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新型コロナ「感染症法」改正の方向性-罰則導入と都道府県知事等の権限強化

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登
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本論に入る前にいくつかの確認を行っておきたい。第一に、新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)と、感染症法との関係である。特措法は感染症が社会にまん延することを防止・抑制するために社会全体としてとる対策について定めている一方、感染症法は個別具体的に感染症患者が発生した場合の対応について定めているものである。経緯を見ると、感染症法(平成10年)2が制定され、その後、感染症まん延防止のために特措法(平成24年)が定められている。新型コロナ感染症対策に関しては両法をセットとして考えるべきものである。
第二に、現在、新型コロナ感染症は、感染症法の適用にあたって、「指定感染症」(感染症法第34条)として、政令で時限的に指定されているに過ぎないことである。政令指定の期限は当初の指定時から、一度延長されており、現在は2022年1月31日までとなっている。
以下、改正案の主な内容について解説を行うが、新型コロナ感染症について法律本文に規定することのほかは、第一に積極的疫学調査(後述)の実効化、第二に入院等の措置の改正、第三に厚生労働大臣・都道府県知事の権限強化である3。
改正案のうち基礎となるのは、新型コロナ感染症を感染症法本文に追加することである。具体的には、新型コロナ感染症および再興型コロナ感染症を、感染症法に規定のある新型インフルエンザ等に追加する。このことにより、対策を行う期限の制約がなくなるとともに、いったん終息し、再発生・感染拡大したもの(=再興型コロナ感染症)にも対応が可能となる。新型コロナの収束が見通せず、ワクチンの効果持続期間も不透明な現状を踏まえると当然の改正と思われる。
次に具体的な個別規定の改正であるが、第一に、積極的疫学調査の実効化を図るべく、罰則規定の導入が示されている4。積極的疫学調査とは、感染症患者が出た場合に、感染源や濃厚接触者の有無等を判定することを目的として、調査・質問する都道府県知事の権限である(感染症法第15条第1項)。この調査の対象者は患者や無症状の病原体保有者、濃厚接触者その他の関係者があり幅が広い。現行法でもこれらの患者等には調査に協力すべき努力義務が課せられている(感染症法第15条第6項)。今回の改正案では、このうち、入院措置の対象となる患者、疑似症患者、無症状病原体保有者に限定して、調査協力を拒否し、あるいは虚偽の回答をした者に罰則を科す案としている。
第二に、入院等の措置についての改正がある。まず、イ)宿泊療養・自宅療養の根拠規定を設けるとともに、ロ)宿泊療養等に従わない場合の入院勧告規定、ハ)入院措置に従わない場合の罰則を設ける案が示されている。
現行法では、都道府県知事は患者に対して入院勧告ができる(感染症法第19条第1項)。ここでいう患者には疑似症患者および無症状病原体保有者が含まれる(感染症法第8条第1項、第3項)。入院勧告に従わない患者には、都道府県知事は入院させることができる(入院措置、感染症法第19条第3条)。
ところで、現在の取扱では、患者全員に入院を求めているわけではなく、高齢者や基礎疾患がある人などを除いて、宿泊療養や自宅療養としていることが多い。しかし、現行法では、このような取扱についての法的根拠がない。そのため、重症化リスクの高くない患者に対して、宿泊療養等を求める法的根拠を定めるのがイ)である。そして宿泊療養等を求められたにもかかわらず、従わない人に入院を勧告できる権限がロ)である。入院勧告に従わず、さらに入院措置にも従わない場合に罰則を科すというのがハ)である。問題事例として審議会資料で挙げられているのが、入院先を抜け出し、温浴施設に行くなどしたケースである。
第三に、厚生労働大臣と都道府県知事の権限強化である。現行法では、厚生労働大臣は緊急の必要があると認めるときは都道府県知事に対して指示ができる(感染症法第63条の2)。改正案では、厚生労働大臣は緊急の必要が認められないときにも指示ができるとする案が示されている。これは、都道府県によっては感染状況や取組体制等に差異があることなどを踏まえ、国として整合的な措置がとれるようにするとの趣旨のものである。また、入院病床などの配分が市区町村レベルでは効率的な分配に限界があることを踏まえ、都道府県知事の権限として、入院等の総合調整を行えることとする案が示されている。
特徴的なのが、感染症法第16条の2の改正である。この規定は、厚生労働大臣および都道府県知事の医療関係者に対する協力要請を定めている。改正案は「協力要請」から「勧告」に変更し、また対象者に民間検査機関を追加するとした。さらに勧告に従わない場合にはその旨を公表できるとした。これは、当初、民間検査機関等の活用が進まなかったことや、民間検査機関が陽性判定を行っても、必ずしも公的検査機関での再検査や医療機関入院へとは連携されないことなどを踏まえた改正とされている。なお、一部報道によると、この規定を根拠に新型コロナ患者の受け入れを民間病院に求め、従わない民間病院を公表するのではないかとの指摘があるようである。しかし、改正趣旨や、民間病院に必ずしも新型コロナ患者を受け入れ可能な施設や専門要員があるとは限らないことからは、少なくとも実情を無視した一方的な勧告を行うことはないと考えられるであろう。
今回の改正案は、厚生労働大臣や都道府県知事の権限を強化することと、新型コロナ感染者の行動を罰則により制限することが改正の柱となっている。どこまで、あるいはどの程度の罰則を科すのかは、国会での議論次第ではある。しかし、たとえば患者の入院拒否などのケースにおいては、患者が訪れた飲食店や施設が消毒のため営業停止となることがあり、患者自身が業務妨害として罪に問われることがありうる。この点に鑑みると、ある程度の罰則はやむを得ないものと思われる。
感染症法は、新型コロナ感染症が落ち着いてからじっくりと改正に取り組むとすることも一案ではあるが、鉄は熱いうちに打つべきである。通常国会での建設的な議論を期待したい。
1 本稿は、感染症部会の資料に基づくものである。https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000720343.pdf https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000720886.pdf
2 感染症法は従前の伝染病予防法などを受け継ぐものではあるが、人権尊重の観点から抜本的な改正が行われた。
3 そのほか、国・都道府県・保健所設置市区町村間の連携、濃厚接触者の健康状態の報告義務(罰則なし)、行政検査の積極的実施、感染症の調査研究等に係る規定が整備される予定である。
4 本稿で述べたところに加え、極的疫学調査の結果は都道府県から国(厚生労働大臣)へ報告することとされている(感染症法第15条第8項)が、これを関係自治体へも報告するとの案が示されている。
(2021年01月19日「研究員の眼」)

03-3512-1866
- 【職歴】
1985年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
2018年4月 取締役保険研究部研究理事
2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
2024年4月より現職
【加入団体等】
東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等
【著書】
『はじめて学ぶ少額短期保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2024年02月
『Q&Aで読み解く保険業法』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2022年07月
『はじめて学ぶ生命保険』
出版社:保険毎日新聞社
発行年月:2021年05月
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