2021年02月05日

骨太方針に盛り込まれた「社会的処方」の功罪を問う-薬の代わりに社会資源を紹介する手法の制度化を巡って

基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.287]

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任   三原 岳

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1―はじめに~社会的処方の功罪を考える~

2021年度政府予算案の調整では「社会的処方(Social prescribing)」の制度化に向けた議論が進んだ。これはストレスや孤立などを感じている人に対し、医師が薬の代わりに患者団体などコミュニティの資源などを紹介することで、その人に生き甲斐や社会参加の機会などを持ってもらう方法であり、英国などで実施されている。昨年7月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)でモデル事業の実施方針が唐突に盛り込まれ、介護報酬改定への反映を視野に入れた議論が展開された。

結局、今回の制度化論議は「小粒」に終わりそうだが、ソーシャルワークとの違いが不鮮明な点で、診療報酬への反映など本格的な制度化には慎重な姿勢が求められると考えている。

以下、社会的処方の発祥地である英国の事例を見つつ、社会的処方の制度化に向けた論点や課題を問う。

2―社会的処方とは何か~英国の事例を中心に~

まず、社会的処方の定義を簡単に整理しよう。これはsocial prescribingの翻訳であり、源流は英国に求められる。英国の医療保障制度であるNHS(国民保健サービス、National Health Service)のウエブサイトを見ると、「社会的処方とは、個人に最適化されたケアを提供する構成要素の一つ」と説明されている。さらに、NHSのウエブサイトでは、社会的処方の主な対象として、慢性疾患などで長期的に支援を要する人、メンタルヘルス面での支援が必要な人、孤立・孤独を感じている人、複雑な問題を持った人を例示している。

例えば、仕事のストレスや孤独感で不眠を訴えている人に対し、睡眠薬を処方しても対症療法に過ぎず、不眠を解決しようとすると、ストレスを生み出している原因を考える必要がある。

そこで、社会的処方の考え方に立つと、患者の趣味に近いサークルなどを紹介することで、ストレスを解消する方策が考えられる。

ただ、医師がコミュニティのサークルなどを知っているとは限らないため、「リンクワーカー(Link worker)」という非医療職の市民が間に立ち、患者と社会資源を繋げている。

こうした方法は英国内で1980~1990年代からコミュニティレベルで取り組みがなされていたが、2006年の政府文書に盛り込まれたのを受けて、関心が集まるようになり、リンクワーカーの人件費も財政支援されるようになった。

では、社会的処方はどんな効果が期待されているのだろうか。英国におけるパイロット事業の成果として、慢性疾患の患者や家族がコミュニティの活動に関わることを通じて、自立的になって孤立感を解消できたと説明されている。さらに病院の利用が減ってコスト縮減効果を期待できる点なども言及されている。

しかし、実証研究の蓄積は十分と言えず、現時点では十分なエビデンスが示されているとは言えないようだ。

3―社会的処方に関する国内の事例

実は、国内でも社会的処方の実践が試みられている。その一例として、神奈川県川崎市を拠点とした「社会的処方研究所」の取り組みが挙げられる。この研究所は、がん専門医を中心に、民間有志で運営されており、市民や専門職を対象とした会合を定期的に開催。参加者が地域を歩き、「音楽を楽しめる喫茶店があった」といった形で社会資源となり得る地域の資源を調査したり、それを会合で紹介し合ったりして、「地域資源の調査→資源の蓄積→資源の創出」という流れを意識している。このほか、栃木県医師会が社会的処方の活用を視野に入れ、「在宅医療・社会支援部」を創設しており、地元の『下野新聞』が特集を展開している。

さらに、全人的なケアを提供するプライマリ・ケア専門医で構成する学会、日本プライマリ・ケア連合学会は2018年3月に公表した「健康格差に対する見解と行動指針」で、健康格差の是正に取り組む際の方法として、社会的処方に言及した。

4― 自民党の議論、審議会の動向

1|骨太方針の記述
こうした社会的処方について、2020年7月17日に閣議決定された骨太方針では、モデル事業の実施に向けた文言が盛り込まれた。だが、経済財政諮問会議などで社会的処方が議論された形跡が見当たらず、唐突な印象だった。

この背景には2019年11月に発足した自民党の「明るい社会保障改革推進議員連盟」の動きがあった。議連は「個人の健康増進」「社会保障の担い手の増加」「成長産業の育成」を同時に満たす「明るい社会保障改革」の実現を掲げており、2020年6月に公表した報告書では様々な健康づくり政策の一環として、「社会とのつながりを処方する社会的処方の推進」をうたい、骨太方針に反映された。
2|介護報酬改定の議論
その後、2021年4月からの介護報酬改定を議論している社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護給付費分科会で社会的処方の制度化が論じられ、医師による在宅ケア支援を介護報酬で評価する居宅療養管理指導の改定に際して、社会的処方の考え方を反映させる形となった。

しかし、全体の制度で見ると、居宅療養管理指導のウエイトは大きいとは言えず、骨太方針に盛り込まれた割に「小粒」に終わった。しかも、昨年末に公表された分科会の審議経過報告では「社会的処方」の言葉は直接的に用いられず、「要介護者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつながるよう留意」などと盛り込まれるにとどまり、社会的処方という文言は使われなかった。

一方、加藤勝信官房長官は厚生労働相時代、社会的処方の「制度化」をいち早く提唱した社会疫学の研究者との対談で、社会的処方のモデル事業推進に前向きな姿勢を示しており、今後も論点になる可能性がある。以下、本格的な制度化に向けた課題として、ソーシャルワークとの違いが不鮮明な点を挙げたい。

5― 社会的処方の制度化を巡る疑問

ソーシャルワークとは一般的に個を地域で支える援助と、個を支える地域を作る援助を一体的に推進する方法である。つまり、健康や生活について生きにくさを感じている個人への援助に加えて、個人を取り巻く地域づくりも一体的に推進するアプローチであり、「個人を社会資源に紹介」「個人と地域づくりを一体的に推進」という方法は社会的処方と同じである。

しかし、社会的処方の場合、医療の観点から社会資源に視野を広げようとしているのに対し、ソーシャルワークは数多くのサービスや社会資源の一部として医療を捉えている点で、発想は逆である。この結果、社会的処方には「医療化」の危険性が付きまとう。医療化とは医療社会学の概念であり、ここでは一般的な意味として「医学で解決しなくても済む健康上の課題について、医療や医学が必要以上に介入すること」と整理する。

これを社会的処方に当てはめてみよう。例えば、患者が社会的孤立を訴えた際、社会的処方が診療報酬上の加算のような形で制度化されれば、報酬目当ての社会的処方が相次ぎ、社会資源の担い手である住民などの負担感が増す結果になりかねない。

あるいは通常のコミュニティレベルで解決する問題、あるいはソーシャルワークで処理できる問題について、医師が社会的処方を通じて介入することになり、必要以上に他の専門職が医師の指示に服すなどの危険性も孕む。

もちろん、患者との対話や多職種との連携などが担保されれば、懸念は杞憂に終わるかもしれないが、ソーシャルワークへの意識を持たないまま、社会的処方を本格的に制度化すれば、他の専門職や住民が必要以上に医師の動向に振り回される副作用を生むかもしれない。むしろ、医学では解決し切れない複雑な案件ほど、地域社会や他の職種に「処方」される危険性さえ想定される。

6― おわりに

筆者個人の意見では、社会的処方の実践に反対しているわけではない。社会的処方を通じて、孤独の解消や多職種連携が進むこと自体、患者や市民にとってマイナスとは言えないためだ。しかし、本格的に制度化するのであれば、「医療化」の懸念には留意しなければならないし、福祉業界を中心とするソーシャルワークの蓄積などを踏まえる必要がある。

今回の制度化論議は局所的な結果に終わりそうだが、複雑な生活を個人と地域の双方で支えるソーシャルワークに基づく実践など、現場の地道な取り組みが求められる。
 
1 本稿は2020 年11月30日掲載のレポートを再構成した。制度化の課題として、英国の制度との違いにも留意する必要があるが、紙幅の都合で省略した。参考文献などと併せて、詳細は下記を参照。
 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66226?site=nli
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

(2021年02月05日「基礎研マンスリー」)

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