コラム
2020年04月17日

営業停止中の店舗の賃料はどうなるか-行政措置で閉鎖した建物の賃料減額

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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4月16日、新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)に基づく緊急事態宣言が全国を対象に発令された。すでに緊急事態宣言の対象地域かどうかにかかわらず、外出自粛要請により営業ができなくなっている店舗があり、また以前から宣言が適用されている地域内では直接的な営業停止要請によって閉鎖した店舗も多い。

自社建物に入居する店舗であればともかく、建物のオーナーから借りている店舗の賃料はどうなるのであろうか。この回答は意外と難しい。

まず、店舗を運営するテナント事業者から見ると、賃料は金銭を支払うという債務なので、不可抗力を理由として履行できないという主張(抗弁)はできない(民法第419条第3項)とされている。したがって、賃料は支払い期限までに支払われなければならず、遅れた賃料分については、遅延利息を付して払わなければならない。法定の利息は年3%(民法第404条第2項、この4月より支払遅延した場合)である。ただ通常は、賃貸借契約書に遅延利息が定められているであろうから、その定めが優先する(民法第419条第1項)。消費者が賃借人である賃貸借契約の遅延利息の上限は年利14.6%である1が(消費者契約法第9条第2号)、オーナーと商業テナントといった事業者間の契約に適用はない。ただし、たとえば遅延利息が20%を超えるような場合は暴利行為(民法第90条)に該当する可能性もあるので、遅延利息減額について交渉の余地がある。

他方、オーナーから見ると、賃料不払いを理由として、賃貸借契約を解除して、敷金を未払い賃料の補填に充てることはどうであろうか。建物の賃貸借契約は、一か月程度の賃料不払いを理由として解除することはできない。一般に、信頼関係破壊の法理と呼ばれるものがあり、継続的契約である建物の賃貸借契約については、少なくとも数か月の不払いがあって初めて信頼関係が破壊され、それによって解除が可能になるという判例が定着している。

建物賃貸借契約が簡単に解除できないということは、この4月に施行された改正民法で「期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは」(民法第541条。下線筆者)解除できないこととされていることに読み取ることができる。

以上、述べてきたところに限れば、テナント事業者、オーナーともにできることは少なそうである。
 
ただし、今回4月に施行された民法に、「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される」(民法第611条第1項。下線筆者)とある。

この条文は、普通は大地震により建物が損壊したようなケースを前提としている。そこで、今回の施設閉鎖要請が、この「使用及び収益をすることができなくなった」という要件に該当するのかがまずは問題となる。この点の議論は分かれるところだと思うが、筆者は該当すると考える。特措法に基づく緊急事態宣言による閉鎖要請は、従わない場合、指示に変わりうる(特措法第45条第3項)。テナント事業者が指示に反する場合の罰則はないとはいえ、法律上、拒否する選択権がテナント事業者に与えられていない以上は、社会通念上、建物は使用・収益できるとはいえない。したがって、実務的にはテナント事業者からの申し出があれば、オーナーは賃料減額の話し合いに応ずべきものと思われる2。なお、減額されるのは緊急事態宣言に基づく行政措置により閉鎖している間の賃料である。

この点に関して、特措法に基づかない都道府県独自の要請(たとえば7時以降の酒類提供禁止により営業休止した居酒屋)や、外出自粛要請に伴う営業不振による閉鎖では減額できるかどうか、という問題がある。この点については、有事の経験不足であった日本において、そもそもこういった事態に対すべき法令の準備不足に起因するものと思われるため、筆者としては、それぞれの個別事情にはよるものの、減額できることも多いのでないかと思う(この点は、今後の事例の蓄積を待ちたい)3

次に、減額するとして、どの程度なのか。これは前例もないことから、オーナーとテナント事業者の交渉次第であると思われる4。テナント事業者が建物を継続して占有しているので、全額減免ということにはならないと思われる。小規模事業者であるテナントの入居する建物を、小規模事業者であるオーナーが所有していることも考えられる。国民的な苦境の中で、お互いにどの程度負担できるのか、誠実に交渉することが求められよう。

先の研究員の眼「施設閉鎖要請・指示と補償はセットか」で書いた結論の繰り返しとなるが、国民経済が窒息しないよう、政府・都道府県の財政支援措置が求められる。
 
1 下請代金支払遅延等防止法第4条の2の規定による遅延利息の率を定める規則では、発注会社が下請け会社に対して支払が遅れた場合の遅延利息も14.6%となっているので、このあたりが常識的な遅延利息の水準と思われる。
2 実際の交渉に当たっては弁護士等と相談することをお勧めする。
3 このような論点が生ずることから、緊急事態宣言や行政上の措置が、法令あるいは条例に根拠を持つことは重要であると考える。
4 参考となるのものとして、神戸地判平成10年9月24日(判例集未登載)が。神戸震災後最初の2か月が7割、次の1か月が5割、その後ライフラインがとまっている間は2割の家賃減額を認めたものがある(ジュリスト不動産セミナー第15回「復興震災と民事法制(上)」(1314号。2006年6月15日)松岡久和京都大学教授発言p123参照。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

(2020年04月17日「研究員の眼」)

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