2021年03月15日

特養 待機高齢者は減らせるか?-施設の拡充と入居希望者の増加のせめぎ合い

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

近年、高齢化の進展とともに、介護施設不足の問題が大きくなりつつある。特に、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム、「特養」)の空きは少なく、入居を待つ高齢者(「待機高齢者」)が多い状況がなかなか解消しない。特養は、一般の有料老人ホームと比べて費用が安いことから、入居希望者が後を絶たない。特に、人口が多く、施設数が少ない都心部では、その傾向が顕著となっている。

政府は、2015年から一億総活躍社会の実現を目指すなかで、安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)の確立に取り組んできた。その中の一項目として、「2020 年代初頭までに介護の受け皿を50 万人分以上へ拡大するため、介護施設等の整備を継続して実施する」ことが掲げられてきた。

2015年度からは、特養への入居を「原則要介護3以上」とする、条件の厳格化が行われたが、それでもすべての入居希望者をカバーできてはいない。特養に入れず、経済的な理由から有料老人ホームにも入れない高齢者は、在宅のまま訪問介護や通所介護などの介護サービスを受けている。そうした場合、本当に介助が必要なときに大丈夫だろうか、との不安を抱えながら生活しているとみられる。

本稿では、特養の待機高齢者の現状と、将来の見通しについて、みていくこととしたい。
 

2――待機高齢者の現状

2――待機高齢者の現状

まず、待機高齢者の現状からみていくこととしよう。

厚生労働省は、3~4年ごとに、全国の待機高齢者数を調査してまとめている。直近の調査である2019年4月時点で、その数は29.2万人となっている。3年前よりも0.3万人減少したものの、依然として多くの待機高齢者が存在している。
図表1. 特養の待機高齢者の推移

3――特養の整備状況

3――特養の整備状況

政府はこれまで、待機高齢者を減らすために、新規施設の開設準備費用や既存施設の増改築費用の補助など、特養整備の支援をしてきた。その結果、特養はどう拡充されたのか、みてみよう。
1特養には「広域型」と「地域密着型」がある
まず、はじめに入居施設としての特養の種類を簡単にみておこう。特養には、「広域型」と「地域密着型」がある。地域密着型は、「サテライト型」と「単独型」に分けられる。

「広域型」は、定員が30人以上で、入居に際してそれまで居住していた地域に制限がない一般的なタイプの特養だ。施設の住所地とは別の都道府県に住んでいた人が、移住して入居することもできる。2000年の介護保険スタート時から、介護保険施設1の1つとして定着している。

これに対して、「地域密着型」は、定員が29人以下で、設置されている市区町村の居住者のみが入居できる特養で2006年に制度化された。サービス内容は、広域型と基本的に同じで、生活援助と身体介護が中心となる。住み慣れた地域で、家庭的な雰囲気のもと少人数で生活できるのが特徴とされる。

地域密着型のうち、サテライト型は、広域型などの本体施設と連携を取りながら、本体施設から原則20分以内の距離の地域で運営される。一方、単独型は、本体施設を持たずに、単独で運営される。
 
1 介護保険施設には「介護老人福祉施設(特養)」のほかに、「介護老人保健施設(老健)」、「介護療養医療施設(療養病床)」、「介護医療院」がある。老健は、基本的に、3~6ヵ月しか利用できない。長期入院をしていた人が、退院して家庭に戻るまでの間に利用することが多い。療養病床や介護医療院は、医療サービスも行う。なお、療養病床は、介護医療院などの施設に移行することとされており、2024年3月末までがその経過期間とされている。
2特養の定員数は10年で1.5倍に増加
特養の拡充がどのくらい進んだか、みてみよう。定員数は、2019年に、広域型と地域密着型を合わせて63.1万人となっている。10年間で21万人増加して、1.5倍となった。また、この間、施設数も広域型が8234施設、地域密着型が2359施設まで増えて、合計で10年前の1.7倍となった。
図表2. 特養の定員数と施設数の推移
これをみると、特養は、この10年間でかなり拡充が進められてきたといえるだろう。広域型とともに、地域密着型も年々増加している。だが、待機高齢者は、依然、数多く存在している。その背景として、高齢化が進み、特養への入居を希望する高齢者が増加していることがうかがえる。
3定期巡回・随時対応サービスの利用はまだ限定的
在宅の要介護者に対して、特養に入居した場合に相当する介護サービスを行うものとして、「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」2(以下、「定期巡回・随時対応サービス」)がある。

この介護サービスは、名前の通り、一日に複数回、定期的に利用者宅を訪問して、入浴やトイレの介助、食事のサポート、寝返りの介助、投薬の確認などを行う「定期巡回」。24時間365日、利用者や家族の通報を受けてサービス提供者のオペレーターが対応したり、必要に応じて利用者宅にスタッフが訪問して入浴やトイレの介助、食事のサポートなどを行ったりする「随時対応・随時訪問」。利用者の心身状態に応じて、看護師が自宅を訪問し、必要な医療ケアを行う「訪問看護」がある。

ただし、2013年より開始して、現在はまだ整備・普及段階とみられる。サービスの利用数は、年々増加しているが、2019年には24200人に限られている。
図表3. 定期巡回・随時対応サービスの利用者数と施設数の推移
 
2 地域密着型サービスの1つに位置づけられる。
 

4――都道府県ごとの待機高齢者の状況

4――都道府県ごとの待機高齢者の状況

待機高齢者の発生状況は、地域ごとに違いがある。高齢化の進展度合いや、特養施設の整備が、地域によって異なるためだ。そこで、都道府県別の待機高齢者の発生状況をみてみよう。

各都道府県について、入居希望者数(実際の入居者数と待機者数の合計)が定員をどれだけ上回っているか(両者の差を「定員超過数」と呼称)、すなわち定員超過の状況を表すと、つぎの図のとおりとなる。2019年には、定員超過数は、2.3万人の東京を筆頭に、神奈川、兵庫、大阪、北海道、新潟、千葉で1万人超となっている。

入居希望者数を定員で割り算して、「入居希望倍率」を算出してみると、山梨、秋田、愛媛、京都が高い水準となっている。ただし、これらの府県では3年前に比べると、その水準がやや低下している。一方、この3年間で、入居希望倍率が上昇している都道府県もある。
図表4. 都道府県ごとの定員超過状況

5――待機高齢者の将来の見通し

5――待機高齢者の将来の見通し

前章までにみたとおり、特養の拡充にもかかわらず、待機高齢者の数はあまり減っていない。一般に、要介護状態となって特養への入居を希望する人が増えるのは、75歳以上の高齢者とみられる。戦後1947~49年生まれの、いわゆる団塊の世代は、2022~24年に75歳以上となる。そうなれば、要介護者が増加し、特養の入居を希望する人も増えると考えられる。特養の定員があまり増えなければ、待機高齢者が増加する可能性が高い。

それでは、今後、待機高齢者はどのように増減するか? 仮定を2つおいて、見通しを立ててみたい。

まず、定員数は、2016年から2019年に増えた割合で、今後も直線的に増えていくと仮定。一方、入居希望者数は、2019年をベースに75歳以上人口に比例して増加すると仮定する。これらの仮定のもとで、都道府県ごとに定員超過の見通しを立てたところ、つぎの図のとおりとなった。
図表5. 都道府県ごとの定員超過見通し
地域によって、入居希望倍率の見通しは異なるものとなった。たとえば、秋田、岩手、群馬、埼玉、東京は、徐々に低下していくとの見通し。一方、沖縄、鳥取、佐賀、大分は、上昇していくとの見通しが得られた。概して、東日本では低下傾向、西日本では上昇傾向とみることができる。なお、この結果は、単純な前提のもとに、定員数と入居希望者数を引き延ばして得られたものである。前提条件が変化すれば、結果は大きく違ったものとなることを付言しておく。

さて、この結果、日本全体では、どのように見通されるか。それをまとめたのが、つぎの図である。
図表6. 日本全体の定員超過の推移と見通し
今回の試算によると、2025年には、高齢化の進展とともに定員超過数が伸び、入居希望倍率も2019年よりやや上昇する。その後、2030年には、定員数の増加が進み、入居希望倍率は低下する、との結果となった。ただ、低下するといっても、2030年には135.9%もの高い数字となっており、特養入居を待つ高齢者は、依然として数多く存在する、との見通しだ。
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

今回行った待機高齢者の見通しは、単純な前提にもとづく試算結果に過ぎない。特養施設や定期巡回・随時対応サービスの大幅な拡充、健康増進や介護予防による要介護者出現の抑制などが進めば、前章に示したものとは大きく異なる姿があらわれてくるだろう。

ただ、2019年現在、特養入居を待つ29.2万人の高齢者がいること。2022年以降、団塊の世代が75歳以上となり、介護を要する高齢者の数が増加するであろうことは、待機高齢者の問題を検討する際に、避けては通れない前提条件といえよう。

今後、政府や自治体で、さまざまな取り組みがなされるものと考えられる。その動きをウォッチし、高齢者の介護問題への対応がどのように進んでいくか、引き続き注目していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年03月15日「基礎研レター」)

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