2021年03月22日

東南アジア経済の見通し~21年前半は感染対策の継続で不安定な回復、年後半はワクチン普及で安定回復へ

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

文字サイズ

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は19年半ばまで+4%台の底堅い成長が続いたが、20年に入ると新型コロナの感染拡大を受けて景気が悪化、4-6月期は国内外で実施された活動制限措置の影響により、成長率が前年同期比▲17.1%と急減した(図表7)。年後半の成長率は7-9月期が前年比▲2.6%と大きく持ち直したが、10-12月期が▲3.4%と減少幅が拡大し、不安定な景気が続いている。10-12月期は感染再拡大に伴う活動制限措置の強化により、民間消費が同▲3.4%(前期:同▲2.1%)、総固定資本形成が▲11.9%(前期:同▲11.6%)と、内需を中心に悪化した。

マレーシア政府は新型コロナの感染拡大を受けて昨年3月に活動制限令を実施したが、早期に感染を抑え込むと5月に条件付き活動制限令、6月に回復活動制限令に移行して経済再開を進めた。しかし、9月の州議会選挙をきっかけとして感染第3波が発生、政府は10月半ばから地域別に条件付き活動制限令を実施して規制を強めたが、感染拡大が続いた。1月中旬からほぼ全土に厳格な活動制限令を発令して外出や商業施設の営業時間に制限をかけると感染状況が改善、2月中旬から制限が緩和され、3月上旬から各地で条件付き活動制限令または回復活動制限令に移行している。

先行きのマレーシア経済は、1-3月期は厳格な活動制限令の実施によって対面型サービス業が打撃を受け、景気悪化は避けられない。しかし、今回の活動制限令は製造業や建設業などの操業が認められたことから経済活動への影響は軽微にとどまる。また政府は活動制限令の実施に伴い景気刺激策(計350億リンギット)を打ち出したほか、外需は世界的に医療用手袋や電気・電子製品の需要が増えており、政府消費と輸出の拡大が景気を下支えるとみられる。

その後も一時的な感染再拡大と活動制限強化を繰り返す展開が予想されるが、年後半からワクチン接種が加速するなかで感染状況が落ち着きをみせ、景気回復が次第に安定するだろう。政府は22年2月までに2,360万人(人口の約8割)に対してワクチンを接種する計画であり、2月下旬に投与を開始している。また2021年度政府予算(3,225億リンギ、前年度比2.5%増)は過去最大規模であり、年間を通じて公共投資や生活支援策が景気をサポートするだろう。もっともソーシャルディスタンスの確保などの感染対策や観光業の低迷は続くとみられ、本格回復には至らないだろう。

金融政策は、マレーシア中銀が昨年4会合連続の利下げ(計▲1.25%)を実施した後、政策金利を過去最低の1.75%で据え置いている(図表8)。先行きのインフレ率はエネルギー価格の上昇を受けてプラスに転じた後、国内外の需要拡大を背景に安定して推移するだろう。中銀は景気回復を後押しするため、年内は現行の緩和的な金利水準を維持すると予想する。

実質GDP成長率は21年が+5.1%(20年:▲5.6%)、22年が+5.5%と上昇すると予想する。
(図表7)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は19年に概ね+2%台の緩やかな成長が続いていたが、20年は世界的な新型コロナウイルスの流行を受けて悪化した。ウイルスの封じ込めを目的に実施した活動制限措置の影響が直撃し、4-6月期の成長率が▲12.1%と急減した(図表9)。年後半の成長率は7-9月期が▲6.4%、10-12月期が▲4.2%と持ち直してきている。10-12月期は財貨輸出が前年同期比1.5%減(前期:同7.5%減)、民間設備投資が同3.2%減(前期:同13.9%減)、民間消費が0.9%増(前期:同0.6%減)となり、民間部門の回復が進んだ。

タイ政府は新型コロナの感染拡大に伴い、昨年3月下旬に非常事態宣言を発令して外出・移動制限を強化すると早期に感染を抑え込み、5月から活動制限の段階的緩和を進めた。しかし、12月には不法入国・帰国者による輸入症例や水産市場のクラスターがきっかけとなり感染第2波が生じた。政府は12月下旬に地域別の感染リスクに応じて対策を講じ、1月には首都バンコクで経済・社会活動制限を実施すると、市中感染の改善が進み、2月に活動制限が緩和された。なお、足元の新規感染者数は1日あたり100人超で推移しており、以前ほどウイルスを封じ込めることはできていない。

先行きのタイ経済は、1-3月期は感染再拡大に伴う外出の自粛や活動制限措置の影響により対面型サービス業が打撃を受けて消費が押し下げられ、5期連続のマイナス成長となるだろう。もっとも今回は大規模な感染拡大には至らず、全国一律の厳格な制限措置とはならなかった。またテレワーク関連製品やゴム手袋などの医療物資の輸出拡大、政府の経済対策などが下支えとなり、景気持ち直しの動きは続くものと予想する。

4-6月期以降は活動制限の緩和により景気が上向くとみられるが、感染が再び拡大して経済回復が遅れるリスクがあり、年内は本格的な景気回復には至らないだろう。しかし、年後半にワクチンの普及が進むと、感染拡大リスクが低減して景気回復が安定すると予想する。タイ政府は21年に3,300万人(全国民の5割)にワクチンを接種する目標を掲げており、2月末に接種を開始している。また年後半は世界経済の回復による財貨輸出の拡大や国内外のワクチン普及に伴う外国人旅行客の受け入れが本格的に再開して外需が改善し、景気の追い風となるだろう。もっとも、国内の反政府デモは沈静化の見通しが立たないことから投資家心理の回復は遅れることとなりそうだ。

金融政策は、タイ銀行(中央銀行)が昨年3回の利下げ(累計▲0.75%)を実施し、政策金利を過去最低の0.5%に引き下げている(図表10)。先行きのインフレ率はエネルギー価格の上昇を受けてプラスに転じるが、バーツ高に伴う輸入物価の低下により概ねインフレ目標(+1~3%)の範囲内で推移するとみられる。年内は景気回復を促すために政策金利が据え置かれると予想する。

実質GDP成長率は21年が+3.0%(20年:▲6.1%)、22年が+3.9%に上昇すると予想する。
(図表9)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表10)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は19年に概ね+5%の成長ペースで推移したが、20年に入ると首都圏の洪水被害に新型コロナウイルスの感染拡大の影響が追い打ちとなって減速、4-6月期はコロナ封じ込めを目的に実施された活動制限措置の影響が本格化して成長率が前年比▲5.5%と急減した(図表11)。年後半の成長率は、7-9月期が同▲3.49%、10-12月期が同▲2.37%となり、内需を中心に減少幅が縮小したが、依然として回復ペースは緩やかなものとなっている。

インドネシアでは、新型コロナ感染拡大を受けて昨年4月に地方自治体毎に大規模な社会的制限(PSBB)が実施されたものの、感染に歯止めがかからず、首都ジャカルタ特別州は6月に経済再開のためにPSBB解除に向けた移行期間に入った。政府は12月中旬と1月中旬に感染リスクの高いジャワ島とバリ島を中心に行動規制を厳格化し、またジャカルタ特別州も中央政府と足並みを揃えてPSBBを緩和する移行期間を停止すると、1日あたりの新規感染者数は1月末に過去最高の1万4,518人を記録した後、漸く減少に転じた。政府は感染抑制と経済回復の両立に向けて2月上旬から小規模地域内での感染状況に応じた行動規制を導入して経済活動に関わる一部規制を緩和したが、その後も新規感染者数の減少が続き、足元では1日あたり約5000人まで縮小している。

先行きのインドネシア経済は、1-3月期は行動規制強化が景気の押し下げ要因となって停滞するとみられる。オフィスへの出社や商業施設の営業時間に制限がかけられ、人の移動が大幅に減少しており、実質GDPは民間消費と投資を中心に4期連続のマイナス成長となるだろう。

インドネシアは小規模単位の行動規制の導入後に一部規制を緩和しており、4-6月期に景気が上向くとみられるが、感染が再び拡大して経済回復が遅れるリスクもある。景気回復が安定するのは、年後半にワクチン接種が加速するなかで感染状況が落ち着き、行動規制が一部緩和された頃になるだろう。政府は22年3月までに1億8,150万人(人口の約7割)に対してワクチンを接種する計画であり、1月中旬にワクチン接種を開始している。また政府と中銀は財政赤字を分担するバーデン・シェアリング(負担分割)政策を今年末まで延長するとしており、拡張的な財政政策が景気回復をサポートするだろう。政府は21年もコロナ対策として国家経済復興(PEN)プログラムを継続するとし、同予算を699兆ルピア(前年実績の2割増)に拡大させている。

金融政策は、インドネシア銀行(中央銀行)が昨年段階的な利下げ(計▲1.25%)を実施したが、今年2月には足元の感染再拡大の影響を踏まえて▲0.25%の追加利下げを実施し、政策金利を過去最低の3.50%に引き下げている(図表12)。先行きのインフレ率は当面エネルギー価格の上昇を受けて上向くが、インフレ目標圏内で推移するとみられる。米国金利が上昇するなか、インドネシアの利下げ余地は限られてきており、年内は現行の緩和的な金融政策を据え置くものと予想する。

実質GDP成長率は21年が+4.2%(20年が▲2.1%)、22年が+5.0%に上昇すると予想する。
(図表11)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表12)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済は19年に+6%の成長を遂げたが、20年は世界的な新型コロナの感染拡大を背景に急速に景気が悪化した。4-6月期はコロナ封じ込めを目的に実施された活動制限措置の影響が直撃し、成長率が前年同期比▲16.9%と急減した(図表13)。年後半の成長率は7-9月期が▲11.4%、10-12月期が▲8.3%と持ち直してきているが、回復の遅れが目立つ。景気低迷は国内で実施された活動制限措置や自粛行動による内需の落ち込みが続いている影響が大きい。また10-11月に複数の台風が北部ルソン島に上陸し、広範囲にわたって洪水が発生したことも家計や企業活動にネガティブな影響を及ぼし、10-12月期の民間消費は同▲7.2%、総固定資本形成は同▲28.6%と落ち込んだ。

フィリピン政府が昨年3月にルソン島全域で実施した広域隔離措置は、5月から段階的に緩和されたが、医療逼迫を受けて8月から外出・移動制限措置を一時的に再強化した。その後はマスクやフェースシールドの着用義務化等の感染対策が機能し始め、新規感染者数は1月には1日1,000人台前半まで減少したが、足元では変異ウイルスや感染対策疲れなどから感染が再び広がって1日5,000人台まで増加、3月中旬から各自治体で外出・移動制限措置を再強化する事態となっている。

先行きのフィリピン経済は、足元の感染拡大に伴う外出・移動制限措置の影響を受けて当面は持ち直しの動きが弱まるだろう。内需は、海外出稼ぎ労働者の失業・帰国に伴う本国送金の停滞や対面型サービス業等での雇用・所得環境の悪化によって可処分所得が減少するため、当面は消費を中心に内需の回復が遅れるものと見込む。外需はインバウンド需要の消失によりサービス輸出が低迷するが、輸入の回復が遅れるため、成長率寄与度は若干プラスで推移しよう。

その後は徐々に感染状況が落ち着きをみせるなかで景気が持ち直しに向かうとみられる。政府は今年3月に国内でワクチンの投与を開始し、年内に人口1億1,000万人のうち5,000万~7,000万人への接種を目指している。年後半からワクチンの普及が加速すると、徐々に感染状況が落ち着きをみせるようになり、一部の行動制限が解除されるなどして景気回復が安定すると予想する。また2021年は大型の政府予算(4.5兆ペソ、前年度比9.9%増)の執行が予定される。消費者と企業に対する支援継続やインフラ開発の支出拡大によって経済の立て直しが進むほか、法人税減税などの税制改革の実現も企業の投資意欲を喚起するものとみられる。

金融政策は、フィリピン中銀が昨年2月から4会合連続で利下げを実施した後、11月に台風被害を受けて追加利下げを決定、政策金利を過去最低の2.0%(累計の利下げ幅▲2.0%)に引き下げている(図表14)。先行きのインフレ率はエネルギー価格の上昇を受けて短期的に上昇傾向が続くが、年末にかけてインフレ目標(+2~4%)の範囲内に戻るとみられる。中銀は景気回復を後押しするため年内は緩和的な金融政策を維持すると予想する。

実質GDP成長率は21年が+7.0%と、前年の大幅な落ち込み(20年:▲9.5%)からの反動で大きく上昇し、22年が+6.1%に低下すると予想する。
(図表13)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表14)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は19年に米中貿易摩擦を背景とする中国からの生産移管が進み、+7%の高成長となったが、20年は新型コロナの感染拡大を受けて景気が急減速した。コロナ封じ込めを目的に実施された活動制限措置の影響が直撃した4-6月期の成長率は前年同期比+0.4%に鈍化した(図表15)。7-9月期の成長率は同+2.7%、10~12月期が同4.5%増と上昇、行動制限の影響を受けてコロナ禍前の+7%成長には程遠いが、順調に回復している。10-12月期の実質GDPを産業別に見ると、サービス業が同4.3%(前期:同+2.8%)、工業・建設業が同+5.6%(前期:同+3.2%)となり、それぞれやや改善した。

昨年、世界各国経済がコロナ禍で窮地に陥るなか、ベトナムは国内のウイルスの封じ込めに成功してきた。ベトナム政府は早期に水際対策を実施して昨年4月に全国的な社会隔離措置を実施したことにより、政府は短期間で感染を収束させて4月中旬から感染リスクの低い地域毎に経済活動を再開させており、また7月の第2波も感染を最小限にとどめた。さらに今年1月の感染第3波では、1日あたりの新規感染者数が1月末に過去最大の100人超まで増加したものの、各地で外出制限措置を実施すると2月下旬には10人程に抑え込むことができている。

先行きのベトナム経済は、1-3月期は感染第3波に伴う外出・移動制限措置の影響を受けて対面型サービス業を中心に景気がやや押し下げられるものの、世界的なデジタル化需要によって電子機器の輸出が拡大して製造業が景気の牽引役となるため、回復傾向は続くとみられる。

その後もベトナムはワクチンが広く普及するまでの間、感染状況を管理可能な程度に抑え込むとみられるが、一時的な感染再拡大と行動制限を繰り返す可能性があり、年内は本格的な景気回復には至らないと予想する。ベトナム政府は全国民の80%に対してワクチンを普及させることを目指しているものの、海外産ワクチンに依存している上、ワクチン確保が遅れ気味であり、ソーシャルディスタンシングの解消に伴う経済正常化の見通しが立たない状況にある。従って、サービス業は引き続き対面型サービスの本格回復が遅れるだろう。もっとも、一部の主要国経済が回復するなか、米中対立の長期化や貿易協定を背景に外需の取り込みが進むものとみられ、製造業の堅調な拡大が経済を支えるだろう。

金融政策は、新型コロナの感染拡大による経済の停滞を受けてベトナム国家銀行(中央銀行)が今年3回(累計▲2.0%)の利下げを実施している。先行きのインフレ率は商品価格の上昇を受けて上昇傾向が続くが、緩やかなドン高と政府の価格統制により概ね+4%を下回って推移するとみられ(図表16)、中銀は年内は政策金利を据え置いて景気回復を支援すると予想する。

実質GDP成長率は21年が+6.8%となり、前年の落ち込み(20年:+2.9%)からの反動で大きく上昇して政府目標の+6.5%成長を上回るが、22年が+6.5%に低下すると予想する。
(図表15)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表16)ベトナムCPI上昇率(主要品目別)
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2021年03月22日「Weekly エコノミスト・レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【東南アジア経済の見通し~21年前半は感染対策の継続で不安定な回復、年後半はワクチン普及で安定回復へ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

東南アジア経済の見通し~21年前半は感染対策の継続で不安定な回復、年後半はワクチン普及で安定回復へのレポート Topへ