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骨太方針に盛り込まれた「社会的処方」の功罪を問う-薬の代わりに社会資源を紹介する手法の制度化を巡って
基礎研REPORT(冊子版)2月号[vol.287]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1―はじめに~社会的処方の功罪を考える~
結局、今回の制度化論議は「小粒」に終わりそうだが、ソーシャルワークとの違いが不鮮明な点で、診療報酬への反映など本格的な制度化には慎重な姿勢が求められると考えている。
以下、社会的処方の発祥地である英国の事例を見つつ、社会的処方の制度化に向けた論点や課題を問う。
2―社会的処方とは何か~英国の事例を中心に~
例えば、仕事のストレスや孤独感で不眠を訴えている人に対し、睡眠薬を処方しても対症療法に過ぎず、不眠を解決しようとすると、ストレスを生み出している原因を考える必要がある。
そこで、社会的処方の考え方に立つと、患者の趣味に近いサークルなどを紹介することで、ストレスを解消する方策が考えられる。
ただ、医師がコミュニティのサークルなどを知っているとは限らないため、「リンクワーカー(Link worker)」という非医療職の市民が間に立ち、患者と社会資源を繋げている。
こうした方法は英国内で1980~1990年代からコミュニティレベルで取り組みがなされていたが、2006年の政府文書に盛り込まれたのを受けて、関心が集まるようになり、リンクワーカーの人件費も財政支援されるようになった。
では、社会的処方はどんな効果が期待されているのだろうか。英国におけるパイロット事業の成果として、慢性疾患の患者や家族がコミュニティの活動に関わることを通じて、自立的になって孤立感を解消できたと説明されている。さらに病院の利用が減ってコスト縮減効果を期待できる点なども言及されている。
しかし、実証研究の蓄積は十分と言えず、現時点では十分なエビデンスが示されているとは言えないようだ。
3―社会的処方に関する国内の事例
さらに、全人的なケアを提供するプライマリ・ケア専門医で構成する学会、日本プライマリ・ケア連合学会は2018年3月に公表した「健康格差に対する見解と行動指針」で、健康格差の是正に取り組む際の方法として、社会的処方に言及した。
4― 自民党の議論、審議会の動向
こうした社会的処方について、2020年7月17日に閣議決定された骨太方針では、モデル事業の実施に向けた文言が盛り込まれた。だが、経済財政諮問会議などで社会的処方が議論された形跡が見当たらず、唐突な印象だった。
この背景には2019年11月に発足した自民党の「明るい社会保障改革推進議員連盟」の動きがあった。議連は「個人の健康増進」「社会保障の担い手の増加」「成長産業の育成」を同時に満たす「明るい社会保障改革」の実現を掲げており、2020年6月に公表した報告書では様々な健康づくり政策の一環として、「社会とのつながりを処方する社会的処方の推進」をうたい、骨太方針に反映された。
その後、2021年4月からの介護報酬改定を議論している社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護給付費分科会で社会的処方の制度化が論じられ、医師による在宅ケア支援を介護報酬で評価する居宅療養管理指導の改定に際して、社会的処方の考え方を反映させる形となった。
しかし、全体の制度で見ると、居宅療養管理指導のウエイトは大きいとは言えず、骨太方針に盛り込まれた割に「小粒」に終わった。しかも、昨年末に公表された分科会の審議経過報告では「社会的処方」の言葉は直接的に用いられず、「要介護者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつながるよう留意」などと盛り込まれるにとどまり、社会的処方という文言は使われなかった。
一方、加藤勝信官房長官は厚生労働相時代、社会的処方の「制度化」をいち早く提唱した社会疫学の研究者との対談で、社会的処方のモデル事業推進に前向きな姿勢を示しており、今後も論点になる可能性がある。以下、本格的な制度化に向けた課題として、ソーシャルワークとの違いが不鮮明な点を挙げたい。
5― 社会的処方の制度化を巡る疑問
しかし、社会的処方の場合、医療の観点から社会資源に視野を広げようとしているのに対し、ソーシャルワークは数多くのサービスや社会資源の一部として医療を捉えている点で、発想は逆である。この結果、社会的処方には「医療化」の危険性が付きまとう。医療化とは医療社会学の概念であり、ここでは一般的な意味として「医学で解決しなくても済む健康上の課題について、医療や医学が必要以上に介入すること」と整理する。
これを社会的処方に当てはめてみよう。例えば、患者が社会的孤立を訴えた際、社会的処方が診療報酬上の加算のような形で制度化されれば、報酬目当ての社会的処方が相次ぎ、社会資源の担い手である住民などの負担感が増す結果になりかねない。
あるいは通常のコミュニティレベルで解決する問題、あるいはソーシャルワークで処理できる問題について、医師が社会的処方を通じて介入することになり、必要以上に他の専門職が医師の指示に服すなどの危険性も孕む。
もちろん、患者との対話や多職種との連携などが担保されれば、懸念は杞憂に終わるかもしれないが、ソーシャルワークへの意識を持たないまま、社会的処方を本格的に制度化すれば、他の専門職や住民が必要以上に医師の動向に振り回される副作用を生むかもしれない。むしろ、医学では解決し切れない複雑な案件ほど、地域社会や他の職種に「処方」される危険性さえ想定される。
6― おわりに
今回の制度化論議は局所的な結果に終わりそうだが、複雑な生活を個人と地域の双方で支えるソーシャルワークに基づく実践など、現場の地道な取り組みが求められる。
1 本稿は2020 年11月30日掲載のレポートを再構成した。制度化の課題として、英国の制度との違いにも留意する必要があるが、紙幅の都合で省略した。参考文献などと併せて、詳細は下記を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66226?site=nli
(2021年02月05日「基礎研マンスリー」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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