、国際原子力機関(IAEA)がイランの核合意履行順守を確認しているにもかかわらず、米トランプ政権はイラン核合意を離脱し、2018年8月に「最強」のイラン制裁を再開した。

米国の核合意からの離脱を受け、イランは、その約1年後から、核合意で制限された以上のウラン濃縮活動を再開した。その後、米国大統領の交代があり、新たに大統領となったバイデン大統領は、核合意に戻るために話合いを持つ準備があるとしているが、この交渉は進んでいるとは言えない。米国は合意に戻るにあたり、イランがもともとの核合意の範囲内にウラン濃縮活動を戻すことを求めている一方、イランは、もともと米国が先に離脱したのだから、核合意に戻るにあたっては、まず米国が制裁を解除するのが先だという姿勢だからだ1

こうした中で、米国による「最強」制裁は始まって2年半程度経過した今も続いている。そして、新型コロナ感染症拡大の影響も重なり、イランの人々の暮らしは日々深刻さを増している。本稿では、米国による「最強」イラン制裁のイランの国民生活への継続的な影響を示す、イラン通貨の暴落と物価の上昇を紹介する。
 
1 Reuters (2021/2/19) US Ready for Talks With Iran About Nuclear Deal (https://www.voanews.com/middle-east/us-ready-talks-iran-about-nuclear-deal、2021/3/26アクセス)」

2――イラン通貨価値の暴落と続く高いインフレ率

1| イラン通貨価値の暴落
イランの通貨は「イラン・リヤル」(IRR)である。この実勢レートは、米国が「最強」経済制裁を始める前の、2018年4月1日時点では、1ドル47,730IRRだったものが、2020年10月には1ドル308,500になった2。イラン・リヤルは約2年半の間に、6分の1以下の価値になってしまったことになる。その後少し回復し、直近のデータでは、2021年3月24日現在1ドル252,000IRRとなっている。これでも「最強」制裁開始前と比べると5分の1以下に価値が下がっていることになる。

自国の通貨が暴落すれば、輸入品の値段は上がる。また、国外で商品を販売すれば高く売れることから、自国で作られた商品の国内値段も上がる。このように、イラン通貨の暴落は、物価の急激な上昇(インフレ)を引き起こす原因となっている3
図1. イラン・リヤル(IRR)の対ドル為替レートの推移
 
2 本稿で紹介する実勢レートはBONBAST.COMによる。
3 World Bank Group (2020/1/4) Iran Economic Monitor, Fall 2020: Weathering the Triple-Shock (https://www.worldbank.org/en/country/iran/publication/iran-economic-monitor-fall-2020、2021/3/26アクセス)
2|続く生活費の上昇
イランの2021年2月時点のインフレ率は48.2.%である4。図2に示されるように、イランのインフレ率は、米国が核合意から離脱した2018年5月頃から上昇をはじめ、その後高い水準が続いている。また、食料インフレ率はさらに高く、2021年2月時点で67.2%である。図3に示されるように、消費者物価指数(基準年は2016年)は、年々上昇しており、イランでの生活費は5年で約3倍になったことが分かる。
図2. イランのインフレ率の推移
図3. イランの消費者物価指数の推移
景気拡大に伴う、いわゆる「良いインフレ」は、企業が儲かって、収入が上昇し、需要が拡大することによって起こる。しかし、イランで起こっているいわゆる「悪いインフレ」は、主に制裁の影響で物の価格が高くなってしまったことによるものである。そのため、国内の企業が儲かっているわけではなく、収入の変化もインフレ率の上昇に伴わない。こうした中で、人々の生活が日に日に深刻になっていることは想像に難くない。
 
4 本稿で紹介するインフレ率、食料インフレ率、消費者物価指数はStatistical Center of Iran による。

3――現地住民の声

現地住民のアクバリさん(仮名・60代男性・テヘラン北部在住)によると、肉の値段はこの1年ほどで2倍近くになったという。さらに、現在国内で、医療関係のものを含めて、輸入品は見つけられないか、なんとか見つけられたとしても非常に値段が高くなっている状況に困っているそうだ。例えば、1年ほど前には既に、糖尿病の治療に使われる外国製のインスリンは一人一人が買える量が規制されていた。しかし今は、それでも手に入りにくい状態になったことで、国内で製造されたインスリンも、一人一人購入できる量が規制されているという。それでも、インスリンについては、国内産のものが手に入っており、状況はまだ良い方であるが、国内で作ることが難しい医療関係の品を必要としている人の状況はさらに深刻だという。

4――おわりに

イラン経済は、経済制裁によってだけではなく、他の国々と同じように、新型コロナによっても打撃を受けている。さらに、経済制裁により、過去にはイラン政府の歳入の半分を占めた原油輸出ができないこととなり、財政ひっ迫により、政府がコロナの被害に対して、人々に十分な支援をできなかった可能性が指摘されている5。また、世界銀行から、イランのインフレの影響はとくに貧しい人々の生活に影響をもたらしていることも報告されている6。経済制裁の影響が、核開発とは関係ない市井の人々の生活に、より大きくもたらされているのである。今後、このような状況が改善されていくことを切に願う。
イランテヘラン北部の道路の様子、2021.3.24撮影
 
5 Djavad Salehi-Isfahani(2020/9/20) Iran: The double jeopardy of sanctions and COVID-19, BROOKINGS (https://www.brookings.edu/opinions/iran-the-double-jeopardy-of-sanctions-and-covid-19/、2021/3/26アクセス)
6 World Bank Group (2020/1/4) Iran Economic Monitor, Fall 2020: Weathering the Triple-Shock (https://www.worldbank.org/en/country/iran/publication/iran-economic-monitor-fall-2020、2021/3/26アクセス)
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保険研究部   准主任研究員

岩﨑 敬子 (いわさき けいこ)

研究・専門分野
応用ミクロ計量経済学・行動経済学 

経歴
  • 【職歴】
     2010年 株式会社 三井住友銀行
     2015年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員
     2018年 ニッセイ基礎研究所 研究員
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     日本経済学会、行動経済学会、人間の安全保障学会
     博士(国際貢献、東京大学)
     2022年 東北学院大学非常勤講師
     2020年 茨城大学非常勤講師

(2021年03月29日「研究員の眼」)

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