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コラム
2021年02月10日
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新聞に掲載された1本の投稿が、筆者の目を引いた。80歳代の一人暮らしの母親が、新型コロナウイルスの感染拡大後、スーパーへ行くことを嫌がるようになったという娘からの投稿だ1。母親に話を聞くと、マスクを着用した店員の声が聞こえづらく、トレーに置かれた小銭も落としてしまうため、会計時に緊張してしまうのだという。締め括りには、高齢者が焦らずに済むように、急いでいない客専用のレジを設けてはどうか、という提案が述べられていた。長寿化に適応できていない社会のひずみを突くような意見であり、筆者は大いに賛同した。高齢者、特に後期高齢者の特性に合わせて「ゆっくり」のコンセプトが求められているのは、レジ列だけではなく、他の様々な施設や制度、サービスも同じではないだろうか。
少子化と長寿化が同時に進み、50年前に1割もいなかった65歳以上の高齢者は、2020年時点で3割近くに達している2。しかも、その半分以上が75歳以上の後期高齢者である。逆に、「生産年齢人口」と呼ばれる15歳から64歳までの人たちは、50年前には約7割だったが、2020年時点で6割に減り、徐々に薄くなっている。社会の中で、高齢者のボリュームと期待される役割は増しており、様々な場面でデザインの修正が必要になっているはずだが、医療介護以外の領域においては、理解も対応も追いついていないように思う。
もちろん、一口に「高齢者」と言っても、健康状態や経済状況等は十人十色だが、仕事をリタイアし、運動機能が低下しつつある人にとっては、スピードが速くて効率的であることよりも、安全で、安心できることの価値が高まる。現役世代の頃からは、時間軸が変化してくるのだ。これは、乳幼児を連れた家族連れや、車いすで生活する障がい者等にも言えることだろう。しかし社会のデザインは、まだまだ「高速」「効率」「大容量」がキーワードであり、現役世代の健康な人が基準になっているようである。
例えば道路は、「高速」「効率」「大容量」が具現化された代表的な設備と言えるだろう。モータリゼーションに合わせて全国に整備され、経済性と効率性が追求されてきた。高齢者や赤ちゃんを乗せているドライバー、初心者等がゆっくり運転したいと思っても、交通の流れを乱して渋滞を起こすことは迷惑だとみなされる。四つ葉マークや若葉マークという標識はあっても、後続車に先を譲るためのレーンは、山道の登坂車線を除けば、ほぼ設けられていない。お年寄りや幼児がたくさん歩いている生活道路でも、幹線道路への抜け道として、制限速度を超えて走る自動車は多い。横断歩道の青信号の時間が十分ではないために、赤信号になってもまだ車道の真ん中にいる高齢者の姿もよく見かけられる3。属性によって時間軸が異なるという道路ユーザーの事情よりも、インフラとしての経済性と効率性が優先されている4。
年を取って身体機能が衰えるのは、誰しも「いつか行く道」であり、現在のデザインが今後も維持されれば、いずれ自分が高齢になった時、家から出て不安を感じる場面があるだろう。投稿にあった80歳代の母親のように、その不安が外出抑制につながれば、心身の健康状態にも悪影響を及ぼす恐れがある。もちろん、既に出来上がったインフラを変えることは簡単ではないが、「ゆっくり専用レジ」のように、まずは運用面を工夫することによって、できるところから修正していくべきではないだろうか。年齢によって、あるいは人によって時間軸が異なるのだという理解が広まれば、地域社会はより安心して生活できる場になり、市場にももっと良い商品やサービスが生まれてくるのではないだろうか。
1 2020年12月28日読売新聞朝刊 気流「『ゆっくり』専用レジ設けて」
2 総務省「平成27年国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」
3 横断歩道の青信号の長さは、1メートルを1秒で渡ることを基準に設定されている。
4 筆者は研究員の眼「超高齢社会のモビリティと道路空間を考える~『ゆっくり・安全』志向の超小型EVと専用レーンの導入を~」の中で、高齢者の特性に合わせて時速30キロメートルに抑えた超小型EVを導入することと、低速車両専用レーン等を整備する必要性を論じている。
少子化と長寿化が同時に進み、50年前に1割もいなかった65歳以上の高齢者は、2020年時点で3割近くに達している2。しかも、その半分以上が75歳以上の後期高齢者である。逆に、「生産年齢人口」と呼ばれる15歳から64歳までの人たちは、50年前には約7割だったが、2020年時点で6割に減り、徐々に薄くなっている。社会の中で、高齢者のボリュームと期待される役割は増しており、様々な場面でデザインの修正が必要になっているはずだが、医療介護以外の領域においては、理解も対応も追いついていないように思う。
もちろん、一口に「高齢者」と言っても、健康状態や経済状況等は十人十色だが、仕事をリタイアし、運動機能が低下しつつある人にとっては、スピードが速くて効率的であることよりも、安全で、安心できることの価値が高まる。現役世代の頃からは、時間軸が変化してくるのだ。これは、乳幼児を連れた家族連れや、車いすで生活する障がい者等にも言えることだろう。しかし社会のデザインは、まだまだ「高速」「効率」「大容量」がキーワードであり、現役世代の健康な人が基準になっているようである。
例えば道路は、「高速」「効率」「大容量」が具現化された代表的な設備と言えるだろう。モータリゼーションに合わせて全国に整備され、経済性と効率性が追求されてきた。高齢者や赤ちゃんを乗せているドライバー、初心者等がゆっくり運転したいと思っても、交通の流れを乱して渋滞を起こすことは迷惑だとみなされる。四つ葉マークや若葉マークという標識はあっても、後続車に先を譲るためのレーンは、山道の登坂車線を除けば、ほぼ設けられていない。お年寄りや幼児がたくさん歩いている生活道路でも、幹線道路への抜け道として、制限速度を超えて走る自動車は多い。横断歩道の青信号の時間が十分ではないために、赤信号になってもまだ車道の真ん中にいる高齢者の姿もよく見かけられる3。属性によって時間軸が異なるという道路ユーザーの事情よりも、インフラとしての経済性と効率性が優先されている4。
年を取って身体機能が衰えるのは、誰しも「いつか行く道」であり、現在のデザインが今後も維持されれば、いずれ自分が高齢になった時、家から出て不安を感じる場面があるだろう。投稿にあった80歳代の母親のように、その不安が外出抑制につながれば、心身の健康状態にも悪影響を及ぼす恐れがある。もちろん、既に出来上がったインフラを変えることは簡単ではないが、「ゆっくり専用レジ」のように、まずは運用面を工夫することによって、できるところから修正していくべきではないだろうか。年齢によって、あるいは人によって時間軸が異なるのだという理解が広まれば、地域社会はより安心して生活できる場になり、市場にももっと良い商品やサービスが生まれてくるのではないだろうか。
1 2020年12月28日読売新聞朝刊 気流「『ゆっくり』専用レジ設けて」
2 総務省「平成27年国勢調査」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 平成29年推計」
3 横断歩道の青信号の長さは、1メートルを1秒で渡ることを基準に設定されている。
4 筆者は研究員の眼「超高齢社会のモビリティと道路空間を考える~『ゆっくり・安全』志向の超小型EVと専用レーンの導入を~」の中で、高齢者の特性に合わせて時速30キロメートルに抑えた超小型EVを導入することと、低速車両専用レーン等を整備する必要性を論じている。
(2021年02月10日「研究員の眼」)
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03-3512-1821
経歴
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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